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第1章
6-R ポーズ
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「生徒会長ー!」
玲奈のクラスにそんな呼びかけが響いたのは、ちょうど琴音とお昼を食べていた時だった。
クラス中の目がまずはその声の主に、それから示し合わせたようにこちらに向く。
「なんか呼ばれてるよ?」
琴音が必死に笑いをこらえながら言う。
当事者である玲奈にしてみれば笑い事ではないのだけれど、それを言っても始まらないので黙って席を立つ。
単に「会長」ならまだしも、玲奈に面と向かって「生徒会長」なんて呼びかける人間は一人しかいない。
「──園田くん、その度胸はどこか他のところで使えないの?」
教室の入り口で待っていた祐輝を廊下へと連れ出す。
「度胸って、何の話?」
祐輝は本気できょとんとした顔で首を傾げた。
どうやら世の中には、三年の教室に足を踏み入れることを何とも思わない一年生というのがいるらしい。
「そんなことより、もうすっかり慣れたみたいじゃん?」
そう言って玲奈の顔をのぞき込む。
初めて祐輝にこのプチメイクを教わってから一週間。確かに慣れてきたし、手際も良くなったと思う。
玲奈は「まあ……」と曖昧にうなずいた。
「というわけで、生徒会長大改造計画の第二部に進もうと思うんだけど」
上体を起こした祐輝の顔には、どこか不敵な笑みが浮かんでいる。
「第二部……?」
思わず復唱すると、祐輝はその笑顔のままうなずいた。
「それじゃ、また放課後に『部室』で」
そう言って軽く手を上げるので、思わず「えっ」と声が出てしまった。
「用事ってそれだけ……?」
まさかそれを言うためだけに、昼休みにわざわざ教室までやってきたのだろうか。
けれど意外にも祐輝は少し考え込む。
「基本的には。でもまあ、ついでに受験生の教室ってやつを見てみようとは思ったかな。二年後の参考に」
そう言って、ちらりと教室に目をやった。
受験生といってもまだ四月末なので、それほど緊張感が漂っているわけではない。
どちらかというと、「ついに受験生になってしまった……」という呆然とした感じの空気が強い気がする。
ただ、今は別の事に関心が向いているようだけれど。
「あの……ね」
一瞬ためらったものの、やはり思ったことは言っておこうと気を取り直す。
「園田くんって、とても目立つわけね。ビジュアル的に。だからって私とどうこう間違われるとかそういうことはないけど……」
そう、そんな心配はいらない。
玲奈のような「冴えない」女子が祐輝のようなイケメンと付き合っている、なんて勘違いは起こりようもない。
そんなことは心配しなくていい。
「注目浴びるのは別に、慣れてるけど」
祐輝はこともなげに言った。
「でしょうね!」という言葉がのどまで出かかる。
「私は極力避けたいの! 目立つとろくなことがないんだから」
十七年間生きてきた中で学んだ、敵を作らない最も単純で確実な方法こそ「目立たない」ことだった。
敵味方以前に、そもそも存在を認識されなければこっちのものなのだ。
「え、なんで極力目立ちたくない人間が生徒会長なんかやってんの」
祐輝は文字通り目を丸くした。どうやら本気で驚いているらしい。
確かに、彼の言うことには一理──いや、二理も三理もある。
「強いて言うなら……貧乏くじってやつね」
言いながらため息が出そうになった。
生徒会長なんていうのは、全校レベルの雑用係と悪名高い生徒会執行部の長なわけで。
二年のときならまだしも、受験生になってから生徒会長を務めようなんて人間はそうそういない。
とはいえ、誰かがやらないといけないのは事実なので引き受けたという側面はたしかにあった。
生徒会執行部の信任選挙の立候補の陰には、そういう根回しのようなものがある。
「それでも俺の計画に乗ったんでしょ?」
なんとなく、楽しむような口調に聞こえたのは気のせいだろうか。
表情はいたって真面目に見えるけれど。
「う、それは……」
あの時はいつになく気分が高揚していた。
ほんの少しの工夫で、外見をがらりと変えることができると知ってしまったから。
一人の女子らしく、キレイになりたいと思ってしまった。
「ふーん……。なるほどね」
答えられないでいると、頭上から祐輝の声が降ってきた。
「なんとなくいろいろわかった気がする」
そう言って祐輝は腕を組んだ。
今ので一体何が分かったというのだろう。
「その冴えない感じも、半分はポーズなんでしょ? 反感を買わないための」
「な……っ!?」
思わず反論しかけたけれど後が続かなかった。
実際はどうなのだろう、とつい自問してしまう。
敵を作らないために、「冴えない女子」をやっているのだろうか。いや──。
「そんなわけないでしょ。私はただ……」
わからなかっただけだ。どうすれば魅力的な女の子になれるのかが。
かわいい子はきっと、最初からかわいくて。もともと「かわいい」ための要素をいくつも持っているものだと思っていた。
玲奈には手に入らないような要素を、いくつも。
(……でも)
こんな自分でも、そのための知識と努力次第で手に入れることができるのかもしれない。だから。
「……第二部も、よろしくお願いします」
