42 / 52
第42話 蔵書整理
しおりを挟む
「改めておめでとう、富永さん。祝・赤点回避」
にこやかに言う佐伯先輩に私は顔をひきつらせた。
「ちょ、そんな大きい声で言わないでください……」
別に私たちの会話なんて誰も聞いていないとわかっているけど。
夏の蔵書整理のために集まった生徒は、ざっと三十人程度だった。大半が図書委員で、私のような外部のボランティアはごく少数らしい。
図書委員であっても、部活だ夏季講習だ家の用事だと理由を付けて休みたがる人が少なくないようで、なるほどボランティアが喜ばれるわけだった。
図書室に集まった生徒はみんな、雑談をしたり本を読んだり、ただぼーっとしたりと思い思いに過ごしている。
先ほど「ごめんなさい、ちょっと待ってて!」と叫んで司書室に引っ込んでしまった辻先生は、どうやら司書室の調子の悪いプリンターと格闘しているらしい。機械の不調とあっては手も足も出ないので、私たち生徒は大人しく閲覧席で待っているのだった。
と、司書室の扉が開いた。
「お待たせ! ……ちょ、誰か手伝ってくれる?」
まだ姿の見えない辻先生の声にいち早く反応したのは、やっぱり佐伯先輩だった。あわててその後を追い司書室に足を踏み入れる。
すると辻先生は両手にプリントの束を抱えた状態で、本のたくさん載った台車を動かそうとしていた。見るからに無理だ。
「それ、もらいます」
佐伯先輩はプリントの束をさっと受け取り、邪魔にならないよう先に司書室を出て行く。
「あ、じゃあ台車は私が」
せめて何か手伝いを、と思って申し出たものの、台車はもう両手が自由になった辻先生が手にしていた。
「こっちは大丈夫だから、富永さんはドアを押さえててくれないかしら?」
辻先生の言葉にうなずき、外開きのドアを押さえるべく司書室の外に出る。が、そのドアはもう佐伯先輩が肩で押さえていてくれた。
「佐伯先輩! 私、押さえてますから」
言いながら、「大丈夫だよ」と断られそうだなと思ったのだけど、佐伯先輩は意外にもドアから身体を離した。
「そう? じゃあお願い。僕はこれ置いてくるから」
あのプリントは案外重かったのだろうか、と思ったところで気づく。私が「せっかく立ち上がったのに何もできることがなかった」という状況に陥るのを防ぐために、あえて任せてくれたのだと。
それを私に気づかせずにやってのけるあたり、本当に気の利かせ方や頭の回転の速さが尋常じゃないと思う。
「二人とも、ありがとね」
無事に司書室から出てきた辻先生が言った。
「それじゃあ、今年初めての人もたくさんいるので、蔵書整理についてざっと説明します。去年と続けて二回目の人も、確認のために聞いておいてください」
そう前置きして、辻先生は作業の大まかな流れを説明していく。
私たち生徒が主に担う作業としては、資料が正しい書架にあるかどうかを確認し、間違った場所にあれば正しい位置に戻す、欠けている資料がないか調べ、あればその行方を捜す、利用の頻度によって、書庫と開架の資料を入れ替える、等のようだ。
「それじゃあいい具合に分かれて座ってくれてるみたいだから、テーブルごとに担当を決めてくわね。まずここが……」
辻先生は、窓際のテーブルから順番に番号を割り振っていく。その番号が担当する分野──つまり、資料の背表紙の下の方に貼ってあるラベルということらしい。
今まで特に気にしたことがなかったけけど、あの番号でその資料の分野がわかるのだ。
(あれ? じゃあ私たちは?)
0番から9番、そして禁帯出ゾーンまでの担当が決まったが、さっきから立ったままだった私と佐伯先輩は余ってしまっている。どうするのだろうと思った時、辻先生がこちらを振り返った。
「それじゃ、あなたたち二人には書庫をお願いするわね」
(書庫──!)
