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不穏なる鳴動編

第5話 正義と悪 5

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「殿下、失礼致します」

 魔法騎士団の将軍室に、教皇ミハエルが入ってきた。珍しい事だ、とトルイストもファウラも眉を顰めた。

「どうした?」

「ーー聖女様、国にいないでしょ?」

 将軍室を衝撃が駆け抜けた。

「な、なぜ?」

 アンダーソニーが動揺した。噂が本当になったわけではあるまい。

「新婚で浮かれすぎですよ、殿下」

 ミハエルが溜め息をついた。

「視えませんか?」

 手に持つ銀の錫杖を振ると、将軍室の屋根が透けて空が見えた。

「あっ」

 アレクセイは声をあげた。

 空におびただしい数の光が走っているのだ。



 アンダーソニー達は首を傾げた。自分は視えるが、将軍達には視えていない。教皇ミハエルは、はっきりとは視えないにせよ、空間の異変には気付いたのだろう。



 ルートーー。

 これは妻からの信号だ。

 アレクセイは自分の不甲斐なさを呪った。



 光は速すぎて捉えられない。琉生斗もアレクセイの場所を想定して飛ばしているだけで、確実に自分に向けて飛ばしてはいない。

「そうそう。ルナ修道院から連絡がありました」

 ミハエルの言葉に、ファウラの肩がピクリとした。

「修道女が、聖女様を町の服屋で見た、と。そして、修道女もその服屋に入るとーー」

 ルッタマイヤの顔が歪んだ。

「聖女様はおろか、店員もいなかったそうです。この国の治安も案外悪いですねー」

 どうしてでしょうねー、というミハエルの言葉を聞いて、トルイストが動き出す。

「確認して参ります!」

「急げ!」

 ヤヘルが急かす。

「本当に殿下は、攻めるなら負けなしなんですがね」

 ミハエルが呆れたように溜め息をついた。

「スズ様も心配しておられましたよ。強いけど、それだけだってーー」

 その言葉に、将軍達は目を見張った。

「殿下ー、弱さを知って下さい。弱くないと弱虫の考えている事が理解できない」

 教典を読むような声で、ミハエルは話した。

「ーーそうだな」

 アレクセイは目を細め、軽く息を吐く。

「おや、素直ですねー」

 ミハエルは意外そうな目で、アレクセイを見た。

「スズ様がそう思われたのなら、仕方のない話だ」  

 反論など、できるわけがない。

「弱いなら強くなればいい、それでは駄目なのだな?」

「ええ、貴方は弱いんじゃない、信用しないだけ。囲っておきたい閉じ込めておきたい、失うのが嫌だから、臆病なふりをして気を引いているんでしょ?」

 アレクセイは目を丸くした。

「もっと信じないといけませんね。だが、これが難しい。夫婦でも相手を全面的に信じるなど、到底できない事」

 ミハエルは将軍達に視線を走らせた。

 アンダーソニーが下を向き、ヤヘルが頭を掻いた。

「ルッタマイヤも一度の失敗でーー」

「一度すれば充分ですー」

 ルッタマイヤは憮然とした顔になる。

「独り身は気楽でいいですけどー」

 戒律により、生涯独身でなければならない教皇は、何を思っているのかー。

「おっ、トルイスト。ーーあぁ、わかった」

 ヤヘルがアレクセイに顔を向けた。

「服屋の試着室の床が、落ちる仕掛けになっていたそうです。何かに反応するような仕掛けです」

「本当に聖女様なのか?」

 アンダーソニーが目を眇めた。

「落ちた床に聖女様の髪飾りがあったそうです」

 何してんの、聖女様ーー、アンダーソニーは肩を落とした。

「転移魔法が使われた痕跡もあり、ティン殿を呼んで仕掛けとあわせて調べてもらうとーー」

「わかった」

 転移魔法でどこにいったのかは、転移線が残るが、ティンぐらいじゃなければその道筋は視えない。

「教皇、感謝する」

「いえいえ。ついでです。アジャハンのマグナス大神殿からの連絡を、陛下に伝えに来ましたので」

「なんだ?」

「また、リルハン王のギックリ腰が出て、聖女連盟の会は延期するそうです」

「それはーー」

 正直ありがたいな。







 

 琉生斗達は闇市を取り仕切るパウデゥという男の館に連れて行かれた。

「おー、獣人がこんなに!ぼくちゃん嬉しい!」

 大きく出た腹を揺すり、パウデゥは喜びに踊った。

 脇には裸同然の美女が何人も座っている。

 ーーなんじゃ、こりゃーー。

 琉生斗は驚きを通り越して、女性の胸から目が離せなかった。

 奴隷商人って、こんなんなの?

 アラブみたいな国のすっげースパダリじゃないのかー、と琉生斗はがっかりした。

「ホント、感謝しかないねー。オルセちゃん」

「いえいえ」

 慣れているのだろう。オルセは傲慢な態度で椅子に座っている。

 この裏切り者めーー、と琉生斗は心の中でオルセを罵倒していた。

「もうじき闇市だからね。大丈夫、みんないい御主人様だよーー。かわいがってもらえるよー」

 獣人達は泣き出した。

 おれも泣きてぇ、と琉生斗は思う。

 

 新婚さんなのに、夫と離れ離れで、変態に売られようとしている。

 あれ、おれって案外運が悪いのか?もう、アレクと出会っちゃって、運を全部使いきったのかーー。



 なら、仕方ねえな。



 ん?

 琉生斗は妙な引っ掛かりを、心臓に感じた。それはすぐになくなったのだがーー。



「人間がいるけど、なんで?スパイじゃないよね?」

 パウデゥが訝しげに琉生斗を見る。

「はははっ。うち国の連中がそんなに仕事熱心だとはーー」

 笑い出したオルセに、パウデゥも頷く。

「それもそうね。まぁ、余興にでも使ったらん」

 パウデゥが、牢屋に入れられた猛獣を見る。

「いいですね」

 オルセの目が光った。

  





 夜になり、琉生斗達は、闇市に売りに出された。

 大きなテントの中には、仮面や、ベールを被った男女がざわざわとしていた。

「はぁいー!モフモフ好きの皆さん!お待たせ致しました!」

 司会が陽気にしゃべりだした。

「今日は獣人族が、何と八人もいますよ!」

 モフモフ最高!と客が騒ぎ出す。

 前に拘束された獣人達が並ぶと、空間が異様な興奮状態に支配された。

 テンションのおかしさに、琉生斗達は引く。

 場内からは割れんばかりの歓声が起きる。  

「もう、興奮してきた!」

「何させよう!」

「楽しみすぎだ!」

 客からの欲望の気が、気持ち悪い。

「ライオンの獣人からだ。さあ、百から始めよう」

 男の言葉にライオンが泣き出した。

 百、って百円じゃないよなーー。

「五百がでました!もう出ませんか!」

 人が人を値踏みをしている。

 いやらしい笑いーー。卑しい笑い。

 ライオンの獣人は引っ張られていく。身なりのいい女が、彼を跪かせた。

「ずっと、そうしてなさい。わたくしの足置きよ」





 なぁ、アレク。こういうの、おれ、すっごく嫌だーー。

 

 同じ生き物に対して、尊厳がねえ。

 飯食うときでも、植物や肉や魚に感謝するだろ?こいつらにはそれがねえーー。



 琉生斗は結婚指輪を見た。



 ナァ、アレクーー。



「ルート君、大丈夫?」

 隣にいる自分の顔が、不安を浮かべている。

 

 ナァッテーー。



 次々と、獣人は競り落とされていく。

 猫耳の男も泣いている。

「何を泣いておる。わしがかわいがってやるからなー」

 大きな首輪をつけた。

 

「さぁ、本日のメインだ。金の準備はいいか?」

 司会の男にルートは引きずられた。

 客達は不思議そうな顔をする。

 男はルートのベールを剥がした。

「驚け!本物の聖女様だ!」





 会場が揺れた。









「殿下!ティン殿の解析によると、試着室の床は獣人族に反応するようになっていたと」

「獣人ー」

 最近よく目にする。彼らをどうするのかー。

「転移魔法でオランジー川の近くに移動しています。魔法はそこまでで、後は船を使ったと思われます」

「ーー獣人達と一緒だと思うか?」

 アンダーソニー達は顔を顰めた。決めてになるものが少ない。

「ーーはい。ーーそうですか。ご協力ありがとうございます」

 ファウラが誰かからの通信を受け取る。

「殿下。ルナ修道院から、オランジー川に停泊していた船に、獣人が数人と、黒いローブを着てベールをかけた人間らしき者が乗るのを見たそうです」

「マチコですわ!」

 ルッタマイヤが叫んだ。

 よかった、と彼女は少し安堵した。アレクセイはしばらく目を瞑っていたが、引っかかりを覚え、口にしてみる。

「奴隷船かー」

 アレクセイの呟きに、皆の顔が歪む。

「ーーだとしたら、あそこですな」

 アンダーソニーが吐き捨てるように言う。

「デズモンド国、有名な闇市場がある場所ですね」

 ファウラが言った。







 ルートに、とんでもない額が提示されていく。



 おれって人気なんだなー、と琉生斗は考えた。だが、買われたとして、どうすんだろ。そいつが魔蝕の浄化に付き合ってくれるんだろうか?



 ルートは真っ直ぐ前を見て客を睨んでいる。



 さすが、町子。おまえは強い女だーー。

 普通だったらこの人間の腐ったような圧を受けたら、すぐに倒れているはずだ。

「さあ、もう出ないか!千億で終わりか!」

 うそん、と琉生斗は開いた口が塞がらない。

「ーー大丈夫~」

 ルートは琉生斗の方を見た。

「何があっても、あなただけは、殿下のとこに返すから」

 その目の中にある決意に、琉生斗は眉を顰めた。

 何か考えてるのかー、自爆とかじゃねえだろうなー。ルートの気配が変わっていく、ゆらりとルートは町子になった。





「はあ!?」

「おい!」

「騙しやがったな!」

 客達が騒ぎはじめた。物が投げられる。



「おい、俺は関係ねえぞ!」

 司会の男にも物は当たる。

 

 町子は目を瞑っている。何かをしようとしている。だが、魔法も精神通信も、使えないはずだ。

「おい!変な事、考えてないよな?」

 町子は目を開いた。

 琉生斗と町子は目があった。



 町子は、悲しそうに微笑んだ。

「待て!町子ぉ!おい!おまえらぁー!」

「だめ!ルート君!」





「おれが本物の、聖女ルートだぁ!」

 琉生斗の声は、会場内に静けさを戻した。
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