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第29話 「普通」
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くじ引きは無事に終わった。
無事どころか、変な言い方ではあるけれど「大盛況」とでも称したくなるような盛り上がりだった。
私としては、かなりの部分を実行委員会側で決めてしまったことに対して苦情が出るかもしれないと心配していたのだけれど、それはまったくの杞憂だったのだ。
「いや、あたしとしてはむしろ助かったけど? だって自分たちで決めないといけないってなったらみんなの意見も聞かないとだし、いつまでたっても決まらない気がするもん」
チームBのリーダーである梨花はそう言って笑った。
梨花は自らリーダーに手を挙げるタイプではないので驚いたのだけれど、聞けば単にチームBの三年だけを集めたじゃんけんで負けたということらしい。なるほど。
私は「ドンマイ」と口では言いながらも、リーダーをじゃんけんで決めてしまうくらいの気楽さをむしろ好ましく思うのだった。
過ぎた真剣さは時に軋轢を生むものだということを、すでに知ってしまっているから。
そして何の因果か、梨花は「夢の翼」を引き当てた。発表順は、最後だ。
実は私もそのチームに入れてもらうことになっているのだと伝えると、彼女は飛び跳ねて喜んだ。
「たぶん練習にはほとんど行けないと思うけど……」
申し訳なくて肩をすくめると、梨花は「全然! 実委だししょうがないよ」と笑顔を咲かせる。
と、そこへ幸穂が近づいてきた。
「幸穂ちゃん! 伴奏、よろしくね」
真っ先に気づいた梨花が駆け寄っていく。
そう、「夢の翼」のピアノ伴奏は、幸穂が担当することになっているのだ。
ちなみに、伴奏については候補者を先に集めて、十曲の中でどの曲を担当するかを話し合ってもらった。
幸穂が「夢の翼」に決まったのは、最後まで決まらず残った曲だったからだ。
お気に入りの曲が選ばれなかったのはなかなかに悲しいけれど、この曲はピアノが奏でる印象的な前奏で始まる。準備期間が一ヶ月しかないということで、敬遠されるのは仕方ないかもしれない。
幸穂は頼もしいことに最初に「私はどの曲でも大丈夫」と宣言していて、最後に残ったこの曲の伴奏も快く引き受けてくれたのである。
「こちらこそよろしくね。頑張るわ」
幸穂はいつもの、あの落ち着いたアルトの声で答えた。
「伴奏だけじゃなくてパートリーダーも手伝ってくれるなんて、ほんと感謝しきれないよ……」
梨花のそんな言葉に私ははっと目を見開く。
「伴奏にパートリーダー? 大丈夫……? 過負担じゃない……?」
すると幸穂はにっこりと微笑んだ。
「私もこの曲はお気に入りなの。女声パートはどっちも頭に入ってるし……伴奏も来週にはそれなりにできるようになってると思う」
「ら、来週……」
思わず口をぽかんと開けてしまった。
私には、どう頑張ったって一週間であの曲を弾きこなすことはできないと思う。
パートだって私が歌えるくらいに把握できているのはソプラノだけだし、なんというかもう、次元が違う。
「ああ、なんかもう……ほんとにありがとう」
うまく言葉にならないけれど、幸穂には本当に、感謝してもしきれない。
チームBへの貢献のことはもちろんだけれど、合唱祭の開催が決まる前からだ。何かと気にかけてくれた。
「こちらこそ、こんな機会をありがとう」
幸穂はそう言って、長い髪を揺らす。
その顔はいつも通り大人びていた。私が考えていることも、きっと伝わっているだろう。
「今年は表彰とかもないけど、頑張ろうね!」
梨花が何気なく口にした言葉が、すべての発端を蘇らせる。
(表彰、か……)
桐山会長の「あんなのは合唱祭じゃない」という、例年の合唱祭への否定。それは決して間違ってはいないと思う。
でも梨花のような、いろんな意味で「普通」の生徒にとっては、入賞を目指して心を、声を一つにするあの行事こそが「合唱祭」なのだろう。
今年の合唱祭に参加を表明した生徒は、全校の約半分だ。
けれど参加に関心を示さなかった残りの半分のうち、その理由に「表彰がなくて張り合いがないから」などと挙げる生徒はまずいないと思う。
何が正解なのか、今になっても全然わからない。
「──あの、木崎さん。ちょっといいかな?」
この声は、と思って振り返ると、やはりそこには生徒会執行部・副会長の河野さんの姿があった。
「え? うん、もちろん」
答えながら、生徒会室で何かあったのだろうかと心配になる。
実行委員も何人かは執行部の人と一緒に生徒会室に残っているのだ。
「相談したいことがあって……」
その口調から察するに、少なくとも緊急事態というわけではないらしい。
