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日常編

第54話 バレンタインという行事

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「はい。陛下、ハッピーバレンタイン」

 御前会議がはじまる前に、琉生斗はアダマスに生チョコを渡した。

「うん?どういう意味があるんだ?」

「二月十四日に親しいひとにチョコレートを贈るっていうあっちの行事なんだ。去年しなかったけど、今年はみんなで作ったんだ」 

「そうか。後でいただこう」

 アダマスはなぜか照れている。

「クリスは花蓮から貰うだろうから」
「えっ!本当ですか!」

 嬉しそうな顔に、少し罪悪感が湧く。花蓮は昨日コンサートが忙しかったので、町子が変わりに作ったものを渡す予定だ。



「アスターさんもどうぞ」

「ありがとうございますーー。聖女様、妻が最近は足も温かく、夜もよく眠れるそうです」

 琉生斗は笑った。

「それはよかった」
「本当にありがとうございます」






「近く、王太子と婚約者カレンのお披露目会を開く」

 アダマスの言葉に臣下一同が頷いた。

「辺境伯に至るまで、すべての貴族を招いて行う」

「同盟国は?」

 アスターが口を挟む。

「兄上のときは、アルジュナ陛下とリルハン陛下がいらっしゃいましたね」

「そうだ。今回はクリステイルが懇意にしているピーク王太子やロイド王太子を招こうと思うー」

 会議が進む中、全員が違和感を抱いていた。


 何だろう?


 いつもとは何かが違うーー。


 クリステイルも会議の空気に、首を傾げる思いだ。

 アダマスは憮然とした顔で、何とも居心地が悪そうにしている。他の者も、視線をせわしなく動かしたり、落ち着かない空気が会議室に流れている。


「ーールート、お披露目会にはちゃんと正装で出席するように」

 アダマスは長男の嫁に釘を差した。ドレスが嫌で出ない、など以ての外だ。

「はぁい。正装って、アレクとお揃いでいいの?」

「ルートは淑女だろ」

 あちゃー、と琉生斗は頬杖をついた。

 アレクセイが隣りの席から妻を見て、微かに笑う。




「あっ」
 クリステイルが違和感の正体に気付いた。

 いつもなら椅子をくっつけて座っている二人が、今日は普通に間隔をあけて座っている。


 その瞬間、全員がその事に気付いた。


「ーーアレクセイ……」
「はい」

「ーー何かあったのか……?」

 言いにくそうにアダマスが尋ねる。アレクセイは無表情のまま答えた。

「何もありません」


 いや、おかしいだろうーー。何だ?その距離は?


 全員がそわそわする中、会議は終わる。


「アレク。おれ、マーサさん(聖女の衣装責任者)のところに行ってくる」

「わかった。また迎えに行く」

「うん。後でな」
 琉生斗が先に部屋から出て行く。





「で、で、殿下……」
 バルバド侯爵にして、魔法騎士団の士長アンダソニーが、動揺を隠せずにアレクセイに近付いた。

「た、体調がお悪いのですか?熱っぽいとか?」

「いや」

 問題ないがーー。

「では、なぜですの?いつもならここでキスですわよね?」

 グラスファイト侯爵家の令嬢(バツイチ)にして、軍将ルッタマイヤが青ざめている。




「ーー苦しい決断だ」
 
 アレクセイの答えに悲鳴があがる。

「な、何を御決断されましたか!」
「で、殿下ぁ!」

 アレクセイは悲しげに目を伏せた。


 アダマスとクリステイルは呆然と顔を見合わせた。










「とんでもない事になったぞ!」

 アンダーソニーが魔法騎士団の将軍室で会議での様子を話すと、ヤヘルは焼いた肉を落とし、トルイストは書類を書き損じ、ファウラは目を開けた。

 ルッタマイヤは、部屋の隅で小さくなっていじけている。

「ーー何があったのでしょうか?」

 皆、首を捻った。
 普通に会話をしている事から喧嘩ではなさそうだがーー。



「失礼しま~す。ファウラ様います?」
 書類を抱えて美花が部屋に入ってきた。

「はい。いますよ」
 ファウラが書類を受け取った。

「何かあったんですか?」
 美花が尋ねる。

「実は、御前会議での殿下と聖女様の距離感がーー」



 話を聞いた美花は笑いだした。

「あー、あれですか。あんまり町中でイチャイチャするから、弟に怒られたんですよ」

「え?」
 全員が美花を見た。

「家以外はイチャイチャ禁止令がでたそうです。殿下も兵馬の言う事は聞きますよね。なんでだろー?」

 美花は首を傾げながら将軍室から出て行く。


「家以外はイチャイチャ禁止ーー」

 ルッタマイヤが愕然とした表情で、頭を抱えた。

「わたくしの楽しみがーーー!」

「ルッタマイヤしっかりしろ。それより、そんな事、殿下が耐えられると思うか?」

 大真面目な顔でヤヘルが言った。

 トルイストとファウラは頷き合う。

「訓練を強化しましょう」

「この間は完膚なきまでに叩かれたからな」

「本当に、殿下には死角がありませんからね」

「ヒョウマを盾にしたらどうなのだろうな」
 ファウラが笑った。

「聖女様に化ける方が効き目があるかと」

「変化を解いたら、殺されるだろうが」



「何を真面目な顔で馬鹿な事を言っておる」
 アンダーソニーが眉を寄せた。

「ヒョウマに会ったときに、誰も気にしてないと言わなければ」

「そうですわ!ヒョウマはどこです!神殿ですか!」


「最近、アジャハンに行く事が多いですからね」

 ミハナに聞いてみますーー、とファウラは将軍室を出た。










「ミハナ!」
「ファウラ様!」
 美花はファウラに呼びとめられ、嬉しそうに振り向いた。 

「ヒョウマは今日はどこにいます?」

「え~と。しばらくはアジャハンに泊まるって言ってたようなー」

「殿下と聖女様の件ですが、発言を撤回するように言って下さい」

 美花はキョトンとした目でファウラを見た。

「わ、わかりました」

 意味がわからないが、ファウラが言うのだから伝えておこう、と美花は思った。

「あっ、ファウラ様。今日の晩は大丈夫ですよね?」

 美花の言葉にファウラがはにかんだ笑顔を見せた。

「ええ」

 つられて美花もにやけた。
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