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第91話 絆の芽生え
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人生でこんなに急いで走ったのは初めてや。ベラ先生の様子がおかしいというのに、俺の後にヒーたんも家森先生も付いて来なかったんやけど……何でなん。あいつらちょっと薄情すぎひん?
俺は彼女の部屋の呼び鈴を押した。
「ベラ先生おりますー?おーい。」
ドンドンと何回かドアを叩いても何の反応も無い。ええ?おらんのかな……でも家森先生はガレージに彼女の車あるって言ってはったし、そんなら学園の何処かにはおるんやろうけど。
もしや……部屋の中で倒れてるんちゃう!?あかん!もしそうやったら大変や!
「ベラ先生!今シュリントン先生に言ってスペアキー貰ってきますからね!ちょっとまっとってください!」
バン!
「うるっさいわね……いるわよ。なに?」
勢いよくドアが開いたそこにはベラ先生が立ってた。ウェーブの黒髪は爆発に巻き込まれた博士ばりにボサボサで、キャミソールにゆったりしたスウェットパンツを履いていて、顔は真っ赤で額からダラダラと汗が流れてる。ゼエゼエとした呼吸が普通じゃ無い。
ああ、体調崩しとったんか……俺は彼女のおでこに手のひらを当てようとしたけど、その手をパシッと叩かれてしまった。
「……熱があるだけよ。治ったらまた連絡するから、もうここに来ないでちょうだい。」
そう言って勢いよく扉を閉めようとしたので俺は慌てつつ足を挟んで阻止した。
「何言ってるん!?こんな状態で一人になったらあかんぞ!」
ついタメ口になってもた。もうええわ。俺はにじにじとドアの隙間から彼女の部屋に入って、背後の扉を閉めた。
その時、彼女が額を押さえて前のめりに俺の方へ突っ込んできた。眩暈がしたらしく、俺は彼女の身体を支えながら自分のおでこを彼女のおでこにくっつけた。
「うっわ……酷い熱や!これはあかん。ポーション飲まんと!」
「……家森くんの、飲んだわ。だから帰ってちょうだい。」
そう言う割に自分で立てないぐらいにぐたっとしている。そんなん置いて帰れるわけないやろが!家森先生もベラ先生がこうなってること実は知ってたんか!?
「置いて行かへんぞ!とにかくベッドにいきましょう!」
俺は彼女を連れて寝室へ行こうとしたけど、何故か首を振って抵抗してきた。
「いやよ……いや。」
「どうしてや?それに家森先生も知ってたんならもっとちゃんと看病すべきやろ!」
「いいのよ……私が看病されるの好きじゃないこと知ってるから、ポーションだけ置いていってくれた。あなたも早く帰って。」
「嫌や。」
はあとベラ先生がため息ついた。そんなこと言ってるけど、彼女自分で歩けんほどやぞ?置いていけるかい!俺は彼女を支えながら寝室のドアを開けた。
「俺は帰らへん。もう諦めたまえ。」
無言のままのベラ先生をベッドに寝かせた。ぼーっと天井を見つめる彼女にそっと布団をかけた時にベラ先生が口を開いて掠れた声で言った。
「……何しに来たの?相談しにきたんでしょう?高崎くん。」
「ちゃいます。最近連絡無いし、ヒーたんも家森先生もベラ先生に会ってないて言うから来たんや。ただ心配で来たんです。ここにおってくれてよかったけど、もうこれからは体調崩したら遠慮せんと言ってくださいよ。」
「ヒイロに優しくしたら?」
「何でやねん。それにこんなに憔悴しきってる状態で俺の悩みのことばっか考えないでください。」
ベッド脇のサイドテーブルには空になったグラスとまだ満杯にポーションが入ったグラスが置いてあった。俺はそのうちの一つを手にしてコルクを外して匂いを嗅いだ。ああなるほどな……家森先生の調合したものや。ポーションは同じ配合率でもその人その人の抽出の仕方でちょっとづつ匂いや味が違ったりする。この上流階級のパーティのような華やかな香りはいつも家森先生が作るやつや。間違いない。因みに俺のはシイタケの香りだとマーヴィンに言われたことがある。
