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第1章
29-Y 恐れていた事態
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「いぇーいまた俺の勝ちー」
手札がなくなったことを誇示するように両手を上げ、クラスメイトの田代が得意げな声を上げた。
他の奴らは「また田代かよー」とブーイングを飛ばしている。
入学からしばらく経ち、一年生全体が高校というものにある程度慣れてきた。
授業終了のチャイムと同時に教室を飛び出し、部活に全てをかけている者もいれば、バイクを買うだのギターを買うだのと、あるいはシンプルに家計を助けようと、アルバイトに精を出している者もいる。
そのどちらでもないゆるい帰宅部員の間では、放課後にだらだらとトランプをして遊ぶのが流行っていた。
少なくとも今は、祐輝もその輪の中に身を置いている。
ところが突然、そのだらけ切った空気が張り詰めた。
「──園田くんっ!!」
クラスメイトの奥野洋介が、血相を変えて教室に飛び込んできたのだ。
上履きを履いているにもかかわらず、両手にはなぜか外靴が握り締められている。
ただならぬ様子に嫌な予感を覚え、祐輝は思わず立ち上がった。
「どうした!?」
洋介は息を切らしている。どこかから走ってきたに違いない。
(いや、でも俺に何の用だ?)
ふとそんな疑問が頭をかすめる。けれどそれは次の瞬間氷解した。
「あの人っ……! 生徒、会長のっ……! あの人が、危ない……かも!」
洋介の言葉に、最悪の事態が想像される。
「場所は!?」
洋介のもとに走り寄りながら尋ねる。
「あの、部室、集まってるとこ」
少し息が落ち着いてきた洋介はボックス街の方角を指さした。祐輝は瞬時に考えを巡らせる。
「岸! お前ちょっと職員室行って先生呼んできて! 田代と山岡は俺と来て! 緊急事態っぽい!」
いったい何事かと様子を窺っていたクラスメイト達だったが、祐輝の声にはっと我に返り動き出す。
洋介も手に持っていた外靴を投げ出し岸のあとを追っていった。
ボックス街へは、まず外に出てから地面を突っ切っていくほうが早い。階段を一目散に駆け下りる。
その間祐輝は振り返らなかったが、それでも二人がついてきてくれていることは足音でわかった。
「……どこだっ!?」
ボックス街は静まり返っていた。きょろきょろと周囲を見渡すが、人影どころか人の気配すら感じられない。
「とりあえず、ポニーテールの女子探して!」
祐輝が叫ぶと、山岡がいち早くうなずき、ボックス街の裏側へと走っていった。建物周囲は彼に任せていいだろう。可能性が高いのはむしろ中の方だ。祐輝は素早く田代を振り返る。
「カギ空いてる部室、片っ端から見てくぞ!」
田代は左から、祐輝は右から、順に部室のドアノブをひねっていく。だがどの部室にも鍵がかかっている──部活中だから当然だが。
と、祐輝が何番目かに引っ張ったドアが手前に開いた。
薄暗い部室の中に、入口から日の光が差し込む。
目を凝らすと、ぐったりと横たわる女子生徒の姿が見えた。玲奈だ。
「生徒会長っ! 大丈夫かっ!?……──っ!」
慌てて駆け寄る。入口から見た時はわからなかったが、ひどいありさまだった。
制服姿ではあるもののブレザーとリボンは見当たらず、シャツははだけてほとんど下着がむき出しになっている。祐輝はすぐに自分のブレザーを脱ぎ、玲奈の上半身が隠れるように被せた。
「園田? いたのか?」
祐輝が飛び込んだのを見て追ってきたのだろう、背後から田代の声が聞こえる。
振り返るとすぐ外に姿が見えたので、入ってくるよう手招きした。
「悪い、お前こいつ運べる?」
祐輝のそばに倒れている玲奈を見て、田代は目を見開いた。
「あ、ああ……」
田代はがっしりした体格で、祐輝よりはるかに縦にも横にも幅がある。予想通り、玲奈の体を難なく持ち上げた。
と、玲奈のものと思しきブレザーとリボンが目に入る。よく見れば、入口付近に上履きも転がっていた。祐輝はそれらを拾い上げ、田代とともに部室を出た。
「おい、どうしんだ!」
ちょうど、岸と洋介が呼びに行った先生が到着したところのようだ。二人と、裏を探していた山岡の姿もある。
「説明は後です! まずは医務室に……意識がありません」
祐輝の言葉で、生徒指導の三浦先生は田代が抱き上げた玲奈の姿を認めた。血相を変えて鋭く尋ねる。
「なにがあったんだ」
玲奈の上半身には、祐輝のブレザーがかかったままだ。
医務室へ向かって歩き始めながら、祐輝は苦い表情で口を開く。
「状況だけ見たら、襲われたんじゃないかと」
その場にいた全員が言葉を失った。
手札がなくなったことを誇示するように両手を上げ、クラスメイトの田代が得意げな声を上げた。
他の奴らは「また田代かよー」とブーイングを飛ばしている。
入学からしばらく経ち、一年生全体が高校というものにある程度慣れてきた。
授業終了のチャイムと同時に教室を飛び出し、部活に全てをかけている者もいれば、バイクを買うだのギターを買うだのと、あるいはシンプルに家計を助けようと、アルバイトに精を出している者もいる。
そのどちらでもないゆるい帰宅部員の間では、放課後にだらだらとトランプをして遊ぶのが流行っていた。
少なくとも今は、祐輝もその輪の中に身を置いている。
ところが突然、そのだらけ切った空気が張り詰めた。
「──園田くんっ!!」
クラスメイトの奥野洋介が、血相を変えて教室に飛び込んできたのだ。
上履きを履いているにもかかわらず、両手にはなぜか外靴が握り締められている。
ただならぬ様子に嫌な予感を覚え、祐輝は思わず立ち上がった。
「どうした!?」
洋介は息を切らしている。どこかから走ってきたに違いない。
(いや、でも俺に何の用だ?)
