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砂狼の回顧録
砂狼の回顧録-01
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5年前、ディアスとカーディルの他に6人の仲間がいた。ひとつふたつの差はあれど、ほぼ同じ世代の少年少女たちであった。
当時は戦車など持ってはいなかった。拳銃、ライフル、マシンガンなど、それぞれ得物を手にとって小型のミュータントを狩るチームだ。
カーディルはその美しさと聡明さでチームの中心であった。対してディアスはとにかく地味であり、いうなれば愚鈍剛直の人柄である。会話のなかに入ることもあまりなかった。いや、正確にいえば入れなかったのだ。
仕事はこなしている。腕も悪くない。だが、人の輪から外れた者は侮りを受けやすいもので、チームのなかではディアスを軽く見る、そうやって見てもいい空気のようなものが出来上がっていた。
彼よりもずっと腕の劣る者から、置いてやっているのだからありがたく思えといった態度を取られたことも幾度となくある。
こうなるとチームを離れてよそに行くのが最善なのだろうが、ディアスの狙撃の腕はあくまでそれなりといったところであり、他のところでもろ手をあげて歓迎されるわけでもないだろう。要するに受け入れられたところで今と変わらず、置物のような扱いをされるだけだ。
口下手なので鞍替えの交渉ができるとも思えず、結局は不満を抱きながらも現状に甘んじていた。
いつものようにチームから離れる機会はないかと頭の片隅に置きながら狩りをしていると、突如として中型ミュータントが乱入してきた。
蜘蛛の体に犬の頭を持ったおぞましい姿だ。自然の摂理としてあり得ない姿であり、あり得ないからこそのミュータントでもある。
その頭も可愛いワンちゃんなどではない。目を真っ赤に血走らせ、常に牙を剥き出して口の両端からよだれがとめどなく流れ落ちる狂犬である。
高さ2メートルほどの、蜘蛛と犬の融合体が狂犬病のような状態で襲いかかってくるのだ、中型ミュータントとの戦闘経験のない彼らが恐慌に陥るのも無理からぬことであった。
犬蜘蛛の突進でひとり、岩壁に叩きつけられ即死した。さらにもうひとりが蜘蛛の足で腹部を貫かれ、血の泡を吐いている。
「うわああああ!」
残った者たちは叫びながら、それぞれが手にした武器を狙いもつけずに乱射した。腹に蜘蛛の足が刺さったままの男が憎悪の視線を向けてくるが、そんなものはお構いなしに銃弾が飛び交い、男の頭部は狂乱の鉛弾に蹂躙され肉片と化した。
最後の呪いの言葉を誰も耳にしていない。いや、たとえ聞いていたとしてもこの恐慌状態では理解も出来なかったであろう。
銃弾の雨などお構いなしに、犬蜘蛛はさらに突撃し、カーディルの足に牙を突き立て持ち上げた。
仲間たちは躊躇った。先程のように、明らかに助からぬ者を犠牲にするのとは訳が違う。ましてや、砂漠に咲く花のごとき少女を、己が手で醜い肉片にしようなどと。
彼らの心情など、どうでもいいとばかりに犬蜘蛛はまた現れた時と同じようにすさまじい速さで去っていった。わずか数十秒の間に起きた惨劇である。
つい先程まで狂暴なミュータントがいたことなど信じられないような静寂に包まれた。大量の薬莢とふたつの死体が残り、カーディルの絶望に満ちた悲鳴が耳の奥に貼り付くのみである。
恐怖にで顔をひきつらせる者がいた。自分は助かったと薄暗い笑みを浮かべる者がいた。誰もが言葉を発することなく、その場を動けずにいた。
そんな中、ディアスは唇を噛みしめ、愛用のライフルを担ぎ直すと黙って歩き出した。カーディルが拐かされた方角へ向けて、力強く。
「おい、どこへ行くんだ」
チームのリーダー格であるバルドーという男が後ろから声をかけるが、答えない。ただ前だけを見据えて突き進む。
