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恐怖を乗り越えろ!激流編

97 二本の戟

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 クラースと私、それからヴィノクールの民を含んだ連合兵が、この地下二階に到着した。このフロアはヴィノクールの遺跡本来の姿のままで、頑丈な岩で出来た柱や、松明が掛けられている。炎で照らされた壁画、歴史を感じた。

 所々に岩の塊が落ちていて、その岩にはチョークで子供たちが描いたのだろう、犬や猫の落書きがあった。悲しいことに、その岩の前には、新光騎士団の兵士が倒れていた。静かに目を閉じている。私に出来ることは無かった。

 クラースが奥へ奥へと進んでいく。急いで彼の後ろを付いて行った。暫く進むと、奥から誰かの声が聞こえた。

「……ほらほら、これはお前の足だったか?それともこっち?」

「せ、センリ様、何を!?うあっ!」

「こっちの足だったか、二本落ちてたけど、両方とも右足だったから、どっちがお前のか分からなかった。まあいいや、大事に持っとけ!」

 岩の陰から覗いた。そう叫んだセンリという赤毛の男は、手に持っていた人間の足を、倒れている兵士に向かって乱暴に投げた。倒れている兵士はまだ意識があるようで、怯えた目で足をキャッチすると、胸に抱えて震えた。

 センリ、ということは、彼がクラースの兄なのかしら?何だかクラースとは性格が違い過ぎる。少し恐怖心を感じた。
 近くの岩から姿を現したクラースが、彼の背中に話しかけた。

「兄貴」

 センリは立ち去ろうとしたが、歩みを止めた。彼は少し振り返り、横目でクラースを見た。私はゾッとした。彼の目が、ぎょろりと見開いた様な、カメレオンの様な目だったからだ。確かにその黒い瞳は、クラースと同じものだった。

「ああ、お前か……。なあ見てくれよ、みんな使えない。新光騎士団になっても、こいつらは雑魚ばっかりなんだ。だから俺がぶち取っちゃった。」

「やはり、その性格は相変わらずだな。」

 クラースは戟を取り出した。その場に居る私や、ヴィノクールの民の魔術兵も、センリに向かって魔術の構えをする。ヴィノクールの一人の男性が、私を庇う様に、前に立ってくれた。正直ありがたい、私は戦ったことがない。センリはじっと、クラースを見つめている。

「そうか、お前。昔っから俺のこと嫌っていたもんな。そうだよな。ふふっ……実のことを言うと、俺もお前のこと、憎かったんだ。毎日毎日、お前の顔した人形にブスブス釘を刺したいほどに、憎かった。俺と違って可愛くてな、そんなお前のことを親達は気に入っちゃってさ、最後だって……最後だってよ。なあお前、覚えているか?」

 はあ、とクラースがため息をついた。彼の性格に、慣れているようだった。センリは唾を吐いて、話し続けた。

「何も答えないな、いつもそうだ、お前はいつも、雲の様に掴めない男だ。余裕があるって、そう言うことなのかな?俺が言いたいのは違う、親の話?そうだ、親の話だ!最後の時のことだ!」

 センリが突然叫んだので、少しビクッと驚いてしまった。

「親父もお袋も、その時シロープで流行った、なんて言ったけな、ビョーキで熱出して寝込んでさ、俺は心配して、騎士団の仕事あったけど、キャリアに関わるかもしれないけど、それを休んで看病したんだ!お前は何をしていた?ずっと研究所?そんなちっぽけなクソ仕事を優先して、全然来なかった!」

「センリ、落ち着け。俺はその時、シロープに居た。だが港に着いた時に、隣に住むアンナの妹も同じ症状だと聞いて、彼女を病院に運ぶのを頼まれたんだ。だからすぐには帰れなかった。アンナには他に、その時は俺しか、頼る人間が居なかったんだ。俺はそれを知っていた。大体お前、」

 一瞬、センリの眉がピクリと動いた。クラースは続けた。

「シロープ島に帰って来たのは、騎士団の任務としての結果だろう?あの時、島民だけじゃ増え続ける患者のフォローを仕切れないと、島は帝国に援助要請を出したじゃないか。それで港には帝国の船が何艘も押し寄せた。その一つに、たまたまお前が乗っていただけじゃないのか?それまでだって、大人になってから、新年の祝いの日でさえ、一度も帰って来たことなどなかった。何か、思い違いをしているらしいな。昔からそうだが。」

「お前うるせえよ……」

 絞り出したかの様な、センリの声が聞こえた。しかしクラースは気にせずに話を続けようとしている。少し危機感が胸によぎった。止めようとしたが、クラースには届かなかった。

「センリ、正直、あの感染症を、お前は見くびっていた様だな。お前が、あんなのは放っておけば治るって馬鹿にしていると、近所の連中が教えてくれたよ。民にそんな発言を聞かれることが、騎士としてどうなのか俺にはさっぱりわからんが「俺が言いたいのはそう言うことじゃない!」

 遺跡のフロアに、センリのしゃがれた声が響いた。

「俺が、俺が言いたいのはな!クラース!お前が一番おかしいんだ!父さんも母さんだって、おかしい!だって、だってよ!具合が急に悪くなって、苦しんでるのに、二人揃ってクラースに会いたい、クラースを呼んでくれって、俺はそこに居たって言うのによ……!」

 センリが戟を取り出した。それはクラースの持っている戟と酷似していた。その戟を見つめながら、センリは話した。

「お前が持っているその戟、本当は俺が最初に、おじいちゃんにもらうって言ってたのに……騎士団の俺じゃなくて、何だよ、研究所のちょうさぶ?そんなお前にあげちゃってさ……俺はこのレプリカを使うしかなくて、そんな、そんなお前が幸せになる権利なんか、そんなもんはこの世にはねえぇんだよ!クラアアアアス!」

 叫ぶセンリの、ひたいの血管がブチ切れて、血が微かに飛び散った。顔は真っ赤で、顔は神経で張り詰めている、人間離れした表情に、私は少し怖気付いた。クラースは落ち着いた様子で、戟を構えた。

「お前を、お前を、この場で殺してやる!うああああ!」

「よしこい!センリ!」

 センリが飛んだ。クラースの目の前に着地すると、クラースに戟を振るフリをして、私たちが立っている方に向かって、地属性の魔弾を何発も同時に放った。

「きゃあ!」

 私の目の前でヴィノクールの男が倒れた。彼は私を攻撃から庇ってくれていた。しゃがんで彼の様子を見ると、わき腹に怪我をしていて、痛みにうめいている。少し、治療が必要だ。私が顔を上げると、クラースが私を見ていた。心配したのかもしれない。それをセンリも見ていた。

「あ、ヘルメットで顔がよく見えなかったけど、そこに居るのは動画の女か。ふうん、ほお。クラース、本気でやり合おうぜ、面白いから。」

「勿論そのつもりだ、行くぞ!」

 センリが飛び掛かり、クラースの足元から戟を振り上げた。クラースは避けて戟を振り下ろしたが、そこにセンリの姿は無かった。私も見失っている。

「こっちだよ、間抜け」

 声がした瞬間、近くの岩の上から飛び降りたセンリが、クラースの背中を戟で切り、蹴り飛ばした。

「ぐあ!」

 クラースはかなり遠くまで飛ばされてしまった。彼は何とか手をついて必死に立ち上がるが、またセンリの姿を見失ってしまった。速い。

「え?それだけ?ちょっと、うん、て言うか、かなり物足りないんだけど。」

 キョロキョロと辺りを見回すクラースの背後に現れたセンリは、また戟で彼の背中を切った。血しぶきが飛んだ。クラースは何とか耐えて立ち続けて、センリのことを見た。その時にクラースの背中が見えた。二本傷から血が垂れている……。

 センリはため息交じりに言った。

「ねえクラース。ちょうさぶに入ってさ、鈍ったんじゃないの?いや、お前と一度もやりあったことないから、知らなかったけどさ。俺、いつかお前を殺そうと思ってて、それで俺の弟だから絶対に強いと思っててさ、騎士になっても誰にも負けない様に頑張って来たのに……このままだと、本当につまらないよ。」

 はは、はは、と気味の悪い笑いをセンリが漏らした。そして次の瞬間に急に叫んだ。

「でもさ、このまんまだと本当につまらないんだよ!どうしてくれるのかなあああああ!」

 センリは手のひらをクラースに向けて、地属性の魔弾を放った。クラースは避けて、センリに近づいて戟を横に振る。しかしセンリは飛んできた戟の刃を、片手で掴んで受け止めてしまった。

「何!?」

「あのさ。本当につまらないんだけど。魔術も使えない、戟もこんなもんでどうすんの?本当にがっかりだよ。」

 センリは片手で戟を振り下ろした、それをクラースは戟で受け止めた。ギリギリと二人の武器が音を立てている。最初は片手で応じていたセンリだったが、クラースの力が増して来たのか、次第にもう片方の手も戟を掴んだ。

 クラースが一気に戟を押して、仰け反ったセンリの上半身を戟の柄で、突き飛ばした。その勢いで、不意にもセンリの手から戟が離れ、地面に金属音を響かせながら落ちた。チャンスだったが、クラースは戟を下に下げて、立っているだけだった。

「どうだ、俺もやるだろ?兄貴……。」

「やる?やってないだろ。何故今、俺を刺さなかった?」

「なあ、投降してくれないか。他の騎士たちは続々と投降している。」

「投降……?」

 センリの口元から、ギリギリと歯軋りの音が聞こえ始めた。額から血が垂れている。彼の破裂した、頭の血管からだった。

「……な、生温いこと言ってんじゃねえよ、クラース。それではダメだ。俺は。」

「兄貴!協力したい、最後の頼みだ!」

 クラースがセンリを掴もうとすると、センリは素早く移動し、クラースの背後に回った。

「死ね!ぬるま湯カスが!お前と手を組むぐらいなら、俺は死を選ぶ!」

 センリがクラースの肩にナイフを刺してしまった。私はおもわず目を細めた。クラースの名を叫ぼうとしたが、叫ぶと私が狙われるかもしれないと思うと、怖くてそう出来なかった。情けない、自分だった。

「ぐっ……!」

 よろけたクラースに向かい、センリは間合いを詰めて、クラースのお腹を蹴り飛ばし、彼を壁にぶつけた。体を強く打って、震えながら倒れているクラースに近づくと、センリは彼の左腕を掴んで、戟を振り下ろした。

「きゃあああ!」

 私は見るに耐えられなくなり、叫んでしまった。しかし私の予想に反して、クラースの左腕は無事だった。だが、壁に刺さったセンリの戟のヤイバの隙間に、クラースの左腕が、がっちり挟まっていた。

「ぐ……!」

「あーあ、挟まっちゃって痛そう。よく声を我慢出来るね、すごいすごい。」

 もがいているが、クラースは壁から動けなくなってしまった。左腕を挟んでいる戟に向かって、彼は何度も自分の戟を振り下ろすが、それでもビクともしなかった。センリの戟は壁から取れない。どうにかクラースを助けるしかない。私以外にもそう思ったのか、連合の兵たちが動くと、センリは我々の方を振り向いた。

「ちょっと関係無い人は退いて。これは俺の楽しみなんだから。」

 センリの魔弾が、一気にこちらに飛んできた。私はしゃがんで、かろうじて避けたが、周りの兵たちは当たった様で皆倒れている。私は近くで倒れている兵に聞いた。

「あなた、大丈夫?」

「な、何とか、でもクラースさん!」

 私はハッとして、立ち上がって彼らの方を振り向くと、センリがクラースに向かってナイフを振りかぶっている瞬間だった。私は何も考えずに、咄嗟に魔術の構えを取り、センリに向かって風の刃を飛ばした。しかし察知されて避けられた。その瞬間に、センリが私の視界から消えた。

 すぐに私の首に衝撃が走った。呼吸が出来ない。地面に足も付かない。私は背後から、センリに首を絞められている。片手とは思えない力、私の体は浮いた。

「そんなちっちゃな攻撃しか出来ないで、俺に楯突くなよ。あ、でも楽しくなって来たな。お前はあいつのお気に入りだろ?じゃあ俺とも遊んでよ。」

「センリ!彼女を離せ!」

 クラースが叫びながら、何とか脱出しようと必死にもがいている。

「あ……が……」

 私は手をバタバタ動かして、センリを何度も叩くが、この男ビクともしない。センリのギョロリとした目が、楽しげに私を見つめている。悔しいけれど、もう意識が遠のいてきた。するとセンリは私を片手で持ち上げたまま歩いていき、クラースの目の前に立った。センリが私のメットを取って、地面に投げ捨てた。

「わあ!ほら見て、クラース。動画では見れなかったけど、この人美人だったんだ!」

「センリ……貴様、許さん!」

「お前こういう女好きそうだよな、いや、よく分かんないけど。あ!もしかしたら、俺もこういう女が好きなのかもしれない!あはは!すごい!俺は恋をしたぞ!これは俺のだ、クラースお前には勿体無いよ!だからこれは俺が殺してやろう、なあ見て。羨ましい?強い俺には、こんなことも出来るんだ。」

 センリはライダースーツの上から、私の胸を揉み始めた。なんて気持ちの悪い。

「ケイト!ケイト!うおおおおおおお!」

 クラースが何かをしたのだろうか、私はもう下が見えない。意識が遠のいている。

「甘い!」

 センリが蹴飛ばしたのはクラースの戟だった。そうか、クラースはセンリに向かって、戟を投げたようだ。残念な事に、クラースの戟は蹴り飛ばされてしまった。しかし、続けて同じ軌道で、地属性の魔術の刃が飛んできた。

「あ」

 まともに刃を受けたセンリの上半身から、血しぶきが舞った。私は解放されて、地面に落とされた。

「ゲホッ!がほっ!」

「ケイト!大丈夫か!」

 何度か咳き込んで、呼吸が安定し始めると、私は何とか立ち上がって、急いでクラースの元へ向かった。壁から戟を抜こうとするが、硬くて抜けない。

「クラース、痛いでしょう?抜けないわ……。」

「俺は大丈夫だ……。ケイトすまなかった、守れなかった。」

「何言っているの、あなたは守ってくれた。それに魔術も使えたのね。」

「ジェーンに聞いたんだ。俺が近接の戦いを教えるから、その代わりに……。」

 少ししてから駆けつけた連合の兵が、力を合わせてクラースを救出してくれた。私は倒れているセンリの具合を見た。彼はぐったりしているけど、意識はあるようだったので、軽く手当てをしてから、地下へ連れて行った。
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