22 / 37
第22話 始動
しおりを挟む
「──つまり、例年通りの合唱祭を実施するのはやっぱり無理で、だったら今年独自の合唱祭をやっちゃえばいいじゃん!……ってこと?」
塚本くんから大まかな事情を聴いた私は、驚くやら呆れるやらで額を押さえた。なんということ。いったい何がどう転べば、あの場でそんな結論が出るというのだろう。
「まあ、概ねそういう感じです」
塚本くんが律儀に答えてくれたところに、新垣くんがやってきた。
「口で言う分には簡単だけど、実際はそう単純じゃないよ。あちこちから許可だの承認だのを得ないといけないし、何より、参考にできるような前例がない」
新垣くんはそう言って眉間にしわを寄せる。
たしかに、実質的には一から新しく行事を作ろうとするのと変わらないのだから無理もないかもしれない。
「──いや、問題ない」
また別の声が割り込んできた。
「執行部が全面協力するんだ。不足などあるわけないだろう」
「……」
恐ろしいくらいの自信に思わず閉口してしまった。
いや、それよりもなぜ桐山会長がここにいるのか──説明を求めるように塚本くんを見る。
「今年の合唱祭は、生徒会執行部と合唱祭実行委員会の共同主催ってことにするらしいです」
塚本くんが囁く。本当に、あの後いったい何がどうなってこうなったのだろう。
「全面協力って……桐山会長の、ではなく執行部のってことで大丈夫なの?」
若干の不安を覚えながらも尋ねると、桐山会長は鷹揚にうなずいた。
「副会長の二人にも話は通してあるし、学校側との話し合いだって──あ」
桐山会長は言いかけた途中でスマホを確認する。
何だろう、と思っていると、彼はどこか不敵な笑みを浮かべた。
「理事会がこちらについているも同然なんだ。ついでに言うと、僕と新垣くんに加えて中村くんまでいる。不可能なんてないよ」
果たして桐山会長の言葉は本当だった。
開催の許可は即日下りたし、生徒会執行部と合唱祭実行委員会は当然、合唱祭の主催団体として承認されたのだ。
「理事会がついてるって……いったい何者なのよあの人」
正直、合唱祭を開催できる嬉しさに勝る勢いで空恐ろしさが募る。
「僕の推測が正しければ、現理事長はおそらく彼の祖父か大叔父あたりだろうね」
新垣くんが言うと、中村くんが「ガチじゃないすか」と体を引いた。
「それならこれまでだって、当たり前のようにこの学校を牛耳れたんじゃないの?」
私が言うと、乾があくびをかみ殺しながら「だろうな」と答えた。
「なんで今までは大人しくしてたんだろ。いや、なんで急に権力を行使し始めたんだろって言うべきかな……」
誰にともなくつぶやくと、なぜか塚本くんが咳払いをした。
その意味を察してはっと振り返ってみれば、たしかに桐山会長の姿がある。
(うわっ……)
始業式の放課後のトラウマなのか、今でもついついぎょっとしてしまう。
それを表に出さずにうまく隠せている自信はないので、桐山会長が気にしていない様子なのは幸いだった。
いや、単にそんなくだらないことを気にしているようでは生徒会長なんて務まらないという、ただそれだけの話かもしれないけれど。
「そんな必要がなかった──それだけだよ」
「──!」
桐山会長はさらりと言って、そのまま足を止めずに新垣くんのもとへと歩み寄った。
(私のことなんて、文字通り眼中にないんだろうなあ……そのわりにはがっつり聞かれてたけど)
私はそんなことを思いながら、桐山会長を目で追う。
彼は新垣くんに一枚のプリントを手渡した。
「日程は来月の第二金曜の午後を全校一斉で空けてもらった」
詳細が記されているのだろうか。そのプリントに新垣くんが目を落とす。
「翌週は中間テストか……。本格的な受験シーズン直前の最後のイベントってわけだね」
心なしか、新垣くんの口角が上がっている気がする。
と、乾が立ち上がり二人の会話に加わった。
「会場はどうすんだ? これから押さえないといけないだろ?」
「うん。時期的に今から外部の会場は厳しいだろうし、時間的にも校内が現実的だね」
新垣くんの答えにはっとする。
金曜の午後、つまり五・六限目にあたる時間帯しか使えないのだから、校外の施設に移動する時間なんてないのだ。
「なら体育館か……音響を考えると講堂か?」
「ああ、あそこならピアノもあるね」
「それなら、今から僕、申請に行ってきますよ」
塚本くんがそう言って立ち上がったので、私はびっくりしてしまった。
(なんだろうこの、みんな自分のやるべきことがわかっている感じ……)
なんだか、私一人が無能に思えて悲しくなってくる。
(って、私が勝手に一歩引いて見てるだけか……)
副会長である庄司くんと連れ立って出て行った塚本くんを見送ると、私は意を決してブレーンチームに近づいた。
「タイムテーブルも決めないと。合計で二時間か……どうする?」
「せっかく二時間もあるんだし、一曲だけで終わるなんてもったいないよね」
「けど、どれくらいの人数になるかわからないことには決めようがないだろ」
