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第48話 未知の校舎
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一階の廊下には誰もいなかった。教室も空っぽのようで人の気配自体が感じられない。
私はほっとするような拍子抜けするような複雑な気分になりながら階段を上った。
(……あれ?)
階段でも誰ともすれ違わないし、二階の廊下を覗いてみても人影は見えない。
夏休みの、それも受験生の領域の校舎なんてこんなものなのだろうか。
なんだか、足音を忍ばせていたのがばかばかしくなってきた。もう普段通りの足音を響かせて三階を目指す。
(……!)
階段を上り切ると、一階や二階の時とは違いはっきりと人がいる感じがした。
どの教室かまではわからないけど、雰囲気からして一人や二人ではない。
私はなんとなく、教室から極力離れたところ──廊下の窓際ぎりぎりを進む。
一番手前の三年一組は誰もいないらしい。教室のドアや窓は締め切られているし、電気もついていない。
でもここまで来たことによって、話し声は隣の教室から聞こえてくることがわかった。
三年二組──佐伯先輩のクラスだ。
立ち止まってじっと耳を澄ませてみるが、どうやら授業中ではないらしい。
入り口のドアが半分くらい開いていたので、私はそこからそっと中の様子をうかがう。
「……いやだからさー、うちのクラスで絶対無理じゃんあんなの。今年こそ何とかして勝ちたい」
「何とかって何だよ」
「何とかは何とかでしょ。他のクラスの上を行くとか」
「だから、どうやって上を行くかっつー問題でしょ」
男子ばかりが十数人集まって何やら話し合いをしている。……いや、雑談だろうか。
「佐伯ー、何かいい案ない?──あ」
ぱっとこちらを振り返った一人と目が合った。
そしてその一人の声と視線に反応して、全員が一斉にこちらを見る。
「女子だ!」
「え、スパイ? やばくね?」
「いやまだ盗まれて困る情報とかないでしょ」
「曲者? ひっ捕らえる?」
教室内の男子たちが口々に言った。
「あ、えーと……」
たぶん、まずい──なんだか厄介な誤解が生じている気がする。が、何をどう弁解すればいいのだろう。
と、その時だった。
「──どうしたの? こんなところで」
「さ、佐伯先輩!」
私のいるところからはちょうど死角になっていた場所から佐伯先輩が姿を現した。
そういえば、さっき最初に私に気づいた人も、「佐伯」と呼んでいたっけ。
「何、佐伯の知り合い? あれ、よく見たら一年?」
集団のうちの一人が尋ね、佐伯先輩が教室の方を振り返る。
「あー、知り合いっていうか……彼女?」
(「彼女」!)
佐伯先輩は今、いったいどんな顔をしていたのだろう。
気になるけど見えない──というか佐伯先輩の返事で教室内が色めき立ち、それどころではなくなってしまった。
「はあ!? え、彼女!?」
「うっそ、マジで?」
「いつからだよ! ってか言えよ!」
本当なら佐伯先輩に詰め寄りたいのだろうけど、私がいるせいで迷っているらしい。
「ごめんね、見ての通り今ちょっと立て込んでて……ちょっと待っててくれる?」
佐伯先輩の申し訳なさそうな声で我に返った私は慌てて首を振った。
「い、いえ! 用事があったわけじゃないんで失礼します」
お騒がせしてすみません──そんな意味を込めて教室にぺこりと会釈しようとしたときだった。
「──いいんじゃない? 佐伯くんのガールフレンドなら」
突然聞こえてきたよく通る声に教室がしん、と静まった。
(今の……女の人の声、だよね?)
男子しかいないと思っていたけど、見えないところに実は女子もいたのだろうか。
何が「いい」のかもよくわからずに固まっていると、一目でさっきの声の主だとわかる女子生徒が姿を現した。
つややかなロングヘアに切れ長のくっきりした目──どこかミステリアスな雰囲気の大人っぽい美人だった。
そこはかとない威圧感がある。
「彼女、一年生でしょう。ひょっとしたらフレッシュな視点の方が、案外役に立ったりするんじゃない?」
彼女はそう言って、意見を求めるように教室を振り返った。
「まあ、時田さんがそう言うなら……」
「実際ろくな案出てないしな」
男子たちからぼそぼそとそんな声が聞こえてくる。
彼女──時田先輩というらしい──がこのクラスにおいて絶大な発言力を持っているということは、この短時間で私にも伝わった。
なんとなく怖い感じがするのは、たぶん気のせいではないだろう。
佐伯先輩は一瞬迷うような表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻って言った。
「富永さん、ちょっと時間あったりする? もしよかったらうちのクラスのミーティングに参加してほしいんだけど」
「ミ、ミーティングですか?」
議題すら知らない私が飛び入りしたところで何の役にも立てないに違いない。
けれどそれでもいいということだったので、私は三年二組にお邪魔することになった。
私はほっとするような拍子抜けするような複雑な気分になりながら階段を上った。
(……あれ?)
階段でも誰ともすれ違わないし、二階の廊下を覗いてみても人影は見えない。
夏休みの、それも受験生の領域の校舎なんてこんなものなのだろうか。
なんだか、足音を忍ばせていたのがばかばかしくなってきた。もう普段通りの足音を響かせて三階を目指す。
(……!)
階段を上り切ると、一階や二階の時とは違いはっきりと人がいる感じがした。
どの教室かまではわからないけど、雰囲気からして一人や二人ではない。
私はなんとなく、教室から極力離れたところ──廊下の窓際ぎりぎりを進む。
一番手前の三年一組は誰もいないらしい。教室のドアや窓は締め切られているし、電気もついていない。
でもここまで来たことによって、話し声は隣の教室から聞こえてくることがわかった。
三年二組──佐伯先輩のクラスだ。
立ち止まってじっと耳を澄ませてみるが、どうやら授業中ではないらしい。
入り口のドアが半分くらい開いていたので、私はそこからそっと中の様子をうかがう。
「……いやだからさー、うちのクラスで絶対無理じゃんあんなの。今年こそ何とかして勝ちたい」
「何とかって何だよ」
「何とかは何とかでしょ。他のクラスの上を行くとか」
「だから、どうやって上を行くかっつー問題でしょ」
男子ばかりが十数人集まって何やら話し合いをしている。……いや、雑談だろうか。
「佐伯ー、何かいい案ない?──あ」
ぱっとこちらを振り返った一人と目が合った。
そしてその一人の声と視線に反応して、全員が一斉にこちらを見る。
「女子だ!」
「え、スパイ? やばくね?」
「いやまだ盗まれて困る情報とかないでしょ」
「曲者? ひっ捕らえる?」
教室内の男子たちが口々に言った。
「あ、えーと……」
たぶん、まずい──なんだか厄介な誤解が生じている気がする。が、何をどう弁解すればいいのだろう。
と、その時だった。
「──どうしたの? こんなところで」
「さ、佐伯先輩!」
私のいるところからはちょうど死角になっていた場所から佐伯先輩が姿を現した。
そういえば、さっき最初に私に気づいた人も、「佐伯」と呼んでいたっけ。
「何、佐伯の知り合い? あれ、よく見たら一年?」
集団のうちの一人が尋ね、佐伯先輩が教室の方を振り返る。
「あー、知り合いっていうか……彼女?」
(「彼女」!)
佐伯先輩は今、いったいどんな顔をしていたのだろう。
気になるけど見えない──というか佐伯先輩の返事で教室内が色めき立ち、それどころではなくなってしまった。
「はあ!? え、彼女!?」
「うっそ、マジで?」
「いつからだよ! ってか言えよ!」
本当なら佐伯先輩に詰め寄りたいのだろうけど、私がいるせいで迷っているらしい。
「ごめんね、見ての通り今ちょっと立て込んでて……ちょっと待っててくれる?」
佐伯先輩の申し訳なさそうな声で我に返った私は慌てて首を振った。
「い、いえ! 用事があったわけじゃないんで失礼します」
お騒がせしてすみません──そんな意味を込めて教室にぺこりと会釈しようとしたときだった。
「──いいんじゃない? 佐伯くんのガールフレンドなら」
突然聞こえてきたよく通る声に教室がしん、と静まった。
(今の……女の人の声、だよね?)
男子しかいないと思っていたけど、見えないところに実は女子もいたのだろうか。
何が「いい」のかもよくわからずに固まっていると、一目でさっきの声の主だとわかる女子生徒が姿を現した。
つややかなロングヘアに切れ長のくっきりした目──どこかミステリアスな雰囲気の大人っぽい美人だった。
そこはかとない威圧感がある。
「彼女、一年生でしょう。ひょっとしたらフレッシュな視点の方が、案外役に立ったりするんじゃない?」
彼女はそう言って、意見を求めるように教室を振り返った。
「まあ、時田さんがそう言うなら……」
「実際ろくな案出てないしな」
男子たちからぼそぼそとそんな声が聞こえてくる。
彼女──時田先輩というらしい──がこのクラスにおいて絶大な発言力を持っているということは、この短時間で私にも伝わった。
なんとなく怖い感じがするのは、たぶん気のせいではないだろう。
佐伯先輩は一瞬迷うような表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻って言った。
「富永さん、ちょっと時間あったりする? もしよかったらうちのクラスのミーティングに参加してほしいんだけど」
「ミ、ミーティングですか?」
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