32 / 63
第1章
32-R トラウマ
しおりを挟む
結局、今日は祐輝が家まで送ってくれることになった。なんだか世話になりっぱなしだ。
「園田くん……ごめんね。いろいろと」
そんな風に声をかけると、祐輝は何も言わずに玲奈をじっと見た。
それからゆっくりと口を開く。
「俺のことは全然いいんだけどさ……大丈夫なの? 生徒会長は」
一瞬言葉に詰まってしまった。
何をもって「大丈夫」と言えるのだろう。曖昧にうなずきながら玲奈は思う。
「なんか、あんまり実感ないっていうか……」
たぶん、それが一番正直なところなのだ。
自分で覚えているのは気絶するまでの出来事だけだし、首を絞められた時も、怖いという感じはしなかった。むしろ「あ、やばい」と思ったのだ。
しいて言うなら「これはまずいことになった」という焦りに近い感覚だったと思う。
と、その時だった。
「……っ!?」
自分でも一瞬、何が起きたのかわからなかった。突然、体がいうことを聞かなかくなったのだ。
「生徒会長?」
祐輝がすぐ異変に気づきこちらを振り返る。
「ごめん、なんか……」
上手く説明できない。けれど急に足が止まってしまったのだ。頭では歩き出そうとしているのに、足がついてこない。
「これは……思ったより重症なんじゃない?」
二人を追い越していく人影をちらりと見て、祐輝がつぶやく。そして玲奈の腕をつかみ、軽く引っ張った。
と、まるで金縛りが解けたかのように体が自由になる。
「私……っ」
怖くなかったなんて嘘だった。今になって体が小さく震えだす。じんわりと涙までにじんできた。
「……大丈夫。俺がいるから」
そう言って祐輝はそっと玲奈の肩を抱いた。その瞬間、とはいかないものの、だんだんと震えが治まってくる。
玲奈はきっと唇を引き結んだ。そうしていないと、今にも泣き出してしまいそうだった。
「学校、やっぱりしばらく休んだら?」
祐輝の気遣うような声が聞こえる。けれど玲奈は首を振った。
「休まない……」
誰が、いったい何の目的であんなことをしたのかはわからない。けれど状況から見て、玲奈「が」狙われたことは間違いないのだ。だからここで負けてしまっては、相手の思うつぼだと思う。
「けど……」
祐輝が何か言いかける。確かに、背後に人の気配を感じただけで足がすくんでしまうなんて異常かもしれない。家から一歩でも出てしまえば、そんな状況にはいくらでも出会いうるだろう。学校に行くとなればなおさらだ。それでも。
玲奈がそんな決意を固めたのを知ってか知らずか、祐輝は努めてさりげない声を出す。
「生徒会長はさ、もしかして」
言いながら祐輝がそっとこちらをのぞき込んできた。今はもう、少しのドキドキも感じない。おそらく玲奈の心理状態がそれどころではないのだ。
「……実は犯人に心当たりでもあったりするんじゃないの?」
どことなく水を向けるような言い方だった。なんだろう、何かが引っかかっている気がする。
(……あ、そういえば)
気を失う直前、確かに声を聞いたのだった。距離感からして、玲奈の首を絞めた張本人の声を。
そう、「だから忠告したのに」と言っていた。ということは、少なくとも面識がある人間ということになるのではないだろうか。
けれど、それだけで絞り込むのはさすがに無理だ。
「いや……ないと思う」
無意識に断言を避けてしまった。祐輝は何かを感じただろうか。けれど祐輝はちらりとこちらを見たものの、何も追及してはこなかった。
「それじゃ、無理しないように」
祐輝がそう言って足を止める。いつのまにか、玲奈の家のすぐそばにたどり着いていたのだった。
「あ、うん。……ほんといろいろありがとう」
玲奈が言うと、祐輝は片手を上げて、来た道を引き返していった。
(……?)