「完全に未知数だからね……」
日時と場所が決まったところで、それはイベントのほんのスタートに過ぎないのだ。
私はそんな当たり前の、でも今まで全く意識してこなかったことを考えた。
「じゃあまずは参加者を募るところから始めませんか」
後ろから聞こえてきた声に、私を含め全員がぱっと振り返る。中村くんだった。
「まあ、それが一番だろうね。問題はどうするか、で」
けれど新垣くんの返事に、中村くんは首をかしげた。
「簡単ですよ。明日昼休みに放送室ジャックして、合唱祭参加者募集の呼びかけをすればいいんです。参加希望者は放課後どこかに集合ってことで」
中村くんが例によって何事もないように──それこそ「明日ちょっと早起きすればいいんですよ」くらいのノリで言うので、私たちは一瞬、すべての動作を停止してしまった。
「お前、放送室ジャックってなあ……執行部は放送部に伝手とかあんの?」
乾が桐山会長を振り返るが、彼は「いや、ない」ときっぱり首を振る。
「だってあそこは……なんというか、異質すぎる」
かすかに顔をしかめた桐山会長の気持ちはわからないでもない。
その他大勢の一般生徒からは「オタクの巣窟」なんて揶揄されているが、実際のところ放送部は校内きっての変わり者を集めたような集団なのだ。
「──それはもう、ヤツを引っ張り戻すしかないでしょう」
塚本くんから大まかな事情を聴いた私は、驚くやら呆れるやらで額を押さえた。なんということ。いったい何がどう転べば、あの場でそんな結論が出るというのだろう。
「まあ、概ねそういう感じです」
塚本くんが律儀に答えてくれたところに、新垣くんがやってきた。
「口で言う分には簡単だけど、実際はそう単純じゃないよ。あちこちから許可だの承認だのを得ないといけないし、何より、参考にできるような前例がない」
新垣くんはそう言って眉間にしわを寄せる。
たしかに、実質的には一から新しく行事を作ろうとするのと変わらないのだから無理もないかもしれない。
「──いや、問題ない」
また別の声が割り込んできた。
「執行部が全面協力するんだ。不足などあるわけないだろう」
「……」
恐ろしいくらいの自信に思わず閉口してしまった。
いや、それよりもなぜ桐山会長がここにいるのか──説明を求めるように塚本くんを見る。
「今年の合唱祭は、生徒会執行部と合唱祭実行委員会の共同主催ってことにするらしいです」
塚本くんが囁く。本当に、あの後いったい何がどうなってこうなったのだろう。
「全面協力って……桐山会長の、ではなく執行部のってことで大丈夫なの?」
若干の不安を覚えながらも尋ねると、桐山会長は鷹揚にうなずいた。
「副会長の二人にも話は通してあるし、学校側との話し合いだって──あ」
桐山会長は言いかけた途中でスマホを確認する。
何だろう、と思っていると、彼はどこか不敵な笑みを浮かべた。
「理事会がこちらについているも同然なんだ。ついでに言うと、僕と新垣くんに加えて中村くんまでいる。不可能なんてないよ」
果たして桐山会長の言葉は本当だった。
開催の許可は即日下りたし、生徒会執行部と合唱祭実行委員会は当然、合唱祭の主催団体として承認されたのだ。
「理事会がついてるって……いったい何者なのよあの人」
正直、合唱祭を開催できる嬉しさに勝る勢いで空恐ろしさが募る。
「僕の推測が正しければ、現理事長はおそらく彼の祖父か大叔父あたりだろうね」
新垣くんが言うと、中村くんが「ガチじゃないすか」と体を引いた。
「それならこれまでだって、当たり前のようにこの学校を牛耳れたんじゃないの?」
私が言うと、乾があくびをかみ殺しながら「だろうな」と答えた。
「なんで今までは大人しくしてたんだろ。いや、なんで急に権力を行使し始めたんだろって言うべきかな……」
誰にともなくつぶやくと、なぜか塚本くんが咳払いをした。
その意味を察してはっと振り返ってみれば、たしかに桐山会長の姿がある。
(うわっ……)
始業式の放課後のトラウマなのか、今でもついついぎょっとしてしまう。
それを表に出さずにうまく隠せている自信はないので、桐山会長が気にしていない様子なのは幸いだった。
いや、単にそんなくだらないことを気にしているようでは生徒会長なんて務まらないという、ただそれだけの話かもしれないけれど。
「そんな必要がなかった──それだけだよ」
「──!」
桐山会長はさらりと言って、そのまま足を止めずに新垣くんのもとへと歩み寄った。
(私のことなんて、文字通り眼中にないんだろうなあ……そのわりにはがっつり聞かれてたけど)
私はそんなことを思いながら、桐山会長を目で追う。
彼は新垣くんに一枚のプリントを手渡した。
「日程は来月の第二金曜の午後を全校一斉で空けてもらった」
詳細が記されているのだろうか。そのプリントに新垣くんが目を落とす。
「翌週は中間テストか……。本格的な受験シーズン直前の最後のイベントってわけだね」
心なしか、新垣くんの口角が上がっている気がする。
と、乾が立ち上がり二人の会話に加わった。
「会場はどうすんだ? これから押さえないといけないだろ?」
「うん。時期的に今から外部の会場は厳しいだろうし、時間的にも校内が現実的だね」
新垣くんの答えにはっとする。
金曜の午後、つまり五・六限目にあたる時間帯しか使えないのだから、校外の施設に移動する時間なんてないのだ。
「なら体育館か……音響を考えると講堂か?」
「ああ、あそこならピアノもあるね」
「それなら、今から僕、申請に行ってきますよ」
塚本くんがそう言って立ち上がったので、私はびっくりしてしまった。
(なんだろうこの、みんな自分のやるべきことがわかっている感じ……)
なんだか、私一人が無能に思えて悲しくなってくる。
(って、私が勝手に一歩引いて見てるだけか……)
副会長である庄司くんと連れ立って出て行った塚本くんを見送ると、私は意を決してブレーンチームに近づいた。
「タイムテーブルも決めないと。合計で二時間か……どうする?」
「せっかく二時間もあるんだし、一曲だけで終わるなんてもったいないよね」
「けど、どれくらいの人数になるかわからないことには決めようがないだろ」
「完全に未知数だからね……」
日時と場所が決まったところで、それはイベントのほんのスタートに過ぎないのだ。
私はそんな当たり前の、でも今まで全く意識してこなかったことを考えた。
「じゃあまずは参加者を募るところから始めませんか」
後ろから聞こえてきた声に、私を含め全員がぱっと振り返る。中村くんだった。
「まあ、それが一番だろうね。問題はどうするか、で」
けれど新垣くんの返事に、中村くんは首をかしげた。
「簡単ですよ。明日昼休みに放送室ジャックして、合唱祭参加者募集の呼びかけをすればいいんです。参加希望者は放課後どこかに集合ってことで」
中村くんが例によって何事もないように──それこそ「明日ちょっと早起きすればいいんですよ」くらいのノリで言うので、私たちは一瞬、すべての動作を停止してしまった。
「お前、放送室ジャックってなあ……執行部は放送部に伝手とかあんの?」
乾が桐山会長を振り返るが、彼は「いや、ない」ときっぱり首を振る。
「だってあそこは……なんというか、異質すぎる」
かすかに顔をしかめた桐山会長の気持ちはわからないでもない。
その他大勢の一般生徒からは「オタクの巣窟」なんて揶揄されているが、実際のところ放送部は校内きっての変わり者を集めたような集団なのだ。
「──それはもう、ヤツを引っ張り戻すしかないでしょう」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
サンスポット【完結】
中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。
そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。
この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。
※この物語は、全四章で構成されています。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
ジャグラック デリュージョン!
Life up+α
青春
陽気で自由奔放な咲凪(さなぎ)は唯一無二の幼馴染、親友マリアから長年の片想い気付かず、咲凪はあくまで彼女を男友達として扱っていた。
いつも通り縮まらない関係を続けていた二人だが、ある日突然マリアが行方不明になってしまう。
マリアを探しに向かったその先で、咲凪が手に入れたのは誰も持っていないような不思議な能力だった。
停滞していた咲凪の青春は、急速に動き出す。
「二人が死を分かっても、天国だろうが地獄だろうが、どこまでも一緒に行くぜマイハニー!」
自分勝手で楽しく生きていたいだけの少年は、常識も後悔もかなぐり捨てて、何度でも親友の背中を追いかける!
もしよろしければ、とりあえず4~6話までお付き合い頂けたら嬉しいです…!
※ラブコメ要素が強いですが、シリアス展開もあります!※
彼女のテレパシー 俺のジェラシー
新道 梨果子
青春
高校に入学したその日から、俺、神崎孝明は出席番号が前の川内遥が気になっている。
けれどロクに話し掛けることもできずに一年が過ぎ、二年生になってしまった。
偶然にもまた同じクラスになったのだが、やっぱり特に話をすることもなく日々は過ぎる。けれどある日、川内のほうから話し掛けてきた。
「実はね、私、園芸部なんじゃけど」
そうして、同じクラスの尾崎千夏、木下隼冬とともに園芸部に入部することになった。
一緒に行動しているうち、俺は川内と付き合うようになったが、彼女は植物と心を通わせられるようで?
四人の高校生の、青春と恋愛の物語。
※ 作中の高校にモデルはありますが、あくまでモデルなので相違点は多々あります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる