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第26話 この幸運を

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「今のところ、一年生が男子六十二人、女子五十三人。二年生は男子七十九人、女子八十六人。そして三年生が……男子九十八人、女子百六人です」

 名簿の集計を終えた塚本くんがそう報告してくれた。
 が、数字が意識を上滑りしてしまって、今ひとつピンとこない。

「えっと、つまり何人……?」

 私が訊くと、塚本くんが答えるより先に後ろから声がした。

「学年別には一年が百十五人、二年が百六十五人、三年が二百四人。男女別には男子が二百三十九人、女子が二百四十五人。合計で四百八十四人だ」

 桐山会長だった。どうやら、恐ろしいのは記憶力だけではないらしい。

「早っ」

「電卓かよ」

 輝と乾も驚いて──いや、引いている。

「全校生徒がざっと千人くらいだから……半分弱ってとこですね。まあまあ優秀じゃないですか?」

 中村くんが言う。けれど私としては、「まあまあ優秀」どころの話ではない。
 さっきも思ったけれど、これだけの人に合唱祭が愛されていたなんて、それだけでもう目頭が熱くなりそうなのだ。
 日に日に薄まっていく合唱祭の存在感とか、一般生徒の順応の早さや潔さとか、何もつかめないことへの焦りとか、いろんなものに押しつぶされそうになり、絶望しそうになっていた日を思えば。

 それでも、諦めなかったから今がある──新垣くんをはじめとする、諦めなかった人がいるから、こうして合唱祭が開催できるのだ。
 その幸運を、私は密かにかみしめた。

「ざっと四百八十人……編成はどうしようか」

 新垣くんが問いかける。
 そうだ、感傷に浸っている場合じゃない。合唱祭はまだ、始まったばかりなのだから。

「普段の合唱祭に近いのは四十人編成十二組だけど、時間的に厳しいよな」

 腕を組んで言う乾に、新垣くんがうなずく。

「二時間足らずしかないからね。四十八人編成を十組か、六十人編成を八組ってとこかな」

 ということは、例年の合唱祭より迫力のある合唱になりそうだ。

「学年別だと人数も違うし、男女比も調整しなくちゃいけない。ここはもう縦割りで行こう」

 新垣くんの言葉に、全員がうなずいた。

「じゃあ、学年・男女別で、とりあえず同じ合唱チームになりたい人同士でグループ作ってもらって、それをこっちでバランス良く組むってことでいいですか?」

 中村くんがさっとまとめる。

「うん。じゃあそっちは頼むね。牧村さん、塚本くん、湯浅くんも中村くんを手伝って」

 新垣くんが素早く答え、中村くんはどこか飛び跳ねるようにして、集まった生徒の前に出て行った。それを三人も追いかける。
 みんな、貴重な放課後の時間を割いて集まってくれたのだ。できる限り待たせたくない。

「曲はどうする? 各チームに任せたんじゃ、いつまでも決まらないとことか他とかぶるとことか出てくるんじゃないのか」

 中村くんたちの方をちらりと見ながら言った乾に、私はうなずく。

「今年は私たちでピックアップして割り当てるのがいいと思う。いかんせん時間がないし」

 すると桐山会長が眉間にしわを寄せた。

「その割り当てはどうするんだ? 希望が重ならないとも限らないだろう」

 むしろ、毎年どこかのクラスは希望が重なっていたはずだ。
 解決法はよくあるパターンで、じゃんけんで負けた方が別の曲を選んでいた。

「全チームが違う曲を希望する可能性はもちろんあるけど、そうなる保証もない。それならもういっそ曲はくじ引きで決めようか。公平に」

 本来ならあまり選びたい手段ではないかもしれない。
 でも今年は、どうしたっていろんなものを犠牲にしないと合唱祭は開催できないのだ。

 それに何より、今年こそは合唱「祭」──つまり祭りを開催するのだから、多少の不自由は諦めてほしい。
 いや、合唱祭において選曲は非常に重要な問題だ、なんてことは否定のしようもないのだけれど。

 私たちの反応を確認して、新垣くんは中村くんの方へと歩いて行った。
 選曲の方針を伝えに行くのだろう。

「……もしさ、好きな歌が歌えないならやめる、とかって言われたらどうする?」

 乾が声を潜めて訊いてくる。

「そのときはもう……」

 私は集まった生徒たちを眺める。彼らはみんな、どんな気持ちでここにいるのだろう、と考えながら。

「さよならする──でいいんじゃない? 無理強いしたって仕方ない……というか、本当に歌いたい人が、賞だの評価だのに惑わされずに歌うっていうのが、今年の合唱祭の趣旨なんだから」

 そばにいた桐山会長には聞こえていたに違いない。
 彼は特に何も言わなかったが、かすかに口角を上げたのが視界の端に映った。

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