なんとなくその後ろ姿に、玲奈は違和感を覚える。けれどそれが何なのかはわからない。
祐輝が角を回り、完全に視界から消えたのを確認して、玲奈は玄関のドアを閉める。
「──あ」
その瞬間に思い出した。
(自転車……!)
祐輝は自転車通学だった。今朝だって、雨も降っていなかったしきっと自転車で登校したはずだ。ということは──。
(私のために……?)
万が一下校中に何かあったとき、隣にいても自転車を引いていたらどうしても反応が遅れてしまう。祐輝はそこまで考えて、学校の駐輪場に置いてきたのだろう。
(どこまで優秀なのあの子は)
感心を通り越して尊敬の域だと思う。
とはいえそれはそのまま、先輩としての自分のふがいなさにつながってしまうのだけれど。玲奈は小さくため息をついた。
「園田くん……ごめんね。いろいろと」
そんな風に声をかけると、祐輝は何も言わずに玲奈をじっと見た。
それからゆっくりと口を開く。
「俺のことは全然いいんだけどさ……大丈夫なの? 生徒会長は」
一瞬言葉に詰まってしまった。
何をもって「大丈夫」と言えるのだろう。曖昧にうなずきながら玲奈は思う。
「なんか、あんまり実感ないっていうか……」
たぶん、それが一番正直なところなのだ。
自分で覚えているのは気絶するまでの出来事だけだし、首を絞められた時も、怖いという感じはしなかった。むしろ「あ、やばい」と思ったのだ。
しいて言うなら「これはまずいことになった」という焦りに近い感覚だったと思う。
と、その時だった。
「……っ!?」
自分でも一瞬、何が起きたのかわからなかった。突然、体がいうことを聞かなかくなったのだ。
「生徒会長?」
祐輝がすぐ異変に気づきこちらを振り返る。
「ごめん、なんか……」
上手く説明できない。けれど急に足が止まってしまったのだ。頭では歩き出そうとしているのに、足がついてこない。
「これは……思ったより重症なんじゃない?」
二人を追い越していく人影をちらりと見て、祐輝がつぶやく。そして玲奈の腕をつかみ、軽く引っ張った。
と、まるで金縛りが解けたかのように体が自由になる。
「私……っ」
怖くなかったなんて嘘だった。今になって体が小さく震えだす。じんわりと涙までにじんできた。
「……大丈夫。俺がいるから」
そう言って祐輝はそっと玲奈の肩を抱いた。その瞬間、とはいかないものの、だんだんと震えが治まってくる。
玲奈はきっと唇を引き結んだ。そうしていないと、今にも泣き出してしまいそうだった。
「学校、やっぱりしばらく休んだら?」
祐輝の気遣うような声が聞こえる。けれど玲奈は首を振った。
「休まない……」
誰が、いったい何の目的であんなことをしたのかはわからない。けれど状況から見て、玲奈「が」狙われたことは間違いないのだ。だからここで負けてしまっては、相手の思うつぼだと思う。
「けど……」
祐輝が何か言いかける。確かに、背後に人の気配を感じただけで足がすくんでしまうなんて異常かもしれない。家から一歩でも出てしまえば、そんな状況にはいくらでも出会いうるだろう。学校に行くとなればなおさらだ。それでも。
玲奈がそんな決意を固めたのを知ってか知らずか、祐輝は努めてさりげない声を出す。
「生徒会長はさ、もしかして」
言いながら祐輝がそっとこちらをのぞき込んできた。今はもう、少しのドキドキも感じない。おそらく玲奈の心理状態がそれどころではないのだ。
「……実は犯人に心当たりでもあったりするんじゃないの?」
どことなく水を向けるような言い方だった。なんだろう、何かが引っかかっている気がする。
(……あ、そういえば)
気を失う直前、確かに声を聞いたのだった。距離感からして、玲奈の首を絞めた張本人の声を。
そう、「だから忠告したのに」と言っていた。ということは、少なくとも面識がある人間ということになるのではないだろうか。
けれど、それだけで絞り込むのはさすがに無理だ。
「いや……ないと思う」
無意識に断言を避けてしまった。祐輝は何かを感じただろうか。けれど祐輝はちらりとこちらを見たものの、何も追及してはこなかった。
「それじゃ、無理しないように」
祐輝がそう言って足を止める。いつのまにか、玲奈の家のすぐそばにたどり着いていたのだった。
「あ、うん。……ほんといろいろありがとう」
玲奈が言うと、祐輝は片手を上げて、来た道を引き返していった。
(……?)
