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砂狼の回顧録
砂狼の回顧録-03
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砂塵を抜けてたどり着いた先は廃墟であった。元は高層ビルであったものが根本から倒壊し、横倒しになっている。さらに下半分は砂に埋もれていた。
高さ40階、それが今は建物の横幅であり、フロアの広さが高さである。
ディアスは適当な壁穴から中に侵入すると、背嚢からヘッドライトを取り出し握りしめたまましばし迷った。
ぼろぼろの廃ビルには無数の穴、あるいは破壊された壁があり、それなりに太陽光は入ってくるのだが薄暗いことに変わりはない。灯りをつけることはすなわち自分の居場所を教えるということだが、さてどうしたものかと。
考えた後に、相手は蜘蛛型のミュータントなので灯りがあろうがなかろうが、こちらを認識していることに違いはないだろうという結論に至った。
大した違いはないとはいえど、敵のテリトリーで灯りをつけることは精神的な負担があった。荒くなる息を抑え込み、ライフルを構えて探索を始めた。
天井と床が壁であり、壁が天井と床である。歩いているだけて方向感覚が狂い眩暈がしそうだ。特に横になった階段部屋を進むときなど、つまづいてもいないのに何度も転びそうになった。
壊れ倒れた棚の間を避けて慎重に進む。役に立ちそうなものはすべて持ち去られ、残るものは壊されていた。
何か乾いた枝のような物を踏んだ感触がしたので足元を見ると、変色した白い棒のようなものが見えた。この荒れようでは元が何の部屋だったのかわからないが、今は食堂になっているようだ。
「笑えない冗談だ……」
不快感を振り払うように、砂混じりの唾を吐き出した。
高層ビルが横倒しになった廃墟なので広さも相当なものである。へたをすれば探索だけで数日かかってしまうのでは、と不安になったものだが意外に手がかりはすぐに見つかった。ある地点で蜘蛛の巣があちこちに張られていたのである。
通常のものとは違う、一目ではっきり白く見えるほどの太さをもった糸であった。敵は近い。ライフルの先端でクモの巣を払いながら、左右に目を走らせ、より慎重に進む。
やがて気配はより色濃くなった。名状しがたい悪臭と、生暖かい空気がディアスを包み込む。
植物とは違う、昆虫独特の青臭さ。獣の発する体臭。そして新鮮な血の臭いがブレンドされて、空気を吸ったディアスの頭がガンガンと傷みだす。
すり足のような形で部屋に入るとその隅で、闇のなか何がが蠢いている。
かさかさと大量の何かが擦れ合う音。
そして、にちゃりにちゃりと、水気と肉が混じる音。人間ものとは違う咀嚼音であろう。
本能がこの先に進んではいけないと警鐘を打ち鳴らす。心臓が激しく収縮し、口のなかは唾液が張り付くほどに乾いていた。
何も見ずに逃げろ、そして振り返るな。精神と肉体が揃って出した提案に、ディアスは従わなかった。
(俺は格好つけて死ぬためにここへ来たんだ。俺を虐げてきた連中と一緒になどされてなるものか……)
男の意地と見栄。この場において何の役にも立たないどころか、害悪ですらあるものがディアスを縛りつけていた。掴みかかる仲間の頭を砕いてまで来たのだ。今さら後戻りなどできるはずもない。
理由はもうひとつ。ディアスはいつも目で追っていた花のごとき少女の笑顔を思い浮かべた。できれば彼女には生きていて欲しい。無事に助け出すことができれば己のつまらぬ人生にも、多少の意味があったと思えるのではないか。
幸せになって欲しい。たとえその時、隣に居るのが自分ではないとしても。
やるべきこと、やるべき理由を確認すると覚悟が決まり少しだけ呼吸が整った。
意を決してライフルを構えた。その視線の先、ヘッドライトが切り取った光の輪に映るもの、それは握りこぶし大の蜘蛛であった。狂犬の顔を持った子蜘蛛であった。 数十匹の子犬蜘蛛が一ヶ所に集まり、蠢き貪っていた。