この場を離れても問題なさそうなのを確認してから、私は河野さんについて渡り廊下へと移動した。
無事どころか、変な言い方ではあるけれど「大盛況」とでも称したくなるような盛り上がりだった。
私としては、かなりの部分を実行委員会側で決めてしまったことに対して苦情が出るかもしれないと心配していたのだけれど、それはまったくの杞憂だったのだ。
「いや、あたしとしてはむしろ助かったけど? だって自分たちで決めないといけないってなったらみんなの意見も聞かないとだし、いつまでたっても決まらない気がするもん」
チームBのリーダーである梨花はそう言って笑った。
梨花は自らリーダーに手を挙げるタイプではないので驚いたのだけれど、聞けば単にチームBの三年だけを集めたじゃんけんで負けたということらしい。なるほど。
私は「ドンマイ」と口では言いながらも、リーダーをじゃんけんで決めてしまうくらいの気楽さをむしろ好ましく思うのだった。
過ぎた真剣さは時に軋轢を生むものだということを、すでに知ってしまっているから。
そして何の因果か、梨花は「夢の翼」を引き当てた。発表順は、最後だ。
実は私もそのチームに入れてもらうことになっているのだと伝えると、彼女は飛び跳ねて喜んだ。
「たぶん練習にはほとんど行けないと思うけど……」
申し訳なくて肩をすくめると、梨花は「全然! 実委だししょうがないよ」と笑顔を咲かせる。
と、そこへ幸穂が近づいてきた。
「幸穂ちゃん! 伴奏、よろしくね」
真っ先に気づいた梨花が駆け寄っていく。
そう、「夢の翼」のピアノ伴奏は、幸穂が担当することになっているのだ。
ちなみに、伴奏については候補者を先に集めて、十曲の中でどの曲を担当するかを話し合ってもらった。
幸穂が「夢の翼」に決まったのは、最後まで決まらず残った曲だったからだ。
お気に入りの曲が選ばれなかったのはなかなかに悲しいけれど、この曲はピアノが奏でる印象的な前奏で始まる。準備期間が一ヶ月しかないということで、敬遠されるのは仕方ないかもしれない。
幸穂は頼もしいことに最初に「私はどの曲でも大丈夫」と宣言していて、最後に残ったこの曲の伴奏も快く引き受けてくれたのである。
「こちらこそよろしくね。頑張るわ」
幸穂はいつもの、あの落ち着いたアルトの声で答えた。
「伴奏だけじゃなくてパートリーダーも手伝ってくれるなんて、ほんと感謝しきれないよ……」
梨花のそんな言葉に私ははっと目を見開く。
「伴奏にパートリーダー? 大丈夫……? 過負担じゃない……?」
すると幸穂はにっこりと微笑んだ。
「私もこの曲はお気に入りなの。女声パートはどっちも頭に入ってるし……伴奏も来週にはそれなりにできるようになってると思う」
「ら、来週……」
思わず口をぽかんと開けてしまった。
私には、どう頑張ったって一週間であの曲を弾きこなすことはできないと思う。
パートだって私が歌えるくらいに把握できているのはソプラノだけだし、なんというかもう、次元が違う。
「ああ、なんかもう……ほんとにありがとう」
うまく言葉にならないけれど、幸穂には本当に、感謝してもしきれない。
チームBへの貢献のことはもちろんだけれど、合唱祭の開催が決まる前からだ。何かと気にかけてくれた。
「こちらこそ、こんな機会をありがとう」
幸穂はそう言って、長い髪を揺らす。
その顔はいつも通り大人びていた。私が考えていることも、きっと伝わっているだろう。
「今年は表彰とかもないけど、頑張ろうね!」
梨花が何気なく口にした言葉が、すべての発端を蘇らせる。
(表彰、か……)
桐山会長の「あんなのは合唱祭じゃない」という、例年の合唱祭への否定。それは決して間違ってはいないと思う。
でも梨花のような、いろんな意味で「普通」の生徒にとっては、入賞を目指して心を、声を一つにするあの行事こそが「合唱祭」なのだろう。
今年の合唱祭に参加を表明した生徒は、全校の約半分だ。
けれど参加に関心を示さなかった残りの半分のうち、その理由に「表彰がなくて張り合いがないから」などと挙げる生徒はまずいないと思う。
何が正解なのか、今になっても全然わからない。
「──あの、木崎さん。ちょっといいかな?」
この声は、と思って振り返ると、やはりそこには生徒会執行部・副会長の河野さんの姿があった。
「え? うん、もちろん」
答えながら、生徒会室で何かあったのだろうかと心配になる。
実行委員も何人かは執行部の人と一緒に生徒会室に残っているのだ。
「相談したいことがあって……」
その口調から察するに、少なくとも緊急事態というわけではないらしい。
この場を離れても問題なさそうなのを確認してから、私は河野さんについて渡り廊下へと移動した。
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