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第2話 シジミ
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「今日は遅くなるけど帰ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
イタリア製のよく手入れがされた革靴を履いて、立夏は明兎にキスをする。
「アキト」
「何?」
「イタリアの話どうするんだ?」
きつい眼差しで見られ明兎は口ごもった。
「あー、うんー」
「俺が結論を急ぐタイプなのはわかっているだろ?考えられないのか?」
「そういうわけじゃないけどー…」
「そうか。嫌なら考えなくていい」
あっさり行って立夏は家を出た。
「あっ」
引きとめて、立ちどまる時間など彼にはない。
愛想をつかされたのだろう、明兎はその場に立ち尽くした。
家の掃除をしてから、明兎は買い物に出かけた。
たくさん買うことはない。立夏がすぐにイタリアに行くからだ。彼がいる間の味噌汁の具材があればいいのだ。
「しめじ、あっ、なめこもいいなー」
今晩はなめことうす揚げの味噌汁にしようか。いや、遅くなるならお酒を飲んでくるはずだ。しじみ汁にしようか。
特売の小松菜が目に入る。自分用に厚揚げと炊こう。
高齢者のような献立に思わず苦笑する。
ドラッグストアにも寄り、立夏が好きな柔軟剤を見る。いつもの場所が空だった。近くに店員はいないし、レジは混んでいる。
あきらめて明兎は少し離れた店に行くことにした。持ってきていた保冷バッグをバイクの座席下から取り出し、明兎は冷蔵物をつめた。ちゃんと保冷剤も入れてきたので安心だ。
明兎は車の免許がないが、バイクの免許だけはかろうじて持っていたので普段はそれが足代わりだ。
本当に取得しといてよかった。運転免許がないとスマホを買うのもとても面倒だからだ。
離れたドラッグストアには明兎はあまり来たくない。高校のときの同級生が店長をしているからだ。
「まだ移動してないだろうな……」
バックヤードにいることを祈りながら店内に入る。
「いらっしゃいませーー」
最悪だ。
目の前にいるとなると無視ができない。
「ああ、一之瀬かー。あいかわらずもっさい奴だな」
上から下まで見られて眉をひそめられる。
明兎は軽く頭を下げて彼の側を通り過ぎようとした。
「いまも、浮島のヒモなんだろー?」
馬鹿にした目で見られても反論はしない。事実その通りだと明兎は思っているからだ。
目当ての柔軟剤をかごに入れ、レジに急ぐ。店長は舌打ちしたが、レジの店員はこちらを不思議そうに見ている。
「ありえないよな、沢口さん。そいついい歳して、男のヒモなんだぜ」
レジの店員が軽蔑した目で明兎を見た。黙って精算を済まして店を後にする。
バイクに乗ってすぐに走らせる。
次にあの店に行くとしたら彼がいない夜間だな、と明兎はまばたきも多めに風をうけて帰った。
立夏が帰って来たのは23時を過ぎた頃だった。明兎の予想通りお酒を飲んでいる。
「お風呂は、やめたほうがいいね」
明兎が言うと、大丈夫、とシャワーを浴びに行った。倒れるほど飲んでなさそうだが、付き合いの減った昨今でも密談は酒の場が鉄則らしく、よくつきあわされている。
明兎は味噌汁の用意をする。シジミを身だけ取り外しお椀に入れる。殻があると食べるのが面倒くさいと言うからだ。あさりでも同様、明兎が身を外す。
たぶん食べないと思ったが小松菜と厚揚げを炊いたものを添えて、シジミの味噌汁と一緒に出した。
立夏は美味しそうに味噌汁を飲んだが、やはり小松菜には手をつけなかった。
「いらない」
一言いった。
「そう」
明兎は片付けた。
「明日からイタリアに帰るから」
カチャン、台所の流し場に食器を落としてしまった。
「ーーいつまで?」
「わからない。後ろ、いけるな?」
「うん……」