震える光の輪、子犬蜘蛛たちの狂宴の中心に、左手を残し他の手足をもがれたカーディルの姿を見た。
高さ40階、それが今は建物の横幅であり、フロアの広さが高さである。
ディアスは適当な壁穴から中に侵入すると、背嚢からヘッドライトを取り出し握りしめたまましばし迷った。
ぼろぼろの廃ビルには無数の穴、あるいは破壊された壁があり、それなりに太陽光は入ってくるのだが薄暗いことに変わりはない。灯りをつけることはすなわち自分の居場所を教えるということだが、さてどうしたものかと。
考えた後に、相手は蜘蛛型のミュータントなので灯りがあろうがなかろうが、こちらを認識していることに違いはないだろうという結論に至った。
大した違いはないとはいえど、敵のテリトリーで灯りをつけることは精神的な負担があった。荒くなる息を抑え込み、ライフルを構えて探索を始めた。
天井と床が壁であり、壁が天井と床である。歩いているだけて方向感覚が狂い眩暈がしそうだ。特に横になった階段部屋を進むときなど、つまづいてもいないのに何度も転びそうになった。
壊れ倒れた棚の間を避けて慎重に進む。役に立ちそうなものはすべて持ち去られ、残るものは壊されていた。
何か乾いた枝のような物を踏んだ感触がしたので足元を見ると、変色した白い棒のようなものが見えた。この荒れようでは元が何の部屋だったのかわからないが、今は食堂になっているようだ。
「笑えない冗談だ……」
不快感を振り払うように、砂混じりの唾を吐き出した。
高層ビルが横倒しになった廃墟なので広さも相当なものである。へたをすれば探索だけで数日かかってしまうのでは、と不安になったものだが意外に手がかりはすぐに見つかった。ある地点で蜘蛛の巣があちこちに張られていたのである。
通常のものとは違う、一目ではっきり白く見えるほどの太さをもった糸であった。敵は近い。ライフルの先端でクモの巣を払いながら、左右に目を走らせ、より慎重に進む。
やがて気配はより色濃くなった。名状しがたい悪臭と、生暖かい空気がディアスを包み込む。
植物とは違う、昆虫独特の青臭さ。獣の発する体臭。そして新鮮な血の臭いがブレンドされて、空気を吸ったディアスの頭がガンガンと傷みだす。
すり足のような形で部屋に入るとその隅で、闇のなか何がが蠢いている。
かさかさと大量の何かが擦れ合う音。
そして、にちゃりにちゃりと、水気と肉が混じる音。人間ものとは違う咀嚼音であろう。
本能がこの先に進んではいけないと警鐘を打ち鳴らす。心臓が激しく収縮し、口のなかは唾液が張り付くほどに乾いていた。
何も見ずに逃げろ、そして振り返るな。精神と肉体が揃って出した提案に、ディアスは従わなかった。
(俺は格好つけて死ぬためにここへ来たんだ。俺を虐げてきた連中と一緒になどされてなるものか……)
男の意地と見栄。この場において何の役にも立たないどころか、害悪ですらあるものがディアスを縛りつけていた。掴みかかる仲間の頭を砕いてまで来たのだ。今さら後戻りなどできるはずもない。
理由はもうひとつ。ディアスはいつも目で追っていた花のごとき少女の笑顔を思い浮かべた。できれば彼女には生きていて欲しい。無事に助け出すことができれば己のつまらぬ人生にも、多少の意味があったと思えるのではないか。
幸せになって欲しい。たとえその時、隣に居るのが自分ではないとしても。
やるべきこと、やるべき理由を確認すると覚悟が決まり少しだけ呼吸が整った。
意を決してライフルを構えた。その視線の先、ヘッドライトが切り取った光の輪に映るもの、それは握りこぶし大の蜘蛛であった。狂犬の顔を持った子蜘蛛であった。 数十匹の子犬蜘蛛が一ヶ所に集まり、蠢き貪っていた。
震える光の輪、子犬蜘蛛たちの狂宴の中心に、左手を残し他の手足をもがれたカーディルの姿を見た。
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