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不穏なる鳴動編

第6話 正義と悪 6

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 全員がその少年の発する圧に、興奮を冷ます。

「なんだ、あのモップ頭ーー」

「頭、おかしいんじゃない?自分が聖女だなんて」

 失笑の中、オルセは琉生斗に近寄り、頭のモップを外した。


 ばかなー。


 オルセは愕然と目を見開いたが、即座にいやらしく笑った。

「これはこれは、このようなところに紛れていらっしゃるとは、好き者の噂も本当らしいー」

 琉生斗の顎に手をかける。

「ーー肌も、なんて美しさだ。偽物とは違いすぎる」

 だって、東堂君だし~、と町子は思った。

「残念です。手に入れたかったー」

「ばーか、死ね!」

「いつまで強気でいられますかね?」

 ラシムに押さえられている町子に視線をやる。

「おまえもなー」

 琉生斗は笑った。



 心臓が何かを受け入れた。



「ーー地獄に落ちろ!」

 琉生斗の声に、背筋が震える。オルセは笑い声を収めた。成り行きを見ていた客達から、悲鳴があがる。



 黒い霧が琉生斗から発せられた。

 渦を巻くように、霧がそれに変わる。

驪竜りりょう!」

 漆黒の竜が、現れた。顎の下に珠を抱く、美しい黒い竜だ。

「なんだぁ!あれは!」

「ドラゴン!」

 凄まじい気に、客達は呑まれた。逃げ出したいのに、腰を抜かす。



 うわ、神力の削れがエグいぜーー。

「驪竜!町子の拘束具を外してくれ!」

 それだけでも!



 黒い竜は頷き、町子の両手と両足の拘束具を鉤爪で引っ掻いた。

「よし!ありがとう!」

 驪竜は宙に消えた。

 琉生斗はその場にへたり込んだ。



 町子の足元に魔法陣があらわれ、黒い気が立ち昇っていく。

「まぁちこさんを~!おこらせたな~!」

 魔法が発動する。

鋼鉄の尾スティールテイル!」

 鋭い鋼鉄の尾が、無数に飛び散った。町子という強大な魔物から放たれた魔法は、鞭のようにしなり、客達を薙ぎ払っていく。

「続いて、風の矛槍エアハルバード!」

 ハルバードのような突風が、客を吹き飛ばした。

「ちょ、ちょ町子!痛いって!」

 結界張ってくれよーー。ひでーなぁーー。



 ナア、アレクーー。町子ッテスゲーワーー。



「あっ」

 気がフラットな状態だったからか、琉生斗は繋がったことを感じた。





 目の前を、黒い鞭が飛ぶ。

「助けて、アレク♡」

 おどけて言ってみる。

「あぁ」

 強力な結界が鞭を弾いた。

 琉生斗は、抱き寄せられた。

「本当にーー」

 アレクセイは呆れたような顔を見せた。



「おせーよ」

 琉生斗は笑った。

「すまないーー」

 アレクセイは、琉生斗の服を見て動きをとめた。

「ルートーー、その服は?」

「ん?奴隷の服?」

「だ、だ、れがー」

「自分で着替えたよー」

 動揺しすぎじゃねえか。

「足を出しすぎだ」

「知らねえよ」

「美しすぎて駄目だろうーー」

「うん。おまえが駄目だ」

 琉生斗は引きつった。



 闇市場を制圧した町子は、ティンの出現を大喜びで迎えた。誉められて嬉しそうな姿を見て、あいつもなかなか渋い趣味だなー、と琉生斗は思う。

 ティンさん、45歳、町子は18歳かーー。27歳差かーー。うーん。

「で、どうすんの?」

 琉生斗は外された手枷足枷を、警備隊のオルセに投げつけた。オルセの顔に当たる。
 オルセは呆然自失だ。

 

 ーーデズモンド国も、闇市場の存在は黙認していたのだろう。元締めのパウデゥや客の引き渡しに、軍隊はいい顔をしなかった。
 オルセとラシム達は自国にて罰する事になり、引き取りにはヤヘルが来た。



「あの獣人族をルートはどうしたい?」

 アレクセイは優しく尋ねた。

 琉生斗は、ふぅーと息をつき、「任せる」、と一言いった。





「今回、使用された手枷足枷は、認識、感知、魔力を阻害する魔導具で、我が国で作られたものではありません」

 ファウラの報告にトルイストが目を丸くした。

「そして、それを使い捨てのように何度も交換していたそうです。ちなみに、何処のものかは不明です」

 アレクセイは目を細めた。真実を聞かされたクリステイルも、難しい顔をしている。

「警備隊のオルセは、金の為にやった、自分は頼まれただけ、と言っています。服屋の店員も同様、自白魔法でも同じ事しか言いません」

「失礼な言い方をしますが、獣人族を奴隷にする為に、そこまでしますか?」

 トルイストが口を挟む。

 やり過ぎだ、と誰もが思った。

「さらに、最後に交換された拘束具は、精神直通式と呼ばれる、精神に作用するものになっています。例えば逃げようと考えるだけで、身体が痺れる、連絡を取ろうとすれば、気絶するほどの電流が流れる、という仕掛けが作用する代物です」

