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第4話 お見合いって?
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「今日はぶり大根かー。うれしいな」
父の照夫がにこやかに鍋の中を見た。
「うん。帰ったらまた煮つめるから、勝手に食べないでね」
「早く食べたいな。しみしみ大根」
今日は遅出だったので、実家の台所で夕食のぶり大根を仕込んでおく。
「母さんのは、何か違うんだ」
「お母さん、ぶりの下処理しないからよ」
お湯かけるだけなのにーー。
「そんなの、食べられたらいいのよ」
ジョギングから帰ってきて水を飲んでいる母妙子が、嫌そうな顔をしている。
「郁海がいると、食事が美味いからいいな」
「えへへっ」
照夫が郁海を歓迎してくれているのに対し、妙子は冷たかった。
「洗濯物が増えたわー。郁弥の分だけでも大変なのに」
「お兄ちゃん、家からでないの?」
「一人暮らしすると、お弟子さん?が毎日くるから嫌なんだって」
「ああ、舎弟ね」
かなりやんちゃだった兄には、舎弟が大勢いる。中学生の頃は兄の仲間が家のまわりを囲んで、毎日怖かったものだ。
近所迷惑だと母に怒られて、家の庭にいるようになったしーー。
「お父さんもお母さんもあたしも、こんなに穏やかな性格と地味な顔なのに、お兄ちゃんだけひとり違うわよね」
「郁弥はハンサムだからね。おじいちゃんそっくり」
「あたしは?」
「あんたはお情けでもらってもらったおばあちゃんそっくり」
ひどすぎる母だ。
「そうだ。郁海、あんたお見合いしない?」
「えー!結婚相談所?」
「違う違う、昔ながらのお世話好きのオバサンよ」
「えええぇぇ!いまどきいるの?そんなひと?」
「いるのよー。いいわね?次の日曜日よ」
「嫌よ!急すぎるわ!」
「戦争時と思って。ひいおばあちゃんも結婚する日に相手を知ったのよ」
「知らないわよ。何よ、そのひどいシステム」
郁海は妙子の話を真に受けなかった。
職場が遠くなった。
いままでドアトゥドア25分だったのに、1時間かかるようになってしまった。朝の35分は、かなり痛い。
通勤1時間ぐらい、たいしたことでもないだろうが、近かったのに遠くなったのが大問題だ。かといって辞めたくもないし。
「前とは反対側に、家探そうかなーー」
休憩時間に賃貸アプリを起動して部屋を見る。
好条件な部屋は当たり前だが家賃が高い。
近いが風呂がない部屋もある。
「だめだ……」
「何見てるの?」
同僚の貴子が覗いてきた。
「家?」
「近場にないかなーって」
「しばらく実家から通うんでしょ?」
つやつやなロングヘアが揺れる。はっきりした顔立ちの美人だ。
「地味に遠いんですーー」
「そうよね。反対なら大歓迎よね。とうとうあの男と別れたんでしょ?だから言ったのに、時間の無駄だって」
「そんな、貴子のスパダリみたいなのは、その辺にはいないのよ」
「あら、ふふふっ。ごめんなさい。うちの、まっくん。小さい頃からのアタシ一筋で」
「きいーー!どこに落ちてるの!あたしのスパダリ!」
「郁海は、落ちてても気づかないからね」
「何よ、いつ落ちてたのよ」
「ーーそれより、今度の企画は安藤先生でいくわよ」
「あれ?宮里先生は?」
「編集長が安藤先生にしてくれって」
「ふ~ん。内容、かたまってたのにね」
「ラフ画ボツよ」
貴子が紙をシュレッダー用の箱に入れた。
郁海は料理雑誌の編集部で働いていた。
料理好きで入ったのだが、仕事は小道具を用意したり撮影の打ち合わせだったりと、自分で案を出したりはできない。料理家の先生の話をまとめたりするだけだ。それでも勉強になることばかりで、毎日が楽しい。
だからこそ、ここは辞めたくないのだ。
「そうだ。貴子、聞いてよ。お母さんがお見合いしろって」
「へぇ~、相談所?」
「お見合いオバサンの紹介だって」
