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バッカイア・ラプソディー編 (長編)

第26話 兵馬は振り返らない

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 離宮の隣りにある家の中に転移した兵馬は、バッカイア帝国から、一気に神聖ロードリンゲン国まで転移し、疲れ果てて床に屈み込んだ。

 我慢していた涙が一気に溢れでる。

「うっーー!」

 兵馬は泣いた。

「うっ、うっ~~!」


 泣くのは、いまで終わりだ。
 大好きな人だから、幸せであって欲しい。

 自分の選択に間違いはない。
 

 長くいたわけじゃないのに、この先も永くいるんだろうなぁ、って勝手に思ってた。


 失恋なんかたいした事じゃない、大袈裟すぎない?って、今までバカにしてたのに。

 何これ?本気でつらいんだけど……。


「うっ、うっ、うーー」
 

 少しの間だったけど、楽しかったなーー。











 ーーどれほど時間が経ったのか、自室においてある魔通信が鳴った。

「ーーはい……」
『こんにちは。スミスです。この前は妻がすみませんでした』

 マーブルストリートの組合長は、魔通信の度に同じ事を言う。
「いえ」
『今度、神殿で屋台を開くのですが、また、お力を借りたいのですがよろしいですか?』
「大丈夫です。打ち合わせをしたいのですが、昼から神殿に来てくださいますか?」
『はい、行きます。ありがとうございますーー』

 兵馬は顔を拭き、前を向いた。













 
 琉生斗とベルガモットは、この日も神殿の中庭でお茶を飲んでいた。兵馬を見て琉生斗は立ちあがる。

「おい!大学で倒れたんだろ!大丈夫だったのか?」
「うん。ちょっと無理したみたい」
「もうしばらくゆっくりしろよー。ゆず茶あるぞ」
「今からスミスさんが来て、屋台の打ち合わせ」
「そうなのか。おれも手伝うから、何でも言ってくれ」
「君こそゆっくりしなよ。魔蝕で疲れてるんでしょ?」

 顔色が悪いよ、と言われ琉生斗は眉をあげた。


「ーーよくわかったなー。夜中と朝にあってさー」
「元気なら迎えに来てくれたでしょ?」
「そりゃそうだー。けど、大学の先生が医務室だから大丈夫っていうからさ」
 アレクが言ってた、と言うと兵馬は苦笑した。
「うん。ありがとう」
 二人に挨拶して兵馬は、じゃあね、と行ってしまった。




「ーーどう、ベルさん」
「なんだか胸が締めつけられるような気がしますわー」
 ベルガモットが溜め息をついた。

「ーー無理してる」
「まさか、ミント王女とは……」
「本人達の意思を除けば、良縁は良縁だよな」
「それは間違いなく」
「まあ、政略結婚でも幸せなヤツはいるし」
「ふふっ、惚気ですわね。今度のお茶会でたっぷり吐かせますわ」
「いやいや、トルさんのネタの方が面白いよ」

 ほほほっ、はははっ、と二人は笑い合い、やがて二人同時に肩を落とした。

「ーーつらい」
「こればかりは……、相手は王太子。世継ぎの問題が伸し掛かります」
「うん……」




「聖女様ぁー!、聖女様ぁー!」
 神官のカロリンが琉生斗を呼んでいる。
「何?じいちゃんが呼んでるの?」
「いえいえ、町子さんが魔導師室に来れないかとー」
「わかった。ベルさんありがとうー」
 自分のカップを片付けようとした琉生斗に、ベルガモットは声をかけた。
「置いておいてください。片付けはわたくしがー」

 頭を下げて琉生斗は中庭を後にした。











「ルート君~」
 魔導師室を尋ねた琉生斗を町子は手招きした。

「よう、町子。何の用だ?」
「こちら、ルート君が会いたがってた人よ~」
「え?」
  琉生斗は目を丸くした。
 会いたがってた?


 誰よ、この人ーー。 


 いかにも胡散臭い顔と服装の男だ。何で星とハートの眼鏡してんの?
 服も緑と黒のチェックだ。
 あれ、向こうでよく見た柄だよな。市松模様っていうんじゃーー。

「おれに、こんなあやしい知り合いがいたか?」
「直球ですなぁ!」

 男が笑った。ティンが苦笑する。

「はあ。どうも聖女ルートです」
「吾輩はバンブー五世、いや六世、七世でしたかな?」
「聞くなよ」
「魔導具研究室室長であります」

「えー!例の変人集団か!」
「ひどいですなー。鉄道ではだいぶ吾輩達もがんばりましたが」
「おう、サンキュー」

 琉生斗は軽く流した。

「琉生斗、失礼ですよ」

 ティンが諫めた。琉生斗は眉を寄せる。

「そう言うけどさ、おれがどんだけここの被害にあったと思ってるの?兵馬なんか、犯罪者にされるとこだったんだぜ」

「まあまあ、たぶん反省してます。いま、私も倉庫の片付けを手伝っています」
「ガラクタばっかりですね~」

「ふーん。何か安全で面白いものあったらバザーで出す?今度、神殿で屋台やるから」
「へぇ~。クッキーだそうかな~」
「食の安全性が疑わしい物は受け付けない」
「ひど~い~」


「そうだ、バンブーさん。その服はあなたの趣味?」
「いえ、先祖がこういう柄の服を着ていたらしいです」

「先祖ーー、バンブー、、、」
 琉生斗は固まった。目を見張ったままティンを見ると、彼は笑っている。


「まさか!先祖って、タケさんか!」
「その通りですー。さすがはキレると怖いという噂の聖女ルートさんですな」

「どこを誉めたんだ?そりゃ、ティンさん以外にも子孫がいるわな」
「タケさんの前のセツさんは残念ながら……」
「あー、子供いないんだっけ」
「神竜は生まれたそうですがね」

「お、おい!」
「あ~、あれ、古い文献に載ってたから、わたし解読しちゃった~」

 えーー!アレクでも知らなかったのにー。

「ーー凄すぎよ、町子さん」

「ねえ~。お母さん、せっかくIQの高い精子買って作ったのに、あっちでは出来損ないだったけど~。こっちで威力を発揮できるなんて~」

「町子……」
 琉生斗は眉をひそめて町子を見た。町子の肩にティンが優しく手を添えた。


 ーー実際、いいカップルだよな。


「ん?タケさんて、男だよな」
「今さらですな」

 いや、普通の人は知らないだろう。

「なんで、人が生まれるんだ?」

「琉生斗、教皇は話しませんでしたか?」
「何を?」
「どちらが受精するかはわからないんですよ」
「ん?どういう事?」

「母にしても同じです。私が先に生まれたので、『また産まなきゃいけないの!?』とキレて、はじめて父に怒られたそうですよ」
「まあ、産む方はそうだよな」

 スズさんは転移魔法で出していないのかーー、と琉生斗は頷いた。

「さすがは産む方、理解がありますな」

 うるさいわ。

「ふーん。それは何でなの?核だから神竜じゃないの?」
「琉生斗。核はこちらでは、精子や卵子の代わりなのです」

 琉生斗は目を見開いた。


「ーーあ、完全に向こうの世界の子供はできないのか……」

 徹底してるな。花蓮も変わっていくのはその辺りなんだなーー。

「神竜はなかなかできないのかな……?」
「母も、流産が多かったらしいです…」
 ティンの言葉に琉生斗は青ざめた。

「ルートさん、ヨシノさんが何歳で神竜を産んだか知ってます?」
「たしか、四十五歳だよな?」
「その前に、人間を六人産んでます」

 人間ってーー、琉生斗はツッコミが追いつかなくなり放棄した。

「うっそぉ!」
「いまロードリンゲン王族は、その六人の直系になりますね」

 すごい、ヨシノさん。

「もう、歴代の聖女が偉大すぎて嫌になるよ」
「何言ってんのよ~、歴代最強神力なんでしょ~」

「じいちゃんがさ、アレクが悪神斬りに行くまでに神竜作れってーー」

 ティンが眉根を寄せた。

「それは、難しい話ですね……」
「でも、斬らなきゃこれからの事態に対処ができなくなるのよね~、それってルート君の足と関係があるなら、殿下は絶対に斬りに行くわよね~」

「あっ、聞いたの?」
「泣いてる美花ちゃんから」
「あー、あいつはファウラがいるから大丈夫と思ってたけど」

 だめかーー。

「もう少し、気持ちを整理するって~」
「琉生斗も身体を大事にして下さいね」

「じいさんじゃないわ。けど、ティンさんて陛下より年上だろ?若くない?」
「あー」
「神竜にならなかった者は、人間にしては歳の取り方が緩やかですからなぁ」

 バンブーが答えた。琉生斗はティンを横目で見た。
「なんだ、ティンさん、やっぱり町子と結婚ーー」
「はい、バンブー。倉庫の片付けに行きますよ」

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