ふとそんな疑問が頭をかすめる。けれどそれは次の瞬間氷解した。
「あの人っ……! 生徒、会長のっ……! あの人が、危ない……かも!」
洋介の言葉に、最悪の事態が想像される。
「場所は!?」
洋介のもとに走り寄りながら尋ねる。
「あの、部室、集まってるとこ」
少し息が落ち着いてきた洋介はボックス街の方角を指さした。祐輝は瞬時に考えを巡らせる。
「岸! お前ちょっと職員室行って先生呼んできて! 田代と山岡は俺と来て! 緊急事態っぽい!」
いったい何事かと様子を窺っていたクラスメイト達だったが、祐輝の声にはっと我に返り動き出す。
洋介も手に持っていた外靴を投げ出し岸のあとを追っていった。
ボックス街へは、まず外に出てから地面を突っ切っていくほうが早い。階段を一目散に駆け下りる。
その間祐輝は振り返らなかったが、それでも二人がついてきてくれていることは足音でわかった。
「……どこだっ!?」
ボックス街は静まり返っていた。きょろきょろと周囲を見渡すが、人影どころか人の気配すら感じられない。
「とりあえず、ポニーテールの女子探して!」
祐輝が叫ぶと、山岡がいち早くうなずき、ボックス街の裏側へと走っていった。建物周囲は彼に任せていいだろう。可能性が高いのはむしろ中の方だ。祐輝は素早く田代を振り返る。
「カギ空いてる部室、片っ端から見てくぞ!」
田代は左から、祐輝は右から、順に部室のドアノブをひねっていく。だがどの部室にも鍵がかかっている──部活中だから当然だが。
と、祐輝が何番目かに引っ張ったドアが手前に開いた。
薄暗い部室の中に、入口から日の光が差し込む。
目を凝らすと、ぐったりと横たわる女子生徒の姿が見えた。玲奈だ。
「生徒会長っ! 大丈夫かっ!?……──っ!」
慌てて駆け寄る。入口から見た時はわからなかったが、ひどいありさまだった。
制服姿ではあるもののブレザーとリボンは見当たらず、シャツははだけてほとんど下着がむき出しになっている。祐輝はすぐに自分のブレザーを脱ぎ、玲奈の上半身が隠れるように被せた。
「園田? いたのか?」
祐輝が飛び込んだのを見て追ってきたのだろう、背後から田代の声が聞こえる。
振り返るとすぐ外に姿が見えたので、入ってくるよう手招きした。
「悪い、お前こいつ運べる?」
祐輝のそばに倒れている玲奈を見て、田代は目を見開いた。
「あ、ああ……」
田代はがっしりした体格で、祐輝よりはるかに縦にも横にも幅がある。予想通り、玲奈の体を難なく持ち上げた。
と、玲奈のものと思しきブレザーとリボンが目に入る。よく見れば、入口付近に上履きも転がっていた。祐輝はそれらを拾い上げ、田代とともに部室を出た。
「おい、どうしんだ!」
ちょうど、岸と洋介が呼びに行った先生が到着したところのようだ。二人と、裏を探していた山岡の姿もある。
「説明は後です! まずは医務室に……意識がありません」
祐輝の言葉で、生徒指導の三浦先生は田代が抱き上げた玲奈の姿を認めた。血相を変えて鋭く尋ねる。
「なにがあったんだ」
玲奈の上半身には、祐輝のブレザーがかかったままだ。
医務室へ向かって歩き始めながら、祐輝は苦い表情で口を開く。
「状況だけ見たら、襲われたんじゃないかと」
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