味噌汁と2人の日々

濃子

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第4話 彼のいない日2

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 坂下に謝罪の連絡を入れると、彼はすぐに承諾してくれた。
『付き合いがあるからな。わかった。だけど、こんど庭を見せてもらってもいいか?参考にしたい』
 それぐらいならいいだろう。
「わかった」
『いつがいい?』
 今日、明日は仕事をしたい。明後日は念入りに掃除ー、明兎は考えて答えた。
「明々後日の昼からなら」
『わかった。必ず行く』
 電話を切って、すぐに仕事に取りかかった。明兎はパソコンの前で集中して絵を描き続けた。元々あまりお腹が空かない体質なので、気をつけないとすぐに食べることを忘れてしまう。
 それにーー、立夏がもうすぐ帰ってくる。彼がいるときは仕事に没頭はできないから、今終わらせてしまわないと。
 掃除もいつもより丁寧に仕上げて、味噌汁の具も考えてーー。

 日は瞬く間に過ぎ、坂下との約束の日になった。


「すごいなー、広い庭だな」
 坂下は屋敷の庭を見て目を丸くした。
「今日は立夏は?」
「明日帰ってくる」
 ふーん、と坂下は言った。
「いい庭だな。外からは塀が高くて見えない」
 彼の言葉に、造園屋さんはひとの庭が気になるのかな?と明兎は思った。
「どこに頼んだんだ?」
「気になるの?」
「それは同業者なら気になるさ」
 そんなものか、と思いながら明兎は答えた。
「門倉造園さん」
「うわ、老舗だな」
 坂下が頭を叩いた。オーバーに物事を表現するクセは高校生のときから変わっていない。
「いつ切るんだ?」
「葉が落ちてからだって」
「俺ならいますぐにやってやるのに」
「え?だって……」
 剪定時期は葉が落ちてからだと言われたのだが?明兎は首を傾げた。そんなことは坂下も知っているはずだ。
「うちを得意先にしてくれよ」
 坂下が明兎に近づいてくる。
「いや、お付き合いがあるって言ったよね?」
 おかしな空気に明兎は眉をしかめた。なんだろう、この同級生が怖く感じる。この間はそんなことはなかったのに……。
「いいじゃないか。老舗は1件減ったぐらい何ともない。それよりうちを専属にしてくれよ」
 お得意先を増やしたいのだろうか、だが、何か様子がおかしい。
 急に明兎は肩をつかまれた。
「庭の管理をしてやるよ。ついでにおまえのこと抱かせろ……」
 熱の混じった目に怖くなり、明兎は彼を突き飛ばした。だが、外で働いているだけあり坂下の身体はびくともしなかい。
 明兎は身をよじって逃げようとするが、坂下が足を引っ掛け転んでしまった。身体の上に坂下が乗る。
「立夏がいないときだけでいいからー」
「い、嫌だ!嫌だ!」
「おとなしくしろよ。すぐに気持ちよくしてやる」
「嫌だ!立夏ぁ!りっかああぁぁ!」
 明兎の口にタオルが突っ込まれた。
「うぐっ!」
「うるせえよ」
 腕を押さえられ、もがいても解けそうもない。

 どうしよう!助けて!誰か助けて!

「18年もあいつがやってんだー、少しぐらいどうってことないだろ?」
 明兎は首を振った。ズボンのベルトを外される。

 も、もうーどうしたらいい?裏切る気はないのに、裏切ってしまうなんてーー!

 目からは自然に涙がこぼれだした。
「うっ、うっ、くっ……」
 いい歳のおじさんが泣くなんて情けないのに、とまらず涙がこぼれていく。

「ーーー……」
 坂下の圧が少し緩んだ。

 逃げなきゃ!

 明兎が身体を起こす。坂下はハッとしてまた力を加えた。
「逃がすかよ!」
 全力で組み伏せてくる。
「おとなしくしてくれよー」
 腕をさらに押さえる。

 痛い!
 明兎が身を縮めた。そのときーー、
「なっ!何で!」
 焦った坂下の声が聞こえた。
 
 ガンッ!

 叩きつけるような音がして、明兎の上が軽くなった。明兎が顔をあげると、日本にいないはずの立夏が立っていた。
 いつも外ではきちんとしている彼の髪が乱れている。
 目を丸くしている明兎の口から、タオルを取り出す。身体を確認する彼の目に動揺が浮かんでいる。
「怪我はないか?」
「だ、大丈夫ー」
 明兎は立夏に抱きついた。立夏が大切な宝物のように自分を抱きしめ返してくれる。
「ーーアキト、家に入っていろ。こいつと話をつける」
「あ、ごめんなさい……」
「いいから、顔も見たくないだろ?」
 明兎がはっきりと頷くのを坂下は見た。彼の顔色が失われていく。
 振り向きもせずに家に入って行った明兎の後ろ姿を、坂下は呆然と見ていた。
「おいー」
 冷たい声に坂下は立夏を見た。殴られた頬が腫れてきたのか痛む。
「ーー何でいるんだ!」
「おととい、おまえの妻に聞いた。おまえがスマホのカレンダーに変な印を入れてるってな」 
 すぐに立夏はミラノ空港に行ったが当然空きがなかった。
 だが、しばらく待つと直行便にたまたまキャンセルがでたので日本に帰ることができた。仕事を放りだしてきたが、帰ってきて本当によかった。
 立夏の胸のうちは安堵でいっぱいだ。
「はあ!あいつ!まだおまえの信者かよ!」
 坂下の妻は立夏達の同級生だ。当時は立夏につきまとっていた女子の一人だった。
 最近の坂下の様子を教えてくれるので、大変重宝したが。
「おまえの有責で調停中らしいな」 
 汚いものでも見るように立夏は坂下を見た。
「うるさい!あの女!」
 坂下はスマホを取り出し、カレンダーの共有を解除した。いまやることでもないと、立夏は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「お、おまえが転校してくるから悪いんだ!」
「今さらだ」
「おまえさえいなけりゃ、一之瀬と付き合えたんだ!」
「何もしなかった弱者が、キモいな」
 立夏は鼻で笑った。 
「お、おまえが一之瀬とセックスしてるって思うだけで、嫉妬に狂ったよ!頭がおかしくもなるさ!俺以外にもそんな奴はいたけどな!」
 はあー、と立夏は溜め息をついた。
 高校のときはしていない、というのも面倒なので、呆れた顔で近づいた。坂下が後ずさった。
「お、おまえこそ浮気してんだろ?かわいそうだから俺が慰めてやりたかったんだよ!」
 その言葉に立夏の目が細められた。
「松浦と弁護士には連絡した。今日からおまえは犯罪者だ。接近禁止も相談しよう」
「な、な、なんだと!くそっ!」
 坂下は玄関めがけて突進して行った。何度か転びながら逃げていく。
「ふん」  
 その様子を見て立夏は鼻で笑った。あんなのにかまっている場合ではない。立夏は屋敷の中に急いだ。
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