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第30話 街灯に照らされて
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「じゃあ、降りようか」
「え?」
言われて窓の外を見てみれば、見慣れた景色が見えている。話している間に家の最寄り駅に着いていたのだった。
「……」
なんだか、非現実の世界から現実の世界に放り戻されたような感覚に襲われる。そう、たとえばものすごく集中して読んでいた小説をぱたりと閉じた時のような。異なる空間を一瞬で移動してしまったような。
それくらいの衝撃を、佐伯先輩の話は私に与えたのかもしれない。
「道、こっちで合ってる?」
と、そんな佐伯先輩の声で、私の意識は目の前に引き戻される。
「は、はい」
いつも一人で降りる駅に、佐伯先輩と二人で立っているのは不思議な感覚だった。
時間にして十五分から二十分くらいの道のりを、私たちは並んで歩く。
「富永さんは、いつもこの道を通って通学してるんだね」
佐伯先輩が、歩道の街路樹を見上げながら言った。住んでいる身としては、似たような住宅が延々と続くだけのつまらない地域としか思わないけれど、初めて見ると新鮮だったりするのだろうか。
私は、なんとなく佐伯先輩と初めて一緒に帰った日のことを思い出した。
「……佐伯先輩。私、最初のころ特に、佐伯先輩と同級生じゃないのがすごく悔しかったんです」
私は前を向いたまま口を開いた。佐伯先輩が不思議そうな視線を向けたのが感じられる。
唐突なことは自覚していたが、私は構わず続けた。
「先輩と後輩じゃ対等じゃなくて。同じ土俵って言うと変ですけど、物理的には隣に立っていても、同じ場所にいるようには感じられませんでした」
話しながら、これで伝わるのだろうかと不安になってくる。「対等じゃない」なんて言ってしまったのでは、むしろ誤解を生んでしまうかもしれない。
「なんというか、たとえば佐伯先輩のクラスの人とかの方が、私よりずっと佐伯先輩に近いところにいるような気がしてたんです。二学年も離れたところから、必死に追いすがっているような」
その時、佐伯先輩がほんの少し悲しそうな顔をした気がして、私は自分の発言を後悔した。でもここでは終われなくて、私はまた言葉を紡ぐ。
「でも今日のお話を聞いて……私はやっぱり佐伯先輩の同級生でありたかったと思いました。三年半前のその時に、私だけでも佐伯先輩の味方でいたかったです」
私みたいな人間が一人肩を持ったところで、佐伯先輩の傷の深さは変わらなかったかもしれないけれど。それでも。
「……富永さんは、ときどきこちらがはっとするくらい大胆なことを言うね」
佐伯先輩は、嬉しそうにも悲しそうにも見える、何とも言えない表情をしていた。どういう意味なのだろう。何が言いたいのだろう。
「それは……どういう意味ですか?」
心理戦で勝てる相手じゃないことはもうよくわかっているので、私は直球で尋ねた。
「富永さんは、きっと慰めやフォローじゃなく本心からそう言ってくれてるんだんと思うし、僕はそんな富永さんが好きだと思う。でも、僕はそんなふうに思ってもらえるような人間じゃないかもしれない」
「佐伯先輩……」
なんだか、佐伯先輩の口から出る「好き」という言葉だけで顔がほころびそうになっていたのが、遠い昔のように思える。
それでも、私の思いは変わっていない。私は足を止め、精一杯の笑顔で佐伯先輩に微笑みかけた。
「大丈夫です。それを決めるのは私なので」
決めたのだ。何を信じ何を選ぶとしても、その決断には自分で責任を持つと。私は私の意志で、佐伯先輩のそばにいると選んだのだから。
「……佐伯先輩。今日はありがとうございました。……予備校を放り出して助けに来てくれたの、ほんとはすごく嬉しかったです」
私は一方的に言うだけ言って、ぺこりと礼をした。そして佐伯先輩に背を向け、そのまま自宅の門に手をかける。
「……また明日ね。富永さん」
佐伯先輩の静かな声に振り返る。けれどその表情は、街灯の逆光になってよく見えなかった。
「え?」
言われて窓の外を見てみれば、見慣れた景色が見えている。話している間に家の最寄り駅に着いていたのだった。
「……」
なんだか、非現実の世界から現実の世界に放り戻されたような感覚に襲われる。そう、たとえばものすごく集中して読んでいた小説をぱたりと閉じた時のような。異なる空間を一瞬で移動してしまったような。
それくらいの衝撃を、佐伯先輩の話は私に与えたのかもしれない。
「道、こっちで合ってる?」
と、そんな佐伯先輩の声で、私の意識は目の前に引き戻される。
「は、はい」
いつも一人で降りる駅に、佐伯先輩と二人で立っているのは不思議な感覚だった。
時間にして十五分から二十分くらいの道のりを、私たちは並んで歩く。
「富永さんは、いつもこの道を通って通学してるんだね」
佐伯先輩が、歩道の街路樹を見上げながら言った。住んでいる身としては、似たような住宅が延々と続くだけのつまらない地域としか思わないけれど、初めて見ると新鮮だったりするのだろうか。
私は、なんとなく佐伯先輩と初めて一緒に帰った日のことを思い出した。
「……佐伯先輩。私、最初のころ特に、佐伯先輩と同級生じゃないのがすごく悔しかったんです」
私は前を向いたまま口を開いた。佐伯先輩が不思議そうな視線を向けたのが感じられる。
唐突なことは自覚していたが、私は構わず続けた。
「先輩と後輩じゃ対等じゃなくて。同じ土俵って言うと変ですけど、物理的には隣に立っていても、同じ場所にいるようには感じられませんでした」
話しながら、これで伝わるのだろうかと不安になってくる。「対等じゃない」なんて言ってしまったのでは、むしろ誤解を生んでしまうかもしれない。
「なんというか、たとえば佐伯先輩のクラスの人とかの方が、私よりずっと佐伯先輩に近いところにいるような気がしてたんです。二学年も離れたところから、必死に追いすがっているような」
その時、佐伯先輩がほんの少し悲しそうな顔をした気がして、私は自分の発言を後悔した。でもここでは終われなくて、私はまた言葉を紡ぐ。
「でも今日のお話を聞いて……私はやっぱり佐伯先輩の同級生でありたかったと思いました。三年半前のその時に、私だけでも佐伯先輩の味方でいたかったです」
私みたいな人間が一人肩を持ったところで、佐伯先輩の傷の深さは変わらなかったかもしれないけれど。それでも。
「……富永さんは、ときどきこちらがはっとするくらい大胆なことを言うね」
佐伯先輩は、嬉しそうにも悲しそうにも見える、何とも言えない表情をしていた。どういう意味なのだろう。何が言いたいのだろう。
「それは……どういう意味ですか?」
心理戦で勝てる相手じゃないことはもうよくわかっているので、私は直球で尋ねた。
「富永さんは、きっと慰めやフォローじゃなく本心からそう言ってくれてるんだんと思うし、僕はそんな富永さんが好きだと思う。でも、僕はそんなふうに思ってもらえるような人間じゃないかもしれない」
「佐伯先輩……」
なんだか、佐伯先輩の口から出る「好き」という言葉だけで顔がほころびそうになっていたのが、遠い昔のように思える。
それでも、私の思いは変わっていない。私は足を止め、精一杯の笑顔で佐伯先輩に微笑みかけた。
「大丈夫です。それを決めるのは私なので」
決めたのだ。何を信じ何を選ぶとしても、その決断には自分で責任を持つと。私は私の意志で、佐伯先輩のそばにいると選んだのだから。
「……佐伯先輩。今日はありがとうございました。……予備校を放り出して助けに来てくれたの、ほんとはすごく嬉しかったです」
私は一方的に言うだけ言って、ぺこりと礼をした。そして佐伯先輩に背を向け、そのまま自宅の門に手をかける。
「……また明日ね。富永さん」
佐伯先輩の静かな声に振り返る。けれどその表情は、街灯の逆光になってよく見えなかった。
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