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第27話 見えないサポート
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「っていうか、呼んでよ! 昼休みびっくりしちゃったじゃない」
チーム編成のためのグループを整理しながら山名さんが憤る。
あの後、彼女も中庭に駆けつけてくれたのだ。曰く、掃除当番だったせいで到着が遅れてしまったらしい。
「いや、あれは俺らもびびったから」
苦笑しながらの乾の言葉に私もうなずく。
「ほんと、お茶吹きそうになったもん。まさかあんなインパクトで攻めるとは思ってなかったから」
とはいえ昼休みのあの放送を思い出すと、本当によく考えられていたなあと改めて感心してしまうのだ。
いきなりの「ヘーイ!」で一気に注意を引きつけたのはもちろん、中村くん一人じゃなく輝──つまりピッチもトーンも全然違う女子の声を使ったことで、あの放送にははるかにメリハリが生まれていた。
それから、「先生がすっ飛んでくるかもしれない」からと手短に、最小限の情報だけで済ませたのもプラスに働いたに違いない。長く退屈な話は、気の多い高校生の耳には届かないのだ。
ちなみに、すっ飛んでいこうとする先生を足止めすべく中村くんによって派遣されていた新垣くん曰く、職員室ではみんな肩を震わせていただけで、特に誰もすっ飛んではこなかったらしい。なんだそれは。
無関係な全校生徒の大半は「合唱委員がなんか変なことやり始めたな」としか思っていなかったと思う。
もちろん、それでこそ中村くんの策士っぷりが光るというものだけれど。
「うちのクラスでも超ウケてましたよ」
真紀ちゃんが笑う。
彼女も合唱祭開催が公になったことで、宣言通り戻ってきてくれたのだ。
ついに──ついに合唱祭実行委員が全員そろった。
そこに桐山会長をはじめとする執行部役員を加え、私たちは合唱祭を作るのだ。
「そうだ、選曲なんですけど」
中村くんの声に、みんな手を止めて彼に注目する。
「ヒデに話つけてきたんで何人か一緒に来てもらえます?」
私はぽかんと口を開けた。
「ヒデって誰?」
「音楽の芦田先生だと思う、たぶん」
そばでそんな囁き声が聞こえる。やっぱり、芦田先生をヒデと呼ぶのは学校中を探してもこの中村くんだけに違いない。
が、今はそんなことよりも──。
「私行きたい!」
とっさに立ち上がり勢いよく手を挙げる。
だって、実際に自分が歌えるのは一曲だけだとしても、当日聴ける曲を選べるのだ。まあ、例によってどれくらい聴けるかはわからないけれど。
「いやお前が行くのは決定だから」
乾が何を今更、と言わんばかりの顔で言う。
「え?」
「あ、じゃあ僕も行きます。音楽選択だったので」
そう言って塚本くんが立ち上がったので、私たち三人はそのまま廊下に出た。
と、続いてもう一人生徒会室から出てきた人がいる。
「執行部の河野です。私もご一緒しますね」
かわいらしい外見の印象そのままの、少女のような可憐な声で話す人だった。
私たちは互いにぺこぺこと挨拶し、一緒に音楽室に向かった。
「いやあ、ほんとによくここまでこぎ着けたなあ」
芦田先生はそう言って、私たちを音楽資料室へと誘った。
というのも、音楽室とその隣の音楽準備室は、どちらも吹奏楽部が部活に使っていたからだ。
「今年は諸事情で表立っては手伝えないんだけどさ」
そう言いながら彼が出してくれたのは、数冊の合唱曲集とそのデモCDだった。曲集からは付箋がいくつもぴょんぴょんとはみ出している。
「本番が一ヶ月後ってこととか、音楽選択以外の生徒もたくさんいることとか、その辺を考えて候補になりそうな曲、ピックアップしてみたからよかったら参考にしてよ」
そう言って芦田先生はニッと笑った。
「まじですか! やべえ」
「ありがとうございます!」
口々にお礼を言っていると、吹奏楽部の部員らしき女子生徒が芦田先生を呼びに来た。