なんとなくその後ろ姿に、玲奈は違和感を覚える。けれどそれが何なのかはわからない。
祐輝が角を回り、完全に視界から消えたのを確認して、玲奈は玄関のドアを閉める。
「──あ」
その瞬間に思い出した。
(自転車……!)
祐輝は自転車通学だった。今朝だって、雨も降っていなかったしきっと自転車で登校したはずだ。ということは──。
(私のために……?)
万が一下校中に何かあったとき、隣にいても自転車を引いていたらどうしても反応が遅れてしまう。祐輝はそこまで考えて、学校の駐輪場に置いてきたのだろう。
(どこまで優秀なのあの子は)
感心を通り越して尊敬の域だと思う。
とはいえそれはそのまま、先輩としての自分のふがいなさにつながってしまうのだけれど。玲奈は小さくため息をついた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ほのぼの学園百合小説 キタコミ!
水原渉
青春
ごくごく普通の女子高生の帰り道。帰宅部の仲良し3人+1人が織り成す、青春学園物語。
ほんのりと百合の香るお話です。
ごく稀に男子が出てくることもありますが、男女の恋愛に発展することは一切ありませんのでご安心ください。
イラストはtojo様。「リアルなDカップ」を始め、たくさんの要望にパーフェクトにお応えいただきました。
★Kindle情報★
1巻:第1話~第12話、番外編『帰宅部活動』、書き下ろしを収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B098XLYJG4
2巻:第13話~第19話に、書き下ろしを2本、4コマを1本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B09L6RM9SP
3巻:第20話~第28話、番外編『チェアリング』、書き下ろしを4本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B09VTHS1W3
4巻:第29話~第40話、番外編『芝居』、書き下ろし2本、挿絵と1P漫画を収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNQRN12P
5巻:第41話~第49話、番外編2本、書き下ろし2本、イラスト2枚収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CHFX4THL
6巻:第50話~第55話、番外編2本、書き下ろし1本、イラスト1枚収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0D9KFRSLZ
Chit-Chat!1:1話25本のネタを30話750本と、4コマを1本収録。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CTHQX88H
★第1話『アイス』朗読★
https://www.youtube.com/watch?v=8hEfRp8JWwE
★番外編『帰宅部活動 1.ホームドア』朗読★
https://www.youtube.com/watch?v=98vgjHO25XI
★Chit-Chat!1★
https://www.youtube.com/watch?v=cKZypuc0R34
私の日常
アルパカ
青春
私、玉置 優奈って言う名前です!
大阪の近くの県に住んでるから、時々方言交じるけど、そこは許してな!
さて、このお話は、私、優奈の日常生活のおはなしですっ!
ぜったい読んでな!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
学校に行きたくない私達の物語
能登原あめ
青春
※ 甘酸っぱい青春を目指しました。ピュアです。
「学校に行きたくない」
大きな理由じゃないけれど、休みたい日もある。
休みがちな女子高生達が悩んで、恋して、探りながら一歩前に進むお話です。
(それぞれ独立した話になります)
1 雨とピアノ 全6話(同級生)
2 日曜の駆ける約束 全4話(後輩)
3 それが儚いものだと知ったら 全6話(先輩)
* コメント欄はネタバレ配慮していないため、お気をつけください。
* 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる