上 下
11 / 37

第11話 できること

しおりを挟む
 まずは前回のミーティングの内容の復習から始める。といっても、復習が必要なほどの収穫はなかったのだけれど。

「……とりあえず、合唱祭中止の理由というか原因がわからないことには、こっちとしても動きようがない」

 乾の言葉に、私は無言でうなずく。
 彼の言う通り、中止の理由がわかって初めてスタートラインなのだ。

 まずその理由は、合唱祭という行事を中止するに値するものなのか。
 もしそうなら、中止の決定を覆すために何が必要なのか。

 そしてもしその理由が中止には値しない程度のものだったとしたら、にもかかわらず中止の決定が下された理由は何か。

(ああ、もうっ……)

 考えていると頭がこんがらがりそうになる。
 それでも、今は考えるしか、知恵を絞り意見を出し合うしか、できることがないのだった。
 気が急いているのは自分でもわかっていたけれど。

「……音楽の教員が減ったとか、近所からの苦情とか、生徒審査をめぐる喧嘩とか、いろいろ可能性は考えてみましたよね」

 塚本くんが、いつになく静かな声で言った。
 私がうなずくより先に、「うん」と声がする──中村くんだ。

「で、どれも今ひとつ、合唱祭を中止にするほどの理由だとは思えないって話だった」

 中村くんの声は相変わらず淡々としている。
 でも私は、その言葉で塚本くんの瞳が揺れたのを見てしまった。

「……僕たちにはどうしようもないってことなのかもしれません。理由がわからないっていうのは、そういうことなんじゃないですか?」

 その言葉は、私たち全員に向けられたものだった。

 合唱祭実行委員という、全校生徒の中で最も合唱祭に近いところにいるはずの私たちが、中止の原因に一向にたどり着かないのだ。
 それはつまり、私たち生徒のあずかり知らぬところの、あずかり知らぬ理由なのではないかと。あるいは、最初から「理由」なんてないのではないかと。

 塚本くんがそう言おうとしていることはよくわかった。
 だからこそ、私は伝えなければいけないと思う。

「……中村くん」

 小声で呼ぶと、彼はわざわざ隣まで移動してきてくれた。

「昼休みのあの件、話そうと思うんだけど」

 私の言葉に、中村くんはうなずく。

「まあ、その方がいいでしょうね」

 突然こそこそとやり取りを始めた私たちに、あとの三人は何か言いたげな視線を向けた。
 それを感じた私は、改めて三人の方に向き直る。

「あの……これから言うことはオフレコでお願いしたいんだけど」

 三人がうなずいたので、私は隣の中村くんを見た。
 それを「お前が言え」という合図だと思ったのだろうか。中村くんが口を開く。

「合唱祭の中止は、校長か理事会の判断だと思います」

 これには私も思わずぽかんとしてしまった。

「ちょっと待てよ、いったいどこでそんな──」

「ごめん、順を追って説明する!」

 乾の疑問はもっともだったのだが、長くなりそうなので遮らせてもらう。

「実は、合唱祭中止を嘆いてたら……誰かは伏せるけどとある先生に『トップダウンとはそういうものだから仕方ない』って慰められたの」

「『トップダウン』?」

 つぶやくようなその声の主は新垣くんだった。私は軽くうなずいて続ける。

「そう。その場に偶然中村くんもいて、たぶんその発言は、合唱祭の中止がトップ──つまり「上」の指示だっていう結論に至ったの」

「現場の人間──つまり教師に上から指示を出せる人間ってなると、校長とか理事長とかかなって思ったので」

 中村くんがそう言って締めくくる。

「つまり……上からの指示には逆らえない、ってことか?」

 乾の確認に、私は「たぶん」とうなずく。

「わざわざそれを木崎さんに伝えたっていうのが気になるね」

 新垣くんがそう言って、こちらを見た。
 意味がよくわからなくて、私は「どういうこと?」と尋ねる。

「今回、先生たちは一様に──言い換えればまるで示し合わせたように、この件については口をつぐんでいる気がしない?」

 改めて言葉にされると、確かにそうだと思う。
 私自身が感じていたのはもちろん、幸穂ですら「なんとなく訊けなかった」と言っていた。

「確かに、『何も答えません』みたいな雰囲気は出てる気がしますね」

 塚本くんまでもがそう言っている。

「それってもしかしたら、『我々はこの決定には関与していない』っていう表明なんじゃないかな?」

 新垣くんの言葉にはっとする。

「じゃあ私にそれとなく教えてくれたのは……それに不満を持っていたから?」

 相変わらず、合唱祭中止の直接的な理由はわからないままだ。
 でもなんとなく、たとえほんの少しだとしても、何か真相に近づけたような気がしてならない。

 山本先生の発言──「メッセージ」を受け取ったあの時、中村くんがその意味を教えてくれた。
 そして今、新垣くんたちの力を借りて、さらに彼女の発言そのものに意味を見出した。もちろん、それはあくまで想像とか仮説の域を出ないものだけれど。

 今改めて、私たちは「チーム」なのだと実感する。「三人寄れば文殊の知恵」は伊達じゃない。

「この問題、思いのほか根が深いかもな」

 乾がぽつりとつぶやく。
 同感だった。塚本くんが言ったように、所詮生徒の集まりに過ぎない私たちには手の届かない問題なのかもしれない。
 それでもこうして集まって、あれやこれやと話し合うのは、やっぱり本当のことを知りたいからだった。そして何より、合唱祭への希望を捨てきれないから──…。

「……各自、できることをやるしかないね」

 新垣くんが静かに言った。

(……?)