「あーごめんごめん、すぐ行く。えーと、じゃあデッキはそこに置いてるやつ自由に使って。コンセントはそこね。あと、帰るときは施錠するから声かけて。じゃ!」
早口で一方的にまくし立て、芦田先生は行ってしまった。
「……話つけたって何かと思ったら、このことだったのね」
私はそうつぶやきながら、曲集とCDに目を落とす。
「いや、俺が頼んだのは合唱祭で使えそうな曲集があれば貸してほしいってことだけです」
「えっ」
声を上げたのは私だけじゃなかった。誰からともなく、みんなで顔を見合わせる。
つまり、この付箋もCDも完全に芦田先生の厚意ということだ。
「もうほんとに……」
思わずそんな言葉が漏れる。
中止に落ち込んでいた私にヒントをくれた山本先生。即日下りた生徒主体の合唱祭開催の許可。中村くんと輝の昼放送乗っ取りを黙認した職員室。そして、選曲に手を貸してくれた芦田先生。
もしかしたら学校側にも、この合唱祭を楽しみに思ってくれている人は少なくないのかもしれない。
そう思うと俄然、力とやる気がわいてくる。
「あ、木崎先輩が歌ってたあの曲ありますよ」
そんな声ではっと我に返ると、中村くんがさっそく一番上の曲集を広げていた。
そのページにあるのはたしかに、あの「夢の翼」の楽譜だ。
左上のタイトル横には、芦田先生が貼ったであろう付箋もついている。ちょっとうれしい。
「じゃあとりあえず、その一曲は決定で」
隣で一緒に歌ってくれた塚本くんがすかさず言う。
どのチームがどの曲を歌うかは、公平を期すためにくじで決められる予定だ。
ということは私がこの歌を歌える可能性は十パーセントか、ひょっとしたらそれ以下かもしれない──けれど。
「……ありがとう。独断と偏見っていうか、職権乱用もいいとこだけど」
肩をすくめると、横から「私も」と声がした。
「いい曲だと思う」
河野さんだった。どうやら「職権乱用ではない」とフォローしてくれたようだ。
そのはにかむような表情にはどことなく小動物めいたかわいさがあって、私はこのかわいらしく控えめな彼女があの桐山会長の下で働いていて大丈夫なのだろうかと余計な心配をしてしまった。
チーム編成のためのグループを整理しながら山名さんが憤る。
あの後、彼女も中庭に駆けつけてくれたのだ。曰く、掃除当番だったせいで到着が遅れてしまったらしい。
「いや、あれは俺らもびびったから」
苦笑しながらの乾の言葉に私もうなずく。
「ほんと、お茶吹きそうになったもん。まさかあんなインパクトで攻めるとは思ってなかったから」
とはいえ昼休みのあの放送を思い出すと、本当によく考えられていたなあと改めて感心してしまうのだ。
いきなりの「ヘーイ!」で一気に注意を引きつけたのはもちろん、中村くん一人じゃなく輝──つまりピッチもトーンも全然違う女子の声を使ったことで、あの放送にははるかにメリハリが生まれていた。
それから、「先生がすっ飛んでくるかもしれない」からと手短に、最小限の情報だけで済ませたのもプラスに働いたに違いない。長く退屈な話は、気の多い高校生の耳には届かないのだ。
ちなみに、すっ飛んでいこうとする先生を足止めすべく中村くんによって派遣されていた新垣くん曰く、職員室ではみんな肩を震わせていただけで、特に誰もすっ飛んではこなかったらしい。なんだそれは。
無関係な全校生徒の大半は「合唱委員がなんか変なことやり始めたな」としか思っていなかったと思う。
もちろん、それでこそ中村くんの策士っぷりが光るというものだけれど。
「うちのクラスでも超ウケてましたよ」
真紀ちゃんが笑う。
彼女も合唱祭開催が公になったことで、宣言通り戻ってきてくれたのだ。
ついに──ついに合唱祭実行委員が全員そろった。
そこに桐山会長をはじめとする執行部役員を加え、私たちは合唱祭を作るのだ。
「そうだ、選曲なんですけど」
中村くんの声に、みんな手を止めて彼に注目する。
「ヒデに話つけてきたんで何人か一緒に来てもらえます?」
私はぽかんと口を開けた。
「ヒデって誰?」
「音楽の芦田先生だと思う、たぶん」
