34 / 37
第34話 合唱祭
しおりを挟む
「──ただいまより、第四十八回合唱祭を開催いたします」
マイクを通した声が講堂に反響する。
私は緊張をごまかすように、マイクを握る手に力を込めた。
「開会に先立ちまして、生徒会長の桐山秀平より挨拶をいたします」
マイクが拾った音声は、自分に直接聞こえる声よりもほんの少し遅れて聞こえてくる。
そのせいでどこまで発音したのか不安になるが、私はなんとか言い終えて壁際へと退いた。
そんな私と入れ替わるようにして、桐山会長が演壇の真ん中へと歩み出る。
そのすらりと高い背には、学校指定のチャコールのブレザーがとてもよく映えていた。
(桐山会長って、実は結構かっこよかったんだな……)
原稿を読むでもなく、ただまっすぐに顔を上げて堂々と挨拶をする桐山会長を見ながら、私はそんなことを思う。
生徒会執行部に、というか生徒会活動全般に興味のなかった私は、当然のように執行部の面々にも興味を抱かなかった。桐山会長にもだ。
春の生徒会選挙の時には、全員に信任の丸をつけた。生徒会執行部と関わるのなんて合唱祭の準備や当日の運営の時くらいなのだから、正直会長や副会長が誰だったってよかったのだ。
(……でも)
きっと、この執行部とこの実行委員会でなければ、今年のこの合唱祭を開催することはできなかったと思う。
「……『歌』はひとりでも歌える。でもひとりでは、『合唱』は決して作れない」
どこかで聞いたようなフレーズが聞こえてきて、私は思わず目を見張る。
もちろん、全校生徒に向けて挨拶をしている最中の桐山会長は、こちらに視線を投げかけてきたりはしないけれど。
それでもその横顔がかすかに笑みをたたえている気がするのは──気のせいだろうか。
「今日ステージに立つ人も、立たない人も、みんなで歌うからこそ、力を合わせるからこそ生まれる『合唱』に、そしてその響きに、耳を傾けてみてください」
マイクを通しているからよく聞こえる。でも桐山会長の声はまるで囁き声だった。それが逆に、聴衆の意識を引き込んでいる。
「『合唱』が放つ魅力や『合唱』が秘める力が、みなさん一人ひとりに届くことを祈念して、会長挨拶といたします」
そう締めくくり、桐山会長は完璧な礼をした。
それを見届けた私は、手元のクリップボードに挟んだ司会原稿を確認する。
それから、桐山会長が退場するタイミングを見計らって司会の定位置に戻り、マイクのスイッチを入れた。
「合唱祭実行委員長・新垣優也による開会宣言です」
私の一言に送り出されるようにして、新垣くんが壇上に上がる。
彼は桐山会長に負けないくらい丁寧に礼をしてから口を開いた。
合唱祭実行委員会は、今日までに本当にいろんなことを経験してきた。理不尽もあれば感動もあった。いろんなことを考えてきたし、いろんな行動を起こしてきた。
だからきっと、新垣くんはそのことを語るのだろう──と思っていたのだけれど。
「長々と話すつもりはありません。桐山会長の挨拶の通り、聴いてもらえればわかるはずなので」
そう言って、新垣くんはにこりと笑った。
桐山会長への当てつけなのでは──と思いかけたが頭の隅に追いやる。新垣くんはきっと一刻も早く早く合唱祭を始めたいだけだ……たぶん。
「例年とは少し違うかもしれません。それでも、数々の障害を乗り越え、こうして合唱祭を開催できることを、合唱祭実行委員長として非常にうれしく思います」
新垣くんのメガネのフレームが、講堂の照明を受けてキラリと光る。
「ここに、第四十八回、合唱祭の開会を宣言いたします」
塚本くんたち二年生の誘導で、輝と山名さんのいる最初のチームがステージに並ぶ。
講堂には入りきらないので、今日の聴衆は全校生徒と教職員だけだ。例年と比べれば、数の上では半分強と言ったところだろうか。
だからといって、緊張も半分になってくれるかといえば、そう都合のいいものではないのだけれど。
むしろ、聴衆の一列目がホールよりも近いせいで余計に緊張してしまいそうな気がする。
「それでは一曲目──『明日へ』です」
曲目に続けて指揮者と伴奏者を紹介し、壁際に移動する。
さあ、我らが合唱祭の始まりだ。
マイクを通した声が講堂に反響する。
私は緊張をごまかすように、マイクを握る手に力を込めた。
「開会に先立ちまして、生徒会長の桐山秀平より挨拶をいたします」
マイクが拾った音声は、自分に直接聞こえる声よりもほんの少し遅れて聞こえてくる。
そのせいでどこまで発音したのか不安になるが、私はなんとか言い終えて壁際へと退いた。
そんな私と入れ替わるようにして、桐山会長が演壇の真ん中へと歩み出る。
そのすらりと高い背には、学校指定のチャコールのブレザーがとてもよく映えていた。
(桐山会長って、実は結構かっこよかったんだな……)
原稿を読むでもなく、ただまっすぐに顔を上げて堂々と挨拶をする桐山会長を見ながら、私はそんなことを思う。
生徒会執行部に、というか生徒会活動全般に興味のなかった私は、当然のように執行部の面々にも興味を抱かなかった。桐山会長にもだ。
春の生徒会選挙の時には、全員に信任の丸をつけた。生徒会執行部と関わるのなんて合唱祭の準備や当日の運営の時くらいなのだから、正直会長や副会長が誰だったってよかったのだ。
(……でも)
きっと、この執行部とこの実行委員会でなければ、今年のこの合唱祭を開催することはできなかったと思う。
「……『歌』はひとりでも歌える。でもひとりでは、『合唱』は決して作れない」
どこかで聞いたようなフレーズが聞こえてきて、私は思わず目を見張る。
もちろん、全校生徒に向けて挨拶をしている最中の桐山会長は、こちらに視線を投げかけてきたりはしないけれど。
それでもその横顔がかすかに笑みをたたえている気がするのは──気のせいだろうか。
「今日ステージに立つ人も、立たない人も、みんなで歌うからこそ、力を合わせるからこそ生まれる『合唱』に、そしてその響きに、耳を傾けてみてください」
マイクを通しているからよく聞こえる。でも桐山会長の声はまるで囁き声だった。それが逆に、聴衆の意識を引き込んでいる。
「『合唱』が放つ魅力や『合唱』が秘める力が、みなさん一人ひとりに届くことを祈念して、会長挨拶といたします」
そう締めくくり、桐山会長は完璧な礼をした。
それを見届けた私は、手元のクリップボードに挟んだ司会原稿を確認する。
それから、桐山会長が退場するタイミングを見計らって司会の定位置に戻り、マイクのスイッチを入れた。
「合唱祭実行委員長・新垣優也による開会宣言です」
私の一言に送り出されるようにして、新垣くんが壇上に上がる。
彼は桐山会長に負けないくらい丁寧に礼をしてから口を開いた。
合唱祭実行委員会は、今日までに本当にいろんなことを経験してきた。理不尽もあれば感動もあった。いろんなことを考えてきたし、いろんな行動を起こしてきた。
だからきっと、新垣くんはそのことを語るのだろう──と思っていたのだけれど。
「長々と話すつもりはありません。桐山会長の挨拶の通り、聴いてもらえればわかるはずなので」
そう言って、新垣くんはにこりと笑った。
桐山会長への当てつけなのでは──と思いかけたが頭の隅に追いやる。新垣くんはきっと一刻も早く早く合唱祭を始めたいだけだ……たぶん。
「例年とは少し違うかもしれません。それでも、数々の障害を乗り越え、こうして合唱祭を開催できることを、合唱祭実行委員長として非常にうれしく思います」
新垣くんのメガネのフレームが、講堂の照明を受けてキラリと光る。
「ここに、第四十八回、合唱祭の開会を宣言いたします」
塚本くんたち二年生の誘導で、輝と山名さんのいる最初のチームがステージに並ぶ。
講堂には入りきらないので、今日の聴衆は全校生徒と教職員だけだ。例年と比べれば、数の上では半分強と言ったところだろうか。
だからといって、緊張も半分になってくれるかといえば、そう都合のいいものではないのだけれど。
むしろ、聴衆の一列目がホールよりも近いせいで余計に緊張してしまいそうな気がする。
「それでは一曲目──『明日へ』です」
曲目に続けて指揮者と伴奏者を紹介し、壁際に移動する。
さあ、我らが合唱祭の始まりだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
サンスポット【完結】
中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。
そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。
この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。
※この物語は、全四章で構成されています。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
彼女のテレパシー 俺のジェラシー
新道 梨果子
青春
高校に入学したその日から、俺、神崎孝明は出席番号が前の川内遥が気になっている。
けれどロクに話し掛けることもできずに一年が過ぎ、二年生になってしまった。
偶然にもまた同じクラスになったのだが、やっぱり特に話をすることもなく日々は過ぎる。けれどある日、川内のほうから話し掛けてきた。
「実はね、私、園芸部なんじゃけど」
そうして、同じクラスの尾崎千夏、木下隼冬とともに園芸部に入部することになった。
一緒に行動しているうち、俺は川内と付き合うようになったが、彼女は植物と心を通わせられるようで?
四人の高校生の、青春と恋愛の物語。
※ 作中の高校にモデルはありますが、あくまでモデルなので相違点は多々あります。
ジャグラック デリュージョン!
Life up+α
青春
陽気で自由奔放な咲凪(さなぎ)は唯一無二の幼馴染、親友マリアから長年の片想い気付かず、咲凪はあくまで彼女を男友達として扱っていた。
いつも通り縮まらない関係を続けていた二人だが、ある日突然マリアが行方不明になってしまう。
マリアを探しに向かったその先で、咲凪が手に入れたのは誰も持っていないような不思議な能力だった。
停滞していた咲凪の青春は、急速に動き出す。
「二人が死を分かっても、天国だろうが地獄だろうが、どこまでも一緒に行くぜマイハニー!」
自分勝手で楽しく生きていたいだけの少年は、常識も後悔もかなぐり捨てて、何度でも親友の背中を追いかける!
もしよろしければ、とりあえず4~6話までお付き合い頂けたら嬉しいです…!
※ラブコメ要素が強いですが、シリアス展開もあります!※
ハッピークリスマス !
設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が
この先もずっと続いていけぱいいのに……。
―――――――――――――――――――――――
|松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳
|堂本海(どうもとかい) ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ)
中学の同級生
|渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳
|石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳
|大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?
――― 2024.12.1 再々公開 ――――
💍 イラストはOBAKERON様 有償画像
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる