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第11話 彼の母といる日
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父親のマリオと一緒に立夏がイタリアに行った。
昨日はマリオが招待してくれ寿司屋に連れて行ってもらったのだが、明兎があまりにも食べないのでマリオは顔をしかめていた。陽気な人なのに申し訳なかったと明兎は反省する。
立夏が家にいる間、何となく素っ気ない態度を彼にとってしまい、明兎はいなくなって後悔している。
「ーー僕のばか……」
嫌われたらどうするつもりなのかーー。
黙っていればいいのに。悩むのも恥ずかしいことなのにー。
いつまでも立夏が愛してくれる、そう思う自分がおかしいのに。
「なんで我慢できなかったんだろう……」
うじうじした性格が嫌になる。
電話が鳴った。
「はい」
『アキト?昨日はごめんなさい、予定が合わなくて。あなたに会いたかったのにね』
立夏の母、桂里奈からだった。
「いえ、僕のほうこそすみません。立夏に頼ってばかりでーー」
『あら、あの子はそれが生き甲斐なんだからいいのよ。明日時間ある?いいスイーツの店ができたの。葉鳥と行こうと思ってたけど、体重制限があるから無理だって。アキト代わりに来て、きっと気にいるわ』
「え?いや、そんな……」
『混むから10時前には迎えに行くわ。アキトはどうせ昼食は食べないでしょ?』
「……食べるときもあるよ」
電話の向こうで桂里奈が笑った。
『じゃあね』
「はい。わかりました…」
桂里奈の電話はいつも突然で、すぐに切られる。立夏が高1の2学期に転校してきて、よく家に遊びに行ったから、桂里奈とも長い付き合いになる。
お母さん、という感じではなく、とてもきれいなお姉さんだ。立夏は顔立ちは母親に似たのだろう、マリオのような野性味あふれる容姿ではなく、優しい顔立ちをしているから。
桂里奈は自分の母より健康面を心配してくれて、あの頃は毎日晩ごはんを食べに行っていた。京子は総馬の分しか用意してくれないから、葉鳥も呼んでもらっていた。彼女は桂里奈にとてもなついた。
「娘が欲しかったのよ」
と、度々ショッピングにも出かけていたから、葉鳥が垢抜けた美人になったのは桂里奈のおかげだろう。
いまは子育てが忙しくて旅行は行ってないが、独身中は友達も一緒にあちこち連れて行ってもらったようだ。葉鳥の夫の快青は、桂里奈の兄の子供だ。桂里奈も自分の甥と結婚させるぐらい、葉鳥のことをとても気に入っている。
「今日中に仕上げよう」
明兎はパソコンの画面を開いた。
すぐに立夏のことを考えてしまうから、仕事に没頭しないとーー。
「あいかわらず細いわね。ちょっとは肉を食べないとー」
赤いフェアレディzに乗せられる。
親子だなーー、と明兎は恥ずかしくて仕方がない。
「何よ?」
「いや、赤いなあ、と」
「葉鳥達と出かけるときは快青の黒のセレナに乗るの。日産ははずせないわ」
そう言われても、車に詳しくない明兎は首を捻るしかない。
「着替えにくいから、コンビニに寄るわよ」
服が入った黒い鞄を渡される。
「えー…」
「立夏は怒るわね」
「そうだよ。僕にはもったいない」
桂里奈は笑った。サングラスが良く似合う。立夏もかけるが、マフィアにしか見えなくなる。
「早く着替えてきて」
強引だなー、とは思うが明兎は従った。桂里奈には逆らえない。
トイレで白のシャツに着替えてグレーのパンツを履く。新品の服なんて久しぶりすぎて着心地が悪い。
明兎は飲み物を持ってレジに向かう。格好が変わったことに気づいたのだろうか、店員が目を丸くした。
「ほんと細すぎよ。健康診断で引っかかるわよ」
