99 / 105
第99話 在り処
しおりを挟む
嫌な予感がする。いや分かりたくないが分かってしまっている。ベラのブラウスを染めていたのは彼女の血ではないことを。
僕は足がもつれそうになる程走って、彼女たちがいたゴツゴツ岩の辺りまでたどり着いた。確かに上空にはもうドラゴンはいなかった。あちらこちらにぶった切られたドラゴンが落ちている……凄まじい光景だ。
何があった?何処にいる?僕は岩の陰から奥を覗いた時に誰かが倒れているのが見えた。それは……高崎だった。彼の周りの地面は真っ赤に染まっている。
「た、高崎!?」
僕は走った。後ろのマーヴィンも気付いたようでタライちゃん!?と叫びながら僕の後についてくる。
ああやはり……。
僕はしゃがんで高崎を仰向けにした。胸にはあのレインボーの棘が刺さっている。これにやられたか。
「い、家森先生……タライちゃん息してない!脈も……。」
「ええ。ですが最善を尽くしましょう!マーヴ、ポーションとそれからAKキットはありますか?」
マーヴィンが高崎を挟むようにして僕の前にしゃがみ、ポーションの入ったバッグを置きつつ首を振った。
「ポーションしかないです!もしかしたら誰かドクターバッグ持ってるかも……研究所の人に聞いてきます!」
「ええ!早く!……そうか、なら仕方あるまい……」
マーヴィンが走っていった。ドクターバッグのが到着するまでの時間を稼げればなんとか、なるか?
僕は高崎の胸から大きな虹色の棘を引き抜いた。マーヴィンの置いたバッグを漁って、マスターグレードポーションを見つけると傷口に掛けて、脱いだ僕のジレで傷口を塞いだ。傷口はポーションのおかげで煙を上げながら身体修復をし始めた。
「よし、高崎……かなり辛いかもしれませんが、どうにか耐えてください。」
医師が涙を流してどうする。僕は一度大きく息を吐いて、流れる涙を二の腕で拭いて、一欠片の望みに願いをかけながら心肺蘇生を開始した。
*********
私の隣のベラ先生は怒りに燃えていた。その訳が何となく分かっている気がするのだ。家森先生が行くってことは、この場にタライさんが来ていないってことは、きっとベラ先生の胸を染めたのは……そうなのかもしれない。
「おやおや、どうしたの麗しいお嬢さん、胸が汚れているよ?」
「アルビン……あなた相当、救い難い人間のようね。」
ベラ先生がアルビンに向かって銃を向けた。それはタライさんのお守りだった。それが物凄く辛い現実だった。ああ、泣いてる場合じゃないのに。悲しいのか悔しいのか、わからない涙が出てしまった。
エレンと目が合った。その目も私と同様に赤く充血していた。隣のジョンもだった。だけど彼はちょっと違う、私に何かを合図していた。チラリと横を見るのだ。
横……アルビンと秋穂さんがいる方向だ。今、レインボーはジークやドロシーさんや残りの衛兵と戦っているが、もう時間の問題な気もする。どうにかしないといけない、とにかく秋穂さんを助けないと。
もう一度ジョンと目が合った。彼はうんと頷いた。そうか、皆で一斉にアルビンに攻撃しようと言うんだ。でも秋穂さんが危ない。私は秋穂さんを見た。
彼女も意味ありげに私にウィンクしたのだ。な、なるほど彼女が最初にジョンにそう伝えたんだ……秋穂さんが抵抗したその隙に皆で攻撃をすればどうにかなるかもしれない。
私が少し頷いた時、アルビンが反応した。
「どうしたクリード、何を考えている。」
「うん、もういいかなって。」
その言葉を私が発したと同時に、秋穂さんがアルビンの目に手のひらを向けて眩い閃光を発したのだった。一瞬怯むアルビンにジョンの石のつぶてが飛んでいく。私はそのままアルビンにタックルして、闇属性の波動を放ちながら秋穂さんを離すまいと抵抗するアルビンの顔面に手のひらをつけて炎の魔法を放った。
「これならコントロールいらないから!」
「うああああっ!」
私の炎はアルビンの顔面に当たり、秋穂さんを離した!すぐにジョンが秋穂さんの手を掴んで我々から離れようとする。アルビンは私の手首を掴んだ。そのままもう片方の手で私のお腹に闇属性の球をぶつけてきたのだった。
「うああっ!」
「いい魔法の使い方だ。ゼロ距離か。確かに効果があるな。お前のせいでクイーンが俺の手から離れてしまった。ああ、ムカつくな。楽しみだったのによ!」
アルビンは私の首を掴んでしまった。苦しい。
「離しなさい!さもないと!」
ベラ先生の言葉が聞こえる。そしてジョンの石のつぶてが飛んできた。それが気になったのか、アルビンは彼らに向かって大きな闇の波動を放った。ジョン達は少し遠くの方に飛ばされてしまった。
「さっきから砂ばっかりかけてきやがって……」
皆は少し離れたところで倒れている。どうにかしなくては皆が危ない。出来るかわからないけど私は自分の中に魔力を溜めはじめた。
「スニガー!彼らを葬れ!」
飼い主の命令を聞いたレインボーが、倒れているジョンやエレン達に向かって飛び始めた。
「やめて!やめて!」
「うるさい!黙れ。」
ぐっ……アルビンが首をさらに絞めてきた。ジョンや駆けつけたジークがレインボーに魔法をぶつけているが効いていない。そしてベラ先生はレインボーに向かって魔術の構えをしているけど魔力切れで出ない様子だった。
「やつに魔法など効かんぞ!そういう風に改造したんだ。」
「なるほど。じゃあこれはどうかしら。」
パァン
謎の破裂音が天を轟かせた。それはベラ先生が放った、タライさんのお守りだった。見事にレインボーの頭に着弾して、虹色の塊はあっけなく地面にどさっと落ちた。
「スニガー!?くそ!なら先にお前を……」
「ああああっ!」
私の首を絞めるアルビンの力がさらに強くなっていく。意識が飛びそうだけど、必死に自分の体に魔力を溜め込んだ。これでいいのか、これで発動するのか分からない。
紅くて熱いヒビが胸から段々と広がっていき、腕や顔に達したのが感覚で分かった。それを見つけたアルビンは私がしていたことに気付いて一瞬目を見開いた。
「貴様!?」
拘束を解いたアルビンが私に向かってナイフを振りかぶった。ベラ先生達の制止を促す叫びが聞こえる中、私は自分の魔力を一気に放出した。
「うああ……」
どおおおおおん
爆音が響いて、視界は一瞬、真っ赤に染まった。
爆発の影響で舞った砂埃が時の架け橋から出ている風に吹かれた時、アルビンは少し離れたところで仰向けに地面に倒れていた。彼の黒ローブは映像で見たシャリールと同様、焼けて破れていた。
しかしまだ生きているようで、腕を震わせながら最後の力を振り絞ってローブから魔拳銃を取り出して、地面でしゃがみ込む私に銃口を向けた。
それをベラ先生がヒールのつま先で蹴り飛ばしてしまった。ベラ先生がアルビンの頭に向かいタライさんの銃を向けているのに気付いたアルビンは、両手を少し上げて降参のポーズをした。
時の架け橋の暴走が激しくなっているのか風が強くなってきていて、横になっている彼の黒いローブがバサバサとなびいている。アルビンはかすれた声でベラ先生に言った。
「地上の拳銃を持っているなんて卑怯じゃないか。この世界でそれは違法だぜ?」
「何を言っているのかしら、これはインテリアよ。私の大切な人の「形見かい?」
食い気味に発言したアルビンの腕が、次の瞬間に地面に落ちた。
ふうとため息を吐いたベラ先生が、まだ煙を放つ黒い銃を地面に下ろした。
