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強国バルド編 (ファンタジー系)

第19話 強国バルド 3 元王太子

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「すごいーー」

 兵馬は大峡谷、死せる谷の、バルド国へと繋がる境を馬車で通っていた。小窓から見る大岩の壁の雄大さに目を瞠る。

「グランドキャニオンみたいだね」

 独り言だったのだが、アレクセイに拾われる。

「グランドキャニオン?」

「うん。あっちの超有名な大峡谷だよ」

 兵馬がさらさらとスケッチブックに絵を描いた。

 その絵を興味深くアレクセイは見る。



 赤茶色の大岩が連なり、夕日が差している。

「今みたいに、夕日にしてみた。ほんとは地層が細かくあるんだけどね」

 省略ーー。

「ヒョウマ、今度絵を教えてくれ」

「そんな、教える程じゃないよーー。あっ、けど王太子にも言われてるから、今度の授業は美術にしよう」

 アレクセイは頷いた。

 琉生斗の絵を描きたい、写真もたくさん溜まってきたが、絵とは違うだろう、と、アレクセイは密かに思っている。 

「あっ、砦が見える」

「あれがマジャ砦だ」

「東堂、大丈夫かなー」

「大隊長三人が行ってるのに、負けるわけないじゃない~」

「あっ、町子大丈夫?」

「気持ち悪い~。早く魔法使いたい~」

 町子は馬車に乗ってすぐに、乗り物酔いを起こした。



 早すぎーー、と兵馬は、あまりの乗り物酔いの早さに、目をパチクリしてしまった。

 美花はもちろん外を歩いている。後ろの馬車には、魔導室室長のティンや、アンダーソニー達が乗っている。

「ルート大丈夫かなー。大人しくしてくれてると、いいんだけどーー」

「そうだな」

 大人しく待っていて欲しい、と切に願うアレクセイだ。

「ここも、あの森も魔法は使えないんでしょ?」

「うん~。使える感じがしない~」

「なかなか不便な土地なんだね」

「逆に言うと攻め込まれにくいのに、攻めるのが好きなのよね~」

 うまくいかないわね~、と町子が言った。





 夜にマジャ砦に着くと、砦はすっかり制圧されていた。石造りの堅固な建造物は門番もおらず、静寂に包まれている。

「東堂、落としたのね」

 美花の言葉に、兵馬が言う。

「東堂じゃないでしょ、大隊長達だよ」

 それはそうよねー、と美花は浅く笑った。元気がない。でも、切り替えようとしている。

 