ティラミスを食べながら桂里奈が言った。
「桂里奈さん、受けてるの?」
意外だな、と明兎も同じものを食べて美味しさに目を輝かせる。シックな店内は女性で賑わっている。
落ちついた机や椅子が、何時間でもいられるように優しい作りになっていた。菓子のためか、少々店内は涼しかった。
「当たり前じゃない!いまは初期の癌なら治る時代よ。40になったら行くんじゃなくて、いまから行きなさい。立夏は会社で行ってるんだし」
そう言われるとそうだ。明兎は頷いた。
「そうだよね。いつまでも健康とは限らないもんね」
「長寿の人は最後まで元気に食べる人よ。立夏のためにも長く生きてもらわないと」
明兎は目を見張った。
「ーー桂里奈さんは、本当に僕のこと嫌じゃない?僕は立夏の人生だめにしちゃったんだよ……」
桂里奈は吹き出した。
「笑わないでよ……」
こっちは真剣なんだからー、と明兎は続けた。
「ごめんごめん!人生だめになったって、立夏のどこがぁ!」
桂里奈は笑いがとまらない。
「だいたい、あたしが孫が欲しいように見える?」
そう言われると明兎も即答はできない。
「気に入らない嫁がくるよりはアキトで最高」
桂里奈はカヌレも頬張る。
「しっかり食べなさい」
桂里奈は言いながらほっと息をつく。立夏が暗い声で、明兎が自分を避ける、と言ってきたからどうしたのかと思っていたが。ーー息子も大げさなところがあるから。
すべてに恵まれた息子が、日本に来て一目で気に入ってしまったお姫様。自分になつかせたりマリオに紹介したり、外堀を埋めて逃げられないようにしていった息子。
やり方は子供らしくないが、本気なのはよくわかった。だからこそ、家で2人きりになるようにしてあげた。妹の葉鳥を連れ出して1日家で2人になるようにーー。
なのに高校生の間はキスどまり、手を出せなかったとはー。桂里奈はよく笑ったものだ。
「ねえ、アキト」
「ーーうん?」
「立夏とケンカしたの?」
昨日はマリオが招待してくれ寿司屋に連れて行ってもらったのだが、明兎があまりにも食べないのでマリオは顔をしかめていた。陽気な人なのに申し訳なかったと明兎は反省する。
立夏が家にいる間、何となく素っ気ない態度を彼にとってしまい、明兎はいなくなって後悔している。
「ーー僕のばか……」
嫌われたらどうするつもりなのかーー。
黙っていればいいのに。悩むのも恥ずかしいことなのにー。
いつまでも立夏が愛してくれる、そう思う自分がおかしいのに。
「なんで我慢できなかったんだろう……」
うじうじした性格が嫌になる。
電話が鳴った。
「はい」
『アキト?昨日はごめんなさい、予定が合わなくて。あなたに会いたかったのにね』
立夏の母、桂里奈からだった。
「いえ、僕のほうこそすみません。立夏に頼ってばかりでーー」
『あら、あの子はそれが生き甲斐なんだからいいのよ。明日時間ある?いいスイーツの店ができたの。葉鳥と行こうと思ってたけど、体重制限があるから無理だって。アキト代わりに来て、きっと気にいるわ』
「え?いや、そんな……」
『混むから10時前には迎えに行くわ。アキトはどうせ昼食は食べないでしょ?』
「……食べるときもあるよ」
電話の向こうで桂里奈が笑った。
『じゃあね』
「はい。わかりました…」
桂里奈の電話はいつも突然で、すぐに切られる。立夏が高1の2学期に転校してきて、よく家に遊びに行ったから、桂里奈とも長い付き合いになる。
お母さん、という感じではなく、とてもきれいなお姉さんだ。立夏は顔立ちは母親に似たのだろう、マリオのような野性味あふれる容姿ではなく、優しい顔立ちをしているから。