ベラ先生は地面に膝をついて、その銃を眺めている。
「……終わったわね、何もかも。」
悲しげな言葉に、私は俯いた。
「まだ終わりではありませんよ。はあ……はい。」
そう言ったのは家森先生だった。いつの間にかここに来ていた彼はベラ先生の肩に手を置いた。ジレは無く、白いシャツは赤く染まっているが、何故か微笑んでいる。
「高崎の心肺が戻りました。いやあ大変貴重なマスターグレードのポーションがあってよかった。それとマーヴィンの的確なヘルプもあり……とにかく色々と最善を尽くしました。ああ疲れた「やるじゃないの!家森くん!あああ!」
ベラ先生が立ち上がって家森先生をぎゅっと抱きしめている。それを見て笑っていると私の元へやってきてくれていたジョンが私の体を支えてくれながら、ふと思ったことを言った。
「ねえ、ベラ先生アルビンのこと撃ったけど、犯罪者になるのかな。」
それを聞いたベラ先生のテンションがまた下がった様子で項垂れた。それに答えたのは秋穂さんだった。
「今回はベラさんのおかげでアルビンを拘束し処刑する手間が省けました。彼女は寧ろ英雄ですが、それよりもこの時の架け橋をどうにかしなければ。」
確かにそうだった。未だ地面は揺れているし、空を見れば亀裂のようなものが時の架け橋から広がっていた。秋穂さんが続きを話そうとした時に真一さんが走ってきて、別の場所でまた何か起きたらしく秋穂さんを呼ぶと、二人は急いで走って行ってしまった。
残された我々はじっと暴走する架け橋を眺めた。少しした後にジョンが私に言った。
「で、でも、ヒイロ。ストッパーの場所を知っているんだろう?」
私は時の架け橋の奥にある岩を見つめた。
「うん……でもちょっと、家森先生に来て欲しいから……エレン達、悪いけど先に下に行っててくれる?」
私の願いに皆の目が点になった。エレンはジョンと目を合わせて頷いた。
「わ、分かった。えっと……じゃあ下に行ってるね。ベラ先生は?」
「そうね……私も高崎くんのことが気になるからマーヴィンのところに行くわ。でも二人で大丈夫なの?」
私はジークを指差した。
「彼に来てもらうから大丈夫。すぐそこに保管してあるから、それを放り込めばいいだけなのだし。」
ジークは少し驚きながらも頷いてくれた。
「分かりました……ヒイロ様、共にその機械の場所へと行きましょう。」
納得してくれたベラ先生達が下へ向かって歩いて行った。ドロシーさんもちょっと立ち止まったけど私がじっと見ていると何回か頷いてから彼らの後へと続いた。
周りにはまだ、怪我したままの衛兵さん達がいるけれど仕方ない。私は機械の場所を知っている。
「さて、ヒイロ。それはどこにありますか?」
目の前には暴走する時の架け橋がある。私は家森先生の問いに答えた。
「ここにある。」
私は隣で立つ家森先生に向かって微笑んだ。その時に、つい涙がこぼれた。
「……何を言いますか。意味が。」
みんなが見てるけどいいや。もう。私は家森先生の頭を両手で包んで彼にキスをした。
長い、長いキスをしていくうちに彼がその運命を悟ったのか、私を頭を手で支えて彼の方から何度もキスをしてくれた。
その口元の隙間に彼の涙が落ちた。しょっぱい。
私は口を離してから言った。
「ここにある。私が飛び込めばいいらしい。シャリールが私を助けたのは私が娘だったからじゃない、私が時の架け橋のストッパーだったからみたいです。この体の中にその機械がある。きっと、この全然言うこと聞かないプレーンの正体がそうなのかもしれない。」
家森先生が涙目で首を振った。
「何を、何を根拠に!では何故あなたを処刑しようとしたのです!?」
近くで静かに立っていたジークが何かに気づいた様子だった。
「……そうか、そうか。なら、ストッパーはヒイロ様ご自身に間違いない。その改造されたプレーンをお持ちなのはヒイロ様とシャリール様だけだった。だから……もしクリード様が消えたとしても良かったのか。」
なるほど。
「そうだったんだ。それにクリードが残してくれた曲がそう意味してた。だから私はここに飛び込む。」
そう言って時の架け橋を指さすと、家森先生がその腕を掴んで彼の方へと強く引き寄せた。ぎゅうと抱きしめられた。
「馬鹿なことを!……はっきり言います。今ここに飛び込めば即死します!」
私は抱きしめてくる彼の腕から逃れようと抵抗しながら言った。
「でも世界は助かる!私は欧介さんに生きていてほしい!それに過去の私は過ちを犯した。シャリールは時の架け橋を救うためだったのに……我が身が危ないからと抵抗してしまって結果として彼は……だから、私はそれを今、償いたい。」
「何を言っている!あなたの身が危なかったんです!それをあなたが償わなくてもいいんです!他に方法が、あるはずだ!……スカーレット!」
家森先生がかなり動揺している。それもそうだ、もう会えなくなる。
でもこれしかない。地下世界の人達はもう何処へ逃げる事も出来ないのだから。
それに彼に生きていてほしかった。出来れば一緒が良かったけど。
「……ありがとう。いつだって欧介さんは私の味方だった。」
私はリュックを地面に置いた。そして家森先生から遠ざかる。彼は涙を流しながら私に手を伸ばしてきた。
「ジーク、彼を止めて。」
「し、承知」
ジークは家森先生の背後に回り込んで彼を羽交い締めにした。
抑えるジークも、もがく家森先生も、何かを必死に叫んでいる。
「ヒイロ様!人々の心に残りし英雄の緋の光で我々をお救いください!」
「馬鹿なことを言うな!ヒイロやめて!他に方法があります!必ずありますから!僕の話を聞いて!お願い!」
時の架け橋の魔力が流れ込んでしまっているのか、天が割れ始めている。この世界は大切だ。私の思い出がある、この世界は宝物なのだ。
私は家森先生に向かって微笑んだ。
「本当にありがとうございました。」
ごおごおと音を立てる時の架け橋の内部へ入るとすぐに、私の体から紅い煙のようなものが吹き始めた。すぐに意識は朦朧として、痛みはない。これなら怖くない。
迷わない、盾になって。
私は手のひらを天にかざした。
欧介さんの叫び声。
私の体は溶けていく。
僕は足がもつれそうになる程走って、彼女たちがいたゴツゴツ岩の辺りまでたどり着いた。確かに上空にはもうドラゴンはいなかった。あちらこちらにぶった切られたドラゴンが落ちている……凄まじい光景だ。
何があった?何処にいる?僕は岩の陰から奥を覗いた時に誰かが倒れているのが見えた。それは……高崎だった。彼の周りの地面は真っ赤に染まっている。
「た、高崎!?」
僕は走った。後ろのマーヴィンも気付いたようでタライちゃん!?と叫びながら僕の後についてくる。
ああやはり……。
僕はしゃがんで高崎を仰向けにした。胸にはあのレインボーの棘が刺さっている。これにやられたか。
「い、家森先生……タライちゃん息してない!脈も……。」
「ええ。ですが最善を尽くしましょう!マーヴ、ポーションとそれからAKキットはありますか?」
マーヴィンが高崎を挟むようにして僕の前にしゃがみ、ポーションの入ったバッグを置きつつ首を振った。
「ポーションしかないです!もしかしたら誰かドクターバッグ持ってるかも……研究所の人に聞いてきます!」
「ええ!早く!……そうか、なら仕方あるまい……」
マーヴィンが走っていった。ドクターバッグのが到着するまでの時間を稼げればなんとか、なるか?
僕は高崎の胸から大きな虹色の棘を引き抜いた。マーヴィンの置いたバッグを漁って、マスターグレードポーションを見つけると傷口に掛けて、脱いだ僕のジレで傷口を塞いだ。傷口はポーションのおかげで煙を上げながら身体修復をし始めた。
「よし、高崎……かなり辛いかもしれませんが、どうにか耐えてください。」
医師が涙を流してどうする。僕は一度大きく息を吐いて、流れる涙を二の腕で拭いて、一欠片の望みに願いをかけながら心肺蘇生を開始した。
*********
私の隣のベラ先生は怒りに燃えていた。その訳が何となく分かっている気がするのだ。家森先生が行くってことは、この場にタライさんが来ていないってことは、きっとベラ先生の胸を染めたのは……そうなのかもしれない。
「おやおや、どうしたの麗しいお嬢さん、胸が汚れているよ?」
「アルビン……あなた相当、救い難い人間のようね。」
ベラ先生がアルビンに向かって銃を向けた。それはタライさんのお守りだった。それが物凄く辛い現実だった。ああ、泣いてる場合じゃないのに。悲しいのか悔しいのか、わからない涙が出てしまった。
エレンと目が合った。その目も私と同様に赤く充血していた。隣のジョンもだった。だけど彼はちょっと違う、私に何かを合図していた。チラリと横を見るのだ。
横……アルビンと秋穂さんがいる方向だ。今、レインボーはジークやドロシーさんや残りの衛兵と戦っているが、もう時間の問題な気もする。どうにかしないといけない、とにかく秋穂さんを助けないと。
もう一度ジョンと目が合った。彼はうんと頷いた。そうか、皆で一斉にアルビンに攻撃しようと言うんだ。でも秋穂さんが危ない。私は秋穂さんを見た。
彼女も意味ありげに私にウィンクしたのだ。な、なるほど彼女が最初にジョンにそう伝えたんだ……秋穂さんが抵抗したその隙に皆で攻撃をすればどうにかなるかもしれない。
私が少し頷いた時、アルビンが反応した。
「どうしたクリード、何を考えている。」
「うん、もういいかなって。」
その言葉を私が発したと同時に、秋穂さんがアルビンの目に手のひらを向けて眩い閃光を発したのだった。一瞬怯むアルビンにジョンの石のつぶてが飛んでいく。私はそのままアルビンにタックルして、闇属性の波動を放ちながら秋穂さんを離すまいと抵抗するアルビンの顔面に手のひらをつけて炎の魔法を放った。
「これならコントロールいらないから!」
「うああああっ!」
私の炎はアルビンの顔面に当たり、秋穂さんを離した!すぐにジョンが秋穂さんの手を掴んで我々から離れようとする。アルビンは私の手首を掴んだ。そのままもう片方の手で私のお腹に闇属性の球をぶつけてきたのだった。
「うああっ!」
「いい魔法の使い方だ。ゼロ距離か。確かに効果があるな。お前のせいでクイーンが俺の手から離れてしまった。ああ、ムカつくな。楽しみだったのによ!」
アルビンは私の首を掴んでしまった。苦しい。
「離しなさい!さもないと!」
ベラ先生の言葉が聞こえる。そしてジョンの石のつぶてが飛んできた。それが気になったのか、アルビンは彼らに向かって大きな闇の波動を放った。ジョン達は少し遠くの方に飛ばされてしまった。
「さっきから砂ばっかりかけてきやがって……」
皆は少し離れたところで倒れている。どうにかしなくては皆が危ない。出来るかわからないけど私は自分の中に魔力を溜めはじめた。
「スニガー!彼らを葬れ!」
飼い主の命令を聞いたレインボーが、倒れているジョンやエレン達に向かって飛び始めた。
「やめて!やめて!」
「うるさい!黙れ。」
ぐっ……アルビンが首をさらに絞めてきた。ジョンや駆けつけたジークがレインボーに魔法をぶつけているが効いていない。そしてベラ先生はレインボーに向かって魔術の構えをしているけど魔力切れで出ない様子だった。
「やつに魔法など効かんぞ!そういう風に改造したんだ。」
「なるほど。じゃあこれはどうかしら。」
パァン
謎の破裂音が天を轟かせた。それはベラ先生が放った、タライさんのお守りだった。見事にレインボーの頭に着弾して、虹色の塊はあっけなく地面にどさっと落ちた。
「スニガー!?くそ!なら先にお前を……」
「ああああっ!」
私の首を絞めるアルビンの力がさらに強くなっていく。意識が飛びそうだけど、必死に自分の体に魔力を溜め込んだ。これでいいのか、これで発動するのか分からない。
紅くて熱いヒビが胸から段々と広がっていき、腕や顔に達したのが感覚で分かった。それを見つけたアルビンは私がしていたことに気付いて一瞬目を見開いた。
「貴様!?」
拘束を解いたアルビンが私に向かってナイフを振りかぶった。ベラ先生達の制止を促す叫びが聞こえる中、私は自分の魔力を一気に放出した。
「うああ……」
どおおおおおん
爆音が響いて、視界は一瞬、真っ赤に染まった。
爆発の影響で舞った砂埃が時の架け橋から出ている風に吹かれた時、アルビンは少し離れたところで仰向けに地面に倒れていた。彼の黒ローブは映像で見たシャリールと同様、焼けて破れていた。
しかしまだ生きているようで、腕を震わせながら最後の力を振り絞ってローブから魔拳銃を取り出して、地面でしゃがみ込む私に銃口を向けた。
それをベラ先生がヒールのつま先で蹴り飛ばしてしまった。ベラ先生がアルビンの頭に向かいタライさんの銃を向けているのに気付いたアルビンは、両手を少し上げて降参のポーズをした。
時の架け橋の暴走が激しくなっているのか風が強くなってきていて、横になっている彼の黒いローブがバサバサとなびいている。アルビンはかすれた声でベラ先生に言った。
「地上の拳銃を持っているなんて卑怯じゃないか。この世界でそれは違法だぜ?」
「何を言っているのかしら、これはインテリアよ。私の大切な人の「形見かい?」
食い気味に発言したアルビンの腕が、次の瞬間に地面に落ちた。
ふうとため息を吐いたベラ先生が、まだ煙を放つ黒い銃を地面に下ろした。
ベラ先生は地面に膝をついて、その銃を眺めている。
「……終わったわね、何もかも。」
悲しげな言葉に、私は俯いた。
「まだ終わりではありませんよ。はあ……はい。」
そう言ったのは家森先生だった。いつの間にかここに来ていた彼はベラ先生の肩に手を置いた。ジレは無く、白いシャツは赤く染まっているが、何故か微笑んでいる。
「高崎の心肺が戻りました。いやあ大変貴重なマスターグレードのポーションがあってよかった。それとマーヴィンの的確なヘルプもあり……とにかく色々と最善を尽くしました。ああ疲れた「やるじゃないの!家森くん!あああ!」
ベラ先生が立ち上がって家森先生をぎゅっと抱きしめている。それを見て笑っていると私の元へやってきてくれていたジョンが私の体を支えてくれながら、ふと思ったことを言った。
「ねえ、ベラ先生アルビンのこと撃ったけど、犯罪者になるのかな。」
それを聞いたベラ先生のテンションがまた下がった様子で項垂れた。それに答えたのは秋穂さんだった。
「今回はベラさんのおかげでアルビンを拘束し処刑する手間が省けました。彼女は寧ろ英雄ですが、それよりもこの時の架け橋をどうにかしなければ。」
確かにそうだった。未だ地面は揺れているし、空を見れば亀裂のようなものが時の架け橋から広がっていた。秋穂さんが続きを話そうとした時に真一さんが走ってきて、別の場所でまた何か起きたらしく秋穂さんを呼ぶと、二人は急いで走って行ってしまった。
残された我々はじっと暴走する架け橋を眺めた。少しした後にジョンが私に言った。
「で、でも、ヒイロ。ストッパーの場所を知っているんだろう?」
私は時の架け橋の奥にある岩を見つめた。
「うん……でもちょっと、家森先生に来て欲しいから……エレン達、悪いけど先に下に行っててくれる?」
私の願いに皆の目が点になった。エレンはジョンと目を合わせて頷いた。
「わ、分かった。えっと……じゃあ下に行ってるね。ベラ先生は?」
「そうね……私も高崎くんのことが気になるからマーヴィンのところに行くわ。でも二人で大丈夫なの?」
私はジークを指差した。
「彼に来てもらうから大丈夫。すぐそこに保管してあるから、それを放り込めばいいだけなのだし。」
ジークは少し驚きながらも頷いてくれた。
「分かりました……ヒイロ様、共にその機械の場所へと行きましょう。」
納得してくれたベラ先生達が下へ向かって歩いて行った。ドロシーさんもちょっと立ち止まったけど私がじっと見ていると何回か頷いてから彼らの後へと続いた。
周りにはまだ、怪我したままの衛兵さん達がいるけれど仕方ない。私は機械の場所を知っている。
「さて、ヒイロ。それはどこにありますか?」
目の前には暴走する時の架け橋がある。私は家森先生の問いに答えた。
「ここにある。」
