上 下
27 / 253
一つ目のパーツが入手困難編

27 誰かのいいところ

しおりを挟む
  どれ程の時間が経っただろうか。藁にもすがる気持ちで、ジェーンにハグをしてしまったことが、今となっては恥ずかしすぎて、逆に、この状況を打破したくなくなってしまった。

 まだ私は、座りながらジェーンに抱きついていて、彼は無言で、じっと私を抱きしめ続けてくれている。何を言えば良いのか分からない。どう切り出せば良いのか分からない。それにジェーンは怖いくらいに静かにしている。彼もまた、何を私に言えば良いのか分からないのかもしれない。私は取り敢えず、この状況が長引いていることに関して、謝罪をしようと思った。

 「ごめんなさい。」

 「何がです?」

  それくらい察して欲しかった。仕事では設計図を一目通しただけで、私のやろうとしていることや、考えていることを察して、改良案だったり、先を見通したリスクだったり、色々言ってくるのに。どうして頭が良いはずなのに、それぐらい分からないんだ。

 「はあ……なんていうか、その、こうなってしまったから。」

 「構いません。」

  そう呟いた彼は、また私のことを、ぎゅうと抱きしめてくれた。何だか、妙な気持ちになる。知りすぎている人に、こうやって改めて抱きしめられるのは、こそばゆくて、頭の中が少々混乱する。

  こうまでしてくれる彼に、本当のことを言うべきだろうか。そうすれば私は、姉さんを裏切ることになるだろうか。ジェーンは、元は帝国研究所の人間、しかも所長だったし、もしかしたら、ネビリスと通じている可能性もある。そんな彼に、もし真実を言ったら、どうなるだろうか。姉さんがそれを知った時、どうなるか考えた時に、彼女が私を非難するのが、容易く想像出来た。私は姉さんに嫌われたくない。

 やはり何も言えない。研究室は静かなままで、たまに廊下から、足音が聞こえた。

「アリス、どうしたの?」

 するとジェーンが一回、私から離れてしまった。しかし今度は、私の両肩を優しく掴んで、私の目を、まっすぐ見つめながら聞いた。

「どうしたの?」

 ヴァイオレットの、ビー玉のような透き通った瞳と、目が合っている。他に反らそうともせず、私を真っ直ぐに見つめて、そう聞いてくれた。こんなにも真っ直ぐに、私のことを受け止めてくれようとしている。その力強い眼差しを、私は頼りたくなった。

 ジェーンの優しさを信じてみよう、そう思った瞬間に、胸の中で安堵と希望が、ブワッと爆発して、ここは安全なんだと、脳が理解した時に、涙がボロボロとこぼれてしまった。

「うぁ、に、逃げなければ、ならないから。うああっ」

 私はまたジェーンに抱きついた。姉さんとも、ジェーンとも、キリーとも、この研究所とも、離れたくない。ここが私の居場所なんだ、ここが私の、安心出来る場所なんだ。力を尽くして、頑張りたいと思う場所なんだ。

「アリス」と、彼が私の背中を撫でてくれた。「それは何故ですか?」

「ね、ネビリスがアルビノ嫌いだから。私たちはその内、迫害される。」

「……。」ジェーンが鼻で、ため息をついたのが聞こえた。「そうでしたか……全く、あの手の人間は、くだらない価値観に縛られて、固執しがちです。権力者というのは、どうしていつの世も、そうなのか。確かに、これから彼の政治が本格的に始まる上で、彼個人の感情が、政治に反映されることは、考えられる話です。この帝国はどうも、皇帝の力が強すぎる。それが前のルミネラ皇帝のように、人徳のある人間が玉座についているならば、我々国民は安寧の中で、個人の生業なりわい邁進まいしん出来ますが、今の誰かさんのように、差別的思考を持ち、欲深い人間がその権力を手に入れれば、民にとってこの世は、ただの地獄になります。しかしアリス、何も、逃げる必要はありません。」

「え?どうして?だって……他に方法は無いもん。」

「ちなみにその案は、あなたの考えですか?それとも、あなたのお姉様の計画ですか?」

「ね、姉さんの考えだけど。」

「今日、これから少し時間を頂きたい。キルディアを交えて、四人で話をしたい。」

 ジェーンはいつもの冷静な表情のまま、そう言った。何をするのか全く分からないけど、私は彼の提案に、ゆっくりと頷いた。実は彼は、いい人だった。

 私達は共に、研究室を出た。ジェーンはロビーへと歩き始めたので、私も付いていく。途中、廊下の壁に、コルクボードがかけられていて、そこに真新しい紙が貼ってあったのが見えた。赤いマーカーで、『この廊下で、ハードコンタクト見つけた人、タージュまでよろしくね☆』と、書いてあった。そんなの見つかる訳ないのに、と普段なら鼻で笑うのが妥当なことでも、今の私にはとても微笑ましく思えた。

