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衝撃のDNA元秘書編

132 二人の研究室

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 ニュースは連日、新光騎士団と連合レジスタンスのことばかり特集されるようになった。それには勿論、ギルバートが私と同じ人物だということも、ネビリス皇帝が連合レジスタンスを正式に敵視しているということも書いてあった。

 それを受けて、一度連合の代表陣が集まって、会議をしようという話が出ていて、それは明日、ユークアイランドで行われる。

 光の神殿での戦い以来、ユークに帰るなり、知らない人から礼を言われることが増えた。少し調子が狂う。ソーライ研究所にも問い合わせが絶えず、キハシ君とリンが忙しそうにしている。クラースさんは相変わらずホームセンターに通いながら訓練場で鍛錬をしていて、ジェーンは何やら研究室に籠ることが多くなった。

 きっと、探していたものが全て見つかったから、組み立てているのだろう。あの戦いから帰った後、自分たちの部屋に着いてから、彼の提案でもう一度ハグをしたが、妙な雰囲気に耐えられなくなって、私から離れた。

 するとジェーンが謎を解明したいから回数を寄越せというので、それ以来毎日、寝る前に、あまり情熱的にならないように気をつけながら、ハグをするようになった。

 夜はそんなスキンシップがあるけれど、研究所では私が一人でいることが多くなった。私は、一人でいることが多くなったオフィスを少し寂しく思うが、ジェーンは近い将来、彼の時代に帰るのだ。そしてその後は二度と会う事は無いだろう。だからこれに慣れなければいけない。

 と、思いながらPCで執務をしていた。カタカタとタイピング音だけが響いた。

「うーん……」

 椅子にもたれかかって少し考えた後に、ジェーンとアリスの研究室に向かった。そうだ、私はこの研究所の所長なんだから、別に職員が何をしているのか確認しに行ったっていいじゃない。私は足早に研究開発部ゾーンの廊下を歩いて行く。そして、二人の研究室のドアをノックすると、アリスが開けてくれた。

「あ、キリーだ。どうぞいらっしゃい~」

「どうも~」

 中に入った。中央の作業台では、白衣姿のジェーンが何やら作業をしている。こちらに背を向けているので、まだ私がここに来たことに気付いていないようだ。その直後に、キィーーンとけたたましい金属音が響いて、彼の手元から火花が散っているのが見えた。私はアリスの耳元に口を寄せて、聞いた。

「あれは……何か、時空間歪曲機を作ってるの?」

 アリスは険しい表情をして、首を振った。

「違うよ~。もしかして、ここ最近それを作ってると思ってたの?あれはね、キリーの新しい腕らしいよ。」

「え?」

 私はそっとジェーンに近付いた。彼の背後から覗いてみると、確かに台の上には、リアルな人間の腕っぽいものが置いてある。そして火花を散らす度に、激しすぎる溶接が爆音で鳴り響く。

 これはすごい。私は両耳を塞いで、彼から離れた。すると同じく耳を抑えたアリスが、私に軽くタックルしてきて、私に叫ぶような大声で言った。

「もう、この音が大変なの!防音のイヤーマフ着けても聞こえてくるし……最近毎日こんな音だしてるんだもん!そろそろキリーに訴えようかと思ってた、もうジェーン専用の研究室を用意しようよ~!」

「でも、空きがないよ。増改築だって費用がかかり過ぎる。」

 ええ~と言わんばかりの困った顔を私に向けた。私もどうにかしてやりたいが……と思っていると、アリスが言った。

「じゃあさ、キリーのオフィスを使うのはどうなの?もうずっと朝から晩までこれだもん!ジェーンに話し掛けても聞こえてないのか、聞こえないふりなのか、全然反応しないし!」

 アリスの頬が膨れている。私は頭を抱えた。どうにか、するしかないものね。私は何もいいアイデアが思いつかないまま、ジェーンの肩を叩いた。彼はこちらを振り向くと一瞬目を見開いて、作業を止めて、ゴーグルを外した。

「おや、来ていましたか。」

「何を作っているの?その、アリスから腕だと聞いたけれど。」

 ジェーンはその腕のようなメタルのゴツゴツを手に取り、私に見せてくれた。そのダークグリーンの腕っぽいものは、金具がモロに出ていてロボット感のある今のツールアームよりも、人間の腕に近い、優しげなフォルムだった。アームにラインが入っていて、その辺りはロボット感がある。

「これは、私が一から設計した、あなたの新しい腕です。まだ試作段階で、骨組みの状態です。これから防火防水防塵を追加します。」

「う、うん……。」

「ふふ、現在のツールアームだと、あなたの体が傷付くと思いまして。このアームはあなたの身体と直接くっつくようになっていますので、もうアームをベルトで身体に固定する、という作業が必要では無くなります。御察しの通り、関節部分はくっつく君を使用しています。ですから着脱が、一人でも簡単に行える。」

 御察しの通り、と言われても何も御察ししてはいなかったのだが、なるほど、くっつく君を改良したのをアームの付け根部分に使っているのか。これならベルトも要らないし、重さにも耐えられるだろう。私はちょっと目を輝かせた。ジェーンは新型アームの手の甲のカバーを外して、中のボタンを見せてくれた。

「これなら戦闘中に落ちるなどということもなく、例え大型トラックがぶら下がっても、あなたの身体から取れません。しかしこのカバーを外し、ボタンを押すことで、簡単に脱げます。そうです、実際につけてみて下さい。」

 私は頷き、その場でTシャツを脱いだ。胸元をさらしでカバーしているので、上半身は別に見せても構わなかったが、途中、私の体を見たアリスが呻いた。

「ひえぇ……」

「え?なになに?」

「キリー、ベルトの所、すごく擦れて血が出てる……!」

 アリスは恐る恐る私の体を指差した。確かにベルトのところが擦れて血が滲んでいるが、それはもう慣れてしまっているので、私は気にしていなかった。でも言われてみれば、毎日湯船に入る時、結構痛くて、それも修行だと歯を食い縛るが、確かに辛いことは辛かった。

 するとジェーンが頷いた。

「そうなのです。お風呂前に彼女のアームの取り外しのお手伝いをしますが、その際にベルトが日に日に食い込んでいく気がし、膿まないように消毒はしますが、それも限度があると考えました。彼女の場合は戦う時がありますから、他の方よりもベルトをかなりきつく締めているのが原因ですが。しかし、私は気になり、これを作成しています。」

 アリスが何度も頷いた。

「そっかぁ~、それは大変だね。でもこのアームなら、ベルトを使わないんだよね?それはいいアイデアだよ、ジェーン!」

「はい」ジェーンは真顔で頷いた。褒められたのだから、もうちょっと喜べばいいのに。「キルディア、試しにつけてみて下さい。」

 私はアームを持った。結構見た目よりも軽い。そして手の甲のボタンを押しながら、肩に装着部を付けた。ボタンを離すと、私の身体にその腕はちゃんとくっついている。思った通りに指の先まで、ツールアームよりも繊細な動きをするし、腕を回してもズレない!うあああ!

「おお、おおおお!?おおおおお!」

 私は思わず笑顔になった。これは、この感覚は、私の右手が戻ってきたような感じだ!やめられない止まらない嬉しさに、思わずユークアイランド伝統のサンバ風ダンスをすると、アリスが爆笑して動画を撮ってくれた。ジェーンも口元を手で押さえて、微笑んで、私に聞いた。

「ふふ、着け心地はどうでしょうか?キルディア。」

「とてもいい……すごくいいよ!……これは、とっても素敵な体験を私に与えてくれている!うおおっ!」

「キリーがすごく喜んでる~!良かったね、ジェーン、作った甲斐があるね!」

 満面の笑みを向けたアリスに対し、ジェーンは急に真顔になって淡々とした様子で答えた。

「いえ、これはまだ試作段階です。まだ重要な機能が備わっておりません。私の技術の集大成とも言える機能がね……ふふ、ふはは、ふははははっ」

 倒置法を用いた彼は、恐ろしいことに真顔で笑い始めた。ちょっとおののいてアリスと目を合わせたその時に、ジェーンが私の体からアームをサッともぎ取ってしまった。そして彼は言った。

「もうすぐ完璧なおててが仕上がりますからね。それはキルディアに翼を与え、皆の希望の解放となるでしょう。この禍々しい人生で得た狡猾こうかつを利用し、私が全力を注ぐべきはこの時です。ふふ、誰にも邪魔させませんよ……ふはは」

 時々、彼という人物が、見えない時がある。アリスも同じなのだろうか、彼女は梅干しでも食べたかのような酸っぱい表情で、ジェーンを静かに見つめていた。

 もしかしたら彼はインジアビスで暮らした方が良いんじゃないだろうか。その方が周りの人と、しっくり打ち解けることが出来るんじゃないのか。でも彼はここに居るのだ。しかも私の秘書である。人生とは見事に難しいものだと感じた。

 そしてジェーンはゴーグルをかけて、アームを台に乗せて、また作業を開始してしまったのだ。キーンと大きな音が研究室内に響いている。私とアリスは目が合った。アリスは頬を膨らまして、ジェーンのことを指差した。

 極力、私だって、彼がゾーンに入っている時に話しかけたくはない。その深淵を敢えて見つめる勇気などないのだ。しかしアリスが困っているなら仕方ない。私は職場のボスなのだから……私は、ジェーンの肩をまた叩いた。彼はまた作業をやめて、ゴーグルを台に置いて私に聞いた。

「どうしましたか?何か不明な点でも?」

「どうしたら良いかな、その、作業音なんだけど。」

 私はジェーンとアリスを交互に見た。ジェーンはアリスの微妙な表情を見て、少し考えた後に言った。

「……成る程、アリスに迷惑をかけてしまいましたね。」

「め、迷惑って程でもないけど……」アリスが気まずそうに頭を掻いた。「キリーの腕を作ってるんだし、心が痛むけど。」

 ジェーンが私に聞いた。

「他に、作業が可能な研究室はございませんか?」

「研究室かぁ。うーん、それは無いけれど、でも一つ方法がある。部屋替えをするとか。」

 それしかない。私は一つ、頭にアイデアが浮かんだ。だが、私の提案にアリスが嫌な顔を向けた。

「ええ~!?タージュ博士かラブ博士と一緒になるの~?あの二人変に神経質だから、正直無理……。かくいう私の方が神経質なのかもしれないけど。」

「確かにあの二人は研究所が過疎ってから一人の居心地の良さを知ってしまって、それで作業効率が上がったのは良いけれど、絶対に一人がいいって、個人面談の時も言ってた。それを守らなかったら今度は私がどうなるか分からないし……そうではなくて、アリスの言う通り、ジェーンは私のオフィスを研究室に使えばいいと思った。防音も付いている、どうかな?」

 二人は同時にああ、と納得した。アリスが私に聞いた。

「でもキリーはどうするの?どこで仕事するの?」

「私は取り敢えず、調査部の事務室に自分の机を移動して、そこで作業するよ。来客が無ければ、そんなに個室である必要は無いかなって思って。だから来客の時だけ、誰かに部屋を借りる。」

 二人がまたああ、と納得の声を漏らした。そしてアリスが笑顔で手を叩きながら喜び始めた。

「それでいいと思う!わーいまた一人だ~!ありがとうキリー、ジェーン!」

「まあ、その方が私も、遠慮せずに集中出来ますからね。」

 遠慮してたんだ……それにしてはすごい音だった。でも、彼はここ最近、私のアームを作ってくれていたんだと、それは嬉しく思った。私は手をパンと叩いた。

「それじゃあ、移動開始しますか!お昼までにね!」

 アリスとジェーンがオーと言って手を掲げた。だが、すぐにここの研究室の備品をどのように分配するかで口論を始めたので、備品が足りない分は経費を使って、二人が平等になるように用意する羽目になった。
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