「何ニヤニヤしてるのよ、帰りなさい。」
辛そうに口呼吸しながら、か細い声で話しかけて来たベラ先生に俺は聞いた。
「これは今日は飲んだんです?」
「ああそれね。昨日は飲んだけど今日はどうだったかしら……覚えてないわ。」
「もう相当体調悪いやん。置いていくわけないやろ。」
「……だって足手まといになるわ。」
え?どう言うこと?俺は首を傾げて聞いた。
「誰のや?」
「別に……」
もしかしたら、体調崩す度にそう言われるような環境だったのかもしれんなあ。俺は新しいポーションのコルクを取りながら言った。
「ああそう、ほんならそいつにとってはそうなんやろね。でも俺にとっては全然足手まといちゃうもん!俺の方が足手まといになるぐらいに看病したるから覚悟してくださいね!」
ベラ先生がため息をつきながら体を起こして、俺からポーションを受け取って口に流し込んだ後に言った。
「ふふ、全く何言っても通じないわね。好きになさい。移っても知らないわよ。」
や、やった!ワーイ!あのお方の真似してごり押ししてみてよかった!
俺は彼女の看病をするべく氷枕や濡れたタオルの用意をして、念のために心電図も付けた。
「ちょ、ちょっとこれはいらないわよ」
「いるて!俺が目を離した隙にベラ先生が三途の川に遊びに行ってしまったらどうすんねん。いいの。付けとくの。」
はあと大きなため息を吐いたベラ先生のおでこにタオルを乗せて俺はベッドの側の椅子に座った。相変わらず裸婦画が気になるわ……あと時計のカチカチも気になるし、サイドテーブルの俺のPCが彼女の心臓と連動してピコピコなっててそれも気になる。まあそれは俺がやったことやけど。
でも……俺のこと置いてくれて嬉しい。こんなことしか出来へんけど。そう思っているとベラ先生と目が合った。
「……。」
ええ?な、なんか言えや。緊張するやん。
う、じゃあ俺から言うぞ。
「ベラ先生って体調崩すと強がって、可愛らしいところあるんやなぁ。」
「なんなのやろうっての?望むところよ。」
ぼーっとした表情のままそんなこと言うもんだから笑ってしまった。
「ヒッヒッヒ!だからなんですぐそうなりますねん!」
ふふ、と彼女も少し笑ってくれた。
「それで、相談は何?ヒイロのこと?この前校庭でキスしてたし、もうあの二人の間に入るのは無理でしょう。」
「ですから何も考えんと休んでくださいって……俺がいると気が散るなら俺、リビングに行きますよ?」
そう行って立とうとすると腕を掴まれた。素早っ。
「行かないで。」
……。
うああ。
何これ……何これ……あかん。落ち着け俺。よし、とりあえず着席した。
「まあ、じゃあいます。えっとそれで……別に相談があって来たんやないけど、まあ最近の悩みといえばそうやなあ、ヒイロじゃなくて別の人になったぐらいです。」
彼女の瞳が一瞬大きくなった。
「それは誰?」
「そ、それはベラ先生に言うことちゃいます……俺の勝手な想いやから。家森先生見習って、今回はゆっくりと人を愛してみたくなりました。」
「ブフッ」
なんで笑うねん……まあ俺こんなこと言うキャラやないもんね!知ってますよ!そう思って俺がちょっと拗ねて口を尖らすと、彼女は申し訳なさそうに首を少し振って言った。
「でも、そう思える相手が見つかってよかったじゃないの。それで相手はブルークラス?」
え……聞いてきた。いやいや、あかん。このまま質問されて行ったら、いずれ彼女に俺の気持ちがバレてしまうと思った俺は、話題を逸らすことにした。
「ちょっと気になったんやけど、ベラ先生ってどこのルーツなんです?」
「ええ?私はそうね、ロシアルーツよ。どうして?」
なるほど、言われてみれば確かにそんな感じの美人やし背も高い。
「まあちょっと気になったんです。じゃあボルシチとか好きなん?」
はあ、とため息が聞こえた。
「好きは好きよ。スメタナを乗せたボルシチは最高。ビーツとセロリが美味しいわ。私が答えたのだからあなたも答えなさい。相手はブルークラス?」
また聞かれた……もうそんな気になるん?俺はどうしようか歯を食いしばって考えた後に言った。
「……グリーンクラス。」
「え?」
ベラ先生が天井に指で何かを書きながら考え始めた。そんなことしなくてもグリーンクラスの女言うたらアイツ以外にはアンタしかおらんやろ……。
「ちょっと待って。そうは言っても私のクラスにヒイロ以外に女性は……あ!あら!あなたも!?」
キラキラした目でこっちみてきた。あかん。あかん方に転がった。
「ちゃいますて!何を仲間見つけたみたいな期待のこもった目でこっち見てるんです!ちゃいますて!俺はストレーーートや!!」
「ええ?でもヒイロ以外に女性は…………あ、嘘でしょ。」
何かに気づいた彼女は俺の方を気まずそうに見つめてきた。なんか申し訳ない気持ちになってきて、俺はつい肩をすぼめた。
「ほんまです……。」
「ああそう……ごめんなさいね。」
何それ。
と思っているとベラ先生はこの状況から逃れたいと思ったのか、布団を頭まですっぽり被ってしまった。あ、逃げられた……。
こう言う時、家森先生やったらどうするんやろ。家森先生やったらこうか?……
ヒーたん好きです。僕はあなたが好きなんです。アモーレ。
「オッケーなるほどな!」
「うるさいわね」
俺はガタッと立ち上がって寝室を出て、アートが何枚も飾られているリビングの部屋に行った。なるべく寝室から離れたいと思って窓際まで行くと、ジーンズのポケットから携帯を取り出して早速ロシア語で「好きです」を調べることにした!そうよ、多分家森先生やったらこうするもん!
でも待てよ……よく考えたら相手が体調崩してんのに可哀想か。いや、もうさっきので気持ち知られてしまったんやからしゃあない。一回気持ちぶつけて、玉砕して、笑いに変えてまた看病しよ。それでええ。
俺は携帯の翻訳機能で好きです、と音声入力した。すぐにロシア語の音声が流れた。
『ヤリュブリューティビャ』
は?
『ヤリュブリューティビャ』
は?
『ヤリュ『ヤリュブ『ヤリュブリューティビャ』
あかん。何回聞いても頭に入ってこーへん。I LOVE YOUとかそんぐらいの発音かと思いきや……何これ。なんで天は俺にこんな試練をお与えになさるのか。俺は何回も何回も連打して何回も聞くけど何回も頭に入ってこない!
あああ!どうする……あ!せや、アルファベッドで何て言ってるか確認すればいいんや!
『Я люблю тебя 』
はい終わった。俺の知ってるアルファベットやないし、アールなんかひっくり返ってるやん。なんでなん。仕方ないけど何でベラ先生ってロシアルーツなん……せめて中国とかフランスとか……もうしゃーない。
俺は何度も音声を聞いて何度も発音を練習した。何度か舌を噛んだが何となく発音出来るようになるとまた寝室の扉を開けた。
ベラ先生がこっちを見ていたけど、俺と目が合うとまたさっきみたいに頭まで布団をかぶってしまった。俺は椅子に座って彼女に話しかける。
「どうして布団かぶるんです?」
「……何となくよ。別にいいじゃないの。」
「ねえベラ先生……こんなこと、体調悪い時に言っても可哀想なんやけど。」
「……え?今?嘘でしょ。」
その反応がちょっと面白くて、俺は少し笑った後に、咳払いをして、さっきの言葉を言ってみることにした。
「Я люблю тебя」
「……。」
あかん。無言になってる。どうしよ。
そわそわしてしまうのを必死に隠していると、ベラ先生が布団をめくって顔をこちらに向けた。その表情は真剣なものだった。
あかん、ガチで怒られるか、ガチで断られるかの二択や。後者やろな。まあ分かってたけど。
「ぶふっ……」
え?
