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不穏なる鳴動編

第10話 国境 死せる谷 最終話 ♡

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 美花は驚いて声が出ない。

 剣がない事に気付いて、美花は食堂を出る。走って客室を目指す。

「おい!」

 砦の兵士が、美花に剣を向けた。

「えっー!」

 振り下ろされるのを避け、美花は、滑るように走った。

「まさか、この砦、敵がいるの!」

「ミハナ!」

 異変に気づいたのか、カルディが美花の剣を持って現れた。



 後方から、火の玉が飛んできた。

シールド!」

 カルディが魔法を出して、火の玉を受け止めた。すぐに男は、剣を美花に突き刺しに来た。

「ぐっ」

 美花は受ける。力をいっぱいに込めて。



 ゆっくりとだが、魔力を練り上げる。準備はすんだ。



熱台風ヒートタイフーン!」

 強風が熱と共に男を吹き飛ばす。男は窓ガラスに叩きつけられ、そのまま外に吹き飛ばされた。

 窓の外を見ると東堂とヤヘルがいた。

「おっ、やっとるな」

「団将!」

「何があったんですか?」

 美花とカルディが顔を出して尋ねる。

「味方の中に敵がいる。気をつけろ」

 ヤヘルはいつものように明るく言った。

 そして、突如空気を変える。

「砦を制圧せよ、魔法騎士」

 ヤヘルの言葉は、砦にいる魔法騎士全員の脳内に届いた。

「はっ!」

 カルディが即座に走り出す。美花も後を追う。

「フルッグが、お父さんと揉めてたの!」

「そう!フルッグもわからないわね」

 美花はドキッとした。自分を庇ってくれたフルッグが、敵なはずがないが、その父親は美花を狙おうとした。

 それはーー。



「おら、おっさんら!誰が敵で、誰が味方だ!」

 東堂は、軽い身のこなしで兵士と斬り合っている。

 撃ち合ったかと思えば、足で払い、転んだ相手の足を斬る。致命傷にならないように、すぐには治せないように、加減して斬る。

「おまえ!」

 ダマラが剣を振りかざした。
 風圧がすごい。

 

 魔法剣にしてるな、と切れた頬に顔を顰めながら、東堂は剣を構える。

 2、3回撃ち合うと、東堂は相手のくせのようなものに気づいた。

 ダマラの剣は、自国の剣技とは違う。

 こいつは確実に敵だ、と感じた。

重牙ヘビーファング!」

 ダマラの剣の雰囲気が変わる。空気が切れそうなぐらいの圧を感じる。

 振り下ろされる剣の重さに、東堂は受けはしたが、ジリ貧だなー、と少々慌てた。

「東堂!どいて!巨大雷矢メガフラッシュアロー!」

 東堂は、ダマラを蹴り上げ、床に伏せた。

 ダマラに、雷の矢が何本も突き刺さる。



 ダマラは丸焦げになり、気を失った。

「死んでねえよな?」

「加減したわよー」

 これで?