私は思わず目を見開いた。書庫と言えば、一般生徒は足を踏み入れることを許されない秘密の空間だ。
表情は必死に平静を保ちながらも、心が躍るのを止められない。
「書庫! 佐伯先輩、書庫ですよ! ……って、もしかして佐伯先輩は入ったことあるんですか?」
舞い上がる私とは対照的に、佐伯先輩は眉間に軽くしわを寄せている。どうも嬉しそうではないので、もしかしたら過去に書庫で何かあったのだろうか。
「いや、入ったことはないよ……というか」
佐伯先輩は複雑な表情のまま口元に手を当てている。
「うちの図書館に書庫なんてあったかな、と思って」
「……え?」
一体どういうことなのかと目を瞬いていると、辻先生が意味深な表情を浮かべて手招きしてきた。佐伯先輩とちらりと顔を見合わせてからそばに寄る。
「先生……書庫って一体──」
佐伯先輩が言いかけたのを辻先生が手で制した。
「ちょっとね、ついて来てほしいの」
佐伯先輩と私はまた顔を見合わせる。辻先生が向かっていったのは司書室だったからだ。
「書庫って、司書室のことなんですか? 司書室の一角にたくさん本が保管してあったりとか」
このあいだ入ったときはそんなもの見なかった気がするのだけど。佐伯先輩も「いや、どうかな……」と首を傾げている。何にしても行ってみればわかるだろう。
私たちは辻先生について司書室へと足を踏み入れた。
にこやかに言う佐伯先輩に私は顔をひきつらせた。
「ちょ、そんな大きい声で言わないでください……」
別に私たちの会話なんて誰も聞いていないとわかっているけど。
夏の蔵書整理のために集まった生徒は、ざっと三十人程度だった。大半が図書委員で、私のような外部のボランティアはごく少数らしい。
図書委員であっても、部活だ夏季講習だ家の用事だと理由を付けて休みたがる人が少なくないようで、なるほどボランティアが喜ばれるわけだった。
図書室に集まった生徒はみんな、雑談をしたり本を読んだり、ただぼーっとしたりと思い思いに過ごしている。
先ほど「ごめんなさい、ちょっと待ってて!」と叫んで司書室に引っ込んでしまった辻先生は、どうやら司書室の調子の悪いプリンターと格闘しているらしい。機械の不調とあっては手も足も出ないので、私たち生徒は大人しく閲覧席で待っているのだった。
と、司書室の扉が開いた。
「お待たせ! ……ちょ、誰か手伝ってくれる?」
まだ姿の見えない辻先生の声にいち早く反応したのは、やっぱり佐伯先輩だった。あわててその後を追い司書室に足を踏み入れる。
すると辻先生は両手にプリントの束を抱えた状態で、本のたくさん載った台車を動かそうとしていた。見るからに無理だ。
「それ、もらいます」
佐伯先輩はプリントの束をさっと受け取り、邪魔にならないよう先に司書室を出て行く。
「あ、じゃあ台車は私が」
せめて何か手伝いを、と思って申し出たものの、台車はもう両手が自由になった辻先生が手にしていた。
「こっちは大丈夫だから、富永さんはドアを押さえててくれないかしら?」
辻先生の言葉にうなずき、外開きのドアを押さえるべく司書室の外に出る。が、そのドアはもう佐伯先輩が肩で押さえていてくれた。
「佐伯先輩! 私、押さえてますから」
言いながら、「大丈夫だよ」と断られそうだなと思ったのだけど、佐伯先輩は意外にもドアから身体を離した。
「そう? じゃあお願い。僕はこれ置いてくるから」
あのプリントは案外重かったのだろうか、と思ったところで気づく。私が「せっかく立ち上がったのに何もできることがなかった」という状況に陥るのを防ぐために、あえて任せてくれたのだと。
それを私に気づかせずにやってのけるあたり、本当に気の利かせ方や頭の回転の速さが尋常じゃないと思う。
「二人とも、ありがとね」
無事に司書室から出てきた辻先生が言った。
「それじゃあ、今年初めての人もたくさんいるので、蔵書整理についてざっと説明します。去年と続けて二回目の人も、確認のために聞いておいてください」
そう前置きして、辻先生は作業の大まかな流れを説明していく。
私たち生徒が主に担う作業としては、資料が正しい書架にあるかどうかを確認し、間違った場所にあれば正しい位置に戻す、欠けている資料がないか調べ、あればその行方を捜す、利用の頻度によって、書庫と開架の資料を入れ替える、等のようだ。
「それじゃあいい具合に分かれて座ってくれてるみたいだから、テーブルごとに担当を決めてくわね。まずここが……」
辻先生は、窓際のテーブルから順番に番号を割り振っていく。その番号が担当する分野──つまり、資料の背表紙の下の方に貼ってあるラベルということらしい。
今まで特に気にしたことがなかったけけど、あの番号でその資料の分野がわかるのだ。
(あれ? じゃあ私たちは?)
0番から9番、そして禁帯出ゾーンまでの担当が決まったが、さっきから立ったままだった私と佐伯先輩は余ってしまっている。どうするのだろうと思った時、辻先生がこちらを振り返った。
「それじゃ、あなたたち二人には書庫をお願いするわね」
(書庫──!)
私は思わず目を見開いた。書庫と言えば、一般生徒は足を踏み入れることを許されない秘密の空間だ。
表情は必死に平静を保ちながらも、心が躍るのを止められない。
「書庫! 佐伯先輩、書庫ですよ! ……って、もしかして佐伯先輩は入ったことあるんですか?」
舞い上がる私とは対照的に、佐伯先輩は眉間に軽くしわを寄せている。どうも嬉しそうではないので、もしかしたら過去に書庫で何かあったのだろうか。
「いや、入ったことはないよ……というか」
佐伯先輩は複雑な表情のまま口元に手を当てている。
「うちの図書館に書庫なんてあったかな、と思って」
「……え?」
一体どういうことなのかと目を瞬いていると、辻先生が意味深な表情を浮かべて手招きしてきた。佐伯先輩とちらりと顔を見合わせてからそばに寄る。
「先生……書庫って一体──」
佐伯先輩が言いかけたのを辻先生が手で制した。
「ちょっとね、ついて来てほしいの」
佐伯先輩と私はまた顔を見合わせる。辻先生が向かっていったのは司書室だったからだ。
「書庫って、司書室のことなんですか? 司書室の一角にたくさん本が保管してあったりとか」
このあいだ入ったときはそんなもの見なかった気がするのだけど。佐伯先輩も「いや、どうかな……」と首を傾げている。何にしても行ってみればわかるだろう。
私たちは辻先生について司書室へと足を踏み入れた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
鬼上司の執着愛にとろけそうです
六楓(Clarice)
恋愛
旧題:純情ラブパニック
失恋した結衣が一晩過ごした相手は、怖い怖い直属の上司――そこから始まる、らぶえっちな4人のストーリー。
◆◇◆◇◆
営業部所属、三谷結衣(みたに ゆい)。
このたび25歳になりました。
入社時からずっと片思いしてた先輩の
今澤瑞樹(いまさわ みずき)27歳と
同期の秋本沙梨(あきもと さり)が
付き合い始めたことを知って、失恋…。
元気のない結衣を飲みにつれてってくれたのは、
見た目だけは素晴らしく素敵な、鬼のように怖い直属の上司。
湊蒼佑(みなと そうすけ)マネージャー、32歳。
目が覚めると、私も、上司も、ハダカ。
「マジかよ。記憶ねぇの?」
「私も、ここまで記憶を失ったのは初めてで……」
「ちょ、寒い。布団入れて」
「あ、ハイ……――――あっ、いやっ……」
布団を開けて迎えると、湊さんは私の胸に唇を近づけた――。
※予告なしのR18表現があります。ご了承下さい。
無口な彼女なら簡単に落とせると思ってました
みずがめ
恋愛
佐々岡雄介、十六歳。恋人募集中の健全な男子高校生である。
そんな彼が学校の図書室で出会ったのは貝塚詩織という少女だった。
どこかで見覚えがあるのだと思い返してみれば、詩織は雄介と同じクラスの女子だったのである。
クラス内での詩織があまりにもしゃべらず存在感がなかったために気づかなかった。しかし、改めて見ると彼女が美少女なのだと気づいた雄介はなんとかして恋人にしようと動くのであった。
これは無口少女と無駄に積極性のある少年による、とっても健全なラブコメものである。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる