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誰も止められない愛情狂編

204 新しい秘書が欲しい

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 それから数日、私は通常業務とLOZの訓練をなるべく一人で行っていた。ジェーンには時空間歪曲機の作成に専念してほしいし、近い未来、私は一人になるから慣れなくてはいけない。

 しかし、どうしても予定管理は苦手だった。PCのスケジュールツールを使っても、ジェーンのようにうまく予定配置出来ない。諸々の作業だって、これからのことを考えると、やはり秘書は必要だ。

 考えた結果、私は秘書を募集することに決めた。ジェーンには時空間歪曲機に専念してもらい、新たに秘書兼、出来たら研究開発部の業務もしてくれるような人を、募集したい。

「よし、やるぞ。」

 別にこの事は、後で彼に言えばいいか。研究モードに入ったジェーンは、家にいても心ここに在らずで、ホワイトボードにずっと計算式なのか設計図なのか、分からんものを書いている。話なんかちっともしてくれない。この事を話したところで「ああ、そうですか。分かりました。」って普通に納得するに違いない。

 決心した私は、早速調査部の事務室で一人、ユークアイランドの求人募集用サイト~企業のお客様向け~というページを開いた。この島の企業は、この市営のサイトで募集を出すのだ。

 慣れないタイピングは、とても遅い。私はポチポチと、文章を作った。企業の所在地、従業員数、所長名、それから募集する役職と入力し、あとは企業PRという謎の空きスペースを埋めるだけだ。

「魔工学や、自然科学、自警システム、海洋システム、あとは何だっけ……色々な依頼に、お応えする科学研究所です。独自の福利厚生もあります。と」

 それからそれから、私は考えながらタイピングした。

「募集しているのは、秘書です。スケジュール管理……得意な人、じゃないか?管理が、すこぶる……うーん。ジェーンの時はなんて書いていたっけ?」

 探して見たが、その時の募集ページはもう残っていない。昔、リンに「だから細かくコピペしてデータを残しておけ」と言われた事を思い出した。そうするべきだった。やっぱり私はPC系に向いていないのだ。早くこい、新たなる秘書よ。

「ああ~……それから、研究開発部としても、うーん。」

 あまり求めすぎると来ないかな。秘書と研究開発部は分けて募集すべきかな、なんて事を考えながら、何度も文章を打ち込んでは消して、また書き直していると、ドアがノックされた。

 コココン、だった。やっば、この叩き方はやばい。私は慌ててPCをパタンと閉じた。それと同時に扉が開いて、このオフィスに勢いよく入って来たのは、ジェーンだった。彼は汚れた白衣姿で、自慢の長髪がボサボサで、息も絶え絶えだった。

「ど、どうしたの?そんなに、すごい姿で……。」

「どうしたのではありませんよ……」彼はずかずかとすごい勢いで私の机のところまで来た。そして怒鳴った。「何ですか!これは!」

 彼が私のPCを勢いよく開けた。パッと、作成途中の求人要項が表示される。私は思いっきり、顔をひきつらせた。こんなことになるのなら、閉じる度にログアウトっていう設定にしておけばよかった。パスワードの入力が面倒くさいからって、その設定を解除してしまっていたのだ。

 ジェーンはさらに、怒鳴った。

「最近、あなたの様子がおかしいから、何を考えていると思えば、何ですか、このふざけた行為は!?誰を雇う必要がありますか!?」

「そ、そんなに怒る?だってジェーンが帰ったらさ、秘書足りな……」

 ジェーンがすごく睨んでいる。修羅の眼だ。彼の気迫に、私は言葉を飲んでしまった。更にジェーンは怒鳴った。

「秘書は私がいるので募集しないで頂きたい!これ以上何を管理するのでしょうか!今のままで十分です!理解しましたか!?」

「……はい。」もうナメクジに塩状態だ。私がね。「すみませんでした。だって……。」

「だってもあさってもありません!」

 でも、あれれ?一つ気付いたことがある。

「ちょっと待ってよ。何で、この画面のこと知ってるの?これまだ作成途中だから、公開していないし、作成途中だったら、他のPCからは見られないのに。」

「ああ……」と、ジェーンが髪の毛を手櫛で整えながら答えた。「最近、あなたの様子がどうもよそよそしく、おかしいので、私のPCからあなたのPCの画面を見られるように工夫したのです。いけませんか?」

「ええ!?」私は立ち上がった。「いけないでしょうが!ハッキングでしょそれ!」

 ジェーンは悪びれた様子もなく、口を尖らして悪戯っ子のような顔をした。リンの真似しやがって……!私はため息をついて、椅子に再度座り、彼が目の前にいるにも関わらず、求人要項の作成を続けることにした。

 するとジェーンが、私の両手首をガシッと掴んで、無理矢理阻止して来たのだ!

「ちょっと!何をしている!?おかしいでしょ!」

「おかしいのはあなただ!忌々しきネビリスが良い週末を、と言ったあの週末から、ずっと今の今まで、継続しておかしい様子だ!いつだって私のことを無視しますし、折角一つにまとめたベッドだって、私が後で入ればもう寝ていますし、後から入って来たとしても、私は読書をしながら待っていたと言うのに何も話さないでさっさと寝てしまって!食事だって、昼は勿論と言わんばかりに、あなたはさっさとこのオフィスで済ませてしまっていて!確かに私が集中気味だから、昼ごはんの時間が大幅にずれ込んだのも原因でしょうが、それにしたって待っていてくれたっていいでしょう!?夜ご飯だって、私が残業して帰っても、先に済ませてしまっていて、日によっては寝ていたりして!先に寝るなら、先に食べるなら、一言連絡してくれてもいいではありませんか!それもしないなんて……どうして私のことを、そこまで嫌いになったのでしょうか!?そんなに、あの演奏がいけなかったのでしょうか!?」

 ジェーン、かなり感情的だ。こう言う時は、繊細な対処が必要になる。まるで時限爆弾を解体するように、言葉を選びながら、私はゆっくりと立ち上がった。

「ジェーン、落ち着いてよ。大丈夫だって、ちょっと……感情的になってる、気がする。」

 ジェーンは前髪を思いっきり掻き上げた。彼のゴム手袋に髪が絡んだようで、彼が少し痛がった。

「っいた……ああ、もう!私が感情的?この言葉を受けての、あなたの感想はそれしかないのでしょうか!?そうですか、そうですか!それならいいです。もう構いません!さようならキルディア!」

 バタバタとドアのところに走って行ったジェーンは、一度こちらを睨んでから、出て行った。その時にバタンと、わざと煩く閉めて行った。

 ……何だろう、ジェーンという生き物は。それも残念なことに、今の私には何となく彼の行動の理解が出来ている。ああやって急いでこっちに来たのも、バタバタと帰っていったのも、早口で捲し立てたのも、集中しているときに時間を節約したいからなのだ。言いたいことだけは伝えて、あとは時間が勿体ないからなのである。九割の確率で、これは正しいと思う。

 しかし、何だろうあの大きな子どもは。この場合どうしたらいいものか。私はもう一度、PCの画面を見つめた。作成途中の求人要項の入力欄で、カーソルが点滅している。

「さようならか。ほっとけばいいんだろうけど、なあ……。」
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