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七、コーヒーと片思い
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- 七 -
金曜日の放課後、週末の地質調査に向けて用意を進めていると、ギンガがやってきた。
「よお、ヤス」
ギンガは何やら妙なナリをしていた。黒色のTシャツに何か文字と星ようなキャラクターの絵が書かれていた。よく見ると、
「金平糖」
と書かれていた。
「お前、なにそれ」
「あ、山岳部の部活Tシャツ。カッコイイだろ」
カッコいい、というよりもウケ狙いかな?と思ってしまうようなものだ。デザインの金平糖のキャラクターには目が付いていて、すごく可愛らしい。
「なんで山岳部が金平糖だ」
「はぁ?お前山岳部三大グルメ知らんのか。金平糖と鯖缶とコンビーフは最強ぞ」
また始まった、こいつが山登った時のグルメ談話だ。
「春山でな、柔らかくてうまそうなタケノコを見つけたんだ、それを鯖缶と一緒に煮詰めてだな、これが美味いんだ」
そんな話をここに来るたびにしている。うちの学校の山岳部は割と一生懸命活動しているらしいが、その度に山に登った時に食べたグルメのことを話して来る。最初は面白がって聞いていたが、最近は同じようなものばかり話すので、さすがに飽きてきた。たくさんある山岳グルメの中で、ギンガはいつもコーヒーの話をする。
「冬の山で飲んだ熱々のコーヒーは最高だったよ」
僕が思うに、ギンガがコーヒーの話をする時が、一番楽しそうだ。彼のコーヒーの話だけは何度聞いてもコーヒーを飲みたくなる。
今日もコーヒーについてギンガはとても嬉しそうに語る。
「ギンガ」
僕は彼の話を打ち切った。
「コーヒー飲ませろ」
僕がこういうと、ギンガはふふふと笑った。
「お前コーヒー好きだな。いいだろう。少し待ってろ」
ギンガは早速棚からコーヒー豆とミルを取り出して、せっせと豆を挽き始めた。
意外かもしれないが、こいつはコーヒーを淹れることに関しては非常に優れている。僕は紅茶、ギンガはコーヒー担当だ。天体観測などは夜遅くまでやることがあるが、その時に体のあったまるコーヒーは何よりもの楽しみとなる。
「ヤス、コーヒー淹れてやったぞ」
「すまんな、ありがとう」
「代金は百万円な」
「高えよ」
「出世払いで構わんぞ」
「ざけんなよ」
二人で笑いあったあと、僕はギンガの淹れてくれたコーヒーをすすった。酸味と苦味が抑えられていて、代わりに甘みがある。実に美味い。そして香ばしい。コーヒーはやたら酸味があると飲みにくいし、苦すぎても飲むのが嫌になる。飲んだ時に爽やかで、スッキリとした後味のあるコーヒーが真にうまいコーヒーと言えるだろう。ブラックコーヒーは嫌というやつが多いが、僕はそうは思わない。むしろこの正直な味わいが僕を落ち着かせる。ミルクを入れるのは邪道だ。シュガーなんて言うまでもない。この正直さがいいのだ。ところでコーヒーは淹れる温度によって味が変わるし、焙煎具合によっても味は変わる。僕はギンガの淹れ方が気に入っていた。まず豆の選び方が上手い。あまり深く焙煎していないものをコーヒーミルで挽いて、それを沸騰した温度のお湯でゆっくりとドリップする。こうすると僕好みの実に滑らかな味わいの非常に飲みやすいコーヒーになる。ギンガは他のことに関しては非常に雑だが、コーヒーだけは絹糸のように滑らかで繊細な味わいのコーヒーを淹れてくれる。
「お前やっぱコーヒー淹れるの美味いわ」
「あったりめーだよ」
そう言いつつも、ギンガは少し照れて自分の頭を撫でた。
「いや、お世辞じゃなくて本当に美味い」
このように美味いコーヒーを飲むと甘いお菓子でも食いたくなる。何かなかっただろうか。
「そうだ」
そういえば今週末の夜の観測に向けてアーモンドチョコレートを買った記憶がある。確か冷蔵庫に入れておいた気がする。地学準備室の冷蔵庫からチョコレートを取り出すと、誰かがすでに一つ盗み食いしていた。多分後輩の誰かだろう。あとで言っておかないと。いくらなんでも先輩のものを盗み食いなんてするのは間違ってる。まあそれはいいとして、五つばかり残ったチョコレートを机に置いて、ギンガとコーヒーを飲みながらチョコレートをつまんだ。