「何をしているんだって聞いているだろうが!」
乱暴に肩を掴まれるが、これを振り払った。いや、相手の腕を殴ったというべきか。彼もまた冷静ではいられなかった。
突き飛ばされたバルドーは先程の恐怖のために腰が抜けていたのか、勢い余ってどすんと尻もちをついた。
「邪魔をするな」
侮蔑の視線と共にただ一言だけいい放ち、また歩み出す。バルドーはしばらくぽかんと口を開けて見送っていたが、やがて己を取り戻すと顔面を朱に染めてわめき散らした。
曰く、勝手な行動は全員の命に関わる。助けるならばしっかり準備をしてから行くべきだ。中型以上のミュータントを発見したならハンターオフィスに報告の義務がある。
どれも正論である。カーディルの命に余裕があり、こいつらが負け犬の目をしていなければの話だが。
「いつからてめえはそんなに偉くなったぁ!?」
わざわざ小走りに寄ってきて、バルドーが唾を飛ばしながら叫ぶ。他の生き残りたちも遠巻きに嫌悪の視線を向けていた。
それはこっちの台詞だ、とディアスの中に苛立ちが積もってきた。こちらが何も言わないからと、勝手に自分が無条件で上位の存在だと思い込み尊大に振る舞っていた奴が。本当に知りたい、いつからそんなに偉くなったのか……。
ディアスが鼻で笑うと、バルドーの怒りが頂点に達したか、腰の拳銃に手がのびる。それを目の端で捉えたディアスは振り向きざまにライフルの銃床でバルドーの頭を殴り付けた。
血が噴き出し、糸が切れたようにバルドーはその場でがくりと崩れ落ちる。意識のない危険な倒れ方だったが、もはやディアスにとってこの男の命など些末なことでしかなかった。
反省点と言えばライフルという精密機械に衝撃を与えてはいけないということだけだ。つい衝動的にやってしまった。
残された仲間たちはそれぞれが辺りを見回したり、腰を浮かそうとしたりと、何か行動を起こそうとしていたのだろうが、結局は何もできぬままディアスの背を見失った。
もはやディアスにとっては、仲間と呼ぶことすら汚らわしい存在だ。
当時は戦車など持ってはいなかった。拳銃、ライフル、マシンガンなど、それぞれ得物を手にとって小型のミュータントを狩るチームだ。
カーディルはその美しさと聡明さでチームの中心であった。対してディアスはとにかく地味であり、いうなれば愚鈍剛直の人柄である。会話のなかに入ることもあまりなかった。いや、正確にいえば入れなかったのだ。
仕事はこなしている。腕も悪くない。だが、人の輪から外れた者は侮りを受けやすいもので、チームのなかではディアスを軽く見る、そうやって見てもいい空気のようなものが出来上がっていた。
彼よりもずっと腕の劣る者から、置いてやっているのだからありがたく思えといった態度を取られたことも幾度となくある。
こうなるとチームを離れてよそに行くのが最善なのだろうが、ディアスの狙撃の腕はあくまでそれなりといったところであり、他のところでもろ手をあげて歓迎されるわけでもないだろう。要するに受け入れられたところで今と変わらず、置物のような扱いをされるだけだ。
口下手なので鞍替えの交渉ができるとも思えず、結局は不満を抱きながらも現状に甘んじていた。
いつものようにチームから離れる機会はないかと頭の片隅に置きながら狩りをしていると、突如として中型ミュータントが乱入してきた。
蜘蛛の体に犬の頭を持ったおぞましい姿だ。自然の摂理としてあり得ない姿であり、あり得ないからこそのミュータントでもある。
その頭も可愛いワンちゃんなどではない。目を真っ赤に血走らせ、常に牙を剥き出して口の両端からよだれがとめどなく流れ落ちる狂犬である。
高さ2メートルほどの、蜘蛛と犬の融合体が狂犬病のような状態で襲いかかってくるのだ、中型ミュータントとの戦闘経験のない彼らが恐慌に陥るのも無理からぬことであった。