よっぽどおまえあっちの具合がいいんだなー、と言ったドラッグストアの店長も、あながち間違いではないのかもしれない。
「うん。いってらっしゃい」
イタリア製のよく手入れがされた革靴を履いて、立夏は明兎にキスをする。
「アキト」
「何?」
「イタリアの話どうするんだ?」
きつい眼差しで見られ明兎は口ごもった。
「あー、うんー」
「俺が結論を急ぐタイプなのはわかっているだろ?考えられないのか?」
「そういうわけじゃないけどー…」
「そうか。嫌なら考えなくていい」
あっさり行って立夏は家を出た。
「あっ」
引きとめて、立ちどまる時間など彼にはない。
愛想をつかされたのだろう、明兎はその場に立ち尽くした。
家の掃除をしてから、明兎は買い物に出かけた。
たくさん買うことはない。立夏がすぐにイタリアに行くからだ。彼がいる間の味噌汁の具材があればいいのだ。
「しめじ、あっ、なめこもいいなー」
今晩はなめことうす揚げの味噌汁にしようか。いや、遅くなるならお酒を飲んでくるはずだ。しじみ汁にしようか。
特売の小松菜が目に入る。自分用に厚揚げと炊こう。
高齢者のような献立に思わず苦笑する。
ドラッグストアにも寄り、立夏が好きな柔軟剤を見る。いつもの場所が空だった。近くに店員はいないし、レジは混んでいる。
あきらめて明兎は少し離れた店に行くことにした。持ってきていた保冷バッグをバイクの座席下から取り出し、明兎は冷蔵物をつめた。ちゃんと保冷剤も入れてきたので安心だ。
明兎は車の免許がないが、バイクの免許だけはかろうじて持っていたので普段はそれが足代わりだ。
本当に取得しといてよかった。運転免許がないとスマホを買うのもとても面倒だからだ。
離れたドラッグストアには明兎はあまり来たくない。高校のときの同級生が店長をしているからだ。
「まだ移動してないだろうな……」
バックヤードにいることを祈りながら店内に入る。
「いらっしゃいませーー」
最悪だ。
目の前にいるとなると無視ができない。
「ああ、一之瀬かー。あいかわらずもっさい奴だな」
上から下まで見られて眉をひそめられる。
明兎は軽く頭を下げて彼の側を通り過ぎようとした。
「いまも、浮島のヒモなんだろー?」
馬鹿にした目で見られても反論はしない。事実その通りだと明兎は思っているからだ。
目当ての柔軟剤をかごに入れ、レジに急ぐ。店長は舌打ちしたが、レジの店員はこちらを不思議そうに見ている。
「ありえないよな、沢口さん。そいついい歳して、男のヒモなんだぜ」
レジの店員が軽蔑した目で明兎を見た。黙って精算を済まして店を後にする。
バイクに乗ってすぐに走らせる。
次にあの店に行くとしたら彼がいない夜間だな、と明兎はまばたきも多めに風をうけて帰った。
立夏が帰って来たのは23時を過ぎた頃だった。明兎の予想通りお酒を飲んでいる。
「お風呂は、やめたほうがいいね」
明兎が言うと、大丈夫、とシャワーを浴びに行った。倒れるほど飲んでなさそうだが、付き合いの減った昨今でも密談は酒の場が鉄則らしく、よくつきあわされている。
明兎は味噌汁の用意をする。シジミを身だけ取り外しお椀に入れる。殻があると食べるのが面倒くさいと言うからだ。あさりでも同様、明兎が身を外す。
たぶん食べないと思ったが小松菜と厚揚げを炊いたものを添えて、シジミの味噌汁と一緒に出した。
立夏は美味しそうに味噌汁を飲んだが、やはり小松菜には手をつけなかった。
「いらない」
一言いった。
「そう」
明兎は片付けた。
「明日からイタリアに帰るから」
カチャン、台所の流し場に食器を落としてしまった。
「ーーいつまで?」
「わからない。後ろ、いけるな?」
「うん……」
よっぽどおまえあっちの具合がいいんだなー、と言ったドラッグストアの店長も、あながち間違いではないのかもしれない。
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