「うーん、美味い」
至福のひとときとはこのようなことを言うのだろう。美味いコーヒーを淹れてくれたギンガにはただただ敬服するばかりだ。
「ところでヤス」
「どうした」
「お前ツバサさんに告白すんの?」
ギンガの不意打ちに思わずコーヒーを吹き出しそうになってしまった。コーヒーが変なところに入た。僕は咽びながら、
「いきなり何聞いてんだよ」
と焦り気味に言った。
「いやぁ、お前ツバサのことどうするのかなぁって、もう少しで学園祭だし」
ギンガはニヤニヤしながら自分の小指を立てて僕の方を見てきた。
「告白なんてしないよ」
「えー、やれよ。つまんねーの」
「だからやらないって」
僕が必死の防衛戦を展開していると、あろうことか、地学教室にツバサさんが入ってきた。
「あら、ギンガくん。めずらしいわね」
ツバサさんはそう言いいながら荷物を置いてそのロングヘアーを束ねた。学園祭が近いからなのか、艶のある茶髪は輝くようなより明るい色に変わっていて、それが一層彼女の美しさを引き立てていた。
「ツバサさん髪染めたの?」
僕はさりげなくこう言った。
「そうなのよ、去年は一年生だから染めなかったけど、今年はいいかなぁって」
綺麗だ。染めるとなんとなく嫌な感じになることがあるけど、彼女は全くそれを感じさせない。滑らかで、絹糸を彷彿させるような、黒髪の時とはまた別の麗しさと艶やかさがある、金錦のような上品な色だ。
「ヤスくん、何してるの」
「あ、ギンガがコーヒー淹れてくれたんですよ。ギンガ、ツバサさんにも淹れてやりなよ」
「言われずとも」
僕がこう言い終わる前にギンガはものすごい勢いでコーヒー豆から準備を始めていた。
「あら、ギンガくん早い」
ツバサさんはテキパキ動くギンガを見てニコニコ笑っていた。普段こんなに早くないだろ。ギンガはコーヒーミルを引きながらチラチラとツバサさんのことを見ていた。なるほど、こいつも僕のライバルというわけだ。僕の胸の中にある燃える想いがより一層激しくなった。おそらく敵はギンガだけではない。校内を探せばもっといるだろう。そう考えると、ますますツバサさんへの想いが強まらずにはいられなかった。
金曜日の放課後、週末の地質調査に向けて用意を進めていると、ギンガがやってきた。
「よお、ヤス」
ギンガは何やら妙なナリをしていた。黒色のTシャツに何か文字と星ようなキャラクターの絵が書かれていた。よく見ると、
「金平糖」
と書かれていた。
「お前、なにそれ」
「あ、山岳部の部活Tシャツ。カッコイイだろ」
カッコいい、というよりもウケ狙いかな?と思ってしまうようなものだ。デザインの金平糖のキャラクターには目が付いていて、すごく可愛らしい。
「なんで山岳部が金平糖だ」
「はぁ?お前山岳部三大グルメ知らんのか。金平糖と鯖缶とコンビーフは最強ぞ」
また始まった、こいつが山登った時のグルメ談話だ。
「春山でな、柔らかくてうまそうなタケノコを見つけたんだ、それを鯖缶と一緒に煮詰めてだな、これが美味いんだ」
そんな話をここに来るたびにしている。うちの学校の山岳部は割と一生懸命活動しているらしいが、その度に山に登った時に食べたグルメのことを話して来る。最初は面白がって聞いていたが、最近は同じようなものばかり話すので、さすがに飽きてきた。たくさんある山岳グルメの中で、ギンガはいつもコーヒーの話をする。
「冬の山で飲んだ熱々のコーヒーは最高だったよ」
僕が思うに、ギンガがコーヒーの話をする時が、一番楽しそうだ。彼のコーヒーの話だけは何度聞いてもコーヒーを飲みたくなる。
今日もコーヒーについてギンガはとても嬉しそうに語る。
「ギンガ」
僕は彼の話を打ち切った。
「コーヒー飲ませろ」
僕がこういうと、ギンガはふふふと笑った。
「お前コーヒー好きだな。いいだろう。少し待ってろ」
ギンガは早速棚からコーヒー豆とミルを取り出して、せっせと豆を挽き始めた。
意外かもしれないが、こいつはコーヒーを淹れることに関しては非常に優れている。僕は紅茶、ギンガはコーヒー担当だ。天体観測などは夜遅くまでやることがあるが、その時に体のあったまるコーヒーは何よりもの楽しみとなる。
「ヤス、コーヒー淹れてやったぞ」
「すまんな、ありがとう」
