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Main Story ─ 次の色をさがして
第3話 逃げられない
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「えー、実はこのたび、二人結婚することになりまして」
始業五分前。
窓を背にして立つ谷元課長と津山さんのまわりに、フロアの社員が半円状に集まっている。
その一角で「わあ~、おめでとうございます~」という表情を引きつらせているのが私だ。
つい先日別れたばかりの元カレ兼上司とその浮気相手の結婚報告を聞かされるなんて、本当に一体何の罰ゲームなのだろう。
何人かがちらちらとこちらを見ているような気がするのは……きっと気のせいだ。気のせいに違いない。
「それで式なんですが、うちの部署からは代表で桐山部長と増田と、進藤さんと、あと黒田さんに参列してもらおうと思ってます」
「──!?」
確かに、仕事の話なら職場でしろと言ったのは私だ。
けれどこんなふうに悪用されるとは思わなかった。逃げられないよう、みんなの前でまるで決定事項のように発表するなんて。
ああ、やっぱり。何人かははっきりと表情を凍りつかせている。
……仕方ない。
「……えっ、私なんかがお招きいただいてしまっていいんですか?」
アラサー女の面の皮をなめないでほしい。
四半世紀もの長きにわたって、嘘に演技に、持てる全てを駆使して人間関係を生き抜いてきたのだから。
「そんな、もちろんです! ぜひいらしてください!」
答えたのは津山さんだった。
まあ、それ以外に言いようがないだろうけれど。でもその本心は、表情からは読み取れなかった。
「ねえ、課長とお付き合いしてたのって黒田さんじゃなかったの?」
私の背後でそんな声がした。もうとっくにお局も卒業したような先輩社員だ。
危うく文字通り頭を抱えてしまうところだった。まったく、古いタイプの人間には「必要に応じて声を抑える」という機能がついていないのだろうか。
このボリュームでは、私を含む周囲の人間はもちろん、前に立つ二人にも聞こえてしまっただろう。
私は凍てつく空気に身を切り刻まれる思いで後ろを振り返った。
「もう、やめてくださいよそんな昔の話」
困ったように笑いながら言う。
そう、谷元課長と付き合っていたのなんて遠い昔も同然なのだ……三日も経ってしまえば。
過去の交際相手が別れた後に誰とどうなろうと知ったことじゃない。当然、口を出すことでもない。
とっくに関係が終わっていたというのならなおさらだ。
だからこれで少しはこの空気も和らぐだろう──そう思った瞬間だった。
「……?」
なんとなく視線を感じて振り返る。
と、津山さんがまっすぐにこっちを見ていた。
顔は笑っているものの、その黒目がちな目は笑っていなくて、私はなんとなく寒気を感じた。
無意識だったのか、それとも意図的に伝えようとしていたのかはわからない。でも私には伝わった。
きっと彼女は知っている──私と谷元が最近まで付き合っていたことも、ゆえに自分の結婚が略奪愛であることも。
始業五分前。
窓を背にして立つ谷元課長と津山さんのまわりに、フロアの社員が半円状に集まっている。
その一角で「わあ~、おめでとうございます~」という表情を引きつらせているのが私だ。
つい先日別れたばかりの元カレ兼上司とその浮気相手の結婚報告を聞かされるなんて、本当に一体何の罰ゲームなのだろう。
何人かがちらちらとこちらを見ているような気がするのは……きっと気のせいだ。気のせいに違いない。
「それで式なんですが、うちの部署からは代表で桐山部長と増田と、進藤さんと、あと黒田さんに参列してもらおうと思ってます」
「──!?」
確かに、仕事の話なら職場でしろと言ったのは私だ。
けれどこんなふうに悪用されるとは思わなかった。逃げられないよう、みんなの前でまるで決定事項のように発表するなんて。
ああ、やっぱり。何人かははっきりと表情を凍りつかせている。
……仕方ない。
「……えっ、私なんかがお招きいただいてしまっていいんですか?」
アラサー女の面の皮をなめないでほしい。
四半世紀もの長きにわたって、嘘に演技に、持てる全てを駆使して人間関係を生き抜いてきたのだから。
「そんな、もちろんです! ぜひいらしてください!」
答えたのは津山さんだった。
まあ、それ以外に言いようがないだろうけれど。でもその本心は、表情からは読み取れなかった。
「ねえ、課長とお付き合いしてたのって黒田さんじゃなかったの?」
私の背後でそんな声がした。もうとっくにお局も卒業したような先輩社員だ。
危うく文字通り頭を抱えてしまうところだった。まったく、古いタイプの人間には「必要に応じて声を抑える」という機能がついていないのだろうか。
このボリュームでは、私を含む周囲の人間はもちろん、前に立つ二人にも聞こえてしまっただろう。
私は凍てつく空気に身を切り刻まれる思いで後ろを振り返った。
「もう、やめてくださいよそんな昔の話」
困ったように笑いながら言う。
そう、谷元課長と付き合っていたのなんて遠い昔も同然なのだ……三日も経ってしまえば。
過去の交際相手が別れた後に誰とどうなろうと知ったことじゃない。当然、口を出すことでもない。
とっくに関係が終わっていたというのならなおさらだ。
だからこれで少しはこの空気も和らぐだろう──そう思った瞬間だった。
「……?」
なんとなく視線を感じて振り返る。
と、津山さんがまっすぐにこっちを見ていた。
顔は笑っているものの、その黒目がちな目は笑っていなくて、私はなんとなく寒気を感じた。
無意識だったのか、それとも意図的に伝えようとしていたのかはわからない。でも私には伝わった。
きっと彼女は知っている──私と谷元が最近まで付き合っていたことも、ゆえに自分の結婚が略奪愛であることも。
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