上 下
100 / 105

第100話 ヒイロノート

しおりを挟む
 天地を揺るがしたその日、空は緋色に染まり、アルビンの目論見は塵と化した。
 下山した僕が何故一人だったのか、その理由を知ると皆は涙を流した。

 彼女の追悼式は学園の体育館で行われた。その間ずっとグレッグの泣き叫ぶ声が聞こえていた。僕は未だに彼女がいないことが信じられず、全校生徒の前で何も話せなかった。何も頭から浮かんでこなかった。

 世界が色彩を無くした。それから僕はその式をどう迎えていたのか、或いは職員室でどう過ごしたかなど覚えないままに帰宅した。

「ただい……」

 ま、と言葉をこぼしかけて、まだ陽の光が差し込むリビングの床にカバンを落とした。テーブルの上には彼女の赤いリュックがあった。家族のいない彼女、これは僕が受け取ることになった。

 リュックの赤い色が彼女の存在をほのかに感じさせて、それが憎く感じた。胸に生じたくだらない憎悪の感情にため息をつきながら僕はそれに向かって歩いた。

 立ったまま、リュックを開いた。これを開けるのは彼女が居なくなってから初めてのことだった。

 中にはPCと充電器、ペンに、彼女の財布に、僕との財布、それから……花柄のノートが入っていた。ソフィーから貰ったものらしい。そのノートは彼女がいつも大切そうに持ち歩き、色々と書き込んでいたのを思い出す。

 僕はその花柄ノートを手にし、ピンクの可愛らしいお花の表紙を見てから丁寧にページをめくり始めた。

 人リスト
 ベラ先生 担任
 リュウ 一番最初に会った人
 タライさん バスの運転手
 家森先生 光魔法学の白衣の人
 マリー ポールに飲まれた女性
 リサ リュウといつも一緒にいる
 ハロ エレンのことが好き?
 ジョン エレンの彼氏
 エレン ジョンの彼女
 シュリントン 炎魔法学のヒゲ

「最初の頃に書いたのか……。」

 僕は少し笑ってしまった。僕は白衣の人だと思われてたか。まあそうだろう、いつも白衣着ている。それにシュリントンの言われよう……。久々に味わった彼女の面白さに、僕は切ない気持ちを持ちながら次のページをめくった。

 家森先生の好きな食べ物!
 肉じゃが
 そぼろ丼
 野菜炒め、オイスターソースで
 味噌汁は違う
 バーグ
 ポテトサラダ、ナツメグ大量
 シチュー
 唐揚げ
 卵焼きは甘め
 オムレツは半熟
 ゆで卵も半熟
 ヤモリ
 酢豚 果物入れるな

「ふふっ……よく知っている。」

 ポロリと涙がこぼれてしまった。ノートにじわりと滲んだ。いけない、僕は少しノートを自分から離して次のページをめくった。

 ヒイロ
 ヒイロ ヒイロ
 ヒイロ ヒイロ

 これはセントラルホテルで、僕が彼女に貰った万年筆で書いたものだ。今でもそのペンは胸ポケットに毎日入れている。ああ、この頃に戻りたい。僕はまたページをめくった。

 出たとこ原宿?
 なぞ~
 東京→国分寺
 中央研究所 地図を見る
 家森秋穂さん 旧姓速水
 原宿→新宿→国分寺
 立川行きのおじさんget
 秋穂さんのお家に泊まる
 ハンバーグうまま!

 よくも僕の為に……あんな未知の世界である地上へ行ってくれた。全てが感謝しきれない出来事だ。ああ、ヒイロ。

 僕は床に涙の跡を残しながら次のページをめくった。他のページとは違って殴り書きになっている……それはクリードの曲の解読だった。

 へ、ほへ
 と なにこれ
 解読CDEFGABC上下

 新しい私、アルビン、くいとめろ
 時の架け橋、クイーン救え
 炎燃え尽きる、闇照らされる、まで
 我が記憶、消え去ろうとも
 魂、奴に、食らい付け

 我が身はくさび
 地と地を結ぶ
 我が身は盾
 勝ちどき永遠に

 一緒にいられなくてごめんなさい.
 どこに行ったとしても私の胸の中にはずっと欧介さんがいる.
 ヒイロ
 P.S.このノート見たな~!

「ああ……!」

 僕はその場に泣き崩れた。自分自身が最終手段なのだと悟った時はどれほど辛かっただろう。どれほどの思いだっただろう。

 なんて事が起きた。僕は魂の片割れを失ってしまった。せめて、彼女が生きている間に恋人として……もっと彼女を幸せにしたかった。彼女の好きなところへ行き、彼女の好きなことを一緒にしたかった。後から後から溢れる後悔の念。情けないほどに溢れる涙。

 僕はノートを抱きしめた。

 もう一度彼女を抱きしめたい。それすらももう二度と叶わない……もう一目見たい。そんなことすらももう二度と叶わないなんて。

 彼女の姿が少しだけ見たくなって僕は携帯の待受を見た。彼女の全身の写真もあるが今はまだ見ることが出来ない。その待受は、お揃いの無属性の写真だった。

 ああ、彼女の手のひらにも同じスカイブルーが乗っかっている。

 僕のことをたった一人、受け入れてくれる人だった。僕のことをたった一人、理解してくれる人だった。

 僕にとって彼女は世界そのものだった。

 天に向かって声を上げて泣いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

優等生と劣等生

和希
恋愛
片桐冬夜と遠坂愛莉のラブストーリー

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。 リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。 しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。 もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。 そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。 それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。 少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。 そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。 ※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

処理中です...