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第17話 真相
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「……僕たちは実行委員として、合唱祭が突然中止を宣告されたことに疑問を抱いた。全校生徒はもとより、合唱祭に関して最も重要な立場にあるはずの僕たちにさえ、事情が一切知らされないなんて異常だから」
その口調はよどみない。
けれど、どこまで口にするかを慎重に吟味しながら話しているのがわかる。
「そして独自の調査の結果、僕たちはここにたどり着いた。執行部じゃない、君にだ」
「黒幕はお前だろ。桐山」
新垣くんを援護するかのように乾が言い足した。
合唱祭を中止したのが桐山会長だなんて、全くの初耳だった。
けれどそれを悟られるわけにはいかない。私はただただ表情筋を殺して会話を見守る。
「……新垣くん、それは経緯とは言わない。君が口にしたのは結果だけだ」
桐山会長は、新垣くんだけを見て言った。あくまで今話しているのは新垣くんだということらしい。
新垣くんは眼鏡の奥の目を少しだけ細めて、それから再び口を開いた。
「教育界に顔の利く知り合いに少し調べてもらったんだ。合唱祭中止の決定を下したのが、実際には誰なのかを」
そういえば、新垣くんは親族に教育関係者が多いという話だった。
彼の品行方正さとマッチしている気がして、妙に納得したのを思い出す。
「なぜ?」
桐山会長が短く訊いた。
「え?」
「どうして校内ではなく校外に調査の手を伸ばしたんだ? それも、校内の調査をすっ飛ばしてまで」
「それは……」
新垣くんが言いよどむ。
彼が独断で「教育界に顔の利く知り合い」を頼ったのは、きっと私と中村くんが「トップダウン」の可能性に言及したからだ。
私はその出所が山本先生であることを明かしてはいないけれど、新垣くんはそれでも迷ったのだろう。
「私が言ったのよ」
意識して平坦な声で割り込む。
すると桐山会長が「へえ」と小さく目を見開いた。
「木崎さんが?」
そんなにも意外だったのだろうか──そう思ったところでひらめく。
(ああ、そういうことだったんだ……)
さっき桐山会長が言った「君の顔をここで見ることになるとはね」という言葉──あれは本当に、単純な驚きだったのだ。
桐山会長は、私が彼にたどり着けるほど聡くはないということを知っていて、だからこその発言だった。
愕然とする。でも悔しいだとか、腹立たしいだとか、そんな感情は一切わいてこなかった。
記憶力だけじゃない──いわゆる「地頭」というやつが、根本的に違うのだということを、私はとうに知っている。
「……で、それがちょうど、合唱祭実行委員会に解散命令を出したタイミングと重なるんだよ。それで僕は君と理事会の繋がりを確信した」
新垣くんがすかさず話を元に戻した。
(そうだったんだ……)
新垣くんが、陰でそんな行動を起こしていたなんて知らなかった。……いや、そうだろうか。
(──あっ)
どうして気づかなかったのだろう。私はちゃんと、気づくきっかけを与えられていたのに。
桐山会長が、「おたくの委員長はなんとかならないのか」と苦情を入れてきたときだ。
彼が「おたくの委員長」なんていう呼び方をしたのは、きっと新垣くんが彼個人としてではなく、合唱祭実行委員会の委員長として何らかの行動に出ていたからだ。
なのに私は、そんなことにも思い至らなかった。
桐山会長もまさにあのとき、私の勘の悪さに気づいたのだろう。
私たちにはそもそも、ほとんど接点なんてなかったのだから。
「……でも君ほどの人が、そんな単純なミスを犯すとは考えられないんだよ。ということは、考えられる可能性は一つ──君は最初から、隠すつもりがなかったということになる」
新垣くんの話は続いている。
桐山会長はそれをただ興味深そうに聞いていた。彼自身は何も言わないままに。
「……否定、しないのか?」
しびれを切らしたのか、乾が訊いた。
すると間髪を入れずに、桐山会長も切り返す。
「否定してほしくて来たのか?」
なんだか不毛なやりとりだ──そんなことを思っていたせいだろうか。
気づけば私は声に出してしまっていたのだ。「そんなわけないじゃない」と。
桐山会長だけじゃない──部屋中の視線が一気に集まった。けれどまごついている場合ではない。
私は小さく息をつき、桐山会長と正対した。
「……私たちは、推理を披露しに来たわけでも、言質を取りに来たわけでもない。ちゃんと……ちゃんと理由を聞かせて。合唱祭中止の背後にあなたがいたと知ったところで、それだけじゃ私たちが求める答えにはならない」
たしかなことは何もわからない。
でもなんとなく、桐山会長は理由もなく行事を潰すような人間ではないという気がするのだ。