 次の瞬間、靴の下で何かがパリッと音を立てた。ジェーンがロビーに出て言った時に、素早く靴の裏を見ると、レンズが粉々になって、靴の裏にくっついていた。どうしよう、見つかったは見つかったが、その状態が悲惨だ。報告したって、逆に怒られそう。これが原因で、タージュ博士に「これだからアルビノは」と言われてしまうだろうか。ああ、気持ちに余裕のない私は、一気に怖くなって、ぶるっと震えた。

「……彼女のオフィスに行きましたが、いませんでした。全く、こんな時に、どこに行ってしまったのでしょう。ん?アリス、どうしましたか?」

「あ、えっと……。」私は張り紙を指差した。「レンズ踏んじゃって。どうしよう……!」

 張り紙の前に、ジェーンが向かって行った。じっとタージュ博士の文字を読んだ後に、彼はあろうことか、その張り紙をコルクボードから剥がし、紙を丸めて、それをまた画鋲で、コルクボードに刺した。予想外の行動に、私は目を丸くして、驚いてしまった。

「案ずることはありません。こんな不毛な依頼をしている暇があるのなら、それこそ研究に時間を費やして頂きたいものです。ただでさえこの研究所は、人手不足なのですから。それにコンタクトを無くして前が見えないのなら、大人しく、あのくだらない丸眼鏡でも、付けていれば良いのです。さあ、キルディアを探しましょう。」

 ジェーンがそこまで誰かについて、ボロクソに言うとは思わなかった。でも、私を庇ってくれたのは嬉しかった。彼の存在が、私の中で大きな支えになっているのを感じた。
 そしてジェーンが、カウンターの方へと向かった所で、気づいたリンさんが、声を掛けてきた。

「あ!そうそう、そうだった!ジェーン、ボスが早上がりしたよ。」

「そうでしたか……今はどちらに?帰宅したのでしょうか?」

「サンセット通りで、モンスター退治しているんだって。」

 でた。私は肩をがっくし落としながら言った。

「またぁ?キリーも人が良すぎるよ、いつも無料で引き受けちゃって。ギルドに正式に依頼すれば、海上モンスターだから、一頭につき十万カペラぐらいの報奨金になるのに。それぐらい近所の人に貰っても良いのに~。」

「そうでしたか。」と、ジェーンがカウンターに寄りかかりながら、リンさんに聞いた。「それで、彼女は今、サンセット通りに居るのですね?」

「そうそう。さっき伝えといてって言われたから、今、伝えま・し・た。」

 こんな時に、キリーは早上がりしちゃったんだ。じゃあこの件は、また明日と言うことになりそうだ。出来れば……今日、話したかったけど。このままの心持ちで帰宅して、姉さんに今日のことを話したら、きっと姉さんのことだ、今日の夜にでも、未知の旅へ出発するかも。私はジェーンに聞いた。

「ぶちょ……ジェーン、どうする?」

「方法は一つしかありません。リン、これから私とアリス、それにケイト先生は、早上がりします。今日は皆、特別重要な仕事は残っていないはずです。構いませんか?」

 リンさんは、ぽかんとしながらも、カウンターのPCで、我々の勤務状態を変更しているのか、操作をした。それもそうだ、私ばかりでなく、姉さんまでどうして?リンさんが応えた。

「わ、分かった。まあ確かに、今の所、急ぎの依頼は無いから、大丈夫だけど。はいはい。」

 リンさんをそのままにして、今度はジェーンが研究開発部の通路へと戻って行き、私は彼に着いて歩いた。先が見えない事態に、私は彼の背中に質問をした。

「ちょっと、どこに行くの?」

「あなたのお姉さんを迎えに行きます。これから美味しい夕飯を食べに行きましょう。」

「え?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」

まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。 私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。  私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。 私は妹にはめられたのだ。 牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。 「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」 そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ ※他のサイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【完結】「お迎えに上がりました、お嬢様」

まほりろ
恋愛
私の名前はアリッサ・エーベルト、由緒ある侯爵家の長女で、第一王子の婚約者だ。 ……と言えば聞こえがいいが、家では継母と腹違いの妹にいじめられ、父にはいないものとして扱われ、婚約者には腹違いの妹と浮気された。 挙げ句の果てに妹を虐めていた濡れ衣を着せられ、婚約を破棄され、身分を剥奪され、塔に幽閉され、現在軟禁(なんきん)生活の真っ最中。 私はきっと明日処刑される……。 死を覚悟した私の脳裏に浮かんだのは、幼い頃私に仕えていた執事見習いの男の子の顔だった。 ※「幼馴染が王子様になって迎えに来てくれた」を推敲していたら、全く別の話になってしまいました。 勿体ないので、キャラクターの名前を変えて別作品として投稿します。 本作だけでもお楽しみいただけます。 ※他サイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...