彼女が笑った。
「まさか高崎くんからロシア語が聞けるとは思っていなかったわ。それに発音上手いじゃないの……でも、嘘おっしゃい。ネタとしてはなかなか面白かったけれど。」
「ああそう、信じてくれへんのやね。ほんなら変化球で行きますわ。」
そうやな……俺はまた家森先生を我が身に降臨させた。俺に力をお貸しくださいませ~!よし、あのお方ならきっとこうやって女性を口説くやろ。よし、それを参考にする!
俺はベラ先生のことをじっと見つめた。ばくばくと音を立てる胸が邪魔くさい。
「……ベラ、獣さえ虜にする可憐な薔薇の花。そのふわりと美しい唇に、この胸に滾る情熱をぶつけることが許されるのならば俺はどんな罪でも犯せる。」
ちょっとベラ先生が笑ってくれた。まあそんな反応で流してくれてええよ。
俺は彼女のおでこのタオルを、近くの洗面器の水で軽く濡らして絞ってまた乗せた。その時に彼女と目が合った。
「……今のは絵画のような世界観があって中々良かったわよ。でもね」
「……。」
きた。防弾チョッキ用意!俺は覚悟して何度も頷いた。
「でも難しいわ……最近毎日ジムに一緒に行ってくれて、メールもしてくれて、たまにこうやって私の部屋で過ごしていくうちに、いつの間にかあなたは私にとって特別な存在になった。実は……あなたが女性であればと考えたことがあるの。」
え。まじでか。
「でも、あなたにはそのままのあなたでいてほしい。だから……運命を憎まなければいけないことに、高崎くんの想いに対して私はありがとうとしか言えないのよ。私にとって男性は恋愛において異種の存在、そのものを愛することはいくら仲が良くても出来ないこと。これは変えられないわ、ごめんなさい。」
驚いたことに、そう話してくれた彼女のワインレッドの瞳から涙がこぼれた。
ああ、泣かせてしもた。俺は慌てて彼女の涙をタオルで拭いて、どうしたらええか慌ててしまって彼女の頭を撫でてしまった。
「ご、ごめん……いいんや。いいから。そんな何も悪くないから。俺こそ体調の悪い時に気遣えなくてごめんなさい。」
ベラ先生が俺の手を握ってくれた。俺と同じぐらいに大きな手。それもまた愛おしいと思ってしまった。微笑みながら、彼女に気にしないでもらいたくて俺は話し始めた。
「それでもいいんや……別に関係を変えんでもええ。仲がいいやつでええ。でも一番仲がええやつにしといてください。彼女さん出来ても、一番の友達は俺がいい。」
「ありがとう……ふふ、まああなたは友達と言うよりかは、どちらかと言えば家族のような感じだけれど。」
「え!?ほんま!?嬉しいなぁ……」
てっきりペットぐらいの位置かと思ってたわ。
「でも本当にそれでいいのかしら、別にあなたも恋人を作っても……」
「俺はそんな器用な事できへんもん。まあ今まで通り過ごしましょ。あ、でもこれだけは言っておきますけど、毎朝のジムは俺だけやからな!!」
俺の言葉に彼女が笑ってくれた。ふはは、俺もつられた。
「ははっ!分かったわ。ジムはあなただけね。高崎くん、ありがとう。看病もありがとうね。」
「はーい。さ、寝て寝て。寝んと長引きます~。」
俺はその後も彼女のそばで看病した。
関係は変わらんかったけど、前よりも仲良くなれた気がして嬉しい俺はハイテンションのままお雑炊を作ってしまった。
夜になると少し本調子に戻ったベラ先生がリビングに来て、俺の雑炊を食べて美味しいと言ってくれた。
その時に、もうこの想いは彼女で最後なんやろうなと実感した。
俺は彼女の部屋の呼び鈴を押した。
「ベラ先生おりますー?おーい。」
ドンドンと何回かドアを叩いても何の反応も無い。ええ?おらんのかな……でも家森先生はガレージに彼女の車あるって言ってはったし、そんなら学園の何処かにはおるんやろうけど。
もしや……部屋の中で倒れてるんちゃう!?あかん!もしそうやったら大変や!