犬蜘蛛の突進でひとり、岩壁に叩きつけられ即死した。さらにもうひとりが蜘蛛の足で腹部を貫かれ、血の泡を吐いている。
「うわああああ!」
残った者たちは叫びながら、それぞれが手にした武器を狙いもつけずに乱射した。腹に蜘蛛の足が刺さったままの男が憎悪の視線を向けてくるが、そんなものはお構いなしに銃弾が飛び交い、男の頭部は狂乱の鉛弾に蹂躙され肉片と化した。
最後の呪いの言葉を誰も耳にしていない。いや、たとえ聞いていたとしてもこの恐慌状態では理解も出来なかったであろう。
銃弾の雨などお構いなしに、犬蜘蛛はさらに突撃し、カーディルの足に牙を突き立て持ち上げた。
仲間たちは躊躇った。先程のように、明らかに助からぬ者を犠牲にするのとは訳が違う。ましてや、砂漠に咲く花のごとき少女を、己が手で醜い肉片にしようなどと。
彼らの心情など、どうでもいいとばかりに犬蜘蛛はまた現れた時と同じようにすさまじい速さで去っていった。わずか数十秒の間に起きた惨劇である。
つい先程まで狂暴なミュータントがいたことなど信じられないような静寂に包まれた。大量の薬莢とふたつの死体が残り、カーディルの絶望に満ちた悲鳴が耳の奥に貼り付くのみである。
恐怖にで顔をひきつらせる者がいた。自分は助かったと薄暗い笑みを浮かべる者がいた。誰もが言葉を発することなく、その場を動けずにいた。
そんな中、ディアスは唇を噛みしめ、愛用のライフルを担ぎ直すと黙って歩き出した。カーディルが拐かされた方角へ向けて、力強く。
「おい、どこへ行くんだ」
チームのリーダー格であるバルドーという男が後ろから声をかけるが、答えない。ただ前だけを見据えて突き進む。
「何をしているんだって聞いているだろうが!」
乱暴に肩を掴まれるが、これを振り払った。いや、相手の腕を殴ったというべきか。彼もまた冷静ではいられなかった。
突き飛ばされたバルドーは先程の恐怖のために腰が抜けていたのか、勢い余ってどすんと尻もちをついた。
「邪魔をするな」
侮蔑の視線と共にただ一言だけいい放ち、また歩み出す。バルドーはしばらくぽかんと口を開けて見送っていたが、やがて己を取り戻すと顔面を朱に染めてわめき散らした。
曰く、勝手な行動は全員の命に関わる。助けるならばしっかり準備をしてから行くべきだ。中型以上のミュータントを発見したならハンターオフィスに報告の義務がある。
どれも正論である。カーディルの命に余裕があり、こいつらが負け犬の目をしていなければの話だが。
「いつからてめえはそんなに偉くなったぁ!?」
わざわざ小走りに寄ってきて、バルドーが唾を飛ばしながら叫ぶ。他の生き残りたちも遠巻きに嫌悪の視線を向けていた。
それはこっちの台詞だ、とディアスの中に苛立ちが積もってきた。こちらが何も言わないからと、勝手に自分が無条件で上位の存在だと思い込み尊大に振る舞っていた奴が。本当に知りたい、いつからそんなに偉くなったのか……。
ディアスが鼻で笑うと、バルドーの怒りが頂点に達したか、腰の拳銃に手がのびる。それを目の端で捉えたディアスは振り向きざまにライフルの銃床でバルドーの頭を殴り付けた。
血が噴き出し、糸が切れたようにバルドーはその場でがくりと崩れ落ちる。意識のない危険な倒れ方だったが、もはやディアスにとってこの男の命など些末なことでしかなかった。
反省点と言えばライフルという精密機械に衝撃を与えてはいけないということだけだ。つい衝動的にやってしまった。
残された仲間たちはそれぞれが辺りを見回したり、腰を浮かそうとしたりと、何か行動を起こそうとしていたのだろうが、結局は何もできぬままディアスの背を見失った。
もはやディアスにとっては、仲間と呼ぶことすら汚らわしい存在だ。
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