 どういう意味だろう。それに、私にできることって何だろう。
 委員長である新垣くんは、自分にできることをもうわかっているのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えながら、私は彼の端正な顔を見つめた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

おっぱい揉む?と聞かれたので揉んでみたらよくわからない関係になりました

星宮 嶺
青春
週間、24hジャンル別ランキング最高1位! 高校2年生の太郎の青春が、突然加速する! 片想いの美咲、仲の良い女友達の花子、そして謎めいた生徒会長・東雲。 3人の魅力的な女の子たちに囲まれ、太郎の心は翻弄される! 「おっぱい揉む?」という衝撃的な誘いから始まる、 ドキドキの学園生活。 果たして太郎は、運命の相手を見つけ出せるのか? 笑いあり?涙あり?胸キュン必至?の青春ラブコメ、開幕!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

美しいお母さんだ…担任の教師が家庭訪問に来て私を見つめる…手を握られたその後に

マッキーの世界
大衆娯楽
小学校2年生になる息子の担任の教師が家庭訪問にくることになった。 「はい、では16日の午後13時ですね。了解しました」 電話を切った後、ドキドキする気持ちを静めるために、私は計算した。 息子の担任の教師は、俳優の吉○亮に激似。 そんな教師が

お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」 義姉にそう言われてしまい、困っている。 「義父と寝るだなんて、そんなことは

そんなふうに見つめないで…デッサンのモデルになると義父はハイエナのように吸い付く。全身が熱くなる嫁の私。

マッキーの世界
大衆娯楽
義父の趣味は絵を描くこと。 自然を描いたり、人物像を描くことが好き。 「舞さん。一つ頼みがあるんだがね」と嫁の私に声をかけてきた。 「はい、なんでしょうか?」 「デッサンをしたいんだが、モデルになってくれないか?」 「え?私がですか?」 「ああ、

何でも出来る親友がいつも隣にいるから俺は恋愛が出来ない

釧路太郎
青春
 俺の親友の鬼仏院右近は顔も良くて身長も高く実家も金持ちでおまけに性格も良い。  それに比べて俺は身長も普通で金もあるわけではなく、性格も良いとは言えない。  勉強も運動も何でも出来る鬼仏院右近は大学生になっても今までと変わらずモテているし、高校時代に比べても言い寄ってくる女の数は増えているのだ。  その言い寄ってくる女の中に俺が小学生の時からずっと好きな桜唯菜ちゃんもいるのだけれど、俺に気を使ってなのか鬼仏院右近は桜唯菜ちゃんとだけは付き合う事が無かったのだ。  鬼仏院右近と親友と言うだけで優しくしてくれる人も多くいるのだけれど、ちょっと話すだけで俺と距離をあける人間が多いのは俺の性格が悪いからだと鬼仏院右近はハッキリというのだ。そんな事を言う鬼仏院右近も性格が悪いと思うのだけれど、こいつは俺以外には優しく親切な態度を崩さない。  そんな中でもなぜか俺と話をしてくれる女性が二人いるのだけれど、鵜崎唯は重度の拗らせ女子でさすがの俺も付き合いを考えてしまうほどなのだ。だが、そんな鵜崎唯はおそらく世界で数少ない俺に好意を向けてくれている女性なのだ。俺はその気持ちに応えるつもりはないのだけれど、鵜崎唯以上に俺の事を好きになってくれる人なんていないという事は薄々感じてはいる。  俺と話をしてくれるもう一人の女性は髑髏沼愛華という女だ。こいつはなぜか俺が近くにいれば暴言を吐いてくるような女でそこまで嫌われるような事をしてしまったのかと反省してしまう事もあったのだけれど、その理由は誰が聞いても教えてくれることが無かった。  完璧超人の親友と俺の事を好きな拗らせ女子と俺の事を憎んでいる女性が近くにいるお陰で俺は恋愛が出来ないのだ。  恋愛が出来ないのは俺の性格に問題があるのではなく、こいつらがいつも近くにいるからなのだ。そう思うしかない。  俺に原因があるなんて思ってしまうと、今までの人生をすべて否定する事になってしまいかねないのだ。  いつか俺が唯菜ちゃんと付き合えるようになることを夢見ているのだが、大学生活も残りわずかとなっているし、来年からはいよいよ就職活動も始まってしまう。俺に残された時間は本当に残りわずかしかないのだ。 この作品は「小説家になろう」「ノベルアッププラス」「カクヨム」「ノベルピア」にも投稿しています。

処理中です...