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双子の兄妹
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瑞樹と咲良は双子の兄妹として生まれた。
その直後、戦によって国は滅ぼされ、二人は青生王家の最後の生き残りとなった。
青生り ~ハルナリ~
瑞樹は右手で剣を握りしめた。
左手は咲良とつないだままだ。その手から直に双子の片割れの震えが伝わってくる。
まだ雪の残る川辺。戦う相手は、自分たちよりも幾つか年上の、大人になったばかりの青年だった。
名は笹彦。幼少の頃より双子に仕えてきた従者だ。
その彼が、主君たる王家の人間に切っ先を向けている。長い黒髪は動きやすいようにひとつに束ねられ、濡れたような漆黒の瞳には一切の容赦も無い。
瑞樹は咲良を庇うように一歩前に出た。
笹彦は流れるような動きで近づいてきた。
沓が砂利を踏む。川面に浮かぶ木の葉が揺れた。
それは一瞬だった。
いつのまにか背後に周りこんだ笹彦の剣が、咲良の背を打った。咲良の細い体が吹き飛ばされ、手をつないでいた瑞樹も一緒に地面に叩きつけられた。
笹彦はため息をついて木製の剣を降ろした。
「咲良様、全くなっておりませぬ」
「咲良を狙うなっつってんだろ! 咲良は眼が見えねーんだぞ!」
瑞樹は起きあがりながら怒鳴る。何度も打ちのめされて、双子は傷だらけになっていた。瑞樹の男髪に結いあげた美豆良は解けて乱れ、咲良の裳裾も泥で汚れている。
笹彦は淡々と言い返してくる。
「そのような甘い考えでは王家の再興もなりませぬ。その下賤な言葉遣いも、いつになったら改めくださるか」
むっとした瑞樹の腕を、咲良が引っ張った。
咲良は生まれついての盲目だった。眼は開いているが、焦点が合っていない。
「いいのです、瑞樹。笹彦の言っていることは正しい」
「でも咲良!」
咲良は俯いたまま小さく首を振っている。笹彦の言うことを聞け、という意味だ。
笹彦は再び剣を構えてくる。
「北の石蕗王に攻め込まれてから十余年。何とか御二人を御連れして落ち延びたものの、幾度も追手を放たれ、潜む場所を変え、その流浪の間、王家を護るために私の父も兄弟達も散りました。もはや残された兵も僅か。王子も巫女姫も、自らの御命は自らの御手で護っていただかなければ。いまだ石蕗王に忍従を強いられている民草を解放するためにも」
もう何度聞かされた話だかわからない。瑞樹は血の混じった唾を吐いて、苦々しげに笹彦に対峙した。
「もし咲良様が足枷となるのでありましたら、今すぐにでも、そのつないだ手を離していただくしかありませぬ」
「笹彦っ! おまえぇっ!」
激昂する瑞樹を、また咲良が止める。
「笹彦、今一度、稽古をお願いいたします」
咲良は左手で剣を持ちなおした。まだ手は震えているが、今度は瑞樹よりも前に出る。
「その意気や良し。……参ります」
双子が完全に打ちのめされ、身動き出来なくなるまで、稽古は続いた。
青生王家の現在の隠れ家は、とある渓谷の奥深くにあった。茅葺きの竪穴式住居がひとつあり、ここに双子と、笹彦などの腹心の部下が寝泊まりしている。他の兵たちは仮小屋で雑魚寝だ。
間仕切りされた住居の一番奥で、双子は傷の手当てを受けていた。若い娘が薬効のある葉を傷口に張り付けてくれる。
「随分としごかれた御様子ですね。笹彦様も今となっては武勇で知られた氏族の最後の生き残り。氏族の威信をかけて、御二人を護ろうとなさっていらっしゃるのですわ」
ぶすっとしている瑞樹に、娘はころころと笑う。
彼女は青生之国の民だ。彼女たちは今では石蕗王に奴隷として扱われている。奴隷といっても常に監視されているわけではなく、時折抜け出して来ては物資を届けてくれるのだ。
青生之国が滅んでから十年以上の月日が経っているが、王家の再興を願い、自分たちを奴隷の身分から解き放ってくれる日を待つ民は多かった。
「冗談じゃねー! 笹彦は咲良を痛めつけたあげく、今すぐこの手を離せって言ってきたんだぞ!」
瑞樹の左手と、咲良の右手。二人は手をつないだ状態で生まれてきた。そして今まで一度も離したことはない。掌はぴったりと張り付いていて、剥がれるのはお互いが強くそう願ったときだけ。それが青生王家の直系として生まれてきた者の定めだった。
娘は笑うのをやめた。
「なれど、成人の儀はもうすぐではありませぬか。そうなれば、御二人はもはや御一緒には……」
娘は途中で口をつぐんだ。瑞樹が恐ろしい眼で睨みつけたからだ。
「申し訳ありませぬ。瑞樹様、なにとぞ御容赦を」
娘は怯えた表情で立ち去った。
「この手は絶対離さないから。ずっとずっと一緒だからな」
咲良の手を握りしめながら、瑞樹は力をこめて言った。咲良は焦点の合っていない眼で、どこか悲しそうに微笑んだ。