私は隣で立つ家森先生に向かって微笑んだ。その時に、つい涙がこぼれた。
「……何を言いますか。意味が。」
みんなが見てるけどいいや。もう。私は家森先生の頭を両手で包んで彼にキスをした。
長い、長いキスをしていくうちに彼がその運命を悟ったのか、私を頭を手で支えて彼の方から何度もキスをしてくれた。
その口元の隙間に彼の涙が落ちた。しょっぱい。
私は口を離してから言った。
「ここにある。私が飛び込めばいいらしい。シャリールが私を助けたのは私が娘だったからじゃない、私が時の架け橋のストッパーだったからみたいです。この体の中にその機械がある。きっと、この全然言うこと聞かないプレーンの正体がそうなのかもしれない。」
家森先生が涙目で首を振った。
「何を、何を根拠に!では何故あなたを処刑しようとしたのです!?」
近くで静かに立っていたジークが何かに気づいた様子だった。
「……そうか、そうか。なら、ストッパーはヒイロ様ご自身に間違いない。その改造されたプレーンをお持ちなのはヒイロ様とシャリール様だけだった。だから……もしクリード様が消えたとしても良かったのか。」
なるほど。
「そうだったんだ。それにクリードが残してくれた曲がそう意味してた。だから私はここに飛び込む。」
そう言って時の架け橋を指さすと、家森先生がその腕を掴んで彼の方へと強く引き寄せた。ぎゅうと抱きしめられた。
「馬鹿なことを!……はっきり言います。今ここに飛び込めば即死します!」
私は抱きしめてくる彼の腕から逃れようと抵抗しながら言った。
「でも世界は助かる!私は欧介さんに生きていてほしい!それに過去の私は過ちを犯した。シャリールは時の架け橋を救うためだったのに……我が身が危ないからと抵抗してしまって結果として彼は……だから、私はそれを今、償いたい。」
「何を言っている!あなたの身が危なかったんです!それをあなたが償わなくてもいいんです!他に方法が、あるはずだ!……スカーレット!」
家森先生がかなり動揺している。それもそうだ、もう会えなくなる。
でもこれしかない。地下世界の人達はもう何処へ逃げる事も出来ないのだから。
それに彼に生きていてほしかった。出来れば一緒が良かったけど。
「……ありがとう。いつだって欧介さんは私の味方だった。」
私はリュックを地面に置いた。そして家森先生から遠ざかる。彼は涙を流しながら私に手を伸ばしてきた。
「ジーク、彼を止めて。」
「し、承知」
ジークは家森先生の背後に回り込んで彼を羽交い締めにした。
抑えるジークも、もがく家森先生も、何かを必死に叫んでいる。
「ヒイロ様!人々の心に残りし英雄の緋の光で我々をお救いください!」
「馬鹿なことを言うな!ヒイロやめて!他に方法があります!必ずありますから!僕の話を聞いて!お願い!」
時の架け橋の魔力が流れ込んでしまっているのか、天が割れ始めている。この世界は大切だ。私の思い出がある、この世界は宝物なのだ。
私は家森先生に向かって微笑んだ。
「本当にありがとうございました。」
ごおごおと音を立てる時の架け橋の内部へ入るとすぐに、私の体から紅い煙のようなものが吹き始めた。すぐに意識は朦朧として、痛みはない。これなら怖くない。
迷わない、盾になって。
私は手のひらを天にかざした。
欧介さんの叫び声。
私の体は溶けていく。
0
お気に入りに追加
771
あなたにおすすめの小説
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる
田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。
お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。
「あの、どちら様でしょうか?」
「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」
「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」
溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。
ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる