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第1章
49-R 情報提供者
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「──ただいま。お姉ちゃん、帰ってる? お客さんなんだけど」
学校の最寄り駅から十数分電車に揺られ、玲奈は洋介の自宅にやってきていた。
駅前のマンションの一室だ。
玄関で声を上げたのが聞こえたのだろう、奥の扉から出てきた人影があった。
玲奈は反射的に「お邪魔します」と頭を下げる。
「お客さんって、そんな急に……あれ?」
声の主が驚いて立ち止まる。
つられて顔を上げると、そこにいたのははっきりと見覚えのある女の子だった。
「あ、彩佳の部活の……ええと……まいこ、ちゃん?」
確か、彩佳が「まいこ」と呼んでいた気がするのだ。
「麻衣子でいいよ。そう、彩佳とはバスケ部で一緒で。あなたはええと、生徒会長の……」
どうやら名前は出てこないものの生徒会長としては認識してくれているらしい。
「佐々木玲奈。玲奈って呼んで。それより、急に押しかけちゃってごめん」
玲奈が謝ると、麻衣子はひらひらと手を振った。
「ああ、いいのいいの。うち、親は共働きで今二人ともいないし。上がって」
そう言って麻衣子は踵を返した。
再び「お邪魔します」と口にしながらローファーを脱ぐ。
すると洋介が来客用らしいスリッパを出してくれた。
「佐々木先輩、姉と知り合いだったんですね」
意外そうに言う。
実際には知り合いというほどではないのだけれど、彩佳と一緒にいるところに何度か出会ったことがあったのだ。
「──その台詞、そっくりそのまま返すわよ」
いつの間にか戻ってきていた麻衣子が呆れたように言った。
「一年坊主が生徒会長と知り合いになっちゃうなんて生意気」
そんな麻衣子の言葉に笑いながらも、玲奈はなんとなく申し訳ないような気分になった。
生徒会長なんて特別な存在でも何でもなく、所詮は生徒の一人にすぎない。
洋介は「あ、いや……」と言葉に詰まっている。
たぶん、本当のことを言うに言えずに困っているのだ。
玲奈が誰にも言わないでくれと言ったのを覚えていて、それを守ろうとしてくれているらしい──やっぱり律儀な子だ。
「私が具合悪くて倒れそうだったときにね、気づいて医務室に連れてってくれた一年生たちがいたんだけど、その中の一人だったの」
微妙に嘘が混ざっているものの、おおまかには事実である。
「え、何それ大丈夫だったの?」
麻衣子は玲奈に聞いてきた。純粋に心配してくれているのだ。
「うん。あの日だけなんかちょっと貧血っぽかったみたいで。普段は全然平気なんだけど」
適当にごまかしておく。
実際には貧血気味にすらなったことのない健康体なのだけれど。
「っていうか、半分くらいはお姉ちゃんのお客さんだから……」
洋介がそろそろと口を挟む。すると麻衣子は目を瞬いた。
「……は? どういうこと?」
通してもらったリビングで事情を説明する。
すると麻衣子はすぐに納得してアルバムを取ってきてくれた。
「あの、もしかしてなんだけど、彩佳が言ってた、松岡くんと同じ中学出身の友だちで、付き合うなら注意した方がいいかもって忠告してくれたのって……」
玲奈が遠慮がちに確認すると、麻衣子はあっさりと「ああ、私だと思う」とうなずいた。
「でも松岡ともその元カノとも違うクラスだったから、大体のいきさつしか知らないんだけどね」
そう言いながらも、麻衣子は当時の状況を説明してくれる。
「……そこまで大事になってても、誰がやったかはわかんないの?」
玲奈の言葉に、麻衣子は苦い表情で答えた。
「主犯格のグループはあそこだな、ってくらいはわかってたんだけど、首謀者っていうの? 中心人物が誰かはわかんない感じだった気がする。でも高校である程度はばらけたから、もし今も同じ学校に通ってるって考えたら、少しは絞れるかもね」
なるほどな、と玲奈は思う。
今回だって、かなり手の込んだことをしている印象だ。
きっと当時も要領よく立ち回り、自ら直々に手を下すことはなかったのだろう。
玲奈はお礼を言ってアルバムを受け取った。
「その主犯グループのメンバーで、今同じ学校の子、教えてくれる?」
そう麻衣子に頼み、玲奈はクラスごとの個人写真のページを開く。
一組、二組と進んでいくと、三組のところで麻衣子が「そこ」と声を上げた。
「この津川里美と、それから四組の牧野有佐。あとは……六組の森下美咲。あのグループの子で、今同じ学校なのはその三人だったと思う」
玲奈はその三人の写真を食い入るように見つめた。
三人とも知っている──いや、知っていると言えるのは森下美咲一人だけだが、残りの二人にも見覚えがあった。
「クラス違うのにグループが続いてたってこと?」
玲奈はまず気になったことを尋ねる。
「確かもともとクラス内でできたグループじゃなかったんじゃないかな。小学校の時点でコアになるグループはもうできてて、そこに中学で他の小学校出身の子たちが加わって女子の最大勢力になった感じ? 部活とか塾とか、そもそも教室以外の場所でできた関係っぽかったな」
麻衣子の話を聞きながら、玲奈はまたアルバムの写真に視線を戻した。
森下美咲は拓海が所属するサッカー部の女子マネージャーだ。何度かミーティングで顔を合わせたことがあり、顔と名前も一致しているのだから間違いない。
津川里美と牧野有佐は知らない名前だった。でも顔にはしっかりと見覚えがある。
あの日A組の廊下にいて、玲奈に突っかかってきた女子生徒だ。
