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第1章
45-R 騎士と姫君
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「あれはなかなかグッとくる登場だったよね」
琴音がしきりに感心している。
この間の昼休みの一件のことだ。いっそけりをつけてしまおうと玲奈自身が放った言葉で窮地に陥っていたところを、拓海に助けられたのだ。
「サッと肩を抱き寄せて『俺らのお楽しみ、邪魔しないでくれる?』だもんね」
彩佳がそう応じると、二人は例によってきゃあきゃあと楽しげに笑い合った。
拓海が言ったこととは少し違う気がするけれど、あえて指摘はしない。
にしても、あの場での拓海の発言は本当に大きな意味を持っていた。
玲奈がまず気づいたのは、拓海が嫌がらせのターゲットを自分だと錯覚させようとしたことだった。
そうすれば玲奈を、それに利用されただけの被害者に仕立て上げることができるから。
でもそんなのは、言わばオマケだ。拓海の登場の真の価値はそこじゃない。
拓海はたった一言であの告発をなかったことにしてしまったのだ。
あの告発はあくまで、玲奈の浮気を糾弾するためのものだった。
「清楚系」だの「正統派」だのというのはほとんど枕詞にすぎない。
だから拓海があの場で「あれは自分だ」と宣言したことで、あの写真は価値をなくし、告発も成り立たなくなったのだ。
「頭、いいな……あの人」
玲奈が思わずつぶやくと、琴音と彩佳が無言で顔を見合わせた。
「それ、松岡のこと言ってる……?」
彩佳が確認するように言った。
「え、うん」と玲奈はうなずく。
「今更何言ってんの……有名な話じゃん!」
琴音が驚いたように声を上げた。
何が有名なのだろう。わけがわからず玲奈は目を瞬く。
「松岡ってね、B組だけどずっとA組レベルの成績とってるのよ」
彩佳が説明してくれた。
学力的な意味で言ったわけではなかったのだけれど、わざわざ訂正するほどでもないので黙っておく。
「へえ、そうなんだ……でもなんでまた」
進級のたびにクラス替えが行われるし、A組からD組のどのクラスに割り振られるかは成績順で決まるはずだ。
「A組に入ると、火曜と木曜に1時間ずつ授業増えるでしょ? 部活に集中したいからA組には行かないって、顧問と学年主任相手に話つけてあるらしいよ」
そんなことが可能なのか。思わず「へええええ」と声が漏れる。
「ってか、なんでそんなことも知らないのよ玲奈は」
琴音が呆れている。
けれどむしろなんでみんなそんなことを知っているのか。その方がよっぽど疑問だと思う。
「松岡みたいな奴のせいで、成績のA組内順位と学年順位が一致しないんだよ……って、玲奈には関係ない話かもしれないけど」
玲奈は曖昧に笑ってごまかした。
今の今まで、A組での順位イコール学年順位だと思っていたけれど、あえて白状しなくてもいいだろう。
いずれにしても、なんだかすっきりした。
個人的には、「学力」と「頭の良さ」は別概念だと思う。
でも少なくとも拓海に対して「頭の回転が速い」と思ったのは間違いではなかったらしい。
「でもよかったよね。とりあえず落ち着いて」
彩佳の言葉に、玲奈と琴音が同時にうなずいた。
「ほんとに。清純派生徒会長ではなくなっちゃったけど……セクシー系生徒会長?」
琴音の言葉に思わず吹き出す。
セクシー系が適切かどうかもそうだが、少なくとも最初から清純派ではなかったと思う──アイドルじゃないんだから。
「それを言うなら『正統派生徒会長』ね。自分で言うのもなんだけど」
今となっては正統派も何もあったもんじゃない。言いながら苦笑する。
うちの学校は、あの程度のことで辞任を迫られるほど、生徒会活動に熱心ではないけれど。
それでも多くの人があの告発を真に受けている中、全校の前に立つのは遠慮願いたい。
その意味でも、やはり拓海のあの機転は非常にありがたかった。
きっと、あの日A組の前の廊下で起きたことだって、すぐに噂となり目にもとまらぬ速さで校内を駆け巡ったに違いない。
あれ以来、少なくとも直接的に玲奈が悪意を向けられることはなくなったのだから。
一応、二人ともが嫌がらせの被害者ということでみんなの意識が落ち着いたらしい。
「──でも」
彩佳がふと真面目な顔になって言う。
「気をつけないといけないよね──これからも」
玲奈はちらりと教室を見渡し、うなずいた。
一つ目の作戦が失敗したら、きっと二つ目の作戦が決行されることになるだろう。
それがどんなものであれ、玲奈や拓海、場合によっては琴音や彩佳を含む周りの人間にとっても、良いことであるはずがない。
(私は私で動き出さないといけないな……)
拓海は玲奈を守ると確かに言った。
けれど玲奈は玲奈で、拓海という「騎士」におとなしく守られているだけの「お姫様」ではいられないと思うのだった。
琴音がしきりに感心している。
この間の昼休みの一件のことだ。いっそけりをつけてしまおうと玲奈自身が放った言葉で窮地に陥っていたところを、拓海に助けられたのだ。
「サッと肩を抱き寄せて『俺らのお楽しみ、邪魔しないでくれる?』だもんね」
彩佳がそう応じると、二人は例によってきゃあきゃあと楽しげに笑い合った。
拓海が言ったこととは少し違う気がするけれど、あえて指摘はしない。
にしても、あの場での拓海の発言は本当に大きな意味を持っていた。
玲奈がまず気づいたのは、拓海が嫌がらせのターゲットを自分だと錯覚させようとしたことだった。
そうすれば玲奈を、それに利用されただけの被害者に仕立て上げることができるから。
でもそんなのは、言わばオマケだ。拓海の登場の真の価値はそこじゃない。
拓海はたった一言であの告発をなかったことにしてしまったのだ。
あの告発はあくまで、玲奈の浮気を糾弾するためのものだった。
「清楚系」だの「正統派」だのというのはほとんど枕詞にすぎない。
だから拓海があの場で「あれは自分だ」と宣言したことで、あの写真は価値をなくし、告発も成り立たなくなったのだ。
「頭、いいな……あの人」
玲奈が思わずつぶやくと、琴音と彩佳が無言で顔を見合わせた。
「それ、松岡のこと言ってる……?」
彩佳が確認するように言った。
「え、うん」と玲奈はうなずく。
「今更何言ってんの……有名な話じゃん!」
琴音が驚いたように声を上げた。
何が有名なのだろう。わけがわからず玲奈は目を瞬く。
「松岡ってね、B組だけどずっとA組レベルの成績とってるのよ」
彩佳が説明してくれた。
学力的な意味で言ったわけではなかったのだけれど、わざわざ訂正するほどでもないので黙っておく。
「へえ、そうなんだ……でもなんでまた」
進級のたびにクラス替えが行われるし、A組からD組のどのクラスに割り振られるかは成績順で決まるはずだ。
「A組に入ると、火曜と木曜に1時間ずつ授業増えるでしょ? 部活に集中したいからA組には行かないって、顧問と学年主任相手に話つけてあるらしいよ」
そんなことが可能なのか。思わず「へええええ」と声が漏れる。
「ってか、なんでそんなことも知らないのよ玲奈は」
琴音が呆れている。
けれどむしろなんでみんなそんなことを知っているのか。その方がよっぽど疑問だと思う。
「松岡みたいな奴のせいで、成績のA組内順位と学年順位が一致しないんだよ……って、玲奈には関係ない話かもしれないけど」
玲奈は曖昧に笑ってごまかした。
今の今まで、A組での順位イコール学年順位だと思っていたけれど、あえて白状しなくてもいいだろう。
いずれにしても、なんだかすっきりした。
個人的には、「学力」と「頭の良さ」は別概念だと思う。
でも少なくとも拓海に対して「頭の回転が速い」と思ったのは間違いではなかったらしい。
「でもよかったよね。とりあえず落ち着いて」
彩佳の言葉に、玲奈と琴音が同時にうなずいた。
「ほんとに。清純派生徒会長ではなくなっちゃったけど……セクシー系生徒会長?」
琴音の言葉に思わず吹き出す。
セクシー系が適切かどうかもそうだが、少なくとも最初から清純派ではなかったと思う──アイドルじゃないんだから。
「それを言うなら『正統派生徒会長』ね。自分で言うのもなんだけど」
今となっては正統派も何もあったもんじゃない。言いながら苦笑する。
うちの学校は、あの程度のことで辞任を迫られるほど、生徒会活動に熱心ではないけれど。
それでも多くの人があの告発を真に受けている中、全校の前に立つのは遠慮願いたい。
その意味でも、やはり拓海のあの機転は非常にありがたかった。
きっと、あの日A組の前の廊下で起きたことだって、すぐに噂となり目にもとまらぬ速さで校内を駆け巡ったに違いない。
あれ以来、少なくとも直接的に玲奈が悪意を向けられることはなくなったのだから。
一応、二人ともが嫌がらせの被害者ということでみんなの意識が落ち着いたらしい。
「──でも」
彩佳がふと真面目な顔になって言う。
「気をつけないといけないよね──これからも」
玲奈はちらりと教室を見渡し、うなずいた。
一つ目の作戦が失敗したら、きっと二つ目の作戦が決行されることになるだろう。
それがどんなものであれ、玲奈や拓海、場合によっては琴音や彩佳を含む周りの人間にとっても、良いことであるはずがない。
(私は私で動き出さないといけないな……)
拓海は玲奈を守ると確かに言った。
けれど玲奈は玲奈で、拓海という「騎士」におとなしく守られているだけの「お姫様」ではいられないと思うのだった。
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