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恐怖を乗り越えろ!激流編

84 彼女に教わるしかない

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 私の想像以上に、師匠の鍛錬は体に響くものだった。まだ始めてから数時間の稽古だが、戦いの流れというものが、ほんの少し、理解出来たように思われる。

 クラースの戟を槍に見立てて、手取り足取り教授されたが、既に筋肉が熱い。これだけ動いたので、明日は筋肉痛だろう。だが、身体の中にはほのかな達成感があった。

 寮に戻り、一階の大浴場でシャワーを簡単に浴びた私は、水分補給を目的に、そのまま食堂へ向かった。食堂の入り口から近くに設置されているサーバーで水をグラスに注ぎ、一気に飲み干した。久々にここまで運動した。この細々しい体に別れを告げるべき時が来たのだと、一人で苦笑した。

 クラースには基本的な体術、それから槍の扱いを教わったが、出来れば銃の扱いも、誰かに教わりたいところだ。一番妥当なのはキルディアだろうが……出来れば、彼女に努力している姿は見せたくない。とすると、スコピオか?いや、彼は凄腕という訳では無さそうだ。だとすると……。

 食堂には何人かのグレン研究所の職員が、ポツポツと間隔をあけて座っていた。そのど真ん中で、知っている人物がカタカタとPCを操作しているのを発見した私は、迷わず彼女に近付いた。彼女の正面の席に座り、話しかけた。

「リン、何をしていますか?」

「ちょっと待ってね!ああ~今ちょっと……よし!よしよし!いけいけいけ!」

 なるほど、もしや彼女が夢中になっているという、FPSというゲームに違いない。少しその内容に興味がある私は、起立してから移動して、リンの隣の席に座った。

 彼女のPCの画面を覗き見ると、一人称視点で、銃を常に構えた状態で行動しているゲームだった。自分は兵士のようで、戦場を駆け回っている。そして敵兵の姿を見つけると、物陰に隠れつつ、銃弾を放った。

「これは、銃撃戦のゲームでしょうか?」

「そうそうそう!私この中だと、べらぼうに強いからね~!ほらまた一人やっちゃった!どうだってんだ!」

 その時、画面が真っ赤に染まった。どうやら背後から撃たれたようだ。リンの思考が停止しているのか、彼女の動作が静止した。暫くしてから、リンはメニュー画面に切り替わったPCをそのまま置いて、私の方を見た。

「それでジェーン、どうしたの?なんかジェーンの方から私に用があるって珍しくない?あ、そうだ。キリーは大丈夫?起きてからずっとジェーン付き添ってたよね?キリーのこと好きなの?」

 全く……。

「質問は一度に一つでお願いしたいところです。一、あなたにお願いがあります。二、客観的に見れば珍しいでしょうね。三、キルディアは今、眠っています。容態は安定していますが、体力こそ戻っていないのでしょう。まだ安静にすべきです。四、そうですね、彼女が起きてからずっとそばにいます。我々は金蘭の友です。五、一番くだらない質問ですね。」

「ギョッ」

 ギョ?リンは大きな瞳をパチパチと動かし、何故か顎をしゃくった顔になった。

「ん~なるほどね~、ジェーンって一度にたくさんの質問をすると、そうやって答えるんだ。キリーもよく四六時中、一緒に……まあまあまあ、ジェーンって本当、ロボットっぽいよね。機械的。昔の人ってみんなそんな感じなの?」

「昔の人、を総括した意見は、私には言えませんが、私個人はこの性格です。して、お願いの件ですが。」

 リンが頷いた。

「あ、そうだそうだ。お願いって何?キューピッド?」

 何の件だ?見当もつかない私に、彼女は気味の悪いニヤケ顔を向けた。そして私に顔を近付けてきたので、私は上半身を仰け反らせると、彼女は小声で怒鳴った。

「ちょっと顔近づけてよ!これから内緒話するんだから!」

「内緒、話、ですか?」

 気が乗らないが彼女に従うことにした。彼女に耳を向けると、彼女は手を添えて、私の耳に囁いた。

「もう分かってるから大丈夫。あれでしょ?キリーともっと仲良くなりたいんでしょ?分かる分かる、彼女可愛いもんね。それに大丈夫だよ、奥さんこの世界に居ないから!ちょっとぐらい火遊びしたってバレないって!」

 私は黙って席を立とうとしたが、リンが私の腕を掴んで引き止めた。ケラケラと笑いながら彼女は言った。

「ジョーダンだって、ジョーダン!で、ジェーンのお願いって何なの?」

 本当にリンに頼むべきか、今一度反芻はんすうした……が、事実、彼女には実力がある。致し方ないか。

「これはクラースに聞いた話です。先日、火山で新光騎士団と混戦した際に、あなたは逃げてばかりだったと。」

「え!?今それを責めるの!?」

「いえ、逃げてばかりの割には、魔弾の命中率が、ずば抜けて良かったと聞きました。魔銃に残っているデータ上でも、あなたの命中率が極めて高いことを示されていました。それも兵士や武器、頭部に的確に。」

「フン」

 と、残念なことに、リンがまたニヤリと笑った。本当に私には、この選択肢しか残っていないのか、改めて考えた。……致し方ない。得意げにニタニタ笑う彼女が、私を見下した視線で見つめて言った。

「まあね~。でも火山だったし、私は水属性だから銃弾の威力が弱まっちゃったけど、それでもヘッドショットすれば相手を気絶させら・れ・た。まあ、才能って思わぬところに眠ってるよね。あれが水場だったら私の一人のパーティタイムだったけれど。」

「いえ、気絶だったとしても十分です……それで、その腕は、何処でどのように磨いたものですか?確かあなたは、スコピオ博士に銃を頂くまで、銃を手にしたことが無かったとか。」

 私は中指を使い、眼鏡の位置を修正した。リンは顎を強調した、得意げな表情をして、PCを指差した。

「ふふふ……その秘密はね、これこれ!これだよ!これ結構いいよ!本当に銃の精度が上がるもん!物理演算で、ちゃんと銃によって命中点がずれるし、気候や風の流れでも弾が流されたりとかしてさ。そうだ!これ一緒にやろうよ、ジェーン!私ずっと協力プレイ仲間が欲しかったんだ~ねえねえ、やってみて!お願いお願い!」

 リンは興奮した様子で席を立ち上がって、私をその席に座らせた。

「し、しかし、これが実際の射撃に役に立つのでしょうか?たかがゲーム「されどゲームというじゃないの!役に立つって、やってみろ!だから私の命中率が良かったんでしょ~?動体視力と三半規管を鍛えれば、銃なんてお手のもんよ!体力も必要だけどね……まあまあまあ、ほらほら構えて!」

 私はゲームをすることになった。これが実際の射撃への訓練になるのならば、いいのだが……。しかし、始めてはみたものの、ゲームの操作自体が慣れない。私にとってはゲームをすることは生まれて初めてだったからだ。

 背後でリンが、ああだこうだと教えてはくれるものの、まともに誰かを撃つことも出来ないまま、私はとうとう撃たれてしまった。

「ああ~……まあ最初は私もそうだったからね!もう一回やってみて!次はきっとうまくいくよ!」

「は、はい。」

 それからしばらくの間、私はリンとFPSというゲームとすることになった。その上、私は今度からリンとゲームをする仲間に選ばれてしまった。しかし訓練になるのならば、それでいい。

*********

 部屋での話し合いを終えて、ジェームスさん達が私の部屋から帰った後、私はウォッフォンである人物に連絡を取っていた。それが終わると今度は、またウォッフォンを使い、帝国の地図を出して、ヴィノクールの街の全体図を見ていた。

 ジェームスさん達がくれた、水中都市内部の詳細な見取り図も見るが、うーん、どうするべきか。安全に奪還することは、極めて困難だろうけど、何かいい方法は無いだろうか。

 するとその時、部屋のドアのロックが、カコンと音を立てて解除された。私は急いでウォッフォンの地図を消して、部屋の電気も消して、サイドテーブルに置き、布団を被って、寝たふりをした。よし、これでバレな

「それをするなら、私が部屋に入っていない時点で、するべきでしたね。」

 ジェーンが部屋の電気を点けた。私はベッドに横になったまま、こちらを見下ろす彼に、ニコッと微笑んだ。ジェーンはネクタイを緩めながら、言った。

「起きていましたか。」

「うん、ちょっと前に起きた。何処に行っていたの?」

 ジェーンが彼のベットに座った。

「シャワーを浴びてきました。」

「へえ、それにしては長かったよね。」

 ジェーンがにやりと笑った。

「なるほど、あなたこそ結構長い間、起きていたようですね。」

 私はギクッとした。ああ、そうよね、そうなるよね。なんて墓穴を掘る発言をしたんだ私は。観念して、今までしていたことを話すべきだろうか。でもきっと、ヴィノクールを奪還することを許してくれはしないだろうなぁ。私は片手で、よいしょと身体を起こした。ジェーンがじっと私を見つめている。何か話したいことでもあるのかな。

「本当は、なにしてきたの?」

「秘密です。そちらこそ、何か隠しているようですが、それは?」

「っ、そっちが秘密なら、こっちだって秘密ですよ~。」

 私は左手で布団を持ち上げて、頭から被って潜り込んだ。するとジェーンが布団を勢いよく、奪ってしまった。

「ああん!」

「なんて声を出しているのですか……ふふ。仕方ありませんか、私から話します。」

 ジェーンが私の掛け布団を抱きながら、私のベッドに座ってきた。私はベッドフレームにもたれかかるように座り、彼の話を聞こうと、姿勢を正した。

「……実は、クラースに戦闘術の指南を受けておりました。」

「ええ!?クラースさんに!?ジェーンが!?ええ!?」

 私の驚きっぷりが恥ずかしかったのか、ジェーンが頭をポリっと掻いた。

「え、ええ。このまま、あなたの足枷になっていることは、心許ないので。」

「そんなことは無いけど……でも、クラースさんに教えてもらうなら、それはいいね。その辺の護身術よりも応用が効くだろうし、何かトラブルに巻き込まれても、咄嗟に対処出来るだろうし。きっとジェーンが元の時代に帰った後も、役に立つと思う。」

 ジェーンは頷いた。

「ええ。きっとそうだと私も思います。それから、リンに射撃をしてもらいました。」

 ちょっとだけ、まだ帰らないとでも言って欲しかった私は、いけない人間だろうか。まあ、彼は帰りたいのだから、くだらない寂しさなど捨てなければ。感情を捨てることぐらい、兵士には簡単だと思わなければ、と思ってしまった。でもちょっと待って。

「え?なんでリンに射撃を教わるの?確かにデータ上は彼女、輝いてたけど……。」

「その通りです。リンはああ見えて射撃の精度が良いので、その秘訣を教えてもらいました。FPSです。」

 FPSってリンがよく休み時間中にプレイしているゲームか。過去に一度、私も彼女に誘われてやってみたが、すぐにリンに撃たれた記憶がある。それが果たして実際の射撃に活かされるのだろうか。まあ結果が出ているから、いいのかな。私は苦笑しながら答えた。

「そうだったんだ、ジェーン。強くなろうとしている。」

「ええ。まだそのどちらの訓練も、始めたばかりではありますが、こんな考は厚かましいかもしれませんが、ゆくゆくはあなたの、その……右腕に、なりたいと考えました。」

 そこまで考えてくれていたとは。私は自然に笑顔になってしまった。

「ありがとう、ジェーン。あなたがそばに居てくれるんだ、私は本当に心強い。」

 本心ではあったが、実際に口に出すと、少し顔が熱くなるのを感じた。正直に話すことが、こんなにも恥ずかしいことだったかと、何だか不思議だった。きっと私の顔は赤くなっているだろう、それは見られたくない。きっとからかわれるから。

 両頬を片手で交互に冷ましながら、彼の方を見て、私は驚いた。どちらかというと彼の方が、顔面を真っ赤に染めていたからだ。
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