上 下
29 / 37

第29話 「普通」

しおりを挟む
 くじ引きは無事に終わった。
 無事どころか、変な言い方ではあるけれど「大盛況」とでも称したくなるような盛り上がりだった。
 私としては、かなりの部分を実行委員会側で決めてしまったことに対して苦情が出るかもしれないと心配していたのだけれど、それはまったくの杞憂だったのだ。

「いや、あたしとしてはむしろ助かったけど? だって自分たちで決めないといけないってなったらみんなの意見も聞かないとだし、いつまでたっても決まらない気がするもん」

 チームBのリーダーである梨花はそう言って笑った。
 梨花は自らリーダーに手を挙げるタイプではないので驚いたのだけれど、聞けば単にチームBの三年だけを集めたじゃんけんで負けたということらしい。なるほど。

 私は「ドンマイ」と口では言いながらも、リーダーをじゃんけんで決めてしまうくらいの気楽さをむしろ好ましく思うのだった。
 過ぎた真剣さは時に軋轢を生むものだということを、すでに知ってしまっているから。

 そして何の因果か、梨花は「夢の翼」を引き当てた。発表順は、最後だ。
 実は私もそのチームに入れてもらうことになっているのだと伝えると、彼女は飛び跳ねて喜んだ。

「たぶん練習にはほとんど行けないと思うけど……」

 申し訳なくて肩をすくめると、梨花は「全然! 実委だししょうがないよ」と笑顔を咲かせる。

 と、そこへ幸穂が近づいてきた。

「幸穂ちゃん! 伴奏、よろしくね」

 真っ先に気づいた梨花が駆け寄っていく。
 そう、「夢の翼」のピアノ伴奏は、幸穂が担当することになっているのだ。

 ちなみに、伴奏については候補者を先に集めて、十曲の中でどの曲を担当するかを話し合ってもらった。
 幸穂が「夢の翼」に決まったのは、最後まで決まらず残った曲だったからだ。

 お気に入りの曲が選ばれなかったのはなかなかに悲しいけれど、この曲はピアノが奏でる印象的な前奏で始まる。準備期間が一ヶ月しかないということで、敬遠されるのは仕方ないかもしれない。
 幸穂は頼もしいことに最初に「私はどの曲でも大丈夫」と宣言していて、最後に残ったこの曲の伴奏も快く引き受けてくれたのである。

「こちらこそよろしくね。頑張るわ」

 幸穂はいつもの、あの落ち着いたアルトの声で答えた。

「伴奏だけじゃなくてパートリーダーも手伝ってくれるなんて、ほんと感謝しきれないよ……」

 梨花のそんな言葉に私ははっと目を見開く。

「伴奏にパートリーダー? 大丈夫……? 過負担じゃない……?」

 すると幸穂はにっこりと微笑んだ。

「私もこの曲はお気に入りなの。女声パートはどっちも頭に入ってるし……伴奏も来週にはそれなりにできるようになってると思う」

「ら、来週……」

 思わず口をぽかんと開けてしまった。
 私には、どう頑張ったって一週間であの曲を弾きこなすことはできないと思う。
 パートだって私が歌えるくらいに把握できているのはソプラノだけだし、なんというかもう、次元が違う。

「ああ、なんかもう……ほんとにありがとう」

 うまく言葉にならないけれど、幸穂には本当に、感謝してもしきれない。
 チームBへの貢献のことはもちろんだけれど、合唱祭の開催が決まる前からだ。何かと気にかけてくれた。

「こちらこそ、こんな機会をありがとう」

 幸穂はそう言って、長い髪を揺らす。
 その顔はいつも通り大人びていた。私が考えていることも、きっと伝わっているだろう。

「今年は表彰とかもないけど、頑張ろうね!」

 梨花が何気なく口にした言葉が、すべての発端を蘇らせる。

(表彰、か……)

 桐山会長の「あんなのは合唱祭じゃない」という、例年の合唱祭への否定。それは決して間違ってはいないと思う。
 でも梨花のような、いろんな意味で「普通」の生徒にとっては、入賞を目指して心を、声を一つにするあの行事こそが「合唱祭」なのだろう。

 今年の合唱祭に参加を表明した生徒は、全校の約半分だ。
 けれど参加に関心を示さなかった残りの半分のうち、その理由に「表彰がなくて張り合いがないから」などと挙げる生徒はまずいないと思う。
 何が正解なのか、今になっても全然わからない。


「──あの、木崎さん。ちょっといいかな?」

 この声は、と思って振り返ると、やはりそこには生徒会執行部・副会長の河野さんの姿があった。

「え? うん、もちろん」

 答えながら、生徒会室で何かあったのだろうかと心配になる。
 実行委員も何人かは執行部の人と一緒に生徒会室に残っているのだ。

「相談したいことがあって……」

 その口調から察するに、少なくとも緊急事態というわけではないらしい。
 この場を離れても問題なさそうなのを確認してから、私は河野さんについて渡り廊下へと移動した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

サンスポット【完結】

中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。 そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。   この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。    ※この物語は、全四章で構成されています。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

ジャグラック デリュージョン!

Life up+α
青春
陽気で自由奔放な咲凪(さなぎ)は唯一無二の幼馴染、親友マリアから長年の片想い気付かず、咲凪はあくまで彼女を男友達として扱っていた。 いつも通り縮まらない関係を続けていた二人だが、ある日突然マリアが行方不明になってしまう。 マリアを探しに向かったその先で、咲凪が手に入れたのは誰も持っていないような不思議な能力だった。 停滞していた咲凪の青春は、急速に動き出す。 「二人が死を分かっても、天国だろうが地獄だろうが、どこまでも一緒に行くぜマイハニー!」 自分勝手で楽しく生きていたいだけの少年は、常識も後悔もかなぐり捨てて、何度でも親友の背中を追いかける! もしよろしければ、とりあえず4~6話までお付き合い頂けたら嬉しいです…! ※ラブコメ要素が強いですが、シリアス展開もあります!※

彼女のテレパシー 俺のジェラシー

新道 梨果子
青春
高校に入学したその日から、俺、神崎孝明は出席番号が前の川内遥が気になっている。 けれどロクに話し掛けることもできずに一年が過ぎ、二年生になってしまった。 偶然にもまた同じクラスになったのだが、やっぱり特に話をすることもなく日々は過ぎる。けれどある日、川内のほうから話し掛けてきた。 「実はね、私、園芸部なんじゃけど」 そうして、同じクラスの尾崎千夏、木下隼冬とともに園芸部に入部することになった。 一緒に行動しているうち、俺は川内と付き合うようになったが、彼女は植物と心を通わせられるようで? 四人の高校生の、青春と恋愛の物語。 ※ 作中の高校にモデルはありますが、あくまでモデルなので相違点は多々あります。

茉莉花-マツリカ-

相澤愛美(@アイアイ)
青春
茉莉花は小学五年生、貧乏だけどお母さんと二人で健気に暮らしている。作者の実体験を含めた感動ほっこりストーリーです。

処理中です...