「ベラ先生!今シュリントン先生に言ってスペアキー貰ってきますからね!ちょっとまっとってください!」
バン!
「うるっさいわね……いるわよ。なに?」
勢いよくドアが開いたそこにはベラ先生が立ってた。ウェーブの黒髪は爆発に巻き込まれた博士ばりにボサボサで、キャミソールにゆったりしたスウェットパンツを履いていて、顔は真っ赤で額からダラダラと汗が流れてる。ゼエゼエとした呼吸が普通じゃ無い。
ああ、体調崩しとったんか……俺は彼女のおでこに手のひらを当てようとしたけど、その手をパシッと叩かれてしまった。
「……熱があるだけよ。治ったらまた連絡するから、もうここに来ないでちょうだい。」
そう言って勢いよく扉を閉めようとしたので俺は慌てつつ足を挟んで阻止した。
「何言ってるん!?こんな状態で一人になったらあかんぞ!」
ついタメ口になってもた。もうええわ。俺はにじにじとドアの隙間から彼女の部屋に入って、背後の扉を閉めた。
その時、彼女が額を押さえて前のめりに俺の方へ突っ込んできた。眩暈がしたらしく、俺は彼女の身体を支えながら自分のおでこを彼女のおでこにくっつけた。
「うっわ……酷い熱や!これはあかん。ポーション飲まんと!」
「……家森くんの、飲んだわ。だから帰ってちょうだい。」
そう言う割に自分で立てないぐらいにぐたっとしている。そんなん置いて帰れるわけないやろが!家森先生もベラ先生がこうなってること実は知ってたんか!?
「置いて行かへんぞ!とにかくベッドにいきましょう!」
俺は彼女を連れて寝室へ行こうとしたけど、何故か首を振って抵抗してきた。
「いやよ……いや。」
「どうしてや?それに家森先生も知ってたんならもっとちゃんと看病すべきやろ!」
「いいのよ……私が看病されるの好きじゃないこと知ってるから、ポーションだけ置いていってくれた。あなたも早く帰って。」
「嫌や。」
はあとベラ先生がため息ついた。そんなこと言ってるけど、彼女自分で歩けんほどやぞ?置いていけるかい!俺は彼女を支えながら寝室のドアを開けた。
「俺は帰らへん。もう諦めたまえ。」
無言のままのベラ先生をベッドに寝かせた。ぼーっと天井を見つめる彼女にそっと布団をかけた時にベラ先生が口を開いて掠れた声で言った。
「……何しに来たの?相談しにきたんでしょう?高崎くん。」
「ちゃいます。最近連絡無いし、ヒーたんも家森先生もベラ先生に会ってないて言うから来たんや。ただ心配で来たんです。ここにおってくれてよかったけど、もうこれからは体調崩したら遠慮せんと言ってくださいよ。」
「ヒイロに優しくしたら?」
「何でやねん。それにこんなに憔悴しきってる状態で俺の悩みのことばっか考えないでください。」
ベッド脇のサイドテーブルには空になったグラスとまだ満杯にポーションが入ったグラスが置いてあった。俺はそのうちの一つを手にしてコルクを外して匂いを嗅いだ。ああなるほどな……家森先生の調合したものや。ポーションは同じ配合率でもその人その人の抽出の仕方でちょっとづつ匂いや味が違ったりする。この上流階級のパーティのような華やかな香りはいつも家森先生が作るやつや。間違いない。因みに俺のはシイタケの香りだとマーヴィンに言われたことがある。
「何ニヤニヤしてるのよ、帰りなさい。」
辛そうに口呼吸しながら、か細い声で話しかけて来たベラ先生に俺は聞いた。
「これは今日は飲んだんです?」
「ああそれね。昨日は飲んだけど今日はどうだったかしら……覚えてないわ。」
「もう相当体調悪いやん。置いていくわけないやろ。」
「……だって足手まといになるわ。」
え?どう言うこと?俺は首を傾げて聞いた。
「誰のや?」
「別に……」
もしかしたら、体調崩す度にそう言われるような環境だったのかもしれんなあ。俺は新しいポーションのコルクを取りながら言った。
「ああそう、ほんならそいつにとってはそうなんやろね。でも俺にとっては全然足手まといちゃうもん!俺の方が足手まといになるぐらいに看病したるから覚悟してくださいね!」
ベラ先生がため息をつきながら体を起こして、俺からポーションを受け取って口に流し込んだ後に言った。
「ふふ、全く何言っても通じないわね。好きになさい。移っても知らないわよ。」
や、やった!ワーイ!あのお方の真似してごり押ししてみてよかった!
