手のひらのひだまり

蒼村 咲

文字の大きさ
上 下
45 / 63
第1章

45-R 騎士と姫君

しおりを挟む
「あれはなかなかグッとくる登場だったよね」

琴音がしきりに感心している。
この間の昼休みの一件のことだ。いっそけりをつけてしまおうと玲奈自身が放った言葉で窮地に陥っていたところを、拓海に助けられたのだ。

「サッと肩を抱き寄せて『俺らのお楽しみ、邪魔しないでくれる?』だもんね」

彩佳がそう応じると、二人は例によってきゃあきゃあと楽しげに笑い合った。
拓海が言ったこととは少し違う気がするけれど、あえて指摘はしない。

にしても、あの場での拓海の発言は本当に大きな意味を持っていた。
玲奈がまず気づいたのは、拓海が嫌がらせのターゲットを自分だと錯覚させようとしたことだった。
そうすれば玲奈を、それに利用されただけの被害者に仕立て上げることができるから。
でもそんなのは、言わばオマケだ。拓海の登場の真の価値はそこじゃない。
拓海はたった一言であの告発をなかったことにしてしまったのだ。

あの告発はあくまで、玲奈の浮気を糾弾するためのものだった。
「清楚系」だの「正統派」だのというのはほとんど枕詞にすぎない。
だから拓海があの場で「あれは自分だ」と宣言したことで、あの写真は価値をなくし、告発も成り立たなくなったのだ。

「頭、いいな……あの人」

玲奈が思わずつぶやくと、琴音と彩佳が無言で顔を見合わせた。

「それ、松岡のこと言ってる……?」

彩佳が確認するように言った。
「え、うん」と玲奈はうなずく。

「今更何言ってんの……有名な話じゃん!」

琴音が驚いたように声を上げた。
何が有名なのだろう。わけがわからず玲奈は目を瞬く。

「松岡ってね、B組だけどずっとA組レベルの成績とってるのよ」

彩佳が説明してくれた。
学力的な意味で言ったわけではなかったのだけれど、わざわざ訂正するほどでもないので黙っておく。

「へえ、そうなんだ……でもなんでまた」

進級のたびにクラス替えが行われるし、A組からD組のどのクラスに割り振られるかは成績順で決まるはずだ。

「A組に入ると、火曜と木曜に1時間ずつ授業増えるでしょ? 部活に集中したいからA組には行かないって、顧問と学年主任相手に話つけてあるらしいよ」

そんなことが可能なのか。思わず「へええええ」と声が漏れる。

「ってか、なんでそんなことも知らないのよ玲奈は」

琴音が呆れている。
けれどむしろなんでみんなそんなことを知っているのか。その方がよっぽど疑問だと思う。

「松岡みたいな奴のせいで、成績のA組内順位と学年順位が一致しないんだよ……って、玲奈には関係ない話かもしれないけど」

玲奈は曖昧に笑ってごまかした。
今の今まで、A組での順位イコール学年順位だと思っていたけれど、あえて白状しなくてもいいだろう。
いずれにしても、なんだかすっきりした。

個人的には、「学力」と「頭の良さ」は別概念だと思う。
でも少なくとも拓海に対して「頭の回転が速い」と思ったのは間違いではなかったらしい。

「でもよかったよね。とりあえず落ち着いて」

彩佳の言葉に、玲奈と琴音が同時にうなずいた。

「ほんとに。清純派生徒会長ではなくなっちゃったけど……セクシー系生徒会長?」

琴音の言葉に思わず吹き出す。
セクシー系が適切かどうかもそうだが、少なくとも最初から清純派ではなかったと思う──アイドルじゃないんだから。

「それを言うなら『正統派生徒会長』ね。自分で言うのもなんだけど」

今となっては正統派も何もあったもんじゃない。言いながら苦笑する。
うちの学校は、あの程度のことで辞任を迫られるほど、生徒会活動に熱心ではないけれど。
それでも多くの人があの告発を真に受けている中、全校の前に立つのは遠慮願いたい。
その意味でも、やはり拓海のあの機転は非常にありがたかった。
きっと、あの日A組の前の廊下で起きたことだって、すぐに噂となり目にもとまらぬ速さで校内を駆け巡ったに違いない。
あれ以来、少なくとも直接的に玲奈が悪意を向けられることはなくなったのだから。
一応、二人ともが嫌がらせの被害者ということでみんなの意識が落ち着いたらしい。

「──でも」

彩佳がふと真面目な顔になって言う。

「気をつけないといけないよね──これからも」

玲奈はちらりと教室を見渡し、うなずいた。
一つ目の作戦が失敗したら、きっと二つ目の作戦が決行されることになるだろう。
それがどんなものであれ、玲奈や拓海、場合によっては琴音や彩佳を含む周りの人間にとっても、良いことであるはずがない。

(私は私で動き出さないといけないな……)

拓海は玲奈を守ると確かに言った。
けれど玲奈は玲奈で、拓海という「騎士」におとなしく守られているだけの「お姫様」ではいられないと思うのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夏の出来事

ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由の田舎に行って、観光をする。その帰りにアクシデントに襲われ美由の体が不調になる。それを治すすために行動して最後に美由トラウマが分かる。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ハッピークリスマス !  

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

セカンドエース

シロイタコウタ
青春
球界最高を約束された投手、未来の三冠王、走攻守揃ったパーフェクト、魔術師と呼ばれる内野手。10年に一度の天才と呼ばれるような者たちが集まる至宝の世代。そして中継ぎ投手として一時代を築いた父を持つ将太は父を憧れ、超えることを誓う。目指すは甲子園優勝、そしてメジャーで最高のセットアッパー。将太の高校生活が始まる。

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...