「代金は百万円な」
「高えよ」
「出世払いで構わんぞ」
「ざけんなよ」
二人で笑いあったあと、僕はギンガの淹れてくれたコーヒーをすすった。酸味と苦味が抑えられていて、代わりに甘みがある。実に美味い。そして香ばしい。コーヒーはやたら酸味があると飲みにくいし、苦すぎても飲むのが嫌になる。飲んだ時に爽やかで、スッキリとした後味のあるコーヒーが真にうまいコーヒーと言えるだろう。ブラックコーヒーは嫌というやつが多いが、僕はそうは思わない。むしろこの正直な味わいが僕を落ち着かせる。ミルクを入れるのは邪道だ。シュガーなんて言うまでもない。この正直さがいいのだ。ところでコーヒーは淹れる温度によって味が変わるし、焙煎具合によっても味は変わる。僕はギンガの淹れ方が気に入っていた。まず豆の選び方が上手い。あまり深く焙煎していないものをコーヒーミルで挽いて、それを沸騰した温度のお湯でゆっくりとドリップする。こうすると僕好みの実に滑らかな味わいの非常に飲みやすいコーヒーになる。ギンガは他のことに関しては非常に雑だが、コーヒーだけは絹糸のように滑らかで繊細な味わいのコーヒーを淹れてくれる。
「お前やっぱコーヒー淹れるの美味いわ」
「あったりめーだよ」
そう言いつつも、ギンガは少し照れて自分の頭を撫でた。
「いや、お世辞じゃなくて本当に美味い」
このように美味いコーヒーを飲むと甘いお菓子でも食いたくなる。何かなかっただろうか。
「そうだ」
そういえば今週末の夜の観測に向けてアーモンドチョコレートを買った記憶がある。確か冷蔵庫に入れておいた気がする。地学準備室の冷蔵庫からチョコレートを取り出すと、誰かがすでに一つ盗み食いしていた。多分後輩の誰かだろう。あとで言っておかないと。いくらなんでも先輩のものを盗み食いなんてするのは間違ってる。まあそれはいいとして、五つばかり残ったチョコレートを机に置いて、ギンガとコーヒーを飲みながらチョコレートをつまんだ。
「うーん、美味い」
至福のひとときとはこのようなことを言うのだろう。美味いコーヒーを淹れてくれたギンガにはただただ敬服するばかりだ。
「ところでヤス」
「どうした」
「お前ツバサさんに告白すんの?」
ギンガの不意打ちに思わずコーヒーを吹き出しそうになってしまった。コーヒーが変なところに入た。僕は咽びながら、
「いきなり何聞いてんだよ」
と焦り気味に言った。
「いやぁ、お前ツバサのことどうするのかなぁって、もう少しで学園祭だし」
ギンガはニヤニヤしながら自分の小指を立てて僕の方を見てきた。
「告白なんてしないよ」
「えー、やれよ。つまんねーの」
「だからやらないって」
僕が必死の防衛戦を展開していると、あろうことか、地学教室にツバサさんが入ってきた。
「あら、ギンガくん。めずらしいわね」
ツバサさんはそう言いいながら荷物を置いてそのロングヘアーを束ねた。学園祭が近いからなのか、艶のある茶髪は輝くようなより明るい色に変わっていて、それが一層彼女の美しさを引き立てていた。
「ツバサさん髪染めたの?」
僕はさりげなくこう言った。
「そうなのよ、去年は一年生だから染めなかったけど、今年はいいかなぁって」
綺麗だ。染めるとなんとなく嫌な感じになることがあるけど、彼女は全くそれを感じさせない。滑らかで、絹糸を彷彿させるような、黒髪の時とはまた別の麗しさと艶やかさがある、金錦のような上品な色だ。
「ヤスくん、何してるの」
「あ、ギンガがコーヒー淹れてくれたんですよ。ギンガ、ツバサさんにも淹れてやりなよ」
「言われずとも」
僕がこう言い終わる前にギンガはものすごい勢いでコーヒー豆から準備を始めていた。
「あら、ギンガくん早い」
ツバサさんはテキパキ動くギンガを見てニコニコ笑っていた。普段こんなに早くないだろ。ギンガはコーヒーミルを引きながらチラチラとツバサさんのことを見ていた。なるほど、こいつも僕のライバルというわけだ。僕の胸の中にある燃える想いがより一層激しくなった。おそらく敵はギンガだけではない。校内を探せばもっといるだろう。そう考えると、ますますツバサさんへの想いが強まらずにはいられなかった。
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