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選んだ道を
第2話 後悔と爆発
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長い間、二人ともが黙っていた。
昔はこういう沈黙が辛くて、必死に話題を見つけては口にしていた。
でもそれって、いったい何のためだったんだろう?
それに一体、どんな意味があったんだろう?
コーヒーもココアもすっかり冷めてしまっただろうという頃になって、ようやく悠一が口を開いた。
「……本気?」
その一言だけだった。
でもその一言に悠一の気持ちがすべて詰まっている気がして、私は重々しく、けれどはっきりとうなずいた。
と、これでもかというくらいに、不穏な空気を従えた大きなため息が聞こえてきた。
はっとして顔を上げる。
「……ほんと勝手だよな。何年も付き合っておいて、他にいい男が見つかったらさっさと捨てるってことだろ?」
はたから見たら私はきっと、文字通り目が丸くなっていたと思う。
信じられない──ここまで自分のことを棚に上げて正当化して、自分がやったのと同じことで他人を責めることができるなんて。
「女ってそういうとこあるよな。やっぱり──」
「──いいかげんにしてよ!」
私は思わず悠一の言葉を遮って言った。
意外ときつい口調になった。
同じことを感じたようで、悠一はとっさに口をつぐんでいる。
そういえば、私は口論になっても、基本的に声を荒げるということをしてこなかったな、と思う。
それはもちろん、さっきみたいに言葉が出てこないから、というのもあるけれど、私が何か反論すればそれが何倍もの強さを持って返ってくるし、まともにやり合っているとあまりに疲弊するからだった。
でももう、これ以上は耐えられない。
「私が新しく別に男見つけてもともとの彼氏を捨てる? 一体どの口が言ってんのよ! 自分も同じこと──違うね、もっと勝手なことしたのわかってないの? そうやって捨てた女をフラれた時の保険としてキープしておいて、なおかつフラれて、何事もなかったみたいにヘラヘラとより戻させて!」
一気にまくし立てた私に、悠一は半ばあっけにとられているようだった。
その顔を見て、ああ私はこれまで、この人にとっては都合がいい女ですらなく、単に従順な「アクセサリー」なだけだったんだな、と自嘲的な気分になる。
別に、お姫様扱いしてほしかったわけじゃない。
でも、せめて、人格を持った対等な人間として接してほしかった。
私が、もっと早くに悠一とぶつかることをしていれば、私たちはちゃんとうまくいったのだろうか。
少なくとも違った形で今を迎えられたのだろうか。
そんな思考に引きずられるように、私はテーブルを見つめていた。
と、そこに不自然な影が落ちる。
それにつられて私が顔を上げるのと、立ち上がった悠一が私の肩を掴むのが同時だった。
ぱっと目が合う。
(殴られる──!)
咄嗟にそう思った私は、反射的にぎゅっと目をつぶり身体を硬くした。
(──?)
恐る恐る目を開けると、テーブルの横にもう一人別の人影があった。
スラックス姿のようだ──店員さんだろうか。
これはとんでもない客として追い出されるかもしれない。
が、正体を確かめようとその人影を見上げた私は自分の目を疑った。
「ま……!」
続きは声にならなかった。
そこにいたのは、松本さんだった──間違いない。
そしてその手は、悠一が振りかぶった腕をしっかりと掴んでいた。
私の声を聞き取ったらしい松本さんは、悠一に向かって投げ返すようにして手を離した。
呆気に取られている私をよそに、そのままぱっと私のバッグを手に取る。
「由佳ちゃん、待たせてごめん」
静かにそう言って、松本さんは半ば引っ張り上げるように私を立ち上がらせた。
そして悠一を振り返る。
「彼女には手を出さないでいただけますか──今後、一切」
今まで聞いたことのないほどの、冷たい声だった。
悠一は、何も言わない。
「──行こう」
そう言って松本さんは、私の肩にさっと手を添えた──スマートな動作だった。
私は促されるままに店の出口へと向かう。
悠一がどんな表情をしているのか気になったけれど、私は意識して振り向かなかった。
振り向いたら負けだと思った。振り向いたらすべてが水の泡に帰す、と。
そんな思いを知ってか知らずか、松本さんは私の肩に回した手をそのまま離さなかった。
昔はこういう沈黙が辛くて、必死に話題を見つけては口にしていた。
でもそれって、いったい何のためだったんだろう?
それに一体、どんな意味があったんだろう?
コーヒーもココアもすっかり冷めてしまっただろうという頃になって、ようやく悠一が口を開いた。
「……本気?」
その一言だけだった。
でもその一言に悠一の気持ちがすべて詰まっている気がして、私は重々しく、けれどはっきりとうなずいた。
と、これでもかというくらいに、不穏な空気を従えた大きなため息が聞こえてきた。
はっとして顔を上げる。
「……ほんと勝手だよな。何年も付き合っておいて、他にいい男が見つかったらさっさと捨てるってことだろ?」
はたから見たら私はきっと、文字通り目が丸くなっていたと思う。
信じられない──ここまで自分のことを棚に上げて正当化して、自分がやったのと同じことで他人を責めることができるなんて。
「女ってそういうとこあるよな。やっぱり──」
「──いいかげんにしてよ!」
私は思わず悠一の言葉を遮って言った。
意外ときつい口調になった。
同じことを感じたようで、悠一はとっさに口をつぐんでいる。
そういえば、私は口論になっても、基本的に声を荒げるということをしてこなかったな、と思う。
それはもちろん、さっきみたいに言葉が出てこないから、というのもあるけれど、私が何か反論すればそれが何倍もの強さを持って返ってくるし、まともにやり合っているとあまりに疲弊するからだった。
でももう、これ以上は耐えられない。
「私が新しく別に男見つけてもともとの彼氏を捨てる? 一体どの口が言ってんのよ! 自分も同じこと──違うね、もっと勝手なことしたのわかってないの? そうやって捨てた女をフラれた時の保険としてキープしておいて、なおかつフラれて、何事もなかったみたいにヘラヘラとより戻させて!」
一気にまくし立てた私に、悠一は半ばあっけにとられているようだった。
その顔を見て、ああ私はこれまで、この人にとっては都合がいい女ですらなく、単に従順な「アクセサリー」なだけだったんだな、と自嘲的な気分になる。
別に、お姫様扱いしてほしかったわけじゃない。
でも、せめて、人格を持った対等な人間として接してほしかった。
私が、もっと早くに悠一とぶつかることをしていれば、私たちはちゃんとうまくいったのだろうか。
少なくとも違った形で今を迎えられたのだろうか。
そんな思考に引きずられるように、私はテーブルを見つめていた。
と、そこに不自然な影が落ちる。
それにつられて私が顔を上げるのと、立ち上がった悠一が私の肩を掴むのが同時だった。
ぱっと目が合う。
(殴られる──!)
咄嗟にそう思った私は、反射的にぎゅっと目をつぶり身体を硬くした。
(──?)
恐る恐る目を開けると、テーブルの横にもう一人別の人影があった。
スラックス姿のようだ──店員さんだろうか。
これはとんでもない客として追い出されるかもしれない。
が、正体を確かめようとその人影を見上げた私は自分の目を疑った。
「ま……!」
続きは声にならなかった。
そこにいたのは、松本さんだった──間違いない。
そしてその手は、悠一が振りかぶった腕をしっかりと掴んでいた。
私の声を聞き取ったらしい松本さんは、悠一に向かって投げ返すようにして手を離した。
呆気に取られている私をよそに、そのままぱっと私のバッグを手に取る。
「由佳ちゃん、待たせてごめん」
静かにそう言って、松本さんは半ば引っ張り上げるように私を立ち上がらせた。
そして悠一を振り返る。
「彼女には手を出さないでいただけますか──今後、一切」
今まで聞いたことのないほどの、冷たい声だった。
悠一は、何も言わない。
「──行こう」
そう言って松本さんは、私の肩にさっと手を添えた──スマートな動作だった。
私は促されるままに店の出口へと向かう。
悠一がどんな表情をしているのか気になったけれど、私は意識して振り向かなかった。
振り向いたら負けだと思った。振り向いたらすべてが水の泡に帰す、と。
そんな思いを知ってか知らずか、松本さんは私の肩に回した手をそのまま離さなかった。
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