そばでそんな囁き声が聞こえる。やっぱり、芦田先生をヒデと呼ぶのは学校中を探してもこの中村くんだけに違いない。
が、今はそんなことよりも──。
「私行きたい!」
とっさに立ち上がり勢いよく手を挙げる。
だって、実際に自分が歌えるのは一曲だけだとしても、当日聴ける曲を選べるのだ。まあ、例によってどれくらい聴けるかはわからないけれど。
「いやお前が行くのは決定だから」
乾が何を今更、と言わんばかりの顔で言う。
「え?」
「あ、じゃあ僕も行きます。音楽選択だったので」
そう言って塚本くんが立ち上がったので、私たち三人はそのまま廊下に出た。
と、続いてもう一人生徒会室から出てきた人がいる。
「執行部の河野です。私もご一緒しますね」
かわいらしい外見の印象そのままの、少女のような可憐な声で話す人だった。
私たちは互いにぺこぺこと挨拶し、一緒に音楽室に向かった。
「いやあ、ほんとによくここまでこぎ着けたなあ」
芦田先生はそう言って、私たちを音楽資料室へと誘った。
というのも、音楽室とその隣の音楽準備室は、どちらも吹奏楽部が部活に使っていたからだ。
「今年は諸事情で表立っては手伝えないんだけどさ」
そう言いながら彼が出してくれたのは、数冊の合唱曲集とそのデモCDだった。曲集からは付箋がいくつもぴょんぴょんとはみ出している。
「本番が一ヶ月後ってこととか、音楽選択以外の生徒もたくさんいることとか、その辺を考えて候補になりそうな曲、ピックアップしてみたからよかったら参考にしてよ」
そう言って芦田先生はニッと笑った。
「まじですか! やべえ」
「ありがとうございます!」
口々にお礼を言っていると、吹奏楽部の部員らしき女子生徒が芦田先生を呼びに来た。
「あーごめんごめん、すぐ行く。えーと、じゃあデッキはそこに置いてるやつ自由に使って。コンセントはそこね。あと、帰るときは施錠するから声かけて。じゃ!」
早口で一方的にまくし立て、芦田先生は行ってしまった。
「……話つけたって何かと思ったら、このことだったのね」
私はそうつぶやきながら、曲集とCDに目を落とす。
「いや、俺が頼んだのは合唱祭で使えそうな曲集があれば貸してほしいってことだけです」
「えっ」
声を上げたのは私だけじゃなかった。誰からともなく、みんなで顔を見合わせる。
つまり、この付箋もCDも完全に芦田先生の厚意ということだ。
「もうほんとに……」
思わずそんな言葉が漏れる。
中止に落ち込んでいた私にヒントをくれた山本先生。即日下りた生徒主体の合唱祭開催の許可。中村くんと輝の昼放送乗っ取りを黙認した職員室。そして、選曲に手を貸してくれた芦田先生。
もしかしたら学校側にも、この合唱祭を楽しみに思ってくれている人は少なくないのかもしれない。
そう思うと俄然、力とやる気がわいてくる。
「あ、木崎先輩が歌ってたあの曲ありますよ」
そんな声ではっと我に返ると、中村くんがさっそく一番上の曲集を広げていた。
そのページにあるのはたしかに、あの「夢の翼」の楽譜だ。
左上のタイトル横には、芦田先生が貼ったであろう付箋もついている。ちょっとうれしい。
「じゃあとりあえず、その一曲は決定で」
隣で一緒に歌ってくれた塚本くんがすかさず言う。
どのチームがどの曲を歌うかは、公平を期すためにくじで決められる予定だ。
ということは私がこの歌を歌える可能性は十パーセントか、ひょっとしたらそれ以下かもしれない──けれど。
「……ありがとう。独断と偏見っていうか、職権乱用もいいとこだけど」
肩をすくめると、横から「私も」と声がした。
「いい曲だと思う」
河野さんだった。どうやら「職権乱用ではない」とフォローしてくれたようだ。
そのはにかむような表情にはどことなく小動物めいたかわいさがあって、私はこのかわいらしく控えめな彼女があの桐山会長の下で働いていて大丈夫なのだろうかと余計な心配をしてしまった。
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