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まだ、今じゃない
第4話 笑顔と毒
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私は自分から悠一に連絡を取った。待ち合わせ場所は、この間と同じ店だ。
時間に遅れることなくやってきた悠一は、わかりやすく上機嫌だった。
今まで香織と会っていたのかもしれないし、この後会うのかもしれない。
会ってはいないけれどうまくいっている、ということだってありえる。
私はふっと一呼吸つくと、考えてきた言葉をそのまま口にした。
「──あのね、いろいろ考えたんだけど」
そう切り出すと、少し空気が引き締まった。本当にほんの少しだけれど。
「悠一と別れるのは辛いけど、でもやっぱり私は、悠一に幸せになってほしいと思ってる。だから私のことは気にしないで、ほんとに、この前言ってたみたいに、後悔しなくていいように……ね」
私は悠一の顔を見つめながら言葉を紡ぐ。
そして、悠一が口を開く前に言い足した。
「だから……別れよう。それで、頑張ってね」
私はそこまで言って目を伏せた。
自分で決めたこととはいえ、やっぱりみじめな気分になる。
こんな気持ちは、悠一には絶対にわからないだろう。
「いい、のか……?」
悠一は私の顔をのぞき込むようにして言った。
私は顔を上げ、でも悠一と視線は合わないようにしたまま、うなずいた。
そしてまたすぐに言い足す。
「でもね、あの……この前の、ほら、『もしフラれたら』とか今から考えて予防線張るのってなんか違うと思うし、その、悠一が告白したい相手にも失礼だと思うのよね」
悠一はだまって続きを促した。
「だから告白したあとのことはさ、今どうこう言わないで、その時考えることにしよう? それで……そう、もし幼なじみさんと付き合うことになったら一応、私にも教えてね」
私は弱々しく悠一に笑いかけた。
目の前の悠一は驚いた顔をしていた。
それでも、望みが叶った喜びを隠しきれていない。
私は悠一のこういう、素直で無邪気なところが好きだったんだろうか。
この残酷なまでの、まぶしさが。
「あ、ああ……うん、もちろん。由佳──」
「──じゃあね! 悠一、バイバイ……」
何か言いかけた悠一を遮って、私は立ち上がった。
そのまま、振り返りもせずに店を出る。
悠一が追いかけてなどこないことはわかっていた。
一刻も早く遠くあの場から離れたくて、私は一心に歩道を歩いた。
キンと冷たい空気が、私の頬を殴る。
(ほんと、ばかみたい……)
気づけば、あの日と同じようなことを考えていた。
でも今日は自分に対してだ。
あまりにもものわかりの良すぎる彼女、だっただろうか。今はもう「元」彼女だけれど。
(でも、ほかにどうすればよかったの……)
もちろん、「別れたくない!」ってヒステリックに泣き喚くことだってできた。
でももしそんなことをしたら、悠一はうんざりした表情を隠しもしなかったと思う。
それで、とりあえずその場を収めるために「わかったよ」なんて言うのだ。
腹の底では不満を煮えたぎらせているくせにだ。
そしていずれ悠一の中では、「俺には好きな奴がいたのに、こいつが別れたくないと言ったから諦めてやったんだ」という意識が育っていく。
恋人がいる状態で別の女に惹かれた自分のことは堂々と棚に上げて。
(寒い……というか、もう冷たい)
冷え切った外気にさらされ続けた顔や手の皮膚は、今にも悲鳴を上げそうだった。
むしろキンキンに甲高い悲鳴を上げてくれたらいいのに、なんて思う。
泣き叫べなかった私の代わりに。泣き叫べなかった私の、心の代わりに。
そう思うと無性に何かに感情をぶつけたくなった。
何かを蹴りつけるのでもいい。何かを投げつけるのでもいい。
とにかく、私の中から毒を出してしまいたかった。
悠一の前で張り付けた作り笑い、震えを隠して出した明るい声、そんなものと引き換えに、私の中には毒がたまっていったのだ。
その毒に、抑えた感情がふたをした。
このままこの場で、衆人環視の中感情のままに泣き叫んだらどうかななんて、そんな考えが頭をかすめた。
駅前なので人通りはそこそこある。
きっとみんな、「うわあ……」みたいな感じで遠巻きに見るか、避けて去っていくんだろうな、と思う。
でもそれって、あまりにもみじめじゃない?
