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第99話 在り処

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 嫌な予感がする。いや分かりたくないが分かってしまっている。ベラのブラウスを染めていたのは彼女の血ではないことを。

 僕は足がもつれそうになる程走って、彼女たちがいたゴツゴツ岩の辺りまでたどり着いた。確かに上空にはもうドラゴンはいなかった。あちらこちらにぶった切られたドラゴンが落ちている……凄まじい光景だ。

 何があった?何処にいる?僕は岩の陰から奥を覗いた時に誰かが倒れているのが見えた。それは……高崎だった。彼の周りの地面は真っ赤に染まっている。

「た、高崎!?」

 僕は走った。後ろのマーヴィンも気付いたようでタライちゃん!?と叫びながら僕の後についてくる。

 ああやはり……。

 僕はしゃがんで高崎を仰向けにした。胸にはあのレインボーの棘が刺さっている。これにやられたか。

「い、家森先生……タライちゃん息してない!脈も……。」

「ええ。ですが最善を尽くしましょう!マーヴ、ポーションとそれからAKキットはありますか?」

 マーヴィンが高崎を挟むようにして僕の前にしゃがみ、ポーションの入ったバッグを置きつつ首を振った。

「ポーションしかないです!もしかしたら誰かドクターバッグ持ってるかも……研究所の人に聞いてきます!」

「ええ!早く!……そうか、なら仕方あるまい……」

 マーヴィンが走っていった。ドクターバッグのが到着するまでの時間を稼げればなんとか、なるか?
 僕は高崎の胸から大きな虹色の棘を引き抜いた。マーヴィンの置いたバッグを漁って、マスターグレードポーションを見つけると傷口に掛けて、脱いだ僕のジレで傷口を塞いだ。傷口はポーションのおかげで煙を上げながら身体修復をし始めた。

「よし、高崎……かなり辛いかもしれませんが、どうにか耐えてください。」

 医師が涙を流してどうする。僕は一度大きく息を吐いて、流れる涙を二の腕で拭いて、一欠片の望みに願いをかけながら心肺蘇生を開始した。


 *********



 私の隣のベラ先生は怒りに燃えていた。その訳が何となく分かっている気がするのだ。家森先生が行くってことは、この場にタライさんが来ていないってことは、きっとベラ先生の胸を染めたのは……そうなのかもしれない。

「おやおや、どうしたの麗しいお嬢さん、胸が汚れているよ?」

「アルビン……あなた相当、救い難い人間のようね。」

 ベラ先生がアルビンに向かって銃を向けた。それはタライさんのお守りだった。それが物凄く辛い現実だった。ああ、泣いてる場合じゃないのに。悲しいのか悔しいのか、わからない涙が出てしまった。

 エレンと目が合った。その目も私と同様に赤く充血していた。隣のジョンもだった。だけど彼はちょっと違う、私に何かを合図していた。チラリと横を見るのだ。

 横……アルビンと秋穂さんがいる方向だ。今、レインボーはジークやドロシーさんや残りの衛兵と戦っているが、もう時間の問題な気もする。どうにかしないといけない、とにかく秋穂さんを助けないと。

 もう一度ジョンと目が合った。彼はうんと頷いた。そうか、皆で一斉にアルビンに攻撃しようと言うんだ。でも秋穂さんが危ない。私は秋穂さんを見た。

 彼女も意味ありげに私にウィンクしたのだ。な、なるほど彼女が最初にジョンにそう伝えたんだ……秋穂さんが抵抗したその隙に皆で攻撃をすればどうにかなるかもしれない。

 私が少し頷いた時、アルビンが反応した。

「どうしたクリード、何を考えている。」

「うん、もういいかなって。」

 その言葉を私が発したと同時に、秋穂さんがアルビンの目に手のひらを向けて眩い閃光を発したのだった。一瞬怯むアルビンにジョンの石のつぶてが飛んでいく。私はそのままアルビンにタックルして、闇属性の波動を放ちながら秋穂さんを離すまいと抵抗するアルビンの顔面に手のひらをつけて炎の魔法を放った。

「これならコントロールいらないから!」

「うああああっ!」

 私の炎はアルビンの顔面に当たり、秋穂さんを離した!すぐにジョンが秋穂さんの手を掴んで我々から離れようとする。アルビンは私の手首を掴んだ。そのままもう片方の手で私のお腹に闇属性の球をぶつけてきたのだった。

「うああっ!」

「いい魔法の使い方だ。ゼロ距離か。確かに効果があるな。お前のせいでクイーンが俺の手から離れてしまった。ああ、ムカつくな。楽しみだったのによ!」

 アルビンは私の首を掴んでしまった。苦しい。

「離しなさい!さもないと!」

 ベラ先生の言葉が聞こえる。そしてジョンの石のつぶてが飛んできた。それが気になったのか、アルビンは彼らに向かって大きな闇の波動を放った。ジョン達は少し遠くの方に飛ばされてしまった。