「そこまでの物を?」

 トルイストから、驚きの呻きが漏れた。

「いったいオルセは、いつから、誰に頼まれていたのでしょうねーー」

 ルッタマイヤも眉を顰めている。

「お兄様、本当に知らないのですか?」

 彼女の言葉に警備司令長官、グラスファイト侯爵ラトゥールは身を震わせた。

「も、申し訳ありません。殿下……」

 ルッタマイヤの兄とは思えないほど、気が弱い男だ。
 これでは、舐めた態度をとる奴がでても仕方がない、と妹は呆れる。

 アンダーソニーも溜め息をついた。

「アンダーソニー士長、兵士の尋問を続けて下さい。一人の漏れ落ちもないように」

 クリステイルが言葉を発する。

「オルセが金の為にやったにせよ、彼だけではとてもうまくいくとは思いません。協力している者、動かしている者を、なんとか見つけないとーー」

「はい。心得てございます」

 将軍達は頭を下げた。

「兄上、どう思われますか?」

 クリステイルは兄に尋ねる。

 アレクセイは瞳を少し動かした。



「バルド国が動いている」

 全員が、やはり、と目を見開いた。

「用心せよ。獣人族を我が国に放したり、我が国の対処を、動向を、逐一追っているように思う」

「なるほど」

 アンダーソニーが目をつむる。

「クリステイル、あいつはどうしている?」

 アレクセイの問いに、クリステイルは俯いた。

「ーー王太子になったそうです」

 アレクセイは眉を顰めた。

「そうかーー」

「第三王子、第四王子等数々の王子の毒殺疑惑がある、あの王子がですかーー」

 皆から深い溜め息が漏れた。

「奴の息がかかったものが、必ずいる。兵士だけではない、国を洗え」

「はっ!」

 全員に緊張が走った。

「しかし、聖女様はよくトラブルに巻き込まれますな」

 トルイストが余計な事を言った。そして、思い出したように、
「そういえば、姪が噂に聞いたそうですが、殿下、聖女様と籍を入れられたそうですね」

 トルイストが、おめでとうございます、と言うのをまわりが目を剥いた。

「殿下、なぜ私に言って下さらぬのですか!」

 アンダーソニーが、心底悔しそうにアレクセイに詰め寄る。ヤヘルも同じ気持ちだ。

「あら、わたくしはわかりましたわよ。殿下と聖女様、お揃いの指輪をしていますもの」

 と、ルッタマイヤ。  
 指輪を見て神官を問い詰め、聞き出し、その事実に姪達と盛り上がったのは彼女だ。

「あぁ、だから急に指輪をーー。婚約指輪かと思いましたがー」

「例の会が終わったら、ちゃんとお祝いしましょう」

 ヤヘルが言った。

「喪中中だ、気持ちだけ受け取ろう。喪が明ければ、王太子殿下の婚約式だ」

「「「えっ?」」」

「あら、噂は本当でしたの?」

 女性は噂話が耳に入るのが早い。

「はい、来年、結婚しまーす」

 クリステイルがにこやかに、言った。

「はぁ、殿下方もそんな歳になりましたかーー。おまえ達はさっぱりだのう」

 アンダーソニーが、トルイストとファウラを見て言った。ファウラは余計な話を、とトルイストを軽く睨んだ。

「縁遠いものでして」

 トルイストは興味がなさそうだ。

「選び過ぎるとヤヘルのように、なってしまうぞー」

「がはははっ。私は若いときにして、失敗しましたからなー。相手に望んでばかりはよくないですなー。殿下は夫婦の決め事はあるんですか?」

 ヤヘルの問いに、特には、とアレクセイが首を傾げた。

「以前から言われているのが、浮気、即離婚だ」

「あら、普通の事ですわね」

 本当にあいつはーー、とルッタマイヤが昔の男を思い出したような顔をした。

「そうだな」

 ルッタマイヤとアレクセイの会話に、男性陣は黙った。



 最後に、アレクセイがトルイストに指示を出した。

「トルイスト、小隊をひとつ率いて、死せる谷を見て来い。トードゥも連れて行け」

「わかりました。すぐに!」

 トルイストは姿勢を正して礼をした。



 バルド国との国境、大峡谷、死せる谷。

 通るならあそこしかない。



 アレクセイの表情はいつまでも険しかったーー。
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