まるで私が敗北を認めて、それを嘆いているみたいで。
私は負けてなんかいない。
私は「大切な人の幸せのために身を引いた」人間なのだから。
それが「恋人」の次に私に与えられた、悠一に対する役割だから。
苦しかった。でも、涙は出なかった。
時間に遅れることなくやってきた悠一は、わかりやすく上機嫌だった。
今まで香織と会っていたのかもしれないし、この後会うのかもしれない。
会ってはいないけれどうまくいっている、ということだってありえる。
私はふっと一呼吸つくと、考えてきた言葉をそのまま口にした。
「──あのね、いろいろ考えたんだけど」
そう切り出すと、少し空気が引き締まった。本当にほんの少しだけれど。
「悠一と別れるのは辛いけど、でもやっぱり私は、悠一に幸せになってほしいと思ってる。だから私のことは気にしないで、ほんとに、この前言ってたみたいに、後悔しなくていいように……ね」
私は悠一の顔を見つめながら言葉を紡ぐ。
そして、悠一が口を開く前に言い足した。
「だから……別れよう。それで、頑張ってね」
私はそこまで言って目を伏せた。
自分で決めたこととはいえ、やっぱりみじめな気分になる。
こんな気持ちは、悠一には絶対にわからないだろう。
「いい、のか……?」
悠一は私の顔をのぞき込むようにして言った。
私は顔を上げ、でも悠一と視線は合わないようにしたまま、うなずいた。
そしてまたすぐに言い足す。
「でもね、あの……この前の、ほら、『もしフラれたら』とか今から考えて予防線張るのってなんか違うと思うし、その、悠一が告白したい相手にも失礼だと思うのよね」
悠一はだまって続きを促した。
「だから告白したあとのことはさ、今どうこう言わないで、その時考えることにしよう? それで……そう、もし幼なじみさんと付き合うことになったら一応、私にも教えてね」
私は弱々しく悠一に笑いかけた。
目の前の悠一は驚いた顔をしていた。
それでも、望みが叶った喜びを隠しきれていない。
私は悠一のこういう、素直で無邪気なところが好きだったんだろうか。
この残酷なまでの、まぶしさが。
「あ、ああ……うん、もちろん。由佳──」
「──じゃあね! 悠一、バイバイ……」
何か言いかけた悠一を遮って、私は立ち上がった。
そのまま、振り返りもせずに店を出る。
悠一が追いかけてなどこないことはわかっていた。
一刻も早く遠くあの場から離れたくて、私は一心に歩道を歩いた。
キンと冷たい空気が、私の頬を殴る。
(ほんと、ばかみたい……)
気づけば、あの日と同じようなことを考えていた。
でも今日は自分に対してだ。
あまりにもものわかりの良すぎる彼女、だっただろうか。今はもう「元」彼女だけれど。
(でも、ほかにどうすればよかったの……)
もちろん、「別れたくない!」ってヒステリックに泣き喚くことだってできた。
でももしそんなことをしたら、悠一はうんざりした表情を隠しもしなかったと思う。
それで、とりあえずその場を収めるために「わかったよ」なんて言うのだ。
腹の底では不満を煮えたぎらせているくせにだ。
そしていずれ悠一の中では、「俺には好きな奴がいたのに、こいつが別れたくないと言ったから諦めてやったんだ」という意識が育っていく。
恋人がいる状態で別の女に惹かれた自分のことは堂々と棚に上げて。
(寒い……というか、もう冷たい)
冷え切った外気にさらされ続けた顔や手の皮膚は、今にも悲鳴を上げそうだった。
むしろキンキンに甲高い悲鳴を上げてくれたらいいのに、なんて思う。
泣き叫べなかった私の代わりに。泣き叫べなかった私の、心の代わりに。
そう思うと無性に何かに感情をぶつけたくなった。
何かを蹴りつけるのでもいい。何かを投げつけるのでもいい。
とにかく、私の中から毒を出してしまいたかった。
悠一の前で張り付けた作り笑い、震えを隠して出した明るい声、そんなものと引き換えに、私の中には毒がたまっていったのだ。
その毒に、抑えた感情がふたをした。
このままこの場で、衆人環視の中感情のままに泣き叫んだらどうかななんて、そんな考えが頭をかすめた。
駅前なので人通りはそこそこある。
きっとみんな、「うわあ……」みたいな感じで遠巻きに見るか、避けて去っていくんだろうな、と思う。
でもそれって、あまりにもみじめじゃない?
まるで私が敗北を認めて、それを嘆いているみたいで。
私は負けてなんかいない。
私は「大切な人の幸せのために身を引いた」人間なのだから。
それが「恋人」の次に私に与えられた、悠一に対する役割だから。
苦しかった。でも、涙は出なかった。
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