手のひらのひだまり

蒼村 咲

文字の大きさ
上 下
57 / 63
第1章

57-R 結末

しおりを挟む
美咲が「場所を変える」と言って連れてきたのは近くの広々とした公園だった。
ボール遊びをしている子どもたちからジョギングや犬の散歩をしている大人までいろんな人がいる。
そこに着くなり、朔也は繰り返した。

「終わりってなんなんだよ……!」

朔也の声が感情に揺れているのに対し、美咲は冷静だ。

「私もまさかこうなるとは思ってなかった。でもこうなった以上はもう続けられない。決着をつけないといけないの。だから」

そう言って、美咲は朔也をまっすぐに見つめる。

「だから、サクを──もっとはっきり言うならサクの私に対する好意、かな。そういうのを利用するのは、やめる」

すると朔也がはっきりと顔色を変えた。

「待って、美咲! 違う、俺は──」
「──いいから!」

何かを訴えかけた朔也を、美咲は鋭く遮った。
そして今度は拓海に向き直る。

「拓海が悪いのよ。ずっと前から、ずっとそばにいたのに。一度だって私の方を振り向こうとしないんだから」

口調は淡々としているけれど、顔は悲しみで歪みかけていた。
一方、いきなり話に巻き込まれた拓海は虚を突かれたような表情をしている。

「俺が……?」

「高校に入ってからなんか、サッカー部のマネだけじゃなくて成績まで調整して同じクラスになってきたのに。それなのに拓海はいっつも他の、なんだかよくわかんない子にばっかり」

玲奈は内心たじろぎながら、「なんだかよくわかんない」は美咲の最大限の婉曲表現なのだろうな、と思う。

「今までずっと、いつか気づいてくれる日まで待とうって思ってた。いつか目を覚ましてくれるなら、それでいいと思ってた。それまでは理解ある幼馴染としてそばにいられるので満足だって思ってた」

美咲の声を聞きながら、玲奈はいろんなことがふとつながったような感覚を覚えていた。
美咲に決してかなわない想いを抱いている朔也だからこそ、拓海に同じくかなわない想いを抱く美咲のことが誰よりもよくわかってしまうのだろう。
だからきっと、美咲が少しでも穏やかな気持ちで拓海のそばにいられるように、朔也は協力したのだ──美咲に命じられたからではなく。

「拓海を守りたくていろいろやってきた。でもだめなんでしょ? 拓海が私を見てくれる日なんて、来ないんでしょ?」

声が震えている。
玲奈は朔也に投げつけられた言葉を思い出した──君は人を本気で好きになったことがない──…。
でも、本気で好きって何だろう。
美咲のような「好き」を本気というのなら、確かに玲奈には本気で誰かに恋をした経験はないのかもしれない。

(私には、好きな人のそばにいるために、故意に成績を落とすなんてことできないしね……)

もちろん、何をどれだけ犠牲にできるかをもって「好き」の度合いを測るのは何か違うという気がするけれど。

「美咲……」
「もう……終わらせてよ……。せめて拓海が終わらせて……」

美咲は涙目になりながら訴えた。

(松岡くん、どうするんだろう……)

邪魔にならないよう、玲奈は目だけを拓海の方に向ける。
拓海はそれまでの戸惑ったような、少し困ったような表情をすっと引き締め、美咲に向き直った。

「美咲……俺には、決めた人がいる……」

そう言う間も、美咲から目を逸らさない。
きっと美咲への誠意なのだ。その「決めた人」が美咲ではないとしても、今誠意を尽くすべきは美咲に対してだから。だから玲奈の方は見ない。
拓海らしいなと玲奈は思う。

「私にとってのその『決めた人』は拓海なんだよ」

美咲はそう言って悲しげに微笑んだ。

「それでも……俺は、美咲にとっての『決めた人』にはなれない」

そこで初めて、拓海は目を伏せた。美咲はきゅっと唇を引き結ぶ。

「……いつまで待っても変わらないの?」

その言葉で、初めて拓海が顔をゆがめた。

「もし、この先変わることがあるとしても、今そう言うわけにはいかないよ。言えない」

変わらないと根拠なく宣言することも、変わるかもしれないと期待の余地を残すことも、拓海にはできないのだ──できる限り誠実であろうとするゆえに。
すると美咲はふっと脱力したように笑った。

「私は……拓海のそういうとこが一番好きだったのよ」

少しの間目を伏せる。
その間、拓海も他の誰も身じろぎ一つしなかった。

「……サク」

美咲は朔也に向き直る。
その目はもう、潤んではいなかった。

「今までごめんね。さっきも言ったけど私、サクのこといいように利用してばっかだった。だからもう──」
「──美咲」

朔也は美咲の言葉を遮り一歩近寄った。

「俺は最初から、それでもいいって言ってただろ。それでもいいから美咲のそばにいたいって言ったのは俺だし、それは今も変わってない」

その表情は真剣そのものだった。

「今はまだ松岡が好きかもしれないけど……それでも、絶対後悔はさせないから。だから……」

朔也は両腕を軽く広げる。
美咲は何も言わずに拓海を振り返り、それから朔也のもとへと駆け寄った──その腕の中に飛び込むことはしなかったけれど。

「安達……」

拓海がつぶやくようにその名前を口にする。
すると朔也はしっかりとなずいた。

「安心しろよ。お前の幼馴染は俺が責任もって幸せにするから」

力強い言葉だった。
先ほどまで三角関係の中かなわぬ恋の相手を追っていたとは思えない。

「あ、ああ……」

拓海は戸惑いながらもそう答えた。
一瞬、何か言いたげに見えたのは気のせいだろうか。結局そのまま口をつぐんでしまったけれど。

「……じゃあサク、私行かないといけないから」

そう言って、美咲が朔也から離れる。
そしてまっすぐこちらに向かってきた。

「佐々木さん。怖い目に遭わせてごめんなさい」

そう言って頭を下げる。驚くあまり止めることもできなかった。

「……だけど、拓海が私の大事な人であることには変わりないの──拓海を悲しませたときは許さないから」

その目があまりにも真剣で、つい後ずさりそうになる。
けれど美咲は玲奈の返事を待たずにくるりと向きを変えた。

「拓海。戻るわよ」

その一言で思い出す。そうだ、二人は部活を抜けてきているのだった。
なんだかいろんなことが一気に起こったわりには、全てが丸く収まった気がする。

黒幕の森下美咲ですら、話してみれば普通の──多少行き過ぎた感は否めないが──恋する女の子だった。
もちろん、拓海の前だから多少は猫を被っていたという可能性もあるけれど、それほど性格がゆがんだ人物には思えなかったのも本当だ。
自分のしたことを謝ってもくれたし、拓海との関係のせいで少し敵視されているだけで、個人的に嫌われているわけではないような気がする。
拓海と同じクラスになるためにわざと実力を下回る成績を取るくらいだし、言ってみればけた外れの行動力があるということなのだろう。

玲奈は遠ざかっていく二人の後ろ姿を見つめながらそんなことを思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

機械娘の機ぐるみを着せないで!

ジャン・幸田
青春
 二十世紀末のOVA(オリジナルビデオアニメ)作品の「ガーディアンガールズ」に憧れていたアラフィフ親父はとんでもない事をしでかした! その作品に登場するパワードスーツを本当に開発してしまった!  そのスーツを娘ばかりでなく友人にも着せ始めた! そのとき、トラブルの幕が上がるのであった。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

処理中です...