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第4話 大嫌いなあなたへ
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「……ふぅ」
静かに息を吐き、ブラウザのタブを閉じる。
更新の日付はもう五年以上も前になっていた。
いろんなSNSの発達で、いくつかの最大手を除いて多くのブログのサービス終了が相次ぐ今日この頃。
私が学生時代に使っていたブログの運営からも、「サービス終了のお知らせ」が届いた。
だからもう何年振りかもわからないくらい久しぶりに、ログインしてみたのだ。
その中で唯一非公開で投稿された記事がこれだった。
(まるで、当時の自分に会いに行ったみたいだったな……)
当時付き合っていた彼──高橋和樹のことは今でも覚えている。
けれど、当時の私がこんなにも苦しんでいたことは忘れていた。
いや、覚えていられなかったのかもしれない。
当時の私が、その後の人生を生きていくためには。
彼が言った通り、私はあれからいろんなことを経験し、いろんな人に出会った。
素敵になれたかはわからないけれど、少しは強く、賢くなれたと思う。
だからあの頃の私には見えなかったものが見えるし、わからなかったことがわかる。
そして、言えなかった言葉も言える。
私は静かに息を吸い込んだ。
自分でも驚くくらい、脳裏にとめどなく言葉があふれてくる。
元カノへの感情はおろか思い出の品すら自分で処分できないような女々しい男のもとに、誰が戻ったりするっていうの?
自分の感情もろくにコントロールできないで、機嫌が悪いときや気分が落ち込んでいるときはこちらの問いかけに返事もしない。
平常時ですら会話を広げる努力もしない。
的外れな思いやりを押し付けてきたかと思えば、それで相手を大切にしてるなんて主張して。
自分はいい関係を築くための誠意を見せているんだから、今度はそれを返してほしい?
自分本位にもほどがある。
それから、このブログを書いたときにはまだ気づいてなかったけど、私が贈ったもので、あの箱の中には入ってなかったものがあるよね。
就職祝いにプレゼントしたタイピンは、まさか今も使ってくれているの?
壊れて捨てたってことも、今ならありうるかもね。
でも当時はあなたのことだから、仮に壊れたとしても捨てずに持っていたでしょう。
あの箱の中には、切れてしまったお揃いのストラップや、どこかに長期間貼っていたせいで色あせたプリクラまで入っていたんだから。
天体模型は私に返して、タイピンは手元に置いておく──ということは金額的な話じゃないんでしょう。
天体模型の方が高かったから。
だからポイントは普段から「使える」ものかどうか。
そう思えば、友達との旅行のお土産にあげたA4のクリアファイルも、あの箱の中にはなかったね。
高価なものじゃないけど、日常で使うものだから。
基本的なスタンスとして、私はものを大切にする人間は好きだし、私と別れた後に私からもらったものを使い続けることには何も悪感情はない。
そのモノにとってもただ捨てられるよりは壊れるまで使ってもらった方が嬉しいだろうし。
でもね、思い出の品全部押し付けるなんて勝手なことしながら、自分が普段使うものだけはキープしておくみたいな、そういう即物的なところは矛盾でしかないし、端的に言って自分勝手でみっともないと思う。
あとは、何が「納得できない」って?
わかっていてわざとそう言ってるのか本当にわかっていないのか知らないけれど、それは納得ができないんじゃなく、ただ「拒んでいる」だけ。
別れ話を受け入れたくなかったから、私が答えに窮するまで延々と質問を続けたんでしょう?
気に入らない答えには「それじゃ答えになってない」と言って。
答えられなくなるとお決まりの「それじゃ僕は納得できない」で勝ち誇る。
当時の私は、それに気づいて指摘できるほどには大人じゃなかったから。
でもあなたのおかげであの頃よりはずいぶんと弁が立つようになったんじゃないかと思う。
ねえ、だからあの時の私には言えなかった、でもあなたが聞きたかった言葉を言ってあげるよ。
「……大嫌い」
口にすると可笑しかった。
けれどこのたった一言ですべてが終わる。
これこそ、あなたが求めていた、申し分のない別れの理由でしょう?
私が言えなかった言葉。
あなたが聞きたかった言葉。
「ありがとう」でもなく「ごめんね」でもない。
さようなら。
私の大嫌いなあなたへ。
静かに息を吐き、ブラウザのタブを閉じる。
更新の日付はもう五年以上も前になっていた。
いろんなSNSの発達で、いくつかの最大手を除いて多くのブログのサービス終了が相次ぐ今日この頃。
私が学生時代に使っていたブログの運営からも、「サービス終了のお知らせ」が届いた。
だからもう何年振りかもわからないくらい久しぶりに、ログインしてみたのだ。
その中で唯一非公開で投稿された記事がこれだった。
(まるで、当時の自分に会いに行ったみたいだったな……)
当時付き合っていた彼──高橋和樹のことは今でも覚えている。
けれど、当時の私がこんなにも苦しんでいたことは忘れていた。
いや、覚えていられなかったのかもしれない。
当時の私が、その後の人生を生きていくためには。
彼が言った通り、私はあれからいろんなことを経験し、いろんな人に出会った。
素敵になれたかはわからないけれど、少しは強く、賢くなれたと思う。
だからあの頃の私には見えなかったものが見えるし、わからなかったことがわかる。
そして、言えなかった言葉も言える。
私は静かに息を吸い込んだ。
自分でも驚くくらい、脳裏にとめどなく言葉があふれてくる。
元カノへの感情はおろか思い出の品すら自分で処分できないような女々しい男のもとに、誰が戻ったりするっていうの?
自分の感情もろくにコントロールできないで、機嫌が悪いときや気分が落ち込んでいるときはこちらの問いかけに返事もしない。
平常時ですら会話を広げる努力もしない。
的外れな思いやりを押し付けてきたかと思えば、それで相手を大切にしてるなんて主張して。
自分はいい関係を築くための誠意を見せているんだから、今度はそれを返してほしい?
自分本位にもほどがある。
それから、このブログを書いたときにはまだ気づいてなかったけど、私が贈ったもので、あの箱の中には入ってなかったものがあるよね。
就職祝いにプレゼントしたタイピンは、まさか今も使ってくれているの?
壊れて捨てたってことも、今ならありうるかもね。
でも当時はあなたのことだから、仮に壊れたとしても捨てずに持っていたでしょう。
あの箱の中には、切れてしまったお揃いのストラップや、どこかに長期間貼っていたせいで色あせたプリクラまで入っていたんだから。
天体模型は私に返して、タイピンは手元に置いておく──ということは金額的な話じゃないんでしょう。
天体模型の方が高かったから。
だからポイントは普段から「使える」ものかどうか。
そう思えば、友達との旅行のお土産にあげたA4のクリアファイルも、あの箱の中にはなかったね。
高価なものじゃないけど、日常で使うものだから。
基本的なスタンスとして、私はものを大切にする人間は好きだし、私と別れた後に私からもらったものを使い続けることには何も悪感情はない。
そのモノにとってもただ捨てられるよりは壊れるまで使ってもらった方が嬉しいだろうし。
でもね、思い出の品全部押し付けるなんて勝手なことしながら、自分が普段使うものだけはキープしておくみたいな、そういう即物的なところは矛盾でしかないし、端的に言って自分勝手でみっともないと思う。
あとは、何が「納得できない」って?
わかっていてわざとそう言ってるのか本当にわかっていないのか知らないけれど、それは納得ができないんじゃなく、ただ「拒んでいる」だけ。
別れ話を受け入れたくなかったから、私が答えに窮するまで延々と質問を続けたんでしょう?
気に入らない答えには「それじゃ答えになってない」と言って。
答えられなくなるとお決まりの「それじゃ僕は納得できない」で勝ち誇る。
当時の私は、それに気づいて指摘できるほどには大人じゃなかったから。
でもあなたのおかげであの頃よりはずいぶんと弁が立つようになったんじゃないかと思う。
ねえ、だからあの時の私には言えなかった、でもあなたが聞きたかった言葉を言ってあげるよ。
「……大嫌い」
口にすると可笑しかった。
けれどこのたった一言ですべてが終わる。
これこそ、あなたが求めていた、申し分のない別れの理由でしょう?
私が言えなかった言葉。
あなたが聞きたかった言葉。
「ありがとう」でもなく「ごめんね」でもない。
さようなら。
私の大嫌いなあなたへ。
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♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
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