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第31話 夜海の側で

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 もうすでに陽も落ちている真っ暗な校庭をとにかく全力で走った。こんな状態になったんはもう子どもの時以来やった。そん時は兄貴ばっかり可愛がる親に対して拗ねて家から出て言った時やったな、と思い出した。

 靴に校庭の砂利がガンガン入って来たけどそんなものは気にならんかった。校庭の端、大きな岩のある壁際に着くと、岩の上に上がって肩を上下させて呼吸を繰り返しながら防御壁の向こうに広がる夜の海を眺めた。

 ブラウンプラントの崖の上に建てられた校舎から見る海の景色は、遥か遠くの水平線が夜の空に溶け込んでいて幻想的やった。

「逃げてきて、アホみたいや。」

 独り言を漏らして顎を壁の上に乗せた。

 もう終わりなのかもしれん。違反が分かって退学させられるかもしれんな。でも、ヒーちゃんと家森先生を守るためやった。これでいいんや。あの家森先生があんなになるまで誰かを好きになるとこなんか見たことなかったし、俺かて応援してるもん。

 まあちょっとだけ以前ヒーちゃんに言ったけど、彼女がいなかったら……と、思うときは正直ある。彼女については最初、何でこんなに赤い髪の毛なんやと思っただけやったけど、今となってはあの紅毛も可愛げがあるし性格は素直やし冗談も言い合えるし、ゲームだって誘えば一緒にしてくれるし……

 はーちゃん、今の彼女は冗談は言わんしゲームはしない。うーん……でも可愛いからええけど。

 ああ。でももうこの地下世界での生活も終わったな。ここでの生活は楽しかったし、本気で有機魔法学に取り組んでたんやけどな……仕方ない。家森先生には恩があるから彼が安心出来ただけいいのかもしれん。そう、これでいいんや。

 そう自分に言い聞かすと俺はポケットからタバコとライターを取り出して煙を口に含んだ。フーッと長く白い息を吐くと、赤くなった目から零れないように上を向いた。星空が一面に広がっていた。

「ヒーちゃん…意外と腕に筋肉ついてるんやなぁ……。」

 もう誰もここにおらんし、思ったこと言おうと口に出す。

「そのようですね。」

 突然後ろからした声にわぁ!と驚き、口に加えたタバコを岩に落としてしまった。

「いつの間に!来てはったんや!」

 いつの間にか俺と同じ岩に家森先生が乗っていた!そんな超至近距離で俺のことじっと見てくるから、俺の顔が全力で引きつる。また足踏まれるんはホンマ勘弁なんやけど!

「今来ました」

 そう言うと先生は俺が落としたタバコを一回踏みにじってから拾った。俺はそれを受け取って携帯灰皿に入れた。

 その時に俺の気持ちを言おうと思った。

「もう覚悟は出来てたんですー。でも突然バレてもうたんで走ってしまいました。」

「いえ……僕の方こそあの時変に疑ってしまって、あなたに無理やり交際相手のことを話させたようで申し訳ありませんでした。」

 え……?

 なんで頭を俺に下げてるんやろか。それに家森先生が俺に謝るなんて想像したことも無かったことやし……ああなるほどな。きっとヒーちゃんが彼に頼んだんやな。

「特に罰はありませんよ。」

「え?」

 俺の隣に来て、海を見ながらそう呟いた家森先生の横顔を俺はただ呆然と見つめていると、先生もすぐに俺のことを見てきた。

「地上の人間と交際しても罰はありません。結婚となると手続き上で発覚する確率が高くなりますので話は別です。結婚したければ学園を退学してからから籍を入れるか、お相手をこちらに連れてきてプレーンを入れてからそうなさってください。学園ではプレーン無しの地上の人間との結婚は禁忌としていますから。」

 え?家森先生の意図がまだはっきりと分からないけどこれっていい流れの話なんか?

「え、じゃあ交際はいいんですか……?」

 すると家森先生が俺から目を逸らして恥ずかしそうに言った。

「まあ……私以外の先生方には黙っておいてください。」

「えっ!?え!?そう言うこと!?家森先生……めっちゃいい人やん!」

 俺はただそうしたくなって全力で目の前の先生を抱きしめた。めっちゃいい人なんやけど!しかも照れながらそんなこと言っちゃってまあ可愛い!それに先生から微かに甘い、いい匂いがする!俺は嬉しすぎて変態になったんか!?いやまだ違うと信じたい!

「……苦しいです!高崎!離しなさい!もう、内密にすることはしますが、結婚するときは絶対に僕に「言います!言いますとも!アーン先生おおきに~!タバコ入ります?」

「け、結構です……」

 俺は嬉しすぎてお気に入りのタバコを先生に一本あげようと思ったんやけど断られた。でも協力してくれるってめっちゃいい人やん!もう……一生は嘘やけどそれくらい付いていきたい気がするわ。でもちょっと気になってることを聞くことにした。

「先生、ヒーちゃんに頼まれてここまで来てくれはったんですか?」

 俺から解放された先生はズレたシャツを整えながら答えた。

「まあ、頼まれたことは事実です。彼女はその後、涙を流しながら床を這ってでもあなたを追いかけようとしていました。」

「えっ」

 そこまでしてくれてたんか。俺は真剣な表情になり家森先生を見る。

「自分は高崎を応援したいと言っていました。まあ彼女に頼まれなくても僕はここに来ようと思っていましたよ、なんだか僕は誤解をしてしまったようなので……悪いことをしました」

「いや、先生がそう思うのもしょうがなかったと思いますしヒーちゃん、そうやったんや……そこまでして追いかけてくれようとしてたんや。」

 俺がじっと考え込んでいると俺の表情を見た家森先生が海を眺めながら話しはじめた。波の音が心地良く響いている。

「一組、地下世界の人間と地上の人間が結婚したと言う事例を知っています。人から聞いた話ですが。」

 俺はその話を聞きながら無言で頷いた。家森先生がこうやって俺の為に話をしてくれるのなんて、今までに無かった。

「彼女の方は地上で美術の教師をしていたようです。彼は地下世界の人間でした。ある日彼の方が地上へ遊びに行った時のこと。彼は地上で出会ったその美しい女性に恋をし、何度も地上に通い続け、何度も諦めずに交際を申し入れたようです。そのうち彼女の方が折れて全てを捨てて地下世界に来て、すぐに結婚しました。勿論、彼女の方は最初魔法を使えなかったようですが、後からプレーンを入れたようです。」

「そんなことがあったんですね」

 俺はタバコを吸った。家森先生の知り合いの誰かの話なんかな。

「その二人に待望の赤ちゃんが生まれました。それが現在のベラ先生です。」

 驚愕のオチに俺はぶっとタバコをまた落としてしまい、それを家森先生が素早く踏みにじった。

「そ、そうだったんや…!」

「そうです。内緒にしておいてくださいね。」

 家森先生は口に一本指を当てて口角を上げた。こんな話をしてくれたのも、俺のこと黙っててくれるのも、全部嬉しかった。
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