 東堂は、美花を苦々しく見た。

「フルッグを見た?」

「まだだ」

 そういや、あいつどこだーー。

 東堂は走る。



 魔法騎士達は小隊ながら、次々と砦の兵士を制圧していく。若くとも、神聖ロードリンゲン国が誇るスーパーエリート集団である。

「東堂、フルッグがいないわ」

「マジかよー」

 砦中を探すが、フルッグとフランがいない。

「団将!入口は?」

「誰も逃げとらん」

 ヤヘルは、運び出される兵士の顔を見て眉をしかめている。

「ほぼ、知らん奴だ」

 ヨハン砦は、いつから敵の手に落ちていたのか。ヤヘルは唇を噛み締めた。

 リムネットに任せきりにしていたのも悪かった、とヤヘルは反省する。



 東堂は、裏口にまわる。

「フルッグ!」

 フランとフルッグを見つける。

「トードォーー」

 フルッグが泣いていた。

「どうしたんだよ!」

「ごめん、トードォー。オレはー」

 フルッグの涙声に東堂は叫ぶ。

「ダチだろ!何でも言えよ!」

「オレがトードォの事とか、聖女様の事とか、手紙で父さんに教えてたんだ」

「あっ」

「世間話のつもりだったんだ!けど、闇魔法の破り方とか、面白可笑しく書いちゃったりしたんだーー」

「まあ、事実面白かったしな」

 東堂は頷いた。

「父さんが、バルドに情報を流してたなんて、思わなかったんだ!」

「誰も思わねぇから安心しろよ」

「もう、ダメなんだ!」

 フルッグは悲しそうに言った。

「だから、何でだよ!」

「ーー妻が、人質になってるんです」

 フランが崩れ落ちた。

「もう、殺されているかもしれませんーー」

 東堂は何も言えなくなった。

 どうしたらいいのか悩んでいると、死せる谷の方から声が聞こえた。

 ハッとしてフランが見ると、トルイストが誰かを抱えていた。

 女性だ。

 ぐったりして、とても生きているようには見えなかった。

「あ、あっ、メアリ」

 フランが身体を引きずるようにトルイストの元に行く。
 トルイストは遺体を降ろした。



「メアリー、メアリー、なぜー」

 遺体に泣き縋り、フランは大声を上げた。

「ーー大隊長」

「すでに亡くなっていた。子供もだー」

「そんなー」

 ファウラの後から、子供を抱えたリムネットが現れた。顔は色をなくし、生きる気力も潰えたように見える。

「お母さんー」

 フルッグが泣き出した。

「お母さん、お母さんーー」

 よろよろと近寄って、フルッグは泣き崩れた。







 なんとも後味の悪い、幕切れだったーー。




 王都での取り調べに、はじめバルド国の兵士はふてぶてしい態度をとっていたが、アンダーソニーやルッタマイヤの尋問に、最後は泣きながら大人しく従ったらしい。



 彼らが言うには、第十王子ハオルが王太子になってから、神聖ロードリンゲン国への嫌がらせのような介入をはじめたそうだ。

 フルッグの書いた手紙は、ハオルにまで届けられ、魔法や魔導具の大改良がされ、リムレット達に渡していたそうだ。
 性能、効力を確かめるために。



 忌々しい奴だ、と蛇のような目をした少年を、アレクセイは思い出している。



 何かにつけ突っかかられた。
 何がそんなに気に食わなかったのかはさっぱりだがーー。



「アレク、結界をよろしく」

 琉生斗が東堂と共に近付いてきた。

「ーーわかった」

 アレクセイは琉生斗の頬を撫でた。

 琉生斗は笑った。

「いきなりいちゃつくなよー」

「新婚は何でもありなんだよ」

 琉生斗は言い放つ。

 東堂は、見るからに落ち込んでいる。泣きそうになりながら、琉生斗に頼んでくるぐらいだ。

「大神殿ね」

「あぁ」

 アレクセイは転移魔法を使った。





 ソラリス大神殿の遺体安置所に、二人の遺体は安置されていた。

 遺体保存の魔法を使っているので、二人はきれいなままだ。
 砦にはバルド兵が潜り込むために、殺害されていた自国の兵士がいたが、遺体の損傷が激しく日が経っていることから、魔法が効くかは琉生斗にもわからない。

 保存魔法がかけられていたので、もしかしたらの願いを込めて、二人の遺体の横に十五基、棺が並べられている。

 琉生斗が入ると、待っていたかのように教皇ミハエルが立ち上がり、深く礼をした。



「おいおいー」

 琉生斗はミハエルを軽く睨む。

 部屋の隅に、魔導室室長のティンと、国王アダマス、王太子クリステイルはわかるとして、王女ミントまでいる。

「それはダメだろー」

「なぜだ、ミントも国の王女としてー」

「魔蝕出すけど、耐性あんの?」

 琉生斗が尋ねると、アダマスは、「あっ」、という顔になった。  
 ティンが、苦笑いだ。

「だから言ったじゃありませんかー」

 クリステイルは父を冷めた目で見た。

「おまえ、魔蝕の事は言わなかっただろ」

「クリス」  

 アレクセイが静かな声を出した。

「はい」

「両方海に沈めてこい」

「わかりました」

「「えー!」」

 親娘は目を見開いた。

「はいはい。ミントは部屋から出なさい」

 まっ、とミントは怒りながら次兄の指示に従った。



「東堂は大丈夫なのか?」

 琉生斗の問いに、東堂は頷いた。

「おまえの中のペットなんだろ?」

 まー、そうだけど。



 琉生斗は首をこきこきと鳴らした。

 次に顔をあげたとき、空気が一気に変わった。

「アレク、しっかり結界張れよ」

 アレクセイは頷いた。自分達に張らないと、自分達の生命がなくなる。

 強烈なほど、強靭な結界に、ティンも目を見張る。



 琉生斗は心臓を押さえ、そこから何かを取り出すように手を動かした。
 指先から、するりと魔蝕が出た。

 それは、遺体を包んでいく。



 闇が一気に侵食していく。広がる闇は、琉生斗を避けて蠢く。
 しかし、アレクセイの結界にあたると、広がる事ができずに、動きをとめた。

 