 中は広く、必要最低限の内装だった。

「窓ガラスがない。寒くないのかしら」

 美花の言葉に、兵馬は呆れた。

「ガラスなんかあったら、戦いにくいでしょ」

 姉は考え方がのんきだ。良くも悪くも現代っ子。いくら素質があっても、魔法騎士などいつまで続けられるのかーー。兵馬は暗い気持ちになる。

 早く結婚して、引退するのもいいのではないか、とも兵馬は思う。

 慕う相手の親から牽制されて、本人も思うところはあるのだろうが。

「殿下!お疲れ様っす!」

 元気いっぱいの東堂が姿を見せた。

「ご苦労だった」

「とんでもないっす」

 口では謙遜していても、したり顔の東堂。

 そのやり取りを見て、こいつはこいつで出来すぎだよなーー、と兵馬は思う。

「あっ、士長達も、お疲れっす!」

「あぁ、大変だったなーー」

 アンダーソニーが、孫に接するように東堂を労った。それを見て、ルッタマイヤが笑う。

「アレクセイ殿下」

 ファウラがアレクセイを呼ぶ。

「バルド国の者か?」

 気配を感知し、アレクセイは尋ねた。

「殿下はよくご存知かと」

 アレクセイはファウラを一瞥し、開けられた部屋へ無言で入る。

「あ、アレクセイ殿下!」

 カルヤンの顔がみるみる青ざめていく。

「王太子カルヤンーー。なぜここに?」

 大きく溜め息をついて、カルヤンが下を向く。ハオルとはまったく似ておらず、線が太い、男らしい容姿をしている。

 彼は、東堂の監視の下、湯に浸かることができ

たので、異臭はとれた。



 なんで男が風呂入るところを監視せにゃならんのよーー、と東堂はトルイストに泣き付いた。

 下っ端の務めだ、と冷たく返されたのだがー。



「ーーいまは王太子ではない。ハオルに追い出された」

 俯いたまま、カルヤンは言った。

「おまえなら、ハオルに勝てるはずだが」

「毒を盛られた。気を付けていたんだがなーー。わたしの乳母を買収したようだーー」

 そして、気づいたらここにいたらしい。

 兵士から王太子を廃された事を聞き、もはやこれまで、と思っていたところ、東堂に発見された。

「元気そうだなーー」

「ここの兵士は、わたしがかわいがっていた者が多い。食事もきちんとしてくれるが、出ることは許されなかった。風呂をもらい、本当にありがたい」

 カルヤンは生き返ったような顔をした。



「さて、アレクセイ殿下。ここを落としたという事は、我が国はおまえの国に何をしたのだ?」

 問われ、アレクセイは答える。

「聖女を誘拐した」

「はあ!」

 カルヤンは絶句した。

 しばらくぶつぶつ言いながら、困惑したように首を振る。



「何をやっているんだ、あいつはーー。誰もとめなかったのか、父上はーー」

 まさか、すでにーー。

 カルヤンは青い顔をさらに青くした。

「アレクセイ殿下、我が国も世界聖女連盟の加入国だ。それがどれだけ罪深いかわかっている。だが、国を亡くすのは待っていただきたい」

 頭を下げ、カルヤンは懇願した。



 国を亡くす、ってどういう意味でいってるんだろう、とその場にいた者は思った。 

 植民地はないだろうけど、属国にするとか、と兵馬は考えた。



「聖女を返してくれれば、消しはしない」



 あっ、滅ぼすつもりだーー、と全員が引きつった。



「説得が通じるやつではないがーー」

 カルヤンは、眉を顰めながら話す。

「鉄の森の精霊を味方につけたようなのだ」

「いたなー。エントとドライアドがー」

「普通の森の精霊ではなく、鉄の森の精霊らしい」

 東堂は、首を捻った。何が違うのかーー。

「毒を吐くらしく、あいつとは気が合ったようだ」

 カルヤンの話に、アレクセイは何かを考えている。

「その毒は魔法を溶かすのか?」

 アレクセイの問いに、カルヤンは首を傾げた。

「わたしが聞いたのは、魔蝕を凶暴化させるという話だ」

 アレクセイは目を見開いた。



「鉄の森で魔蝕など、なかったように思うが」

 問いかけるアレクセイの脳裏には、ひとつの可能性があった。

「アレクセイ殿下も知らんのか。鉄の森で起こる魔蝕は、なぜか転移魔法がきくのだ」

「なっ!」

 ティンが驚き、アレクセイの顔を見た。



 驚いていないーー、何か思うところがあるようだーー。 

 不安気に皆が顔を見回した。

 魔法が効かないのに、転移魔法は使える。それは、鉄の森が、魔蝕を追い出したいが為に、使えるようにしたみたいだーー。



 アレクセイは確信した。変な臭いがする、と言った琉生斗の言葉を。

 

 そうか、あれはハオルが転移させた魔蝕だったのかーー。アレクセイはアジャハン国の、異常な圧力の魔蝕を思い出した。

 

 二度同じ場所だったのは、ハオルらしいといえばハオルらしい。自分のやる事を見せつけなければ、気がすまないのだろう。

「転移魔法が使えるわけではないのだな?」

「普通は無理だ。魔蝕にのみ作用する」

「不思議な話ですね」

 ティンが考え込むように、目を閉じた。

「バルドでは魔蝕はそう起きない。国内はどうなのだ?」

「我が国は魔蝕の対策として、家は一階のみ、隣家とも間隔をあけるなど、対策はしている」

「ほう」

 可能な限り、影を作らないようにしているのかーー。

「それでなくても我が国はロードリンゲンからの心象が最悪だからな。聖女に来てもらえるかもあやしいじゃないか」

「おやおや、殿下にこっぴどくやられた事をおっしゃっておられますか?」

 アンダーソニーが眉を開いた。

「獣人族の国を制圧したり、我が国の領空内に入ったのはそちらですのにね」

 ルッタマイヤもカルヤンを批判した。

「わかっている。我が国もやりすぎる事もある。我が国とバッカイアの戦いは、もはや伝統のようなものだ」

 関係ないがな、と東堂と兵馬は思った。

「ーー王都の結界はどうなっている?」

 アレクセイの言葉に、カルヤンは首を振った。

「わからない。元々自国のものなら簡単にすり抜けられるのだが、いまはわたしも入れないだろう」

「そうか」

 認識型かーー。

 アスラーンが言っていた、「パターンが変わる、いけると思うと弾かれる」とは、どういう事なのか。

「国へは?」

「国境の結界は、変わっていなければ、三角形の集合体だ。一点に穴を開ければ、そこから入れるだろう」

 その一点が大変なのだが、とカルヤンは続ける。

「国に入れば、すぐに警備隊がやってくる。アレクセイ殿下なら、我が国の兵士など気にもとめないだろうが、魔法騎士団は強いぞ。前の戦いでは出ておらぬだろう」

 魔法騎士団と聞いて、アンダーソニー達の空気が変わる。

「忠告はありがたいが、自国の魔法騎士団の方が格が上だ」

 カルヤンが鼻で笑った。皮肉を称えたような笑みだ。

「そうか。ーー聖女のいる国は、やはり気構えが違うのだろうな」

 聖女を取る国、守る国。

 戦い方は色々だ、と異世界から来た兵馬達は感じる。聖女がいる国は攻められない。魔蝕の浄化が、いつどこの国で、どんな場所で起こるかわからないからだ。
 だからこそ、どの国も聖女が欲しい。

 だが、間違えてはいけない。聖女がいるから、他所の国へ攻められるのではないのだ。

 そこを守ってきた神聖ロードリンゲン国は、聖女の国としてふさわしい国なのだろう。



「まずは鉄の森を抜ける」

「はっ」

「ドライアドに気を付けろ」

 向こうは魔法を使ってくるだろう。

「わたしも連れて行ってくれないか?」

 カルヤンが頼んだ。

「ヤヘル。よく見張れ」

「はい。殿下」

 そのとき、入口が騒がしくなった。

「娘の部隊が来ましたな。ここは、あれらに任せましょう」

 アンダーソニーが言うと、アレクセイは頷いた。
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