「さっきから砂ばっかりかけてきやがって……」

 皆は少し離れたところで倒れている。どうにかしなくては皆が危ない。出来るかわからないけど私は自分の中に魔力を溜めはじめた。

「スニガー!彼らを葬れ!」

 飼い主の命令を聞いたレインボーが、倒れているジョンやエレン達に向かって飛び始めた。

「やめて!やめて!」

「うるさい!黙れ。」

 ぐっ……アルビンが首をさらに絞めてきた。ジョンや駆けつけたジークがレインボーに魔法をぶつけているが効いていない。そしてベラ先生はレインボーに向かって魔術の構えをしているけど魔力切れで出ない様子だった。

「やつに魔法など効かんぞ!そういう風に改造したんだ。」

「なるほど。じゃあこれはどうかしら。」

 パァン

 謎の破裂音が天を轟かせた。それはベラ先生が放った、タライさんのお守りだった。見事にレインボーの頭に着弾して、虹色の塊はあっけなく地面にどさっと落ちた。

「スニガー!?くそ!なら先にお前を……」

「ああああっ!」

 私の首を絞めるアルビンの力がさらに強くなっていく。意識が飛びそうだけど、必死に自分の体に魔力を溜め込んだ。これでいいのか、これで発動するのか分からない。

 紅くて熱いヒビが胸から段々と広がっていき、腕や顔に達したのが感覚で分かった。それを見つけたアルビンは私がしていたことに気付いて一瞬目を見開いた。

「貴様!?」

 拘束を解いたアルビンが私に向かってナイフを振りかぶった。ベラ先生達の制止を促す叫びが聞こえる中、私は自分の魔力を一気に放出した。

「うああ……」

 どおおおおおん

 爆音が響いて、視界は一瞬、真っ赤に染まった。

 爆発の影響で舞った砂埃が時の架け橋から出ている風に吹かれた時、アルビンは少し離れたところで仰向けに地面に倒れていた。彼の黒ローブは映像で見たシャリールと同様、焼けて破れていた。

 しかしまだ生きているようで、腕を震わせながら最後の力を振り絞ってローブから魔拳銃を取り出して、地面でしゃがみ込む私に銃口を向けた。

 それをベラ先生がヒールのつま先で蹴り飛ばしてしまった。ベラ先生がアルビンの頭に向かいタライさんの銃を向けているのに気付いたアルビンは、両手を少し上げて降参のポーズをした。

 時の架け橋の暴走が激しくなっているのか風が強くなってきていて、横になっている彼の黒いローブがバサバサとなびいている。アルビンはかすれた声でベラ先生に言った。

「地上の拳銃を持っているなんて卑怯じゃないか。この世界でそれは違法だぜ?」

「何を言っているのかしら、これはインテリアよ。私の大切な人の「形見かい?」

 食い気味に発言したアルビンの腕が、次の瞬間に地面に落ちた。
 ふうとため息を吐いたベラ先生が、まだ煙を放つ黒い銃を地面に下ろした。

 ベラ先生は地面に膝をついて、その銃を眺めている。

「……終わったわね、何もかも。」

 悲しげな言葉に、私は俯いた。

「まだ終わりではありませんよ。はあ……はい。」

 そう言ったのは家森先生だった。いつの間にかここに来ていた彼はベラ先生の肩に手を置いた。ジレは無く、白いシャツは赤く染まっているが、何故か微笑んでいる。

「高崎の心肺が戻りました。いやあ大変貴重なマスターグレードのポーションがあってよかった。それとマーヴィンの的確なヘルプもあり……とにかく色々と最善を尽くしました。ああ疲れた「やるじゃないの!家森くん!あああ!」

 ベラ先生が立ち上がって家森先生をぎゅっと抱きしめている。それを見て笑っていると私の元へやってきてくれていたジョンが私の体を支えてくれながら、ふと思ったことを言った。

「ねえ、ベラ先生アルビンのこと撃ったけど、犯罪者になるのかな。」

 それを聞いたベラ先生のテンションがまた下がった様子で項垂れた。それに答えたのは秋穂さんだった。

「今回はベラさんのおかげでアルビンを拘束し処刑する手間が省けました。彼女は寧ろ英雄ですが、それよりもこの時の架け橋をどうにかしなければ。」

 確かにそうだった。未だ地面は揺れているし、空を見れば亀裂のようなものが時の架け橋から広がっていた。秋穂さんが続きを話そうとした時に真一さんが走ってきて、別の場所でまた何か起きたらしく秋穂さんを呼ぶと、二人は急いで走って行ってしまった。

