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初めましてシードロヴァ博士編
10 初めて見かけた時
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私の家はサンセット通りの一番奥の方にある。この通りには、軒並み豪邸が建てられていて、ユークアイランドのお金持ち、いや帝国中のお金持ちが、こぞって此処らに住んでいる。この通りに住むことが一種のステータスらしいと近所の人に聞いたことがある。しかし私の家は、その豪邸のエリアからちょっと離れていて、別に豪邸でも何でもない、セパレートタイプの一軒家だった。幼い頃に母から聞いたのは、この家は元々、あるお金持ちの人のアトリエだったらしくて、確かにリビングの壁一面が窓になっていて、そこから砂浜や海が見えるようになっている。
家の前の道路を渡ると、もうそこにはサンセット海岸がある。だから前の持ち主は此処に、このアトリエを立てたのだろう。それにしてもアトリエとは思えないほどにキッチンだったり洗面所や風呂場がある。傭兵をしていた母が、この家を依頼者から破格の値段で譲り受ける事が出来たのは、ただの幸運だった。
「此処です。」
「ほお、普通の一軒家と仰いましたが、予想よりも大きな家ですね。中々いい物件ではありませんか。本当に私が住んでも宜しいのでしょうか?」
「嫌って言っていいんですか?」
「あ、すみません、無理言ってしまって。なるほどなるほど、入り口は此処ですね。」
この家の玄関は、一階と二階それぞれに付いていて、玄関の前には、鉄製の手すりと足場だけの簡易的な螺旋階段がある。これを登っていけば私の部屋がある。一階のジェーンの部屋の前に着いたので、私は彼の右腕を掴んで、彼のウォッフォンを操作して、認証パスワードを入力した。彼は「なるほど」と呟いてから、それを玄関の扉の横にある認証パネルにかざした。すると、ピーという音がしてからガチャっと鳴り、ロックが解除されたのが分かった。
彼が玄関を開けると、すぐにリビングがあった。と言っても、まだ家具は何もない真っ新な状態だ。このリビングにはキッチンが付いていて、奥に進むともう一部屋あり、私はその部屋を寝室にしている。そしてさらに奥に進むと風呂場とお手洗い、それに洗濯室がある。
「やー、帝国研究所の寮よりも、いい間取りです。これはこれは……窓から海も見えますか。心が安らぐかもしれません。」
ジェーンは家具の無いガランとした部屋に入り、持っていた大きな黒いボストンバッグを床に静かに置いて、リビングの窓からの景色を眺めている。かと思えば、すぐにキッチンの方へと向かい、蛇口やコンロなど設備を確認し始めた。私は玄関から顔を覗かせたまま、彼に声を掛けた。
「家具は、また明日とか休日に揃えればいいじゃない。その冷蔵庫はまだ使えると思うから、自由に使ってください。あとは……もう適当に、全部使っていいから。何かパイプが詰まったり、備品が壊れたら、さっきの不動産屋さんで組んだ保証会社に問い合わせるから言ってね。それぐらいかな。じゃあね。」
もう伝え残したことのない私は、ジェーンの玄関の扉をゆっくりと閉めようとしたが、それは出来なかった。何でだ?と、ドアの下を見れば、彼の黒い革靴が挟まっていたのだ。ハッと気がつけば彼がそこまで来ていたことも、足を挟んで閉めることを阻止してきたのも、少し恐怖だった。
「な、なに?」
「お待ちください。」
ジェーンはドアを開けて、じっと私を見下ろした。研究所にいるときは、大体ソファに座って作業をしているので気にならなかったが、こうしてみると、彼と私は結構、身長差があるらしい。昨日と同じ白いシャツに黒のチノパン、それから研究所の白衣を羽織っているジェーンのことを、私は無言で見上げた。……今思った。白衣は脱いで来ようよ。
「キルディア。この、何もない部屋に、私を一人置いて行く気ですか?」
「野宿じゃないだけいいじゃない。確かに何もないけど……じゃあ予備のマットがあるから、それを後で貸してあげる。それからブランケットもね。」
「今夜は何を食べる予定です?」
何を言いたいのか理解した。彼はきっとご飯を頂戴したいらしい。こういう時に、アリスやラブ博士だったら自分で用意しな、ときっぱり断ることが出来るのだろうが、私は中々ノーと言えない性格だった。確かに、と言葉をつけて相手の立場も考えてしまうのだ。この場合は、確かにジェーンの部屋には調理器具も食材も何もないから、私が彼に料理を与えるべきだ、と考えてしまった。
しかし今日はもう疲れてしまった。出来れば彼には、どこか近くのテイクアウト料理屋さんでバーガーだのパインソテーだの買って頂いて、この部屋で過ごして頂きたい。でもきっぱりとは断れない。だから……遠回しに断ることにした。
「き、今日は生憎、粗食なんです。白米に、ヤモリの唐揚げ。あとは適当に、缶詰でも開けようかな、なんて思ってて。だから微妙でしょ?」
「ああ、そうですか!実は私、ヤモリの唐揚げが大好物なのです!是非とも頂きたい。よろしいですか?」
ジェーンは真顔でありながらも瞳を輝かせて、私をじっと見つめてきた。あんなに苦いヤモリの唐揚げ、私だって魔力の回復目的でなければ食べようとは思わないのに、彼はそれを大好物だと言うのか……あんなもの、好きな人がいないだろうと思って、わざと言ったのに、もう仕方がなかった。冷凍庫に『チンするだけ!ヤモリ唐揚げ』というものが入っていたことを思い出して、彼に言った。
「いいですよ……もう、うちに来てどうぞ。」
彼は満足した表情で、玄関の外へと出てきた。私は何も言わずに階段を上がり、自室のドアのロックを解除して中へと入った。
ああ~……窓の外を見ると、星空がキラキラと輝いていた。この大きな窓、最初は外を歩いている人に部屋の中を見られるのでは、と恥ずかしく感じていたが、家の前の通りは滅多に誰も通らなかった。通りをずっと、更にこの奥へと進んでいくと、巨大な建築現場があり、近所の人の話ではそこに、スパリゾートが出来るらしい。そうなれば目の前の通りも賑やかになるだろうな、と残念に思ったがそれは杞憂で、スパには街の大通りからも、アクセス可能だった。
この通りは街灯が少なくて薄暗いし、街の大通りの方は賑やかで、帝都へのアクロスブルーラインへと続いているから、交通の便だっていい。きっとみんなそっちを使うよね、そうでなければ、この仕事から帰宅して、お風呂に入った後の優雅なひと時をゆっくりと過ごすことは出来ない。火照る体をバルコニーで海風に晒しながら、キンキンに冷えたお茶を飲む、波の音が心地よい、静かで癒しのひと時。
ついさっき私が使ったお風呂では今、私の秘書が湯煙を堪能している。どう言うことか、よく分からなくなって来たが、まあ今日だけならいいか……はあ。
「ご飯作ろう……。」
今日は全く作る予定が無かった、お夕飯の支度をすることに決めた私は、キッチンへと向かった。コンロに乗っかっている鍋を見た途端に、昨日煮物を作ったことを思い出した。最近は忙しくて、よく昨日何を作ったのか忘れてしまう。そうだった、とコンロの火をつけて、煮物を温めて、ジェーンの為にヤモリの唐揚げの冷凍食品をチンすることにした。ピピピと唐揚げが出来たところで、お風呂から出て来たジェーンが、クリーム色の髪の毛を私のバスタオルでゴシゴシと拭きながら、私に話しかけてきた。
「ああ、いい湯でした。タオルまで借りてしまって、どうもありがとうございます。それと、この部屋着も……丁度いいサイズです。」
「いいえー。」
彼が畳んで差し出してくれた使用済のタオルを受け取った私は、洗濯室に走っていき、洗濯カゴへとシュートした。自分以外が使用した生温かいタオルの感触が、まだ手に残っている……まあ、まだジェーンだからいいやと思い過ごすことにした。
キッチンに戻り料理をテーブルに運んでいると、窓の外を眺めていた彼が、振り返ってそれに気付き、料理を運ぶのを手伝ってくれた。
「ああ、ありがとう。あとは座ってていいよ。お客さんだから。」
「いえ手伝います。これはこれは、美味しそうな煮物と唐揚げです。過去の世界では、使用人が料理を作ってくれていましたが、思えば、こちらに来てから、誰かの手料理を食べることはありませんでした。久々の料理と言える料理で、楽しみです。」
「え?そうなの?レストランとか、行かなかったの?」
「ええ。この世界に来てからは、一人で食事を済ませていました。時々、同僚や上司に食事に誘われましたが、全て断りました。それ程に、何かの話のきっかけで、私が過去の人間だと思われる事に、警戒をしていたもので。」
「そ、そうか……それは気を遣って大変だったね。」
料理を並べ終わった私が、じっとジェーンを見つめていると、彼が少し笑って、私の近くの椅子を手のひらで指した。はっとして、その椅子に座り、取り敢えず二人で食べ始める事にした。久々の誰かとの食事、それも今夜は私の自宅で。小さい頃に親を失い、兄弟も姉妹もいない私にとって、誰かが自分の部屋に来ることは稀だった。アリスやケイト先生は仲が良かったから、よくここに来て食べたりしたけれど……男性は初めてだ。そう思った途端に、喉がごくっとなってしまったが、ジェーンは気付いていない様子で、しかも夢中になって煮物を頬張っていた。
「ふふ、美味しい?」
「ええ……とても美味しいです!驚きました。これはあなたが作ったものですか?」
「そうだけど、いいよそんなに言わないでよ。」
「いえ、お世辞ではありません。うん、美味しいです。」
そうまで喜んでくれるなら、煮物を作っておいて良かった。煮物はスーパーでカットされた根野菜とコンニャクを、市販のタレで味付けただけで、ヤモリはチンだけど。私も箸で煮物を少しずつ割って口に入れて、いつもと変わらない味に変な安心感を覚えつつ、彼が夢中になって食べているのを見た。
「……そうまで見ないでください。手料理に飢えていたものですから、久々に誰かが作ってくれた料理が美味しくてたまりません。ところで、先程の話の続きですが、私は元々、外食が好きではありません。」
「元の世界でも?」
「ええ。先ほども話した通り、私の自宅には使用人がおりました。彼の作る料理が、どのレストランよりも美味しかったものですから、外食する必要があまりなかった。それに職場の人間とも外食はしませんでした。話なら勤務中に全て完了していたので。たまに友人と外食をすることはありましたが、それも稀です。」
「へえ、ジェーンにもお友達がいるんだ。」
私には一人もいないけど、いやケイト先生やアリス、リンをそう言っていいのなら彼女たちが友人だ。しかし私がこの職場から居なくなったら、今のような関係が続くか分からない。残念なことに、彼女たち以外に友人と呼べる人はいなかった。だから少し、ジェーンが羨ましく感じた。
「ええ、一人ですが、いますよ。同じ小学院に通っていた男です。……そうだ。あなたの経歴を聞かせてください。ソーライ研究所のホームページを拝見し、あなたが士官学校を卒業して、ギルドを経て調査部に入ったのは理解しています。その経歴の詳細を教えてくれませんか?」
「な、別に、大した経歴じゃないけど……。」
私は困った顔でジェーンを見た。彼はヤモリの唐揚げを頬に詰め込んだ後に、言った。
「私も正直に自分のことをあなたに話しました。今度はあなたの過去のことを聞きたいのです。どうして士官学校に進んだのか、或いは、どうして騎士団ではなくギルドに就職したのか、それにまた違う質問もあります。」
立て続けに質問をされて、結構困った私は、わざと大きめのため息をついた。でも、話したくないわけではないから、いっか。
家の前の道路を渡ると、もうそこにはサンセット海岸がある。だから前の持ち主は此処に、このアトリエを立てたのだろう。それにしてもアトリエとは思えないほどにキッチンだったり洗面所や風呂場がある。傭兵をしていた母が、この家を依頼者から破格の値段で譲り受ける事が出来たのは、ただの幸運だった。
「此処です。」
「ほお、普通の一軒家と仰いましたが、予想よりも大きな家ですね。中々いい物件ではありませんか。本当に私が住んでも宜しいのでしょうか?」
「嫌って言っていいんですか?」
「あ、すみません、無理言ってしまって。なるほどなるほど、入り口は此処ですね。」
この家の玄関は、一階と二階それぞれに付いていて、玄関の前には、鉄製の手すりと足場だけの簡易的な螺旋階段がある。これを登っていけば私の部屋がある。一階のジェーンの部屋の前に着いたので、私は彼の右腕を掴んで、彼のウォッフォンを操作して、認証パスワードを入力した。彼は「なるほど」と呟いてから、それを玄関の扉の横にある認証パネルにかざした。すると、ピーという音がしてからガチャっと鳴り、ロックが解除されたのが分かった。
彼が玄関を開けると、すぐにリビングがあった。と言っても、まだ家具は何もない真っ新な状態だ。このリビングにはキッチンが付いていて、奥に進むともう一部屋あり、私はその部屋を寝室にしている。そしてさらに奥に進むと風呂場とお手洗い、それに洗濯室がある。
「やー、帝国研究所の寮よりも、いい間取りです。これはこれは……窓から海も見えますか。心が安らぐかもしれません。」
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「な、なに?」
「お待ちください。」
ジェーンはドアを開けて、じっと私を見下ろした。研究所にいるときは、大体ソファに座って作業をしているので気にならなかったが、こうしてみると、彼と私は結構、身長差があるらしい。昨日と同じ白いシャツに黒のチノパン、それから研究所の白衣を羽織っているジェーンのことを、私は無言で見上げた。……今思った。白衣は脱いで来ようよ。
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「野宿じゃないだけいいじゃない。確かに何もないけど……じゃあ予備のマットがあるから、それを後で貸してあげる。それからブランケットもね。」
「今夜は何を食べる予定です?」
何を言いたいのか理解した。彼はきっとご飯を頂戴したいらしい。こういう時に、アリスやラブ博士だったら自分で用意しな、ときっぱり断ることが出来るのだろうが、私は中々ノーと言えない性格だった。確かに、と言葉をつけて相手の立場も考えてしまうのだ。この場合は、確かにジェーンの部屋には調理器具も食材も何もないから、私が彼に料理を与えるべきだ、と考えてしまった。
しかし今日はもう疲れてしまった。出来れば彼には、どこか近くのテイクアウト料理屋さんでバーガーだのパインソテーだの買って頂いて、この部屋で過ごして頂きたい。でもきっぱりとは断れない。だから……遠回しに断ることにした。
「き、今日は生憎、粗食なんです。白米に、ヤモリの唐揚げ。あとは適当に、缶詰でも開けようかな、なんて思ってて。だから微妙でしょ?」
「ああ、そうですか!実は私、ヤモリの唐揚げが大好物なのです!是非とも頂きたい。よろしいですか?」
ジェーンは真顔でありながらも瞳を輝かせて、私をじっと見つめてきた。あんなに苦いヤモリの唐揚げ、私だって魔力の回復目的でなければ食べようとは思わないのに、彼はそれを大好物だと言うのか……あんなもの、好きな人がいないだろうと思って、わざと言ったのに、もう仕方がなかった。冷凍庫に『チンするだけ!ヤモリ唐揚げ』というものが入っていたことを思い出して、彼に言った。
「いいですよ……もう、うちに来てどうぞ。」
彼は満足した表情で、玄関の外へと出てきた。私は何も言わずに階段を上がり、自室のドアのロックを解除して中へと入った。
ああ~……窓の外を見ると、星空がキラキラと輝いていた。この大きな窓、最初は外を歩いている人に部屋の中を見られるのでは、と恥ずかしく感じていたが、家の前の通りは滅多に誰も通らなかった。通りをずっと、更にこの奥へと進んでいくと、巨大な建築現場があり、近所の人の話ではそこに、スパリゾートが出来るらしい。そうなれば目の前の通りも賑やかになるだろうな、と残念に思ったがそれは杞憂で、スパには街の大通りからも、アクセス可能だった。
この通りは街灯が少なくて薄暗いし、街の大通りの方は賑やかで、帝都へのアクロスブルーラインへと続いているから、交通の便だっていい。きっとみんなそっちを使うよね、そうでなければ、この仕事から帰宅して、お風呂に入った後の優雅なひと時をゆっくりと過ごすことは出来ない。火照る体をバルコニーで海風に晒しながら、キンキンに冷えたお茶を飲む、波の音が心地よい、静かで癒しのひと時。
ついさっき私が使ったお風呂では今、私の秘書が湯煙を堪能している。どう言うことか、よく分からなくなって来たが、まあ今日だけならいいか……はあ。
「ご飯作ろう……。」
今日は全く作る予定が無かった、お夕飯の支度をすることに決めた私は、キッチンへと向かった。コンロに乗っかっている鍋を見た途端に、昨日煮物を作ったことを思い出した。最近は忙しくて、よく昨日何を作ったのか忘れてしまう。そうだった、とコンロの火をつけて、煮物を温めて、ジェーンの為にヤモリの唐揚げの冷凍食品をチンすることにした。ピピピと唐揚げが出来たところで、お風呂から出て来たジェーンが、クリーム色の髪の毛を私のバスタオルでゴシゴシと拭きながら、私に話しかけてきた。
「ああ、いい湯でした。タオルまで借りてしまって、どうもありがとうございます。それと、この部屋着も……丁度いいサイズです。」
「いいえー。」
彼が畳んで差し出してくれた使用済のタオルを受け取った私は、洗濯室に走っていき、洗濯カゴへとシュートした。自分以外が使用した生温かいタオルの感触が、まだ手に残っている……まあ、まだジェーンだからいいやと思い過ごすことにした。
キッチンに戻り料理をテーブルに運んでいると、窓の外を眺めていた彼が、振り返ってそれに気付き、料理を運ぶのを手伝ってくれた。
「ああ、ありがとう。あとは座ってていいよ。お客さんだから。」
「いえ手伝います。これはこれは、美味しそうな煮物と唐揚げです。過去の世界では、使用人が料理を作ってくれていましたが、思えば、こちらに来てから、誰かの手料理を食べることはありませんでした。久々の料理と言える料理で、楽しみです。」
「え?そうなの?レストランとか、行かなかったの?」
「ええ。この世界に来てからは、一人で食事を済ませていました。時々、同僚や上司に食事に誘われましたが、全て断りました。それ程に、何かの話のきっかけで、私が過去の人間だと思われる事に、警戒をしていたもので。」
「そ、そうか……それは気を遣って大変だったね。」
料理を並べ終わった私が、じっとジェーンを見つめていると、彼が少し笑って、私の近くの椅子を手のひらで指した。はっとして、その椅子に座り、取り敢えず二人で食べ始める事にした。久々の誰かとの食事、それも今夜は私の自宅で。小さい頃に親を失い、兄弟も姉妹もいない私にとって、誰かが自分の部屋に来ることは稀だった。アリスやケイト先生は仲が良かったから、よくここに来て食べたりしたけれど……男性は初めてだ。そう思った途端に、喉がごくっとなってしまったが、ジェーンは気付いていない様子で、しかも夢中になって煮物を頬張っていた。
「ふふ、美味しい?」
「ええ……とても美味しいです!驚きました。これはあなたが作ったものですか?」
「そうだけど、いいよそんなに言わないでよ。」
「いえ、お世辞ではありません。うん、美味しいです。」
そうまで喜んでくれるなら、煮物を作っておいて良かった。煮物はスーパーでカットされた根野菜とコンニャクを、市販のタレで味付けただけで、ヤモリはチンだけど。私も箸で煮物を少しずつ割って口に入れて、いつもと変わらない味に変な安心感を覚えつつ、彼が夢中になって食べているのを見た。
「……そうまで見ないでください。手料理に飢えていたものですから、久々に誰かが作ってくれた料理が美味しくてたまりません。ところで、先程の話の続きですが、私は元々、外食が好きではありません。」
「元の世界でも?」
「ええ。先ほども話した通り、私の自宅には使用人がおりました。彼の作る料理が、どのレストランよりも美味しかったものですから、外食する必要があまりなかった。それに職場の人間とも外食はしませんでした。話なら勤務中に全て完了していたので。たまに友人と外食をすることはありましたが、それも稀です。」
「へえ、ジェーンにもお友達がいるんだ。」
私には一人もいないけど、いやケイト先生やアリス、リンをそう言っていいのなら彼女たちが友人だ。しかし私がこの職場から居なくなったら、今のような関係が続くか分からない。残念なことに、彼女たち以外に友人と呼べる人はいなかった。だから少し、ジェーンが羨ましく感じた。
「ええ、一人ですが、いますよ。同じ小学院に通っていた男です。……そうだ。あなたの経歴を聞かせてください。ソーライ研究所のホームページを拝見し、あなたが士官学校を卒業して、ギルドを経て調査部に入ったのは理解しています。その経歴の詳細を教えてくれませんか?」
「な、別に、大した経歴じゃないけど……。」
私は困った顔でジェーンを見た。彼はヤモリの唐揚げを頬に詰め込んだ後に、言った。
「私も正直に自分のことをあなたに話しました。今度はあなたの過去のことを聞きたいのです。どうして士官学校に進んだのか、或いは、どうして騎士団ではなくギルドに就職したのか、それにまた違う質問もあります。」
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