(これは……クロ、だよね……)
玲奈は内心ため息をつく。
学校の最寄り駅から十数分電車に揺られ、玲奈は洋介の自宅にやってきていた。
駅前のマンションの一室だ。
玄関で声を上げたのが聞こえたのだろう、奥の扉から出てきた人影があった。
玲奈は反射的に「お邪魔します」と頭を下げる。
「お客さんって、そんな急に……あれ?」
声の主が驚いて立ち止まる。
つられて顔を上げると、そこにいたのははっきりと見覚えのある女の子だった。
「あ、彩佳の部活の……ええと……まいこ、ちゃん?」
確か、彩佳が「まいこ」と呼んでいた気がするのだ。
「麻衣子でいいよ。そう、彩佳とはバスケ部で一緒で。あなたはええと、生徒会長の……」
どうやら名前は出てこないものの生徒会長としては認識してくれているらしい。
「佐々木玲奈。玲奈って呼んで。それより、急に押しかけちゃってごめん」
玲奈が謝ると、麻衣子はひらひらと手を振った。
「ああ、いいのいいの。うち、親は共働きで今二人ともいないし。上がって」
そう言って麻衣子は踵を返した。
再び「お邪魔します」と口にしながらローファーを脱ぐ。
すると洋介が来客用らしいスリッパを出してくれた。
「佐々木先輩、姉と知り合いだったんですね」
意外そうに言う。
実際には知り合いというほどではないのだけれど、彩佳と一緒にいるところに何度か出会ったことがあったのだ。
「──その台詞、そっくりそのまま返すわよ」
いつの間にか戻ってきていた麻衣子が呆れたように言った。
「一年坊主が生徒会長と知り合いになっちゃうなんて生意気」
そんな麻衣子の言葉に笑いながらも、玲奈はなんとなく申し訳ないような気分になった。
生徒会長なんて特別な存在でも何でもなく、所詮は生徒の一人にすぎない。
洋介は「あ、いや……」と言葉に詰まっている。
たぶん、本当のことを言うに言えずに困っているのだ。
玲奈が誰にも言わないでくれと言ったのを覚えていて、それを守ろうとしてくれているらしい──やっぱり律儀な子だ。
「私が具合悪くて倒れそうだったときにね、気づいて医務室に連れてってくれた一年生たちがいたんだけど、その中の一人だったの」
微妙に嘘が混ざっているものの、おおまかには事実である。
「え、何それ大丈夫だったの?」
麻衣子は玲奈に聞いてきた。純粋に心配してくれているのだ。
「うん。あの日だけなんかちょっと貧血っぽかったみたいで。普段は全然平気なんだけど」
適当にごまかしておく。
実際には貧血気味にすらなったことのない健康体なのだけれど。
「っていうか、半分くらいはお姉ちゃんのお客さんだから……」
洋介がそろそろと口を挟む。すると麻衣子は目を瞬いた。
「……は? どういうこと?」
通してもらったリビングで事情を説明する。
すると麻衣子はすぐに納得してアルバムを取ってきてくれた。
「あの、もしかしてなんだけど、彩佳が言ってた、松岡くんと同じ中学出身の友だちで、付き合うなら注意した方がいいかもって忠告してくれたのって……」
玲奈が遠慮がちに確認すると、麻衣子はあっさりと「ああ、私だと思う」とうなずいた。
「でも松岡ともその元カノとも違うクラスだったから、大体のいきさつしか知らないんだけどね」
そう言いながらも、麻衣子は当時の状況を説明してくれる。
「……そこまで大事になってても、誰がやったかはわかんないの?」
玲奈の言葉に、麻衣子は苦い表情で答えた。
「主犯格のグループはあそこだな、ってくらいはわかってたんだけど、首謀者っていうの? 中心人物が誰かはわかんない感じだった気がする。でも高校である程度はばらけたから、もし今も同じ学校に通ってるって考えたら、少しは絞れるかもね」
なるほどな、と玲奈は思う。
今回だって、かなり手の込んだことをしている印象だ。
きっと当時も要領よく立ち回り、自ら直々に手を下すことはなかったのだろう。
玲奈はお礼を言ってアルバムを受け取った。
「その主犯グループのメンバーで、今同じ学校の子、教えてくれる?」
そう麻衣子に頼み、玲奈はクラスごとの個人写真のページを開く。
一組、二組と進んでいくと、三組のところで麻衣子が「そこ」と声を上げた。
「この津川里美と、それから四組の牧野有佐。あとは……六組の森下美咲。あのグループの子で、今同じ学校なのはその三人だったと思う」
玲奈はその三人の写真を食い入るように見つめた。
三人とも知っている──いや、知っていると言えるのは森下美咲一人だけだが、残りの二人にも見覚えがあった。
「クラス違うのにグループが続いてたってこと?」
玲奈はまず気になったことを尋ねる。
「確かもともとクラス内でできたグループじゃなかったんじゃないかな。小学校の時点でコアになるグループはもうできてて、そこに中学で他の小学校出身の子たちが加わって女子の最大勢力になった感じ? 部活とか塾とか、そもそも教室以外の場所でできた関係っぽかったな」
麻衣子の話を聞きながら、玲奈はまたアルバムの写真に視線を戻した。
森下美咲は拓海が所属するサッカー部の女子マネージャーだ。何度かミーティングで顔を合わせたことがあり、顔と名前も一致しているのだから間違いない。
津川里美と牧野有佐は知らない名前だった。でも顔にはしっかりと見覚えがある。
あの日A組の廊下にいて、玲奈に突っかかってきた女子生徒だ。
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玲奈は内心ため息をつく。
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