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まるでエンジェル火山測定装置編

77 ドラゴンの抵抗

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 私は、間に合うことが出来た。絶対に守るという、ジェーンとの約束を果たすことが出来た。私が彼の背中を突き飛ばしたことで、ジェーンは噛まれずに済んだのだ。

 代わりに、ドラゴンの牙には私の体が刺さっている。旧採掘道の入り口で振り向いたジェーンは、目を見開かせていて、今までで見たことないくらいに驚いた顔をしていた。それは少し、面白かった。

 そして私はドラゴンに咥えられたまま宙を飛んだ。下の歯で背中を貫かれた私は、ドラゴンの口に仰向けの状態で挟まれている。ふわっと地面から体が浮いていく。

 この状況でなければ楽しめそうな、味わったことのない空の旅だった。だがすぐに、ドラゴンが私を噛み砕こうと、頭をブンブン降り出したので、私はドラゴンの口元を拳で何度も殴った。痛みはあるものの、アドレナリンが全放出されているのか、今は平気だ。

「あああああっ!くそ!」

 つい、汚い言葉さえ発してしまう。ギルドでの遠征の時、ギルド兵達はモンスターから攻撃を食らった時に、よく「くそ」だとか「しね」だとか汚い言葉を発していた。

 士官学校育ちで騎士の心得があった私は、どんな相手にも誠意をもって接するべし、と考えていたので、そんな言葉遣いをする人間はどうかと思っていた。だが、この状況になると彼らの気持ちが分かった。私を食べようとするのは分かるが、こんなにも無駄にブンブンと振ってくるのだ。くそと言いたくなる。

 視界がぐるぐる回り、広場の宙を舞っているのか、どうなっているのか分からない。せめて最期ぐらい、ゆっくりと空の旅を満喫させてくれてもいいではないか。私はただ、あなたの足の鱗を剥がし、歯茎に槍をぶっ刺した程度なのだ……。

 しかし逆に、私が蜂に足の皮膚を剥がされて、歯茎に爪楊枝を刺されたとしたら、どうだろうか……私もその蜂のことをブンブン振り回したくなるかもしれない。それこそ治療費だってかかるし。

「頼むから、もう振らないで~。」

 このまま私は死ぬのだろう。生命とは儚いものだ。弱肉強食とはこういうことなのだ。もう一度ドラゴンの口元を殴ったが、ビクともしなかった。だが、その時だった。ドラゴンの翼に何かがぶつかって、ドラゴンが大きくよろめいたのだ。

 何か、それはクラースさんの戟だった。
 翼に当たった戟は、くるくると回転しながら、こちらに向かって落ちてきた。確かあれはおじいさんの形見だったような……私は瞬間的に、その戟を掴んだ。

 ぐらりとドラゴンの体が傾いた。翼に戟を当てられ、バランスを崩したドラゴンが、天井から突き出ている氷柱のような岩に、頭をぶつけてしまい、気を失ったようだ。飛ぶ意思を無くした巨大な体が、一気に急降下した。

「ああああああ!」

 私も落ちていく。歯にぶっさりと刺さっている私の体は、ドラゴンから離れることが出来ない。ドラゴンをクッションにするしかない。落ちていく中で、ドラゴンの下敷きにならないように、私は体をよじらせた。ドラゴンはそのまま尻尾から亀裂のある場所へ落下して、その亀裂に下半身をすっぽりと埋めてしまった。よかった、何とか生き延びられた。

 クラースさんの戟を地面に投げて、重たいドラゴンの口をこじ開けようと両手に力を入れていると、体をよじ登ってきたクラースさんが、口を開けるのを手伝ってくれた。何とか脱出すると、よろけてしまい、ドラゴンの腹の上にボヨンと跳ね返ってから、熱い地面の上にベタンと落ちた。

 近くに転がっていたクラースさんの戟を杖にして、自分で立ち上がると、ジェーンが真っ先に駆け寄ってきてくれた。彼の後ろにはリンもいた。ジェーンが肩を貸してくれて、びっこを引きながら一歩進んだところで、私は苦い咳をした。血を少し吐いてしまった。身体から、ぼたぼたと血が垂れている。

「キルディア!ああ、これはまずい……早急に先程のヴィノクールの医師を!リン!」

「う、うん!呼んでくる!」

「だ、大丈夫……。」

 もっと酷い怪我をしたことがある。ような気もする。まだ歩ける。遠い昔、父に頑丈な身体だと褒められたことがある。だから私は頑丈なのだ。クラースさんが隣にやってきた。私は彼に手に持っていた戟を渡した。

「これ……ありがとう、クラースさん……。」

「いい、いい。何も言うな。早く医者に診てもらえ。急ぐぞ。」

「ごめーん。今コンタクト落とした!」

 リンが旧採掘道の穴のところで、しゃがみながら叫んでいる。今そんなことを言っている場合か。クラースさんが呆れたため息をつきながら、リンのところへ向かって走って行った。また一歩、歩いたところで、よろけて転んでしまい、膝をついてしまった。ジェーンが支えてくれなかったら、顔面を地面に強打していただろう。しっかりと肩を抱いて支えてくれている彼に、礼を言った。

「ありがとう。」

「キルディア……身をていして私を庇うなんて、もうそんなこと。」

「守って、って言ったのはジェーンでしょ……ふふ。」

「……。」

 頑張ってジェーンに微笑んだが、彼の横顔は曇ったままだった。こうして、誰かと協力して共に歩くことは、意外と心地の良いもののように感じた。彼のTシャツが私の血で汚れている。

 リンの言った通り、確かにジェーンが居なくなったら寂しいかもしれない。私はしっかりと体を支えてくれるジェーンをもう一度、横目で見ようとした。

 気配がして、一瞬の出来事だった。亀裂に挟まって気絶していたはずのドラゴンが、大きな口を開けて、我々の背後まで迫っていたのだ。しまった、このままでは我々が食われる!

「……!」

 瞬時に私は、全ての力を振り絞って、ジェーンのことを力強く突き飛ばした。ジェーンは思いっきり飛んで行った。私は避けようとしたが、彼を突き飛ばすために伸ばしていた右腕を、ドラゴンの鋭利な牙で取られてしまった。

 口の中に確かな感触を得たドラゴンは、もぐもぐと咀嚼をして、まるでスイカのタネを出すかのように、ぷっと何かを近くの地面に吐いた。そこからキーンと独特な金属音が聞こえた。吐かれたのは、私が右手首にはめていた、変次元装置のブレスレットに違いない。

 味をしめたドラゴンは、私を食べようと突進してきた。私は飛んで避けようとしたが、右腕を失った事で体のバランスが崩れ、思うように避けきれず、突っ込んできたドラゴンに、空中で足を噛まれてしまった。

 ズルズルとドラゴンに引き摺られていく。だが幸運にも、ドラゴンのヨダレつきブレスレットのそばを通ってくれたおかげで、それを何とか拾うことが出来た。ドラゴンは遊んでいるのか、熱い地面の上で私の体を焦がすように引きずりながら歩いていく。

 このまま私を誘拐する為に、穴が空いている天井の方へと向かっているようだが、途中には先程の亀裂の地面がある。このままではまずい。私は熱い地面に擦られるのを我慢しながら、左手で必死にブレスレットのスイッチを押そうと試みた。

「キリー!」

 ヒュンと空を切る音がして、クラースさんの戟が飛んできた。それはドラゴンの翼にあたり弾き返されたが、ドラゴンが身体をよろめかせて、亀裂に足を滑らせたのだ。

 ドラゴンは体勢を崩して転んでしまい、地面に身体をモロに打ち付けてしまった。その振動で、亀裂の周辺の地面にヒビがビシッと入り、床が崩壊して、大きな穴が出来てしまった。ドラゴンは私の足に噛み付いたまま亀裂の中に落ちてしまった。真下はマグマだ。

 落ちていく。急激に熱気が増していく。肌が焼けている感覚がする。深紅にうねる灼熱の波が、迫って来る。最後の瞬間を悟ったのか、意地でも私を食べようとしたドラゴンが一度、大きく口を開けた。その時に牙から足が解放された。

 苦渋の決断だった。このブレスレットは大切だ。でも、私自身の方が、今は大切だ。私は左手で必死にブレスレットのボタンを押した。瞬く間に、私の大剣が現れて、大きく口を開くドラゴンの喉仏を突き刺した。ドラゴンは動かなくなった。ボコボコと、その大きな体がマグマに向かって落ちていった。

 が、私は何故か落下が止まっていた。

「キリー!」

 私の防弾チョッキが何かで引っ張られている。遥か真上の亀裂から、ワイヤーが降りていた。それはくっつく君のワイヤーだった。チョッキにはくっつく君の粘着ボールが付いていて、それが私の体を引っ張り上げてくれていた。

「キリー!とても重い!どういうことだ!?」

 クラースさんが叫んでいる。この大剣が重いのは分かっている。私は大剣をブレスレットに戻す為にボタンを押そうとした。だが、ボタンは柄の部分から離れていたのだ。右手で押そうとしたが、その右手が無かった。

 左手でどうにか……いや、この大剣は、片手で持つには重すぎた。ボタンを押そうにも、持つことで精一杯だ。助かるには、大剣を手放すしかない。迷っているうちに、私のズボンのポケットから、さっきタールからもらった白い石が、ぽろっとマグマに向かって落ちていった。

「何をしている!キリー!どうしてこんなに重い!これでは俺とジェーンまでマグマの中だ!」

 クラースさんの声にハッとして、私は大剣を手放す覚悟をした。もうマグマの中にドラゴンの姿は消えている。それを追うかのように、大剣は、はらりはらりと木の葉のように落ちていった。私は上昇しながら、ただずっと、大剣が飲み込まれていくのを見つめていた。

 ワイヤーが私を広場の地面まで引き上げてくれた。あの熱さはもう勘弁だ。クラースさんとジェーンが頑張って引き上げてくれたようで、二人とも地面に座って、荒い息をたてていた。私が何とか立ち上がった途端に、リンが抱きついてきた。

「ごめんねキリー、私がクラースさんのこと変に呼んじゃったから、またドラゴンに襲われて、それで避けきれなくて……。」

「いいんだよ、誰のせいでもない。結果、私は助かったから、大丈夫。」

「よし、はあ……とにかく戻ろう!」

 そう言ったクラースさんが、へばりながらも何とか立ち上がって、私の体を支えるために近付いてきてくれたが、急に起き上がったジェーンが割り込んできて、代わりに私の体を支えてくれた。

 その横顔はいつものジェーンらしくなく、何かを深刻に考えているような、動揺しているような表情だった。クラースさんが言った。

「と、とにかく、旧採掘道をキリー達も進め。俺は先に行って医者を連れて来るから、何処かで落ち合おう!……なんだ、しかし何であんなに重さが。」

「私の大剣だと思う。ごめん……手放すのが」

 目の前がぐらりと暗くなったが、すぐに回復した。よろけた時に、ジェーンがしっかりと支えてくれていた。助かる。

「何だそうだったのか。戻ったらジェーンに武器を買ってもらえ!な。じゃあ俺は行ってくる!」

 足早にクラースさんが穴の中に入って行った。私は半ば、独り言のように呟いた。

「あれは……大丈夫、私……大丈夫。」

「キルディア!?……キル……」

 ジェーンの声が遠くなる。私は何も無い世界に落ちて行った。
 
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