 東堂は気持ちが悪くなるのを我慢した。   
 それは皆も同じなのか、誰も、何も、一言も発せず、呼吸の音すら聞こえなかった。

 琉生斗が指を動かした。闇が、光に包まれ、次第に形になっていく。丸く、丸く、それは完全な球体へと変化していく。

 光の球体が出来たときに、琉生斗は神力を最大に練り上げた。

反転インヴァート!」

 琉生斗の声に、死から生への反転がはじまる。

 光が走るように、弾け飛んだ。

 球体が、おぼろげに揺れる。



「ーーここ、どこ?」

 球体から、子供が顔を出した。その後を、リムネットの妻、メアリがキョロキョロと辺りをうかがっている。
 次に顔を出した者を見て、アダマスは腰を抜かしかけた。

「あれ?」

「えー?助かったのか」

 と、出てきたのは砦にいた自国の兵士達だ。



 その場にいたもの全員が、額の汗を拭った。




「すごい」

 ティンが一言いった。

 それ以上は何も言えなかった。

 魔蝕の浄化を利用して、遺体を生き返らせるとはーー。


「とんでもないなぁ」

 アダマスも息をつく。



「あのー、わたし達、バルドの兵士に殺されたような気がー」

 メアリが琉生斗に尋ねた。

 琉生斗は笑ってミハエルを指差した。

「瀕死の状態だったんで、教皇が奇跡の力を使ってくれました」

 ミハエルが片眉をあげた。

「まぁ、教皇様!ありがとうございます!」

 メアリ達は涙を流して、ミハエルの足元に跪いた。ミハエルは、琉生斗を軽く睨んだ後、メアリ達に大仰に声をかけた。

「うむ、よかったな」

 メアリとリンクは、神官アニエスに案内されて出て行き、兵士達は状態を調べたいというティンと共に出て行った。



 すぐに家族のところへ帰れるだろう。



 東堂は床にへたり込んだ。

「なんだよ。だらしねえなー」

 琉生斗は立ってはいるが、アレクセイに触っているところを見ると、神力の消耗が激しいのだろう。

「腐れ聖女様、わたくしにはお気づかい無用にございます。気にせず殿下とイチャコラなさって下さいませー」

 東堂は、首を項垂れた。

 まだまだだなー。あのヒョロ太子でも動揺していないのにーー。

 と、顔をあげると、本当に目の前でキスをしている二人に、東堂は呆れた。
 教皇ミハエルが溜め息をついて、出て行く。

「あっ、ミハエルじいちゃん、またなー」

「はいはいー。お説教はまた今度にしますよ」

 なんで、おれ怒られるの?琉生斗は首を傾げた。

「あほ?」

「口だと神力の戻りが早いのよ」

 あっそ。

 超バカップルだな。

「ーー殿下」

「なんだ?」

「フルッグは、どうなりますか?」

 アレクセイの表情からは、何も読み取れなかった。

「別にあいつは悪くないんじゃないのか?」

 聖女様の一言で、アレクセイは視線を動かした。

「保留中だ」

 ほぉーん、と琉生斗は言った。

「まっ、バルドの王太子の出方次第かな」

「あぁ」

「ボッコボコにしてやれば?」

「卑怯者だから前線に出てこない」

「あー、嫌な奴だな」

「結界術が得意な奴だからな、隠れるのがうまい」

 琉生斗は、ふと何かが引っかかったような顔をした。

「転移魔法もうまかったりする?」

「そうだなー。私達の中ではだが…」 

「えっ?殿下仲いいんすか?」

 東堂が食い付いた。

「いや、同じ歳だが、留学中に少し話したぐらいだ」

「バッカイア帝国の王太子ラルジュナとアジャハン国の王太子アスラーンとは、仲良しなんだよな」

「てか、すげぇー面子っすね」

 どちらも大国中の大国だ。

「よくわかんねーけど、バルドの王子もそこに入りたかったんすかねー」

 そんな事はないだろう、とアレクセイは思った
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