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作戦が大事!アクロスブルー編

160 オフホワイト

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 このナイトアームは、以前のツールアームと比較すると、より人の腕に近いシンプルなデザインをしている。

 色がダークグリーンで、アームのラインがたまに流れ星のように光るが、それはジェーンの動力源がこの腕の中にあるからだ。この光は彼の光、そして魔力は私のを使っているなんて、ちょっと不思議。

 動きも滑らかなので、以前よりもお風呂で身体を洗いやすくもなった。この件に関しては彼に感謝しかない。タージュ博士にしてしまったことは、ちょっとあり得ないけれど……まあ、天才は凡人と違うが故に天才なのだろう。

 何とも言えない気持ちのまま、私はパジャマを着て、濡れた髪を白いタオルで拭きながらリビングに戻った。上下水色の綿素材のパジャマを着たジェーンが、ソファに座って読書をしていた。私は一度冷蔵庫からお茶を取り出して、グラスに注いで、それをぐびっと飲みながらジェーンの隣に座った。

 空のグラスをテーブルに置いて、よく出来たものだと感心しながらアームを眺めていると、彼が私に話しかけた。

「そのアーム、何か気になりますか?」

「いや、」私はジェーンの方を見た。本を開いたまま、私をじっと見ていた。「いや、何も気になる所は無くて、只々本当に素晴らしいものだと思っていた。それに……」と、私は少しはにかみながら言った。「このアームのラインがたまに光るとさ、やっぱり、ジェーンのことを思い出す。だってここには、ジェーンのプレーンが入っている。」

 彼が微笑んで、本を閉じた。

「ふふ、そうですか。でしたら、私の計画通りです。それも狙って作りました。」

「え?」

 彼は得意げに顎を触りながら説明した。

「最近、私は心理学に興味を持ちまして、よく心理学の本を読むようになりました。どうやら人は、顔を合わせる回数が多いと、その人に対してより好感を持ちやすくなるというデータがありました。なので、その新型のアームに私の顔をプリントするのでは直球すぎますから、私の魔力をアームに反映させ、それを見えるようにデザインをし、キルディアがより私のことを思い出して、私のことを「ジェーン!本気なの!?」

 私は拳を握りしめ、ジェーンを睨んだ。彼はビクッとして、膝上に置いてあった本を胸に抱えた。ああ!確かに彼のその手には、「気になるあの人を捕まえよう オフホワイト心理学」というタイトルの本があった。

 私は彼に近付いて座り直し、訳の分からなさに口を開けたまま、彼の手にある本を奪おうとした。しかしジェーンはその本を、さっと上に持ち上げてしまった。

「秘密です。これを読まれては、私の手の内が知られてしまいますからね……。」

 私は両手をワキワキと動かしながら言った。

「いいから、心理学なんか!大体何でそんな、我々はもう仲がいいじゃないの!そんなの必要ないでしょう!?」

「私には必要です。あなたはそう思っていればいい、私は私の考えがあります。それはあなたに関係あると共に、あなたには関係ありません。」

「何を言ってるの……。」

 心の底からそう思った。彼は何を言っているのだ。私の隣でジェーンが読書の続きをし始めたので、ページを覗こうとしたらパタンと閉じられてしまった。

「……はあ、何でしょう、キルディア。私は新たな学問と向き合うのに忙しいのですが。」

「そう、それはごめんね。でもさ、どうして今、心理学なの?魔工学とか物理とか、兵器とか、戦術の本でも読めばいいのに。そうだ、毒とかは?バイオ的なテクノロジーのさ。暇なら、そういうのを専門にした方が、ジェーンっぽいよ。」

 彼は読書をしながら答えた。

「兵器はラブ博士、バイオはタージュ博士の専門です。彼らに任せた方が効率的です。それに物理や魔工、戦術は、もう読みたいと思う本があまり見当たりません。チェイスの新たな論文が発表されたら、その粗探しに夢中になりますが、彼も色々と忙しいようですからね。」

「粗探しって……。」

 どうしてこの男はそうもチェイスに意地悪なのか。パーツを取るのを手伝ってくれたと言うのに。まあでも、研究者というのは、そういう観点で論文を読むことも大事なのだろう。オフホワイトか……私はため息をついて、テーブルのグラスを見つめながら言った。

「でもさ、ラブ博士やアリスもそうだけど、物理学を専門にしている人って、心理学に距離を置いたりしない?ジェーンだって、最近は感情出てきたけど、それでも薄いし。」

「確かに時折、最近の私は暴走します。しかしそれはあなたのせいです。そして私も、以前までは心理学を推測だけの学問だと思っておりました。しかし、最近は考えを変えました。人の心は見えません。心理学は、人の不可視な部分を敢えて取り上げている学問です。我が身の内にあるのに、それは見えない。そのものに対して真っ向に取り組む研究者たちの姿勢を、そして誰もが持っている人の心を専門とした学問を、我々は評価すべきだと思いませんか?キルディア。」

 私のせいにしないでよと思いつつ、答えた。

「うん、それに実用的だもんね……。」

 私がジェーンを再度見ると、彼は口角を上げていた。

「その通りです。美味しい料理を作るのにはレシピが必要です。あなたとの仲をさらに深めるには、効果的な方法が必要です。ですから、この本を私は購入したという訳です。」

 私は少し笑いながら、彼の持つ本の表紙をじっと見た。

「だからってこの、オフホワイト心理学って……この可愛らしいデザインの表紙は何ていうか、純粋な心理学じゃ無い気がするんだけど、ちょっと見せて。」

 私はジェーンの手元にある本を引っくり返して、裏表紙からめくった。すると作者紹介のページには一流ホステスの文字があったのだ。

「こ、これ、主に女性が読む本じゃ無いの?絶対女性向けだよ……ふふっ。」

「はっはっは……」ジェーンが少し照れながら笑った。「まあ、あなたの仰りたいことは理解します。しかし考えてみてください、まず最初に目的を設定しましょう。ここではその目的を、あなたとの仲を深める、にしましょうか。さて本を買いに来ました。その目的を遂行する内容に一番ふさわしいのは、次のうちどれでしょう?一、心理学大全 二、聞く技術を一から磨く心理療法学 三、気になるあの人を捕まえようオフホワイト心理学 さあどれです?」

「……確かにね。」

「そういうことです。そういう経緯で、私は目的に一番近いと思われるこの本を、手にしたという訳です。」

 私はソファから立ち上がり、自分のカーテンの部屋に向かった。あるものを取りに行ったのだ。歩きながら背後のジェーンに話しかけた。

「まあ、ジェーンの言うことは分かったよ。そのオフホワイトという可愛らしい外見の本を読む考えを理解しました。」

「ふむ、ご理解頂けたようで何よりです……もう寝る準備を?」

 そうでは無い。私は自分のマットと壁の間に挟んであった、マス目の描かれた薄くて大きなボードを取り、それを胸に抱えながらジェーンのところへ戻った。

 そしてジェーンの前に立ち、彼に質問をした。彼は私の持っているボードが何なのか分からないようで、じっとこれを見ている。

「ジェーンは論理的なのは十分知ってるけど、戦術学はどれくらい詳しいの?」

「戦術学ですか、根幹的なところから発展的な部分まで、全て頭に入れているつもりです。過去の世界で二番目の地位を、その職務を全うするにあたり、必要な知識でした。それにこう見えて私は、最年少で中央研究所に属していましたから知能は優れているはずです……しかし、何ですかそれは?」

 私はテーブルにボード置いた。そしてボードのボタンを押すと、ホログラムの駒がズラッと表示された。ジェーンは驚いた顔で、指先で駒を摘もうとしたが、透けてしまって出来なかった。そうだ、それは駒下のパネルをタッチスライドして動かすものだ。私はジェーンの隣に座り、彼に戦いを申し込んだ。

「ジェーンは知ってるだろうけど、私は勉強は苦手な、力自慢の人間だ。でも騎士団長としての経験がある。さあ、勝負しようか。」

 私はニヤリと笑ったが、同時にジェーンもニヤリと笑った。

「はっはっは……面白い、私と将棋でやり合うおつもりですか。数分で負けても、私のことを嫌いにならないでくださいね。」

「なにぃ?言っとくけどね、チェスはダメなんだけど、将棋は誰とやっても負け知らずだよ。はい、じゃあ私先攻ね。ここに置きます。」

 私は指でスライドさせて、歩の駒を移動させた。続けてジェーンもすぐに中指を使い、私が動かした駒の正面の駒を前進させた。

「そうですか、しかし戦いの前夜にいざ、することでも無いでしょう?まあすぐに決着はつくでしょうが。」

「さっきからすごい勝つ気満々だよね。うーん、私もそう思うんだけどさ、戦いの前夜だからか、何だか今夜は落ち着かなくて……戦い離れているのに、背後にあるのがユークアイランドで、それ程この地が大事なのか、共に戦う仲間が以前とは違うからなのか、どういうことか分からないけど、今日は落ち着かない。じゃあこれ取った。」

「あ」

 話しながらサクサク進めていくうちに、私は早速ジェーンの駒を取った。それで本気になったのか、ジェーンは膝に置いていた本をテーブルの上に置いて、思案顔になって真剣に盤を見つめた。

「その駒は出来れば我が手中に置いておきたかった。流石、なるほどそうなってくると油断出来なくなりました。さすがさすが。」

「あ」

 彼は気付いたのか、私が作戦の軸にしようとしていた駒を取ってしまった。まあ、まだ巻き返せる。そうして我々は将棋に夢中になっていった。

 彼が私の奪った駒を使い、私も彼の取った駒を使う。私の予想よりも勝負は意外と接戦で、ジェーンも途中からは考える時間を多く取るようになっていった。何だ、こうして楽しめるなら、もっと早くから一緒に将棋をやっていれば良かった。こんな、彼が帰る直前に見つけなくても良かったのに。
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