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真夜中のバレンタインデー【後編】

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「やっと終わったー……」

思わず机に突っ伏しそうになる。が、慌ててCtrl+Sで保存する。
上書き保存が確認できたところで、私は思いっきり伸びをした。

「終わったか?」

後ろから声がかかる。

「うん、おかげさまで」

振り返ると、ちょうど吉村が立ち上がったところだった。向こうも終わったらしい。

「じゃあこれ。データはお前の社内アドレスに送っといたから」

吉村はそう言って、私に書類の束を差し出した。

「……ありがと。ほんと助かった」

私は心からそう言って受け取った。

「あとはファイル統合だけだろ?……これ、ついでだから洗ってきてやるよ」

私が返事をする前に、吉村は私のマグカップを持って行ってしまった。

(ついでって、何の? 手でも洗うのかな?)

少し気になったが、まずは仕事を終えるのが先だ。
吉村から届いたファイルを統合し、微修正を施す。そして最終確認。
問題なかったので、そのまま先方に送信した。

〈送信しました〉

画面に表示される文字を確認する。これで何とか上司の言いつけ通りに仕事が片付いた。
もしまた似たようなことがあったら、その時こそ辞めてやると心に誓う。


「──お疲れ」

すぐ横で吉村の声がした。
いつの間にか戻ってきていたらしい。

「……ほんと、この度はお手数をおかけしました」

少々わざとらしいとも思いつつ、私は彼に頭を下げた。
と、吉村の咳払いが聞こえる。
顔を上げてみると、私のデスクの端に何かがちょん、と置かれるのが目に入った。

「……深夜まで残業の佐藤さんに、ささやかながら差し入れを」

それは小ぶりな白い箱だった。
真っ赤なリボンがかけられている。この配色はいかにも──

「……やっぱり、モテ男さんは食べきれないくらいもらうのね」

私は小さくため息をついた。
きっと、自分にとっての本命チョコ以外は家族とか友達とか、害のなさそうな相手に配っているんだろう。
他人に横流ししてるなんて贈り主にばれたら修羅場だろうし。
私がこうやっておすそ分けをもらえたのは、こいつなら誰かに言いふらしたりしないだろう、という信用からなのかもしれない。
吉村から返答はなく、代わりにため息が聞こえてきた。

「……どうだかな。──でも、食べ物は粗末にすんなよ」

そう言うと吉村はコートを手に取った。
羽織りながらパソコンをシャットダウンしている。

「あ、うん……。ありがとう」

ワンテンポ遅れてそう言うと、吉村は「おう」と答えた。

「それじゃ、お先。お前も気を付けて帰れよ」

そう言い残してオフィスを出ていく。
私は残された箱に視線を戻した。
おすそ分けとはいえ、まさかバレンタインデーに男性からチョコレートをもらうことになるとは……。
念を押されるまでもなく食べるつもりだったけれど、少し不安になってきた。

(ハート型に“LOVE”みたいな手作りのチョコとかだったらやだな……さすがに食べにくいし)

無意識に顔をしかめてしまう。
家までこのモヤモヤを引きずるくらいならと、もう思い切ってここで開けてしまうことにした。きれいに結ばれたリボンをほどく。

「──えっ」

思わず声が出る。
箱の中身はチョコレートではなかった。もちろん、“LOVE”とも書かれていない。

(これは……)

箱から出てきたのは、手のひらサイズの苺のタルトだった。
ホワイトチョコの小さなプレートが載っている。そこにブラウンのおしゃれなフォントでプリントされていたのは──…

「Happy……Birthday……」

はっと時計を見上げる。ちょうど、長短両方の針が12を指していた。
日付が変わり、2月15日──私の誕生日になったのだ。

(自分でも忘れてたのに……)

今日は丸一日ずっと忙しすぎて、そんなことまで気が回らなかった。
それなのに吉村は覚えていてくれたのだ──いち同僚に過ぎない私の誕生日を。

(おすそ分けなんかじゃなかった……お祝い、だったんだ……)

自然に笑顔がもれた。
ふと彼の言葉を思い出す。

(ついでって、これを取りに行くついでだったのね……)

冬場とはいえ、ケーキ類は要冷蔵だ。給湯室の冷蔵庫に入れてあったのだろう。
マグカップを洗ってくれたのも、私が早く帰れるための配慮だったのかもしれない。

(来週、ちゃんとお礼言わなきゃ)

私はそっと箱を戻し、元通りリボンで結んだ。
斜めにならないよう気を付けながら、バッグに滑り込ませる。
終電は15分後だ──今出れば、少し余裕を持って着けるだろう。

いつもは乱暴に肩にかけてばかりのバッグだけれど、今日はそっと手に提げる。
帰ったらお気に入りの紅茶と一緒にいただこう。

私は残業の疲れも忘れ、軽やかな足取りでオフィスを後にした。
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