俺は彼女の看病をするべく氷枕や濡れたタオルの用意をして、念のために心電図も付けた。
「ちょ、ちょっとこれはいらないわよ」
「いるて!俺が目を離した隙にベラ先生が三途の川に遊びに行ってしまったらどうすんねん。いいの。付けとくの。」
はあと大きなため息を吐いたベラ先生のおでこにタオルを乗せて俺はベッドの側の椅子に座った。相変わらず裸婦画が気になるわ……あと時計のカチカチも気になるし、サイドテーブルの俺のPCが彼女の心臓と連動してピコピコなっててそれも気になる。まあそれは俺がやったことやけど。
でも……俺のこと置いてくれて嬉しい。こんなことしか出来へんけど。そう思っているとベラ先生と目が合った。
「……。」
ええ?な、なんか言えや。緊張するやん。
う、じゃあ俺から言うぞ。
「ベラ先生って体調崩すと強がって、可愛らしいところあるんやなぁ。」
「なんなのやろうっての?望むところよ。」
ぼーっとした表情のままそんなこと言うもんだから笑ってしまった。
「ヒッヒッヒ!だからなんですぐそうなりますねん!」
ふふ、と彼女も少し笑ってくれた。
「それで、相談は何?ヒイロのこと?この前校庭でキスしてたし、もうあの二人の間に入るのは無理でしょう。」
「ですから何も考えんと休んでくださいって……俺がいると気が散るなら俺、リビングに行きますよ?」
そう行って立とうとすると腕を掴まれた。素早っ。
「行かないで。」
……。
うああ。
何これ……何これ……あかん。落ち着け俺。よし、とりあえず着席した。
「まあ、じゃあいます。えっとそれで……別に相談があって来たんやないけど、まあ最近の悩みといえばそうやなあ、ヒイロじゃなくて別の人になったぐらいです。」
彼女の瞳が一瞬大きくなった。
「それは誰?」
「そ、それはベラ先生に言うことちゃいます……俺の勝手な想いやから。家森先生見習って、今回はゆっくりと人を愛してみたくなりました。」
「ブフッ」
なんで笑うねん……まあ俺こんなこと言うキャラやないもんね!知ってますよ!そう思って俺がちょっと拗ねて口を尖らすと、彼女は申し訳なさそうに首を少し振って言った。
「でも、そう思える相手が見つかってよかったじゃないの。それで相手はブルークラス?」
え……聞いてきた。いやいや、あかん。このまま質問されて行ったら、いずれ彼女に俺の気持ちがバレてしまうと思った俺は、話題を逸らすことにした。
「ちょっと気になったんやけど、ベラ先生ってどこのルーツなんです?」
「ええ?私はそうね、ロシアルーツよ。どうして?」
なるほど、言われてみれば確かにそんな感じの美人やし背も高い。
「まあちょっと気になったんです。じゃあボルシチとか好きなん?」
はあ、とため息が聞こえた。
「好きは好きよ。スメタナを乗せたボルシチは最高。ビーツとセロリが美味しいわ。私が答えたのだからあなたも答えなさい。相手はブルークラス?」
また聞かれた……もうそんな気になるん?俺はどうしようか歯を食いしばって考えた後に言った。
「……グリーンクラス。」
「え?」
ベラ先生が天井に指で何かを書きながら考え始めた。そんなことしなくてもグリーンクラスの女言うたらアイツ以外にはアンタしかおらんやろ……。
「ちょっと待って。そうは言っても私のクラスにヒイロ以外に女性は……あ!あら!あなたも!?」
キラキラした目でこっちみてきた。あかん。あかん方に転がった。
「ちゃいますて!何を仲間見つけたみたいな期待のこもった目でこっち見てるんです!ちゃいますて!俺はストレーーートや!!」
「ええ?でもヒイロ以外に女性は…………あ、嘘でしょ。」
何かに気づいた彼女は俺の方を気まずそうに見つめてきた。なんか申し訳ない気持ちになってきて、俺はつい肩をすぼめた。
「ほんまです……。」
「ああそう……ごめんなさいね。」
何それ。
と思っているとベラ先生はこの状況から逃れたいと思ったのか、布団を頭まですっぽり被ってしまった。あ、逃げられた……。
こう言う時、家森先生やったらどうするんやろ。家森先生やったらこうか?……
ヒーたん好きです。僕はあなたが好きなんです。アモーレ。
「オッケーなるほどな!」
「うるさいわね」
俺はガタッと立ち上がって寝室を出て、アートが何枚も飾られているリビングの部屋に行った。なるべく寝室から離れたいと思って窓際まで行くと、ジーンズのポケットから携帯を取り出して早速ロシア語で「好きです」を調べることにした!そうよ、多分家森先生やったらこうするもん!
でも待てよ……よく考えたら相手が体調崩してんのに可哀想か。いや、もうさっきので気持ち知られてしまったんやからしゃあない。一回気持ちぶつけて、玉砕して、笑いに変えてまた看病しよ。それでええ。
俺は携帯の翻訳機能で好きです、と音声入力した。すぐにロシア語の音声が流れた。
『ヤリュブリューティビャ』
は?
『ヤリュブリューティビャ』
は?
『ヤリュ『ヤリュブ『ヤリュブリューティビャ』
あかん。何回聞いても頭に入ってこーへん。I LOVE YOUとかそんぐらいの発音かと思いきや……何これ。なんで天は俺にこんな試練をお与えになさるのか。俺は何回も何回も連打して何回も聞くけど何回も頭に入ってこない!
あああ!どうする……あ!せや、アルファベッドで何て言ってるか確認すればいいんや!
『Я люблю тебя 』
はい終わった。俺の知ってるアルファベットやないし、アールなんかひっくり返ってるやん。なんでなん。仕方ないけど何でベラ先生ってロシアルーツなん……せめて中国とかフランスとか……もうしゃーない。
俺は何度も音声を聞いて何度も発音を練習した。何度か舌を噛んだが何となく発音出来るようになるとまた寝室の扉を開けた。
ベラ先生がこっちを見ていたけど、俺と目が合うとまたさっきみたいに頭まで布団をかぶってしまった。俺は椅子に座って彼女に話しかける。
「どうして布団かぶるんです?」
「……何となくよ。別にいいじゃないの。」
「ねえベラ先生……こんなこと、体調悪い時に言っても可哀想なんやけど。」
「……え?今?嘘でしょ。」
その反応がちょっと面白くて、俺は少し笑った後に、咳払いをして、さっきの言葉を言ってみることにした。
「Я люблю тебя」
「……。」
あかん。無言になってる。どうしよ。
そわそわしてしまうのを必死に隠していると、ベラ先生が布団をめくって顔をこちらに向けた。その表情は真剣なものだった。
あかん、ガチで怒られるか、ガチで断られるかの二択や。後者やろな。まあ分かってたけど。
「ぶふっ……」
え?