桂里奈は自分の母より健康面を心配してくれて、あの頃は毎日晩ごはんを食べに行っていた。京子は総馬の分しか用意してくれないから、葉鳥も呼んでもらっていた。彼女は桂里奈にとてもなついた。
「娘が欲しかったのよ」
と、度々ショッピングにも出かけていたから、葉鳥が垢抜けた美人になったのは桂里奈のおかげだろう。
いまは子育てが忙しくて旅行は行ってないが、独身中は友達も一緒にあちこち連れて行ってもらったようだ。葉鳥の夫の快青は、桂里奈の兄の子供だ。桂里奈も自分の甥と結婚させるぐらい、葉鳥のことをとても気に入っている。
「今日中に仕上げよう」
明兎はパソコンの画面を開いた。
すぐに立夏のことを考えてしまうから、仕事に没頭しないとーー。
「あいかわらず細いわね。ちょっとは肉を食べないとー」
赤いフェアレディzに乗せられる。
親子だなーー、と明兎は恥ずかしくて仕方がない。
「何よ?」
「いや、赤いなあ、と」
「葉鳥達と出かけるときは快青の黒のセレナに乗るの。日産ははずせないわ」
そう言われても、車に詳しくない明兎は首を捻るしかない。
「着替えにくいから、コンビニに寄るわよ」
服が入った黒い鞄を渡される。
「えー…」
「立夏は怒るわね」
「そうだよ。僕にはもったいない」
桂里奈は笑った。サングラスが良く似合う。立夏もかけるが、マフィアにしか見えなくなる。
「早く着替えてきて」
強引だなー、とは思うが明兎は従った。桂里奈には逆らえない。
トイレで白のシャツに着替えてグレーのパンツを履く。新品の服なんて久しぶりすぎて着心地が悪い。
明兎は飲み物を持ってレジに向かう。格好が変わったことに気づいたのだろうか、店員が目を丸くした。
「ほんと細すぎよ。健康診断で引っかかるわよ」
ティラミスを食べながら桂里奈が言った。
「桂里奈さん、受けてるの?」
意外だな、と明兎も同じものを食べて美味しさに目を輝かせる。シックな店内は女性で賑わっている。
落ちついた机や椅子が、何時間でもいられるように優しい作りになっていた。菓子のためか、少々店内は涼しかった。
「当たり前じゃない!いまは初期の癌なら治る時代よ。40になったら行くんじゃなくて、いまから行きなさい。立夏は会社で行ってるんだし」
そう言われるとそうだ。明兎は頷いた。
「そうだよね。いつまでも健康とは限らないもんね」
「長寿の人は最後まで元気に食べる人よ。立夏のためにも長く生きてもらわないと」
明兎は目を見張った。
「ーー桂里奈さんは、本当に僕のこと嫌じゃない?僕は立夏の人生だめにしちゃったんだよ……」
桂里奈は吹き出した。
「笑わないでよ……」
こっちは真剣なんだからー、と明兎は続けた。
「ごめんごめん!人生だめになったって、立夏のどこがぁ!」
桂里奈は笑いがとまらない。
「だいたい、あたしが孫が欲しいように見える?」
そう言われると明兎も即答はできない。
「気に入らない嫁がくるよりはアキトで最高」
桂里奈はカヌレも頬張る。
「しっかり食べなさい」
桂里奈は言いながらほっと息をつく。立夏が暗い声で、明兎が自分を避ける、と言ってきたからどうしたのかと思っていたが。ーー息子も大げさなところがあるから。
すべてに恵まれた息子が、日本に来て一目で気に入ってしまったお姫様。自分になつかせたりマリオに紹介したり、外堀を埋めて逃げられないようにしていった息子。
やり方は子供らしくないが、本気なのはよくわかった。だからこそ、家で2人きりになるようにしてあげた。妹の葉鳥を連れ出して1日家で2人になるようにーー。
なのに高校生の間はキスどまり、手を出せなかったとはー。桂里奈はよく笑ったものだ。
「ねえ、アキト」
「ーーうん?」
「立夏とケンカしたの?」
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