「何それ!ウケる~」
笑う貴子を見て、郁海も頷いた。
(ーーそうだよね……。)
父の照夫がにこやかに鍋の中を見た。
「うん。帰ったらまた煮つめるから、勝手に食べないでね」
「早く食べたいな。しみしみ大根」
今日は遅出だったので、実家の台所で夕食のぶり大根を仕込んでおく。
「母さんのは、何か違うんだ」
「お母さん、ぶりの下処理しないからよ」
お湯かけるだけなのにーー。
「そんなの、食べられたらいいのよ」
ジョギングから帰ってきて水を飲んでいる母妙子が、嫌そうな顔をしている。
「郁海がいると、食事が美味いからいいな」
「えへへっ」
照夫が郁海を歓迎してくれているのに対し、妙子は冷たかった。
「洗濯物が増えたわー。郁弥の分だけでも大変なのに」
「お兄ちゃん、家からでないの?」
「一人暮らしすると、お弟子さん?が毎日くるから嫌なんだって」
「ああ、舎弟ね」
かなりやんちゃだった兄には、舎弟が大勢いる。中学生の頃は兄の仲間が家のまわりを囲んで、毎日怖かったものだ。
近所迷惑だと母に怒られて、家の庭にいるようになったしーー。
「お父さんもお母さんもあたしも、こんなに穏やかな性格と地味な顔なのに、お兄ちゃんだけひとり違うわよね」
「郁弥はハンサムだからね。おじいちゃんそっくり」
「あたしは?」
「あんたはお情けでもらってもらったおばあちゃんそっくり」
ひどすぎる母だ。
「そうだ。郁海、あんたお見合いしない?」
「えー!結婚相談所?」
「違う違う、昔ながらのお世話好きのオバサンよ」
「えええぇぇ!いまどきいるの?そんなひと?」
「いるのよー。いいわね?次の日曜日よ」
「嫌よ!急すぎるわ!」
「戦争時と思って。ひいおばあちゃんも結婚する日に相手を知ったのよ」
「知らないわよ。何よ、そのひどいシステム」
郁海は妙子の話を真に受けなかった。
職場が遠くなった。
いままでドアトゥドア25分だったのに、1時間かかるようになってしまった。朝の35分は、かなり痛い。
通勤1時間ぐらい、たいしたことでもないだろうが、近かったのに遠くなったのが大問題だ。かといって辞めたくもないし。
「前とは反対側に、家探そうかなーー」
休憩時間に賃貸アプリを起動して部屋を見る。
好条件な部屋は当たり前だが家賃が高い。
近いが風呂がない部屋もある。
「だめだ……」
「何見てるの?」
同僚の貴子が覗いてきた。
「家?」
「近場にないかなーって」
「しばらく実家から通うんでしょ?」
つやつやなロングヘアが揺れる。はっきりした顔立ちの美人だ。
「地味に遠いんですーー」
「そうよね。反対なら大歓迎よね。とうとうあの男と別れたんでしょ?だから言ったのに、時間の無駄だって」
「そんな、貴子のスパダリみたいなのは、その辺にはいないのよ」
「あら、ふふふっ。ごめんなさい。うちの、まっくん。小さい頃からのアタシ一筋で」
「きいーー!どこに落ちてるの!あたしのスパダリ!」
「郁海は、落ちてても気づかないからね」
「何よ、いつ落ちてたのよ」
「ーーそれより、今度の企画は安藤先生でいくわよ」
「あれ?宮里先生は?」
「編集長が安藤先生にしてくれって」
「ふ~ん。内容、かたまってたのにね」
「ラフ画ボツよ」
貴子が紙をシュレッダー用の箱に入れた。
郁海は料理雑誌の編集部で働いていた。
料理好きで入ったのだが、仕事は小道具を用意したり撮影の打ち合わせだったりと、自分で案を出したりはできない。料理家の先生の話をまとめたりするだけだ。それでも勉強になることばかりで、毎日が楽しい。
だからこそ、ここは辞めたくないのだ。
「そうだ。貴子、聞いてよ。お母さんがお見合いしろって」
「へぇ~、相談所?」
「お見合いオバサンの紹介だって」
「何それ!ウケる~」
笑う貴子を見て、郁海も頷いた。
(ーーそうだよね……。)
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