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試行錯誤するA君編

152 キラキラの副作用

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 家の前に着いた私は、ウォッフォンでロックを解除すると、部屋の中に入った。リビングが真っ暗だったので、ウォッフォンで電気を点けて、キッチンに買ったものを持って行った。

 ジェーンも冷蔵庫に買ったものを入れていたので、私はあとは彼に任せて、ソファのところでジャケットを脱いだ。スーツは見た目がかっこいいが、窮屈だな。いつもフォーマルなスタイルのジェーンは、尊敬する。するとジェーンがこちらに来て、私の身体をちらっと見た。

「思ったのですが、どうして本日はネクタイを着用していたのです?」

「え?だって、スーツだから……。」

 確かに、女性はあまりネクタイしないか。私がソファに座ると、彼が隣に座ってきて、しかも足が触れるほどに密着して座り始めた。

「な、なに?」

 ジェーンは真顔だった。

「……本気で、アイリーンの話すことを信じますか?私が、カタリーナと、その、子孫を残すと。」

「だって、今回ばかりはかなり信憑性があるよ。アイリーンさんは飲みかけのペットボトルの唾液を採取したんだから。今は想像つかなくても、将来そうなるんだと思う。だから、これは重要なこと。」

「キルディア、ソースなど、いくらでも捏造出来ます。」ジェーンが真剣な表情で言った。「私は、自分の世界に帰っても、カタリーナと子孫を残そうとは思えません。昨日観た動画のような、破廉恥な働きかけを彼女にすることは、到底想像つきませんし……。」

「破廉恥な働きかけって、すごい表現だな。」私は苦笑いした。「でもさ、アイリーンさんが」と、言いかけたところで、彼が急いでキッチンの方へと消えてしまった。驚いた私は身体を浮かしてキッチンを覗くと、ジェーンは冷蔵庫から何かを手に持ち、私のところまで戻ってきた。

「あ、あなたに、」そして何故か照れている。「これ、どうぞ。私から、プレゼントです。」

 急に差し出されたのは、何か赤黒い液体の入った、牛乳瓶だった……何これ、あんたの方がよっぽどバイオじゃないか。色んな疑問ばかりが頭に浮かぶが、一番の疑問を彼に聞いた。

「これは、何?」

 ジェーンは私の横に座り、瓶を指差して、私に言った。

「匂いを嗅いでください。きっと、喜びます。」

 なんか怖いな、何その自信。私はユークアイランド酪農園とロゴの入った瓶の、蓋をキュポンと開けて、匂いを嗅いで、すぐに蓋を閉めてテーブルに置き、ジェーンから離れて首をブンブン振った。

「ばっ、な、なんで!」私は叫んだ。「これ、牛の血じゃないの!」

「ええ、そうですが?」ジェーンは眼鏡を中指で調節した。「何か不満でも?これはあなたも気にいると耳にしたものですから、購入しました。」

「誰に!?それはいいけどちょっと……これ、確かに好きなんだけど。じゃあスーパーの精肉コーナーで姿を消してたのって、この為?」

「ええ、そうです。交渉したら、普通に販売してくださいました。どうですか、私の贈り物は気に入りましたか?」

「あ、ああ……。」

 どうしよう、これ、インジアビス以外でも売ってたんだ。他の人からしたらギョッとするだろうが、これ、魔族の血を引いている私にとっては、もうたまらない一品なのだ。それを何故かジェーンが買ってくれた。しかもこの機能的な右手だって貰ったばかりなのに、何だか、なんだか……!

「そこまでされたらさぁ、」私は口を尖らせた。「ジェーンに感謝しちゃうよ……これだって、とっても嬉しいもの。ありがとう、ジェーン。」

「毎日買ってあげます。」

「え?」

「毎日買います。それからあなたが安心して眠れるように、子守唄を歌います。そして私はこれから毎日ネクタイを着用します。毎朝、私のネクタイを締めてください。」

 何その意味不明な言葉のオンパレードは。

「べっ、毎日飲んでたら身体が進化しそうだから、やめとくよ、ありがとね……。」

 私は苦笑いしつつ、テーブルの上の瓶を手に取り、蓋を外して、ごくっと飲んだ。うっわ、かぁ~~~~!仕事上がりにこれは、堪らない!

「そんなに美味しいですか?」

「美味しいよ……、何だろう、なんでこんなに美味しいんだろう。」

 と、私は一気にその瓶の中身を飲み干してしまった。やっぱり毎日でもいいかもしれない。飲んだ余韻なのか、じわじわと身体の奥から温かさが込み上げている。父もよくこれを飲んでいた、と昔のことを思い出してしまった。

「キルディア、」

「ん?」

「それを毎日買ってあげますから、アイリーンの言うことは信じないでください。」

「新しい攻め口だ……いやいやいや、だって、アイリーンさんがジェーンの子孫だったら大変でしょ?」

 と、その時だった。私は全力で開目した。ちらっと横を見たジェーンが、見たことのないレベルのイケメンに見えたのだ。まるで俳優さん、いや、それ以上の……幻獣のような芸術的な美しさだった。更に、写真加工の様なキラキラのエフェクトまで乗っかっている。私は言葉を失っていると、ジェーンが聞いた。

「な、何か私の顔に付いていますか?」

「……いや、付いていないんだけど、なんだろうジェーン。メイクした?」

「何故私がお化粧を。兎に角、私はカタリーナとそう言うことはしません。アイリーンの話を信じないでください。それから明日の夜は、タージュの自宅まで、私が送り迎えします。よろしいですね?」

「ええ?ちょっと待って……。」

 眼鏡の奥で輝きを放つ、アメジストのようなヴァイオレットの瞳に吸い込まれそうだ。いや、待って……どうしてこうなった?今まで飲んだことはあるが、こうなったことはない。

 でもそれって、今までは一人で飲んでいたからなのかもしれない。兎に角、他の人でもそうなのか?私は急いで自分のウォッフォンで研究所のウェブサイトを開き、従業員のページから、タージュ博士の顔写真を見た。ああ、彼もまた絶世のイケメンに見えた!

「わああああ!タージュ博士がイケメンだ!?どうしよう!?なんでこうなった!」

「なっ!」ジェーンが私の手首ごとウォッフォンの画面を見た。「タージュのどこがイケメンですか!どう考えても私の足下にも及ばない、ただのおじ様では有りませんか!」

「おじ様……いや、違うんだよ!すっごくイケメンに見えるの、タージュ博士だけじゃない、ジェーンだって有り得ないくらいに美しい……ああ、何でジェーンがこんなに美しいんだろう!もしかしてもしかして!」

 私はウォッフォンで、インジアビス人への牛の血の副作用について調べた。ああ、やはりこれを飲むと、周りが全て美人に見えるらしい。何その副作用。

「なになに、」ジェーンもその文章を読んだ。「なるほど、これを服用すると、周りが全て……まあ数時間で治るようですね。どれ、私は美しいですか?」

「美しいって言ってるだろうが。何回言わすの……もういいや、シャワー浴びたら寝る。タージュ博士の件だけど、行きはユークタワーで待ち合わせしたから、帰りに迎えに来てくれるなら、お願いします。それから、アイリーンさんの話は無視出来ないから、ジェーンはカタリーナさんとそう言うことをするつもりで覚悟決めておいてください。それじゃあね。」

 私は彼の返事を聞かないで、急いでシャワーを浴びに行った。素早く身体中を洗っていると、風呂場の鏡に映った私までもが、美しく見えた。それはちょっと嬉しかった。それが終わると、私は洗面所で体を拭いて、素早く部屋着に着替えた。濡れた髪を纏う私は、雑誌の表紙のように美しい。

 ……このままではナルシストになる。私は恐れを抱いて、カーテンの部屋に逃げるように駆け込んだ。布団に潜って目を閉じて、じっとしているとすぐに眠りに落ちた。



「ねーんねーこ、ねーんねーこ。」

 ……?

「ねーんねーこよー…………ゆーりかごーの「ちょっと待って。」

 私は起きた。横を見れば、部屋着姿のジェーンが私と同じ布団の中に入って、肘をついて寝っ転がりながら、棒読みの音程で子守唄を歌っていたのだ。因みにまだ激しくイケメンだった。私は苦笑いしながら彼に聞いた。

「何してんの?こんな夜中に、人の布団に入って。」

「ですから、子守唄を捧げております。」

「要らないよ!」私はジェーンの肩を押した。「マットから降りてよ~もうそれ要らないから~」

「いけません、子守唄は毎日行います。ねえ、キルディア。私はカタリーナとそういうことしません。」

「ああ、今はね、そう思えるんだろうけど、帰ったら気が変わるんだと思うよ。」

 急にべシンと顔に紙を押し付けられた。私はぶっと言いながら、その紙をウォッフォンの光で確認した。訳の分からない、記号や数字の羅列だ。提供者の名前はジェーンとアイリーンだった。

「何これ……ジェーンとアイリーンさんの遺伝子の情報?」

「ええ。」ジェーンは私から紙を受け取って、私の枕に割り込んで入ってきて、仰向けになり、紙を指差しながら説明した。

「帝国研究所にある彼女のサンプルと、今日自ら採取した私のサンプルを、調べたところ、全く血縁関係では有りませんでした。ほら、全然違うでしょう?ですから、彼女の話したことは嘘です。」

 眠い……。

「そうなんだね、これは何、アイリーンさんの記録を持ってきたの?」

「私が本日検査した結果です。あなたが眠ってから、二階のケイトの自宅に行きました。」

「ええ!?こんな夜更けに!?」

「ええ、別に起きていましたよ。ケイトと共に調べましたが、我々は血縁関係ではないことが証明されました。アイリーン、彼女の身持ちは徹頭徹尾嘘っぱちで出来ております。もうこれで分かったでしょう?」

 確かに紙の一番下の検査官のところに、ジェーンとケイト先生の直筆サインが書かれている。ケイト先生まで言うのなら……そっちを信じるよ。私は頷いた。

「うん、分かったよ。ジェーンとアイリーンさんは関係無いのね。私が盲信的になったこと、謝るよ。ごめんね。」

「いえいえ。」

「おやすみ~。」

 ……。

 ……。

「……おやすみ、ジェーン。」

 何故か、布団から出て行こうとしない。

「キルディア、」

「何?」

「……正直に話します。」

 ジェーンがこちらに顔を向けた気がした。私も彼を見たが、我々は同じ枕の上だったので、鼻と鼻が触れてしまった。この距離の絶世のイケメンはまずい。私はつい、ぶっと吹いてしまった。ジェーンが顔を手で拭いながら言った。

「あなたの唾が少々、顔にかかりました。」

「それはごめん……で、でもどうしたの?」

 目のやり場に困った私は天井を見た。月明かりでうっすらと木目が見える。

「……私はきっと、過去の世界に帰ったら、すぐに生きていられなくなる。」

「え?なんで……。」

「あなたが、居ないからです。」

 そんなことを言われたら、胸が苦しくなる。でも駄目だと、自分に喝を入れた。

「ええ、でもイオリさんに会いたいでしょ?もしジェーンがおじいさんになってから帰ったって、その方が逆にジェーンも辛いんじゃ無いの?ダメだよ、帰ってください。そりゃ寂しいけど……妹さんだって、若いジェーンと会いたいはずだ。」

「それは、時間をください……きっと、何か方法が、見つかる。私に……お任せを……。」

「うーん。」

 私はジェーンの方を見た。するとジェーンは目を閉じて、すやすやと寝息を立てていた。お前が先に寝るんかい。ちょっと笑って、ウォッフォンの時刻を見たら午前二時だった。真夜中に子守唄を歌う男か。彼と一緒に居るほど、珍味の様に噛めば噛むほど、彼はいい味が出て面白い。彼が帰ったら、とても寂しいことになるだろう。

 でも、引き止める気持ちにはなれなかった。彼と一緒にいることが私には大きすぎる幸せなのか、カタリーナさんの気持ちになるのか不明だが、彼は帰るべきだと思う。

 私はその場にジェーンを残して、彼の寝室のベッドに向かった。
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