彼女が笑った。
「まさか高崎くんからロシア語が聞けるとは思っていなかったわ。それに発音上手いじゃないの……でも、嘘おっしゃい。ネタとしてはなかなか面白かったけれど。」
「ああそう、信じてくれへんのやね。ほんなら変化球で行きますわ。」
そうやな……俺はまた家森先生を我が身に降臨させた。俺に力をお貸しくださいませ~!よし、あのお方ならきっとこうやって女性を口説くやろ。よし、それを参考にする!
俺はベラ先生のことをじっと見つめた。ばくばくと音を立てる胸が邪魔くさい。
「……ベラ、獣さえ虜にする可憐な薔薇の花。そのふわりと美しい唇に、この胸に滾る情熱をぶつけることが許されるのならば俺はどんな罪でも犯せる。」
ちょっとベラ先生が笑ってくれた。まあそんな反応で流してくれてええよ。
俺は彼女のおでこのタオルを、近くの洗面器の水で軽く濡らして絞ってまた乗せた。その時に彼女と目が合った。
「……今のは絵画のような世界観があって中々良かったわよ。でもね」
「……。」
きた。防弾チョッキ用意!俺は覚悟して何度も頷いた。
「でも難しいわ……最近毎日ジムに一緒に行ってくれて、メールもしてくれて、たまにこうやって私の部屋で過ごしていくうちに、いつの間にかあなたは私にとって特別な存在になった。実は……あなたが女性であればと考えたことがあるの。」
え。まじでか。
「でも、あなたにはそのままのあなたでいてほしい。だから……運命を憎まなければいけないことに、高崎くんの想いに対して私はありがとうとしか言えないのよ。私にとって男性は恋愛において異種の存在、そのものを愛することはいくら仲が良くても出来ないこと。これは変えられないわ、ごめんなさい。」
驚いたことに、そう話してくれた彼女のワインレッドの瞳から涙がこぼれた。
ああ、泣かせてしもた。俺は慌てて彼女の涙をタオルで拭いて、どうしたらええか慌ててしまって彼女の頭を撫でてしまった。
「ご、ごめん……いいんや。いいから。そんな何も悪くないから。俺こそ体調の悪い時に気遣えなくてごめんなさい。」
ベラ先生が俺の手を握ってくれた。俺と同じぐらいに大きな手。それもまた愛おしいと思ってしまった。微笑みながら、彼女に気にしないでもらいたくて俺は話し始めた。
「それでもいいんや……別に関係を変えんでもええ。仲がいいやつでええ。でも一番仲がええやつにしといてください。彼女さん出来ても、一番の友達は俺がいい。」
「ありがとう……ふふ、まああなたは友達と言うよりかは、どちらかと言えば家族のような感じだけれど。」
「え!?ほんま!?嬉しいなぁ……」
てっきりペットぐらいの位置かと思ってたわ。
「でも本当にそれでいいのかしら、別にあなたも恋人を作っても……」
「俺はそんな器用な事できへんもん。まあ今まで通り過ごしましょ。あ、でもこれだけは言っておきますけど、毎朝のジムは俺だけやからな!!」
俺の言葉に彼女が笑ってくれた。ふはは、俺もつられた。
「ははっ!分かったわ。ジムはあなただけね。高崎くん、ありがとう。看病もありがとうね。」
「はーい。さ、寝て寝て。寝んと長引きます~。」
俺はその後も彼女のそばで看病した。
関係は変わらんかったけど、前よりも仲良くなれた気がして嬉しい俺はハイテンションのままお雑炊を作ってしまった。
夜になると少し本調子に戻ったベラ先生がリビングに来て、俺の雑炊を食べて美味しいと言ってくれた。
その時に、もうこの想いは彼女で最後なんやろうなと実感した。
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※小説家になろう様でも掲載しております。
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