祐輝の顔に浮かんでいたのは、やはりあの不敵な笑みだった。
玲奈のクラスにそんな呼びかけが響いたのは、ちょうど琴音とお昼を食べていた時だった。
クラス中の目がまずはその声の主に、それから示し合わせたようにこちらに向く。
「なんか呼ばれてるよ?」
琴音が必死に笑いをこらえながら言う。
当事者である玲奈にしてみれば笑い事ではないのだけれど、それを言っても始まらないので黙って席を立つ。
単に「会長」ならまだしも、玲奈に面と向かって「生徒会長」なんて呼びかける人間は一人しかいない。
「──園田くん、その度胸はどこか他のところで使えないの?」
教室の入り口で待っていた祐輝を廊下へと連れ出す。
「度胸って、何の話?」
祐輝は本気できょとんとした顔で首を傾げた。
どうやら世の中には、三年の教室に足を踏み入れることを何とも思わない一年生というのがいるらしい。
「そんなことより、もうすっかり慣れたみたいじゃん?」
そう言って玲奈の顔をのぞき込む。
初めて祐輝にこのプチメイクを教わってから一週間。確かに慣れてきたし、手際も良くなったと思う。
玲奈は「まあ……」と曖昧にうなずいた。
「というわけで、生徒会長大改造計画の第二部に進もうと思うんだけど」
上体を起こした祐輝の顔には、どこか不敵な笑みが浮かんでいる。
「第二部……?」
思わず復唱すると、祐輝はその笑顔のままうなずいた。
「それじゃ、また放課後に『部室』で」
そう言って軽く手を上げるので、思わず「えっ」と声が出てしまった。
「用事ってそれだけ……?」
まさかそれを言うためだけに、昼休みにわざわざ教室までやってきたのだろうか。
けれど意外にも祐輝は少し考え込む。
「基本的には。でもまあ、ついでに受験生の教室ってやつを見てみようとは思ったかな。二年後の参考に」
そう言って、ちらりと教室に目をやった。
受験生といってもまだ四月末なので、それほど緊張感が漂っているわけではない。
どちらかというと、「ついに受験生になってしまった……」という呆然とした感じの空気が強い気がする。
ただ、今は別の事に関心が向いているようだけれど。
「あの……ね」
一瞬ためらったものの、やはり思ったことは言っておこうと気を取り直す。
「園田くんって、とても目立つわけね。ビジュアル的に。だからって私とどうこう間違われるとかそういうことはないけど……」
そう、そんな心配はいらない。
玲奈のような「冴えない」女子が祐輝のようなイケメンと付き合っている、なんて勘違いは起こりようもない。
そんなことは心配しなくていい。
「注目浴びるのは別に、慣れてるけど」
祐輝はこともなげに言った。
「でしょうね!」という言葉がのどまで出かかる。
「私は極力避けたいの! 目立つとろくなことがないんだから」
十七年間生きてきた中で学んだ、敵を作らない最も単純で確実な方法こそ「目立たない」ことだった。
敵味方以前に、そもそも存在を認識されなければこっちのものなのだ。
「え、なんで極力目立ちたくない人間が生徒会長なんかやってんの」
祐輝は文字通り目を丸くした。どうやら本気で驚いているらしい。
確かに、彼の言うことには一理──いや、二理も三理もある。
「強いて言うなら……貧乏くじってやつね」
言いながらため息が出そうになった。
生徒会長なんていうのは、全校レベルの雑用係と悪名高い生徒会執行部の長なわけで。
二年のときならまだしも、受験生になってから生徒会長を務めようなんて人間はそうそういない。
とはいえ、誰かがやらないといけないのは事実なので引き受けたという側面はたしかにあった。
生徒会執行部の信任選挙の立候補の陰には、そういう根回しのようなものがある。
「それでも俺の計画に乗ったんでしょ?」
なんとなく、楽しむような口調に聞こえたのは気のせいだろうか。
表情はいたって真面目に見えるけれど。
「う、それは……」
あの時はいつになく気分が高揚していた。
ほんの少しの工夫で、外見をがらりと変えることができると知ってしまったから。
一人の女子らしく、キレイになりたいと思ってしまった。
「ふーん……。なるほどね」
答えられないでいると、頭上から祐輝の声が降ってきた。
「なんとなくいろいろわかった気がする」
そう言って祐輝は腕を組んだ。
今ので一体何が分かったというのだろう。
「その冴えない感じも、半分はポーズなんでしょ? 反感を買わないための」
「な……っ!?」
思わず反論しかけたけれど後が続かなかった。
実際はどうなのだろう、とつい自問してしまう。
敵を作らないために、「冴えない女子」をやっているのだろうか。いや──。
「そんなわけないでしょ。私はただ……」
わからなかっただけだ。どうすれば魅力的な女の子になれるのかが。
かわいい子はきっと、最初からかわいくて。もともと「かわいい」ための要素をいくつも持っているものだと思っていた。
玲奈には手に入らないような要素を、いくつも。
(……でも)
こんな自分でも、そのための知識と努力次第で手に入れることができるのかもしれない。だから。
「……第二部も、よろしくお願いします」
祐輝の顔に浮かんでいたのは、やはりあの不敵な笑みだった。
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