 残された我々はじっと暴走する架け橋を眺めた。少しした後にジョンが私に言った。

「で、でも、ヒイロ。ストッパーの場所を知っているんだろう?」

 私は時の架け橋の奥にある岩を見つめた。

「うん……でもちょっと、家森先生に来て欲しいから……エレン達、悪いけど先に下に行っててくれる?」

 私の願いに皆の目が点になった。エレンはジョンと目を合わせて頷いた。

「わ、分かった。えっと……じゃあ下に行ってるね。ベラ先生は?」

「そうね……私も高崎くんのことが気になるからマーヴィンのところに行くわ。でも二人で大丈夫なの?」

 私はジークを指差した。

「彼に来てもらうから大丈夫。すぐそこに保管してあるから、それを放り込めばいいだけなのだし。」

 ジークは少し驚きながらも頷いてくれた。

「分かりました……ヒイロ様、共にその機械の場所へと行きましょう。」

 納得してくれたベラ先生達が下へ向かって歩いて行った。ドロシーさんもちょっと立ち止まったけど私がじっと見ていると何回か頷いてから彼らの後へと続いた。

 周りにはまだ、怪我したままの衛兵さん達がいるけれど仕方ない。私は機械の場所を知っている。

「さて、ヒイロ。それはどこにありますか?」

 目の前には暴走する時の架け橋がある。私は家森先生の問いに答えた。

「ここにある。」

 私は隣で立つ家森先生に向かって微笑んだ。その時に、つい涙がこぼれた。

「……何を言いますか。意味が。」

 みんなが見てるけどいいや。もう。私は家森先生の頭を両手で包んで彼にキスをした。

 長い、長いキスをしていくうちに彼がその運命を悟ったのか、私を頭を手で支えて彼の方から何度もキスをしてくれた。

 その口元の隙間に彼の涙が落ちた。しょっぱい。

 私は口を離してから言った。

「ここにある。私が飛び込めばいいらしい。シャリールが私を助けたのは私が娘だったからじゃない、私が時の架け橋のストッパーだったからみたいです。この体の中にその機械がある。きっと、この全然言うこと聞かないプレーンの正体がそうなのかもしれない。」

 家森先生が涙目で首を振った。

「何を、何を根拠に!では何故あなたを処刑しようとしたのです!?」

 近くで静かに立っていたジークが何かに気づいた様子だった。

「……そうか、そうか。なら、ストッパーはヒイロ様ご自身に間違いない。その改造されたプレーンをお持ちなのはヒイロ様とシャリール様だけだった。だから……もしクリード様が消えたとしても良かったのか。」

 なるほど。

「そうだったんだ。それにクリードが残してくれた曲がそう意味してた。だから私はここに飛び込む。」

 そう言って時の架け橋を指さすと、家森先生がその腕を掴んで彼の方へと強く引き寄せた。ぎゅうと抱きしめられた。

「馬鹿なことを!……はっきり言います。今ここに飛び込めば即死します!」

 私は抱きしめてくる彼の腕から逃れようと抵抗しながら言った。

「でも世界は助かる!私は欧介さんに生きていてほしい!それに過去の私は過ちを犯した。シャリールは時の架け橋を救うためだったのに……我が身が危ないからと抵抗してしまって結果として彼は……だから、私はそれを今、償いたい。」

「何を言っている!あなたの身が危なかったんです!それをあなたが償わなくてもいいんです!他に方法が、あるはずだ!……スカーレット!」

 家森先生がかなり動揺している。それもそうだ、もう会えなくなる。
 でもこれしかない。地下世界の人達はもう何処へ逃げる事も出来ないのだから。

 それに彼に生きていてほしかった。出来れば一緒が良かったけど。

「……ありがとう。いつだって欧介さんは私の味方だった。」

 私はリュックを地面に置いた。そして家森先生から遠ざかる。彼は涙を流しながら私に手を伸ばしてきた。

「ジーク、彼を止めて。」

「し、承知」

 ジークは家森先生の背後に回り込んで彼を羽交い締めにした。
 抑えるジークも、もがく家森先生も、何かを必死に叫んでいる。

「ヒイロ様!人々の心に残りし英雄の緋の光で我々をお救いください!」
「馬鹿なことを言うな!ヒイロやめて!他に方法があります!必ずありますから!僕の話を聞いて!お願い!」

 時の架け橋の魔力が流れ込んでしまっているのか、天が割れ始めている。この世界は大切だ。私の思い出がある、この世界は宝物なのだ。

 私は家森先生に向かって微笑んだ。

「本当にありがとうございました。」

 ごおごおと音を立てる時の架け橋の内部へ入るとすぐに、私の体から紅い煙のようなものが吹き始めた。すぐに意識は朦朧として、痛みはない。これなら怖くない。

 迷わない、盾になって。
 私は手のひらを天にかざした。

 欧介さんの叫び声。
 私の体は溶けていく。
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