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「──結果はどうだった?」

 そう尋ねる浩尚さんの前にはロイヤルミルクティーのカップがある。
 私はセイロンティーだ。

 図書館近くのこの隠れ家カフェは、やっぱり居心地がいい。

「うん、陰性だったよ。わかってたし、こんなことがなければそもそも検査なんて受けなかったと思う」

 そういう人は多いのかもしれない。だからこそ検査費を負担する市町村があるのだろう。

 あの日、用もないのに産婦人科に足を踏み入れるのもどうかなのかということで、私は子宮頸癌の検査を受けてきた。
 そう、私が行ったのはあくまで「産科」ではなく「婦人科」の方なのだ。

 どちらの患者かなんて他人にはわからない。本人の「外見」で不確かな判断を下すしかないのだ。
 意図的なミスリードだったのは認めるけれど。

「香織さんには、お礼にお菓子渡してきた。恐縮されちゃって、受け取ってもらうの大変だったけど」

 あの場所に悠一を連れてきてくれる協力者が必要となったとき、私の頭に最初に浮かんだのが、悠一の幼馴染──香織だった。

 彼女にとっては知ったことじゃないだろうけれど、もっとも「当事者」に近い立場にあったのが彼女なのだ。

 それで、何度か悠一と一緒に遊んだことのあるもう一人の幼馴染──拓真さんに頼んで、彼女の連絡先を教えてもらった。
 もちろん、本人に確認をとってもらったうえで。

 だからもしここで香織が首を縦に振ってくれなかったら、「協力者」は拓真さんにお願いすることになっていたかもしれない。
 悠一をあの場所に引っ張ってくればそれで終わりというわけではなく、シナリオとはいえ修羅場に巻き込むのだから。

 駅で見かけた時は「かわいい感じの子」としか思わなかったけれど、実際に会って話してみると、香織は頭もよく、かなりしっかりした女の子だった。

 同い年だけれど、悠一から「香織、香織」と聞かされていなければ心の中でも「香織さん」と呼んでいたと思う。
 彼女は私が事情を説明すると、ほぼ二つ返事で引き受けてくれた。

「まさか例の幼馴染を協力者に据えるなんて思わなかったよ」

 浩尚さんはそう言って笑う。

「でも素晴らしい人選だったと思う。完璧だったし、彼女じゃなきゃ成り立たない筋書きも立てられた」

 浩尚さんの言葉に私もうなずく。

 香織の顔を思い浮かべながら、私は窓の外に目を向けた。
 見える範囲に人影はない。猫が一匹、トコトコ歩いて道路を横切っていくのが見えただけだ。

「……もう、気にしてない?」

 私が窓から視線を戻すのを待って、浩尚さんが言った。

「え? 何を?」

 何のことかわからず、私は首を傾げた。
 そんな私を無言でじっと見て、浩尚さんは静かに息をつく。

「……あの彼のこと。僕は、頭を下げる相手は僕じゃないでしょって思ったけど」

 浩尚さんの言葉に、私は目を瞬いた。

「……ああ。そう言えばそんなこともあったね」

 正直に言うと、半ば忘れかけていた。
 背を向けた状態だったとはいえ、悠一が謝罪の言葉を口にしただけで私にとっては十分な衝撃だったのだ。

 でも言われてみればその通りかもしれない。
 悠一は一体私の「何」として、浩尚さんに頭を下げたのだろう?

 でももう、そんなことはどうでもいいのだった。


「……ふと思ったけど、『女性の恋愛は上書き保存』って、ほんとなの?」

 浩尚さんが冗談めかして言った。

 ずいぶん前になるけれど、「男の恋愛は別名保存、女の恋愛は上書き保存」みたいなフレーズがはやったことがあったのだ。

「まさか」

 私は思わず吹き出してしまう。

「昔のいらないファイルなんて、『削除』一択だから」

 そう、だから悠一のファイルはもう、私の中には存在しない。
 あるのはただ、今目の前にいるこの人──浩尚さんのファイルだけだ。

 きっとこれからどんどん、データサイズは大きくなっていく。
 こうして笑い合った今日のこの瞬間も、これから先のたくさんの時間も全部吸収して、どんどん大きくなっていく。

 願わくはこのファイルが、「永久保存版」でありますように──…。

 そんなことを思っていたら、顔が自然とほろこんでいたらしい。浩尚さんに「どうしたの?」と不思議そうな顔をされてしまった。
 私は慌てて首を振る。

「ううん、なんでもない」

 この人と一緒なら、どんなことも越えていける気がする。

 だからもし、浩尚さんに困ったことがあった時には、今度は私が力になりたい。
 そう、私が幾度となく助けてもらったように。

 そんな想いを噛み締めながら、私はにっこりと微笑んだ。


 -END-
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