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第15話 勉強会
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「──! 佐伯先輩!」
建物の前にその姿を認めると、私はすぐに佐伯先輩のもとへと駆け出した。
(佐伯先輩の私服姿!!)
校内じゃ絶対に見ることのできない貴重な光景に思わず目を奪われる。黒いTシャツにグレーのジャケットというのは、春コーデとしては少し色合いが暗い気がしないでもないものの、佐伯先輩にはとても似合っていた。
「早くないですか!」
言ってしまってから(あ、間違えた)と思うがもう遅い。せめて「お待たせしてしまってすみません」と言いたかった。
でも、まだ待ち合わせ時間の十二分前なのだ。いったいいつから待っていたのだろう。
「だって、いつも待ってもらってるから」
たしかに、佐伯先輩の委員の仕事が終わるまで待ってはいるけれど。でもそれは私が勝手に待っているだけなのだ──佐伯先輩と一緒に帰りたいがために。
そう言うと、佐伯先輩はふわりと微笑んだ。
「それと一緒。僕も富永さんを待ってたかっただけ」
「──! それは……反則です……」
佐伯先輩の優しい微笑みが眩しくて、思わず目を逸らしながら言う。これから先、私の心臓はちゃんともつのだろうか。……正直、あまり期待できない。
「それじゃ、行こうか」
佐伯先輩の言葉にうなずいて、一緒に自動ドアをくぐる。私たちの勉強会は、結局市立図書館で行うことになったのだった。
「よかった。今日はそんなに混んでないね」
先輩の言う通り、閲覧席はまばらにしか埋まっていない。これなら読書や蔵書の閲覧以外のこと──それこそ勉強なんかをしていても迷惑になることはなさそうだ。
私たちは手近な大テーブルを選び、端の席に並んで腰かけた。
「わからないとこでもあれば何でも聞いて。これでも一応、先輩だし」
隣から佐伯先輩が囁く。
(ああ、これはほんとに勉強会っぽい)
向かい合わせに座った方が、勉強しながら佐伯先輩の顔を盗み見しやすかったのはたしかなのだけど、こうやって会話するには隣同士が一番だ。……距離も近いし。
少しでも油断したらすぐに緩んでしまいそうな顔を引き締め、私は教科書とノートを開いた。
まずは数学の授業の内容を復習し、問題集に向かう。
公式の当てはめ方のパターンを掴んでしまえば特につまづくところはなかった。問題は来週以降に習うはずの応用についていけるかだ。
(うわあ……)
試しに教科書の先のページをめくってみると、一気に数値と式が複雑になっていたのだ。私は思わず顔をしかめ、見なかったことにしてそのまま教科書を閉じる。
そのタイミングでなんとなく隣を盗み見てみると、佐伯先輩は過去問か何かを解いているようだった。手元の無地のルーズリーフの上でシャープペンを動かしている。
(きれい、だなあ……)
ニキビ一つないなめらかな肌に、まつげはすっと長い。それでも中性的な感じはしなくて、ちゃんと男の人なのだ。女装は似合いそうな気がするけど。
「ん? 何か聞きたいことでも出てきた?」
私の視線に気づいたらしい佐伯先輩がこちらを向いて囁く。
「あっ、いえ、大丈夫です!」
慌てて首を振り、私は英語の教科書を開いた。
「ふぅーっ」
数時間後、図書館を出た私はぐっと伸びをした。同じ姿勢で長時間勉強をしていると、どうしても全身の血の巡りが悪くなる気がする。図書館は居心地のいい場所だけど、やっぱり読書と勉強では話が違うのだ。
「佐伯先輩って、英語得意なんですね」
一緒に出てきた佐伯先輩に声をかける。予習として教科書の英文を訳していた時、どうしても文型がとれない文に出会ったのだ。それを佐伯先輩はさっと一読しただけで正確に訳してみせた。
「まあ、得意な方ではあるかな。さっきみたいな文は主節のSVを正しく見極められるかがカギだよね」
佐伯先輩はその見極めのコツを教えてくれたが、そのコツを活かすためには登場する単語の品詞と意味を知っていなければならない。その意味で結局、単語の暗記は最も効率的な方略なのだろう。
「得意な方、ってことは英語は一番じゃないんですか?」
私だって、英語は決して苦手な方じゃない。でも佐伯先輩は、知識や経験値の二学年分を差し引いても私の遥か先を行っている。
「うん、一番はやっぱり国語かな」
「さすが、図書委員長らしいですね」
だが佐伯先輩は少し複雑な表情だ。
「男子としては物理とか数学って言いたいとこなんだけど」
「……そんなもんなんですか?」
確かに、女子より男子の方が理数系に強いイメージはあるけれど。
「その方がかっこよくない?」
「ど、どうですかね……」
一瞬答えに迷ったものの、自信をもって得意だと言える科目があるのなら十分だという気がする。それが何の科目であっても。
「国語が得意なのもちゃんとかっこいいと思います」
私が力を込めて言うと佐伯先輩は笑った。
「じゃあ……勉強もお互い進んだみたいだし、良かったら慰労会って名目でお茶でもしていく?」
予想外の提案に思わず目を瞬く。
「え、いいんですか?」
きっと忙しいだろうに。勉強だって、一人でやった方がはかどるだろうところにこうして付き合ってくれたのに。
「この辺にあるのはほとんどチェーンのカフェだけど、それでも良ければ」
チェーン店だろうと個人経営の店だろうとカフェはカフェだ。二人でカフェなんて、これはもう勉強会を超えた……そう、デートだ。
「もちろんです!」
勢い込みそうになるのを抑えて答える。そんな私に佐伯先輩は「了解」と笑い、私たちは図書館の建物を出た。
建物の前にその姿を認めると、私はすぐに佐伯先輩のもとへと駆け出した。
(佐伯先輩の私服姿!!)