「ありがとう、瑞樹……」
その直後、戦によって国は滅ぼされ、二人は青生王家の最後の生き残りとなった。
青生り ~ハルナリ~
瑞樹は右手で剣を握りしめた。
左手は咲良とつないだままだ。その手から直に双子の片割れの震えが伝わってくる。
まだ雪の残る川辺。戦う相手は、自分たちよりも幾つか年上の、大人になったばかりの青年だった。
名は笹彦。幼少の頃より双子に仕えてきた従者だ。
その彼が、主君たる王家の人間に切っ先を向けている。長い黒髪は動きやすいようにひとつに束ねられ、濡れたような漆黒の瞳には一切の容赦も無い。
瑞樹は咲良を庇うように一歩前に出た。
笹彦は流れるような動きで近づいてきた。
沓が砂利を踏む。川面に浮かぶ木の葉が揺れた。
それは一瞬だった。
いつのまにか背後に周りこんだ笹彦の剣が、咲良の背を打った。咲良の細い体が吹き飛ばされ、手をつないでいた瑞樹も一緒に地面に叩きつけられた。
笹彦はため息をついて木製の剣を降ろした。
「咲良様、全くなっておりませぬ」
「咲良を狙うなっつってんだろ! 咲良は眼が見えねーんだぞ!」
瑞樹は起きあがりながら怒鳴る。何度も打ちのめされて、双子は傷だらけになっていた。瑞樹の男髪に結いあげた美豆良は解けて乱れ、咲良の裳裾も泥で汚れている。
笹彦は淡々と言い返してくる。
「そのような甘い考えでは王家の再興もなりませぬ。その下賤な言葉遣いも、いつになったら改めくださるか」
むっとした瑞樹の腕を、咲良が引っ張った。
咲良は生まれついての盲目だった。眼は開いているが、焦点が合っていない。
「いいのです、瑞樹。笹彦の言っていることは正しい」
「でも咲良!」
咲良は俯いたまま小さく首を振っている。笹彦の言うことを聞け、という意味だ。
笹彦は再び剣を構えてくる。
「北の石蕗王に攻め込まれてから十余年。何とか御二人を御連れして落ち延びたものの、幾度も追手を放たれ、潜む場所を変え、その流浪の間、王家を護るために私の父も兄弟達も散りました。もはや残された兵も僅か。王子も巫女姫も、自らの御命は自らの御手で護っていただかなければ。いまだ石蕗王に忍従を強いられている民草を解放するためにも」
もう何度聞かされた話だかわからない。瑞樹は血の混じった唾を吐いて、苦々しげに笹彦に対峙した。
「もし咲良様が足枷となるのでありましたら、今すぐにでも、そのつないだ手を離していただくしかありませぬ」
「笹彦っ! おまえぇっ!」
激昂する瑞樹を、また咲良が止める。
「笹彦、今一度、稽古をお願いいたします」
咲良は左手で剣を持ちなおした。まだ手は震えているが、今度は瑞樹よりも前に出る。
「その意気や良し。……参ります」
双子が完全に打ちのめされ、身動き出来なくなるまで、稽古は続いた。
青生王家の現在の隠れ家は、とある渓谷の奥深くにあった。茅葺きの竪穴式住居がひとつあり、ここに双子と、笹彦などの腹心の部下が寝泊まりしている。他の兵たちは仮小屋で雑魚寝だ。
間仕切りされた住居の一番奥で、双子は傷の手当てを受けていた。若い娘が薬効のある葉を傷口に張り付けてくれる。
「随分としごかれた御様子ですね。笹彦様も今となっては武勇で知られた氏族の最後の生き残り。氏族の威信をかけて、御二人を護ろうとなさっていらっしゃるのですわ」
ぶすっとしている瑞樹に、娘はころころと笑う。
彼女は青生之国の民だ。彼女たちは今では石蕗王に奴隷として扱われている。奴隷といっても常に監視されているわけではなく、時折抜け出して来ては物資を届けてくれるのだ。
青生之国が滅んでから十年以上の月日が経っているが、王家の再興を願い、自分たちを奴隷の身分から解き放ってくれる日を待つ民は多かった。
「冗談じゃねー! 笹彦は咲良を痛めつけたあげく、今すぐこの手を離せって言ってきたんだぞ!」
瑞樹の左手と、咲良の右手。二人は手をつないだ状態で生まれてきた。そして今まで一度も離したことはない。掌はぴったりと張り付いていて、剥がれるのはお互いが強くそう願ったときだけ。それが青生王家の直系として生まれてきた者の定めだった。
娘は笑うのをやめた。
「なれど、成人の儀はもうすぐではありませぬか。そうなれば、御二人はもはや御一緒には……」
娘は途中で口をつぐんだ。瑞樹が恐ろしい眼で睨みつけたからだ。
「申し訳ありませぬ。瑞樹様、なにとぞ御容赦を」
娘は怯えた表情で立ち去った。
「この手は絶対離さないから。ずっとずっと一緒だからな」
咲良の手を握りしめながら、瑞樹は力をこめて言った。咲良は焦点の合っていない眼で、どこか悲しそうに微笑んだ。
「ありがとう、瑞樹……」
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