合唱祭の中止に理由があるのなら、私はそれを知りたいと思う。知らなければならないと思う。
けれど桐山会長は、一つの条件を出したのだ。
「そのためには、僕からの質問にも答えてもらいたい」
その口調はよどみない。
けれど、どこまで口にするかを慎重に吟味しながら話しているのがわかる。
「そして独自の調査の結果、僕たちはここにたどり着いた。執行部じゃない、君にだ」
「黒幕はお前だろ。桐山」
新垣くんを援護するかのように乾が言い足した。
合唱祭を中止したのが桐山会長だなんて、全くの初耳だった。
けれどそれを悟られるわけにはいかない。私はただただ表情筋を殺して会話を見守る。
「……新垣くん、それは経緯とは言わない。君が口にしたのは結果だけだ」
桐山会長は、新垣くんだけを見て言った。あくまで今話しているのは新垣くんだということらしい。
新垣くんは眼鏡の奥の目を少しだけ細めて、それから再び口を開いた。
「教育界に顔の利く知り合いに少し調べてもらったんだ。合唱祭中止の決定を下したのが、実際には誰なのかを」
そういえば、新垣くんは親族に教育関係者が多いという話だった。
彼の品行方正さとマッチしている気がして、妙に納得したのを思い出す。
「なぜ?」
桐山会長が短く訊いた。
「え?」
「どうして校内ではなく校外に調査の手を伸ばしたんだ? それも、校内の調査をすっ飛ばしてまで」
「それは……」
新垣くんが言いよどむ。
彼が独断で「教育界に顔の利く知り合い」を頼ったのは、きっと私と中村くんが「トップダウン」の可能性に言及したからだ。
私はその出所が山本先生であることを明かしてはいないけれど、新垣くんはそれでも迷ったのだろう。
「私が言ったのよ」
意識して平坦な声で割り込む。
すると桐山会長が「へえ」と小さく目を見開いた。
「木崎さんが?」
そんなにも意外だったのだろうか──そう思ったところでひらめく。
(ああ、そういうことだったんだ……)
さっき桐山会長が言った「君の顔をここで見ることになるとはね」という言葉──あれは本当に、単純な驚きだったのだ。
桐山会長は、私が彼にたどり着けるほど聡くはないということを知っていて、だからこその発言だった。
愕然とする。でも悔しいだとか、腹立たしいだとか、そんな感情は一切わいてこなかった。
記憶力だけじゃない──いわゆる「地頭」というやつが、根本的に違うのだということを、私はとうに知っている。
「……で、それがちょうど、合唱祭実行委員会に解散命令を出したタイミングと重なるんだよ。それで僕は君と理事会の繋がりを確信した」
新垣くんがすかさず話を元に戻した。
(そうだったんだ……)
新垣くんが、陰でそんな行動を起こしていたなんて知らなかった。……いや、そうだろうか。
(──あっ)
どうして気づかなかったのだろう。私はちゃんと、気づくきっかけを与えられていたのに。
桐山会長が、「おたくの委員長はなんとかならないのか」と苦情を入れてきたときだ。
彼が「おたくの委員長」なんていう呼び方をしたのは、きっと新垣くんが彼個人としてではなく、合唱祭実行委員会の委員長として何らかの行動に出ていたからだ。
なのに私は、そんなことにも思い至らなかった。
桐山会長もまさにあのとき、私の勘の悪さに気づいたのだろう。
私たちにはそもそも、ほとんど接点なんてなかったのだから。
「……でも君ほどの人が、そんな単純なミスを犯すとは考えられないんだよ。ということは、考えられる可能性は一つ──君は最初から、隠すつもりがなかったということになる」
新垣くんの話は続いている。
桐山会長はそれをただ興味深そうに聞いていた。彼自身は何も言わないままに。
「……否定、しないのか?」
しびれを切らしたのか、乾が訊いた。
すると間髪を入れずに、桐山会長も切り返す。
「否定してほしくて来たのか?」
なんだか不毛なやりとりだ──そんなことを思っていたせいだろうか。
気づけば私は声に出してしまっていたのだ。「そんなわけないじゃない」と。
桐山会長だけじゃない──部屋中の視線が一気に集まった。けれどまごついている場合ではない。
私は小さく息をつき、桐山会長と正対した。
「……私たちは、推理を披露しに来たわけでも、言質を取りに来たわけでもない。ちゃんと……ちゃんと理由を聞かせて。合唱祭中止の背後にあなたがいたと知ったところで、それだけじゃ私たちが求める答えにはならない」
たしかなことは何もわからない。
でもなんとなく、桐山会長は理由もなく行事を潰すような人間ではないという気がするのだ。
合唱祭の中止に理由があるのなら、私はそれを知りたいと思う。知らなければならないと思う。
けれど桐山会長は、一つの条件を出したのだ。
「そのためには、僕からの質問にも答えてもらいたい」
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