校内じゃ絶対に見ることのできない貴重な光景に思わず目を奪われる。黒いTシャツにグレーのジャケットというのは、春コーデとしては少し色合いが暗い気がしないでもないものの、佐伯先輩にはとても似合っていた。
「早くないですか!」
言ってしまってから(あ、間違えた)と思うがもう遅い。せめて「お待たせしてしまってすみません」と言いたかった。
でも、まだ待ち合わせ時間の十二分前なのだ。いったいいつから待っていたのだろう。
「だって、いつも待ってもらってるから」
たしかに、佐伯先輩の委員の仕事が終わるまで待ってはいるけれど。でもそれは私が勝手に待っているだけなのだ──佐伯先輩と一緒に帰りたいがために。
そう言うと、佐伯先輩はふわりと微笑んだ。
「それと一緒。僕も富永さんを待ってたかっただけ」
「──! それは……反則です……」
佐伯先輩の優しい微笑みが眩しくて、思わず目を逸らしながら言う。これから先、私の心臓はちゃんともつのだろうか。……正直、あまり期待できない。
「それじゃ、行こうか」
佐伯先輩の言葉にうなずいて、一緒に自動ドアをくぐる。私たちの勉強会は、結局市立図書館で行うことになったのだった。
「よかった。今日はそんなに混んでないね」
先輩の言う通り、閲覧席はまばらにしか埋まっていない。これなら読書や蔵書の閲覧以外のこと──それこそ勉強なんかをしていても迷惑になることはなさそうだ。
私たちは手近な大テーブルを選び、端の席に並んで腰かけた。
「わからないとこでもあれば何でも聞いて。これでも一応、先輩だし」
隣から佐伯先輩が囁く。
(ああ、これはほんとに勉強会っぽい)
向かい合わせに座った方が、勉強しながら佐伯先輩の顔を盗み見しやすかったのはたしかなのだけど、こうやって会話するには隣同士が一番だ。……距離も近いし。
少しでも油断したらすぐに緩んでしまいそうな顔を引き締め、私は教科書とノートを開いた。
まずは数学の授業の内容を復習し、問題集に向かう。
公式の当てはめ方のパターンを掴んでしまえば特につまづくところはなかった。問題は来週以降に習うはずの応用についていけるかだ。
(うわあ……)
試しに教科書の先のページをめくってみると、一気に数値と式が複雑になっていたのだ。私は思わず顔をしかめ、見なかったことにしてそのまま教科書を閉じる。
そのタイミングでなんとなく隣を盗み見てみると、佐伯先輩は過去問か何かを解いているようだった。手元の無地のルーズリーフの上でシャープペンを動かしている。
(きれい、だなあ……)
ニキビ一つないなめらかな肌に、まつげはすっと長い。それでも中性的な感じはしなくて、ちゃんと男の人なのだ。女装は似合いそうな気がするけど。
「ん? 何か聞きたいことでも出てきた?」
私の視線に気づいたらしい佐伯先輩がこちらを向いて囁く。
「あっ、いえ、大丈夫です!」
慌てて首を振り、私は英語の教科書を開いた。
「ふぅーっ」
数時間後、図書館を出た私はぐっと伸びをした。同じ姿勢で長時間勉強をしていると、どうしても全身の血の巡りが悪くなる気がする。図書館は居心地のいい場所だけど、やっぱり読書と勉強では話が違うのだ。
「佐伯先輩って、英語得意なんですね」
一緒に出てきた佐伯先輩に声をかける。予習として教科書の英文を訳していた時、どうしても文型がとれない文に出会ったのだ。それを佐伯先輩はさっと一読しただけで正確に訳してみせた。
「まあ、得意な方ではあるかな。さっきみたいな文は主節のSVを正しく見極められるかがカギだよね」
佐伯先輩はその見極めのコツを教えてくれたが、そのコツを活かすためには登場する単語の品詞と意味を知っていなければならない。その意味で結局、単語の暗記は最も効率的な方略なのだろう。
「得意な方、ってことは英語は一番じゃないんですか?」
私だって、英語は決して苦手な方じゃない。でも佐伯先輩は、知識や経験値の二学年分を差し引いても私の遥か先を行っている。
「うん、一番はやっぱり国語かな」
「さすが、図書委員長らしいですね」
だが佐伯先輩は少し複雑な表情だ。
「男子としては物理とか数学って言いたいとこなんだけど」
「……そんなもんなんですか?」
確かに、女子より男子の方が理数系に強いイメージはあるけれど。
「その方がかっこよくない?」
「ど、どうですかね……」
一瞬答えに迷ったものの、自信をもって得意だと言える科目があるのなら十分だという気がする。それが何の科目であっても。
「国語が得意なのもちゃんとかっこいいと思います」
私が力を込めて言うと佐伯先輩は笑った。
「じゃあ……勉強もお互い進んだみたいだし、良かったら慰労会って名目でお茶でもしていく?」
予想外の提案に思わず目を瞬く。
「え、いいんですか?」
きっと忙しいだろうに。勉強だって、一人でやった方がはかどるだろうところにこうして付き合ってくれたのに。
「この辺にあるのはほとんどチェーンのカフェだけど、それでも良ければ」
チェーン店だろうと個人経営の店だろうとカフェはカフェだ。二人でカフェなんて、これはもう勉強会を超えた……そう、デートだ。
「もちろんです!」
勢い込みそうになるのを抑えて答える。そんな私に佐伯先輩は「了解」